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 何度も何度ももがき、起き上がろうとしたけれど無理だった。

 自分を心配する声がたくさん聞こえ、リリスは大丈夫だと伝えたかったのだが、どうにも体が動かない。

 やがてリリスは諦めて、ただ静かに横たわっていることにした。

 そこは深い深い静かな場所で、ゆっくり過ごすことができる。

 そして——。


「リリス様……?」

「……テ、ナ?」


 テーナと呼びたかったのに声がかすれて上手く言えない。

 そんなリリスに、テーナはそっと枕を高くして、水を飲ませてくれた。


「私はここにおりますから、どうぞ何もご心配なさらず、もう少しお眠りになってくださいませ」

「……うん」


 何か大切なことがあったような気がするが、まだ体がだるく、いつものように夢を見て疲れているのかもしれないと、リリスは再び目を閉じた。

 途端に、また眠りに入る。


 テーナはじっとリリスを見守り、ほっと息を吐いた。

 それから、リリスが一度目が覚めたことを殿下に伝えなければと思い、そっと立ち上がる。

 リリスの体質や秘密を知らないジェスアルドは、あまりにも長く眠り続けていることをとても心配しているのだ。



   * * *



 二日前、突然トイセンの街に現れた皇太子の姿に、テーナだけでなく街の人々も驚いた。

 その騒ぎも収まらぬうちに、馬を不器用に走らせながらエドガーが戻ってきて訴えたのだ。

 ——馬車が襲われ、妃殿下が誘拐された、と。

 一瞬にして、その場は混乱をきたした。

 しかし、騒然とする人々を一喝で黙らせたのがジェスアルドだった。

 その声に、ショックのあまり倒れかけたテーナも、どうにか意識を保つことができたのだ。


 その後のジェスアルドの行動も早かった。

 街にいる医師二人を——そのうちの一人はフレドリックの友人だが、急ぎ現場へ向かわせ、何人もの伝令を飛ばし、自分の近衛と残っていたリリスの護衛騎士、そしてトイセンの警備兵の半数を連れて、医師に遅れることわずかばかりで現場に向かったのだ。

 それからのことはよくわからないが、心配しながら眠れずに待っていたテーナの許に伝令が戻って来たのは、夜も明けようという頃だった。


 皇太子妃の安否を心配して、街の人たちが松明を燃やし続けているために、トイセンの街は夜にも拘わらず煌々と照らされていた。

 その様子を宿屋の窓際に座って見ていたテーナは、二人の警備兵が向かってくることにすぐに気付いたのだ。

 急ぎ部屋から宿の外まで出ると、警備兵の二人は驚いたようだったが、テーナに皇太子からの伝言を口にした。

 簡単でいいのでリリスの身の回りの品を持ってくるようにと。


 テーナはそれまで無気力に座っていただけの自分を呪いながら、素早く準備して用意された馬車に乗り込んだ。

 もし『主人の旅支度競争侍女選手権』があれば、間違いなく優勝できただろう。

 傷つきながらも興奮していたレセは、薬のためかよく眠っており、そんな彼女を気遣って、音を立てることもほとんどなかったのだから。


 コーナツの街に到着したのは、人々が動き始める頃だった。

 詳しい説明はなかったが、テーナは用意された宿の一室で、静かにリリスの帰りを待っていた。

 自分にできることは、今は何もないのだからと。

 しかし、待つことをこんなにつらく感じたのは初めての体験だった。


(リリス様……頭と口はよく回るけれど、体力はあまり……)


 運動神経は悪くないはずだが、基本的に引き籠り生活である。

 さらには追い詰められると突飛な行動を取るリリスに、テーナの心配は募った。


(無茶をなされて、お怪我されているんじゃ……)


 そこまで考えて、テーナは頭を振った。

 悪いほうへと考えるのは、自分が気弱になっているせいなのだ。

 ここでリリスを信じなくてどうすると、気力を奮い起こす。


(そうよ。機転が利くリリス様のことだもの。今にかならずご無事で戻っていらっしゃるわ。大丈夫。絶対にリリス様は大丈夫)


 テーナは不安に押し潰されそうな自分に、何度も言い聞かせていた。

 しかし、今度は自分を責めてしまう。


(私もご一緒していれば、何かできたかもしれないのに……。ううん、それよりも騎士を全員お連れになるように、進言すればよかったのよ。いえ、やっぱりサウルの様子をもっと探らせるべきだったのかも……)


「テーナ、おぬしがそのような顔をしておっては、リリス様はまた叱られると怯えてしまうぞ」

「フレドリック様……」


 はっとして顔を上げれば、いつものように憎まれ口をたたきながらフレドリックが部屋へと入ってきた。

 だが、その表情には疲れが滲んでいる。

 医学の心得もしっかりあるフレドリックは、怪我をした護衛騎士たちを友人たちに託し、寝る間を惜しんで追ってきたのだ。

 もし、リリスが怪我をしてしまっていたら——。

 考えたくはないが、その場合を想定してのことだった。


「まったく、サウルのやつめ……。ここまで愚かだったとはな。見抜けなんだことが悔やまれるわい」

「フレドリック様のせいではございません」

「もちろんじゃ。そして、おぬしのせいでもないぞ。悪いのはサウルなのだからな。今回のような暴挙に出るなど、国を背負った官僚がやることではないわい。よほど自信があったのか、それとも……」


 きっぱり答えたフレドリックは、それでもつらそうに息を吐き出して、考え込むように言葉を詰まらせた。

 だがすぐに続ける。


「リリス様は十分に身辺に気をつけていらっしゃった。まさか十日以上もたって、サウルが襲ってくるとは、誰も思わぬだろう。しかし、リリス様はご自分を責められるのではないかな。幸いにして、騎士たちに亡くなった者はおらぬが、ひどい怪我を負った者が少なくない」


 確かに、フレドリックの言う通りだった。

 リリスは必要以上に責任を負おうとするところがある。

 おそらく、幼い頃より皆がリリスの見る現実夢に頼りすぎてしまっていたからだろう。


 それでも今までは、リリスの家族が——国王一家がリリスを理解し、支えてきたのだ。

 ドレアム国王とカサブランカ王妃、そして兄王子であるスピリスとエアムが表に立ち、リリスの夢を実現化させてきた。

 それが、この国でリリスの秘密を知る者はたったの三人なのだ。

 今回の焼き物作りに関しても、どれだけ責任を感じ、気を使っていたのだろう。


(もっと、私がリリス様のお心の機微に気をつけていなければ——)


「これ、自分を責めるでないと言うておろう」


 考え込んでしまっていたテーナは、フレドリックに叱責され、我に返った。

 その言葉に、つい苦笑を洩らす。


「そうでしたね。申し訳ございません」

「私に謝る必要もないぞ。とにかく私たちは、リリス様がお戻りになった時に、いつも通りに接することだ」

「——はい」


 フレドリックの励ましに、テーナが力強く頷いた時、ジェスアルドからの急使が部屋に駆け込んできた。

 無事に妃殿下を救出したとの知らせに安堵したのもつかの間、意識を失っていると聞き、二人は急ぎ馬に乗せられてリリスの許へと駆けつけたのだった。




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