17.
かき揚げ、ハンバーグ、唐揚げ、つみれ団子。
そんな様々な料理のつなぎとして大活躍するのが片栗粉や小麦粉だ。
小麦粉と鶏が産んだ新鮮卵を混ぜ合わせる。
もやしとチーズを炒め、そこに混ぜ合わせた小麦粉を投入。
ぱちぱちじゅうじゅうという音に合わせて狐色になっていく生地を、手頃なところでひっくり返す。
両面焼き上げれば、もやしのチーズ焼きの完成だ。
丸く焼けたそれを3等分にして、いざ実食。
「美味しい〜!」
「パンに似てるけど、不思議な食感っすね」
チーズのパリパリ感としっとりしたもやしの食感を楽しむ2人。
既婚者であるレグーミネロは家に返した方がいいのではないかという意見もあったのだが、当の淑女は「あ、うち放任主義なんです」とあっさりしたものだった。結局、魔物が出現しにくい早朝まで、みんなとここで一服することになったのだ。
もやしのチーズ焼きに対する2人のリアクションを満足げに見て、豆太郎は先割れスプーンで自分の分のチーズ焼きを割った。
「2人とも、ありがとうな。おかげで助かったよ」
「マメおじさまには、まだまだいろいろな話を聞かせていただきたいですからね」
「まあ、結局俺はなんもできなかったっすけど。なんとかしたのは、あのノートで……」
エルプセは振り返って棚を見た。先ほどの戦闘で、棚の周辺は散乱したままになっている。観察ノート、エルプセやレグーミネロが支給した生活用品、床に散らばった白い紙。
「ん?」
エルプセは思わず立ち上がって、白い紙を手に取った。
見覚えのある四角いカード。読めない文字が印字されたもの。
そう、異世界の証明、名刺である。
「ヤギに食べられてねえじゃねえっすか!」
エルプセは豆太郎に詰め寄った。
「どーいうことっすか! これがあればもうちょい早くザオボーネさんを納得させられたかもしんねえのに!」
「あ、あー、いや、まだ残りがあったんだなあ。悪い、気づかなかった、ははは」
「はあ!? もおお〜……」
エルプセは脱力した。だが豆太郎の能天気っぷりは今に始まったことではないので、諦めた。
ごめんごめん、と両手を合わせる豆太郎を、レグーミネロはじっと見つめていた。
□■□■□■
みんなでご飯をたらふく食べた後。
用を足すためにエルプセが席を外し、2人きりになったところでレグーミネロが口を開いた。
「ねえ、おじさま。どうして嘘をついたんです?」
「え」
「私は途中参加だから分からないところもあったけど、マメのおじさま、土の勇者様から魔人だって疑われてたんでしょう? あのめーし? というものを見せれば良かったのに」
「いや、そうなんだけどさ、あるのを忘れてたんだよ」
「…………」
レグーミネロは目を伏せてヤギミルクをすすった。
嘘が下手な人だ、と思う。
豆太郎は自分が魔人だと疑われても否定しなかった。
もしかしたら殺されてしまうかもしれないのに、のらりくらりと誤魔化したのは何故か。
おそらく、否定をすれば次の話になってしまうからだ。
魔人が彼ではないのなら一体誰なのか、という話に。
そして、子どもがつけたあの観察日記。
ザオボーネにあれを見られたとき、豆太郎はらしくなく動揺していた。
だとすると、なんとなく想像はつく。
「マメのおじさま」
レグーミネロは豆太郎に近寄り、その瞳をじっと見つめた。
「あの観察日記は、本当に近所の子どものものなんですか?」
「…………」
豆太郎はさっきの出来事を思い出す。
『魔人は紫の髪と目でしょ』
エルプセのあの言葉を聞いた時、彼はつい数日前、自分の元に来ていた生意気な子どもを思い出した。
ああなるほど、と。心のどこかで納得もした。
いくら能天気な豆太郎でも、あんな幼い子どもがダンジョンにいるのは不思議に思っていたのだ。
だが、ここに住んでいるというなら納得もいく。
だから分かってしまった瞬間、言い出せなくなった。
人の安寧を守るザオボーネに、魔人の正体を教えるわけにはいかなくなったのだ。
だって豆太郎は、真面目に観察日記をつけて、得意げに自分に文字を教える、そんな子どもしか知らないのだから。
「……そうだよ、近所の子どもだ」
豆太郎は笑う。いつも通りの笑顔で、もやしを手に。
「生意気な坊主でなあ。まだ名前も知らねえんだよ。いつか、教えてくれたらいいなあと思ってる」
その顔を見て、レグーミネロは静かに目を閉じた。
「そうですか」
穏やかに笑ってミルクを飲む。
それ以上は、何も聞かなかった。
次回、最終回です。
明日の朝7時ちょっとすぎ更新予定です。
がんばって起きます!




