14.
ザオボーネの話をしよう。
金のためでも名声のためでもなく、ただ人を守るために戦い続ける土の勇者。
だが、若い頃からそうだった訳ではない。
「お父さん! どうしておうちの近くのダンジョンに魔人退治に行かないの?」
「ダンジョンはいっぱいあるからなあ。強い魔人の住むダンジョンから順番に行くんだ」
「そうなんだ、お仕事がんばってね!」
若い頃のザオボーネは、ただ上の命令のままにダンジョン踏破をしていた。
面倒ごとは避けたい。ただ、愛する妻と娘が不自由なく暮らせる金が稼げればいい。そう思っていた。
だから、住まいの近くにある小さなダンジョンなど、ザオボーネは意にも介さなかった。
国が見向きもしない弱小の魔人が作ったダンジョンなど、脅威にはなりえない。そう思っていたからだ。
そしてある日。
放置されたダンジョンで力を蓄えた魔人が、魔物を引き連れて付近の街を襲撃した。
重症者1名、軽傷者3名。建物の損壊は街の1割にも満たない。被害でいえば軽微な方だ。
──ただ、その重症者1名は自分の娘だった。
彼の娘は一命を取り留めたが、体に大きな傷が残ってしまった。
あまりにも大きな犠牲をもって、彼はようやく気づく。
自分は被害状況をただ数でしか見ていなかったことに。
弱い魔人による被害は、確かに小さい。だが国に見向きもされないそこに、確かに誰かの悲しみが存在する。
守らなければならない。
少しでも多く、人の嘆きを減らさなければならない。
娘を守れなかった自分には、もうそんな資格はないかもしれないけれど。
だから彼は、今日も誰も見向きもしないダンジョンに向かう。
人々を魔人の脅威から守るために。
□■□■□■
ソーハが姿を見せなくなってから3日が経った。
豆太郎はというと、なんとまだ元の世界に帰っていなかった。
いつも通りもやしの水替えをする彼は、ソーハが自分を元の世界に帰そうとしていることなどまったく知らない。
焚き火の明かりで夜の水替えをしてひと息つく。洞窟の穴から、わずかに月明かりが入ってきていた。
DIYで作った木の棚の上には、ソーハの忘れていった観察日記が置かれている。
「……あいつに渡したもやしも出来上がってる頃だろうなあ」
観察日記が完成した頃、緑豆と黒豆、2種類のもやし炒めをご馳走しようと思っていた。
けれど、結局名前も聞けていないままだ。
「コッコッコッ」
「おー、よしよし」
豆太郎の後ろ、落下防止の柵の中でひょこひょこ動き回っているのは、この間滝に落っこちた間抜けな魔物、ビッグビークだ。
怪我の手当をしたところ豆太郎に懐いた。卵も産んでくれるので、豆太郎は彼を「鶏」と名づけ、ヤギと共に飼っている。
そろそろご飯にするか、と豆太郎は準備を始めた。レグーミネロが仕入れてくれた赤い実をすりつぶす。ピリ辛で大人に人気の品らしい。
潰したそれを茹でたもやしと絡めて塩胡椒で味を調整。
最後に胡麻をまぶして、簡単ピリ辛ナムルの完成である。
一口食べて、もやしのシャキシャキ感に満足そうに頷いた。
「あー、うまいな。酒のツマミになりそう」
異世界転移してからまったく飲んでいない酒を思い出しひとりごちる。
「へえ、お前さん、いける口かい?」
初めて聞く声がした。
ソーハでも、エルプセでも、レグーミネロでもない。
豆太郎が声の方へ視線を向けると、金属音と共に男が姿を現した。
背中に巨大な盾を背負った大柄な男。
彼は豆太郎と目を合わせ、快活に笑った。
「こんばんは。俺はザオボーネってんだ。お邪魔していいかい?」
□■□■□■
「おお、うまいな! まったく、酒を持ってくりゃよかったぜ」
「はは、そうだろそうだろ!」
土の勇者ザオボーネと豆太郎はあっという間に意気投合した。
年の近いおっさん同士、感覚が近いのだろう。
豆太郎はもやし料理を振る舞いながら、ノリノリでもやしについて語っていた。
そんな時間がしばらく続いたところで、ザオボーネは視線を別のところに移した。
「なあ、あのビッグホーンはお前が飼ってるのか?」
「ん? ああ、まあな」
「あっちのビッグピークも?」
ヤギと鶏を順に指差して尋ねられた。
あいつそんな名前なのか、と思いながら豆太郎は頷いた。
「……へえ、なるほどな。隠そうともしないとは、中々の実力者のようだ」
ザオボーネの目が冷たい光を帯びた。
そして。
確信を持った声で彼は豆太郎に言った。
「お前がダンジョンの主だな」
□■□■□■
「俺だーーーーっっ!!」
水晶玉の向こうでソーハが絶叫した。
俺だあぁぁ……おれだぁぁ……という音が洞窟内にこだまする。
あの後。ソーハは結局豆太郎を元の世界に返せなかった。
能力的な問題ではなく、気持ちの問題だ。
帰してしまえば、もう会えない。
そう思う度、術を使おうとする手が止まってしまった。
明日こそは、明日こそは。そう繰り返して、早3日。そうこうしているうちに新しい訪問者まで現れて、挙句豆太郎をこのダンジョンの主扱いしている。
ソーハは憤慨した。
よもや、よもや自分があのさえないもやし男と間違われるとは。
なんだあのドヤ顔の侵入者、殴りてえ。
とはいえ、誤解はすぐに解けるだろうと思ったのだが。
『ダンジョンの主って……、はは、俺はただここに住んでるだけだよ。そんなたいそうなもんじゃねえって』
(なんでちょっと嬉しそうなんだー!)
豆太郎は否定するどころかまんざらでもなさそうだ。
『謙遜するなよ。俺を見ても警戒するでもなく手料理を振る舞う豪胆さ。そんじょそこらのやつにはできないぜ』
『そんなに褒められると照れるな』
「ダンジョンの主、俺! お れ!」
見えないとは分かっているが、思わず自分を指差してソーハはつっこんだ。
誤解はまだまだ解けそうになかった。




