15.
突如現れた土の勇者、ザオボーネ。
ダンジョンの主と間違えられた人間、豆太郎。
そんな様子を水晶玉で見ている本当のダンジョンの主、ソーハ。
ソーハは豆太郎なんかと間違えられたことに憤慨していたが、徐々に焦りだした。
(あの男、自分が今どれだけヤバい状況か分かってないのか!?)
冒険者に魔人と間違えられているのだ。このままでは、おそらく豆太郎は殺される。
彼はなんの力も持たない人間。
このままではなぶり殺しだ。
(……いや、何を焦っているんだ、俺は)
愚かな人間同士が勘違いをして人を1人殺すだけのこと。レンティルに少し小言を言われるかもしれないが、それだけだ。
人間が1人減ることなど、ソーハにはなんの問題もない。
『覚悟しろ』
『へ? 何が?』
水晶玉の向こうで、ザオボーネが右手を背中に回して、楯の端の尖った部分に手をかける。
何も分かっていない豆太郎が間抜けな声を上げた。
──ソーハの脳裏に、自分を庇った豆太郎の姿が映る。
思わず身を乗り出し、ソーハは叫んだ。
「逃──」
その時だった。
□■□■□■
「おおおおおっ!」
気迫のこもった一撃は、ザオボーネの背後から。
ザオボーネは振り向きもせずに、背負った楯でそれを受け止めた。
彼の背中で炎が散る。
エルプセはそのまま宙で回転し、豆太郎とザオボーネの間に着地した。
「エルプセ、どういうつもりだ」
仲間に背後から攻撃されたにも関わらず、ザオボーネは動揺なく楯を構えた。
エルプセも剣を構える。その頬を一筋の汗が滑り落ちた。
「こっちのセリフっす。なに一般人を攻撃しようとしてるんすか」
「一般人? 魔物を2体飼い慣らし、ダンジョンに棲んでる男が? どう考えても魔人だろう」
(チクショウ反論できねえ!)
ど正論だった。
だけど、エルプセも引き下がるわけにはいかない。
「魔人は紫の髪と目でしょ。この人は黒髪と茶色の目ですよ」
「お前なあ、そんなものいくらでも偽装できるって知ってるだろ」
「この人は異世界から召喚された人なんです! その証拠に──」
エルプセは振り返って豆太郎に耳打ちした。
「マメタローさん、ここに来た時に着ていた服を出してください!」
「スーツのことか? あれ、生地を調べたいって言われて、レグーミネロに貸しちゃった」
「誰!」
エルプセは焦った。異世界転移者だと示す貴重な証拠が。
「ええと、あっ、そうだ、俺に渡した四角い紙は!?」
名刺のことだ。自分がもらったものは家に置いてきてしまったが、確か複数枚持っていたはずだ。
異世界の言語が書かれたあの紙を見せれば。
「ああ、ヤギに食われた」
「ヤギー!」
貴重な異世界の証拠は魔物に隠滅されていた。
エルプセはだらだらと汗を流す。
背後から、ザオボーネの「もういいかな?」という気配を感じる。
「ええと、ええと、あっ、そうだ! もやし! もやしっすよ!!」
エルプセは収穫されて豆だけになったもやし栽培キットをひっ掴んだ。
「これを見てください。これは『もやし』という野菜です。この世界では見かけない珍しい食材。これこそが、彼が異世界転移者であり、魔人ではないという証明っすよ!」
ばばん! と強気な表情でもやしを見せつけるエルプセ。
だが、ザオボーネは困り顔で頬を掻いた。
「いや、確かに珍しい食材だとは思ったが。それ、原材料はそこで取れる緑豆と黒豆だぞ」
「へ」
「後ろの男がさっき得意げに語ってたからな。つまり、そのもやしってのはこの世界の食材だ。別にそいつが異世界転移者だという証明にはなりえない」
冷静に考えれば当たり前だった。豆太郎の世界から持ってきたもやしは、もう食べ尽くしてしまったのだろう。
つまり、このもやしはこの世界で収穫した豆からできたもの。
エルプセは錆びついた機械のような仕草で豆太郎を振り向いた。
豆太郎は得意げに頷いた。へへっと得意げに鼻をこする。
「俺、この世界でもやしのパイオニアになっちまったな」
「ちょっと黙っててもらっていいすか!?」
まずい。彼を異世界転移者だと証明するものがない。
頼みの綱のもやしさえ、この国でとれたものだった。
どうすれば、彼を魔人ではないと証明できる。
立ち尽くしたエルプセを見て、ザオボーネは小さくため息をついた。
「この話はここまでだな。退け、エルプセ。これ以上は多目に見てやれんぞ」
彼は豆太郎を見据えた。
先ほどまでの明るい雰囲気は既に消え、彼は今、獲物を仕留める戦士の目をしている。
「魔人はすべて敵だ。どんなに無害に見えてもな。俺は昔、それを嫌というほど思い知った。だから容赦はせん」
彼は思い出す。
弱い魔人の住むダンジョンだと侮り、娘に傷を負わせた過去を。
目の前の豆太郎がどんなに弱そうでも、魔人である以上放置するわけにはいかなかった。
──まあ、魔人ではないのだが。
「さあ、エルプセ」
彼はエルプセを促して楯を構えた。
圧倒的覇者の気配をまとい、最後通牒を突きつける。
だが。
「……引けません」
彼と苦楽を共にしてきた仲間は、豆太郎の前から一歩も動かなかった。
炎のように燃える強い瞳。
それを見て、ザオボーネは状況にそぐわず少し嬉しくなってしまう。
ついこの間まで、自分の力を制御できずに迷い続けていた若造が、いつのまにか立派に成長したものだ。
「いいだろう。ならば俺も容赦はせん。土の勇者の一撃、止められるものなら止めてみろ」
(絶対無理!!)
エルプセは心の中で絶叫した。
啖呵を切ってはみたものの、あっちは名だたる歴戦の兵士、こっちはぶれぶれの若輩者。
勝てる要素が1つもない。
「マメタローさん、俺が時間稼ぎしますから、なんとか自分が人間だって証明する方法見つけてください」
エルプセは剣を自分の前に構えて、柄の部分から剣先に向けて手のひらでなぞる。
その動きに合わせて、剣に炎が宿る。燃えさかる剣を一振りし、ザオボーネを見据えた。
楯の向こうで笑みを深くしたザオボーネは豪傑に叫んだ。
「来い!」




