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「いい加減、寝坊癖をなんとかしないとね……」

「ですが、昨夜は現実夢をご覧になったのでしょう? 仕方ありませんわ」

「そうなんだけど……」


 はあっとため息を吐いたリリスに、レセが慰めの言葉をかける。

 だが、リリスは素直にその言葉を受け取るわけにはいかなかった。

 レセは理解してくれているが、みんなに迷惑をかけたことに違いはないのだ。

 幸い、リリスの体調を考慮して、予定は余裕を持って組まれているので問題はない。

 それでも出発前にジェスアルドに心配され、謝罪されたことはかなり堪えた。

 リリスが病弱だと未だに騙しているのだから。


「そろそろ殿下に打ち明けるべきかしら……」

「現実夢のことですか?」

「ええ……」

「そうですね……。打ち明けられるタイミングはリリス様に全て任されていらっしゃいますし、リリス様が今だとお思いになるのでしたら、よろしいのではないでしょうか」

「そうなの?」


 テーナの意外な言葉に、リリスは驚いて問いかけた。

 基本的にテーナは慎重で、どちらかというと止められるかと思っていたのだ。


「はい。この視察――新婚旅行についても、殿下の采配はお見事でいらっしゃいましたし、リリス様がシヤナの作り方をご存じだとお知りになってからのご対応も、とても柔軟になさってくださっています。そう考えますと、現実夢のことも理解してくださるのではないでしょうか?」

「そう、よね……」


 冷静なテーナの分析を聞いていると、ますます話すべきだと思えてくる。

 すでに朝まで一緒に眠っている上に、リリスが寝起きにメモを取っている姿も見られているのだ。

 だが打ち明けることで、ジェスアルドから今とは違った目で見られてしまうのではないかと思うとためらってしまう。


「ねえ、レセは初めて私の現実夢のことを知った時は、どう思った?」

「初めて知った時ですか……そうですね、すごくわくわくしました」

「わくわく?」

「はい。夢の中で色々な場所に行けるなんて、とても素敵だと思いましたから。そのお話を聞かせて頂けるのかと思うと楽しみで……。もちろん今は、楽しいことばかりではないと理解しておりますが……。あとは、リリス様のとても大切な秘密を知らせてくださったことに緊張もしました」

「それを聞いて、安心したわ」


 レセの言葉に答えたのは、リリスではなくテーナだった。

 途端にレセは気まずそうな表情になる。


「リリス様はフロイト王国の――今ではこの帝国にとっても、稀有な宝と言うべきお方ですからね。浮ついた心持ちでお仕えしているのなら、今すぐ国へ帰りなさいと言うところでしたが……。まあ、今までのレセの態度からも、そのようには感じませんから安心なさい」

「はい……」

「ちょっとテーナは大げさよ。レセには本当に助けられてばかりで、感謝しているのよ。ありがとう、レセ。これからもよろしくね」

「そんな、私には過ぎたお言葉です!」


 しゅんとしてしまったレセを励まそうと発した言葉は、リリスにとっても本心だった。

 レセは感極まったように涙で目を潤ませている。

 その様子を横目に見ながら、今度はテーナが話し始めた。


「私は、王妃様からお話を伺った時、とても身の引き締まる思いでした。また、そのように大切な王女殿下の侍女にと、私を選んでくださったことを誇りにも思いました。そしてこれから先、王女殿下に誠心誠意をもってお仕えしようと心に強く誓ったものです」

「それは逆にプレッシャーだわ……」

「ご安心ください。私のその崇高な誓いも、ものの数日でガラガラと音を立てて崩れ、消え去りましたから」

「ええ? 早すぎない?」

「……私が信じていた王女殿下は、お体が弱く、お部屋からあまり出ることも叶わないと……。それが、実際に目にした王女殿下は、ベッドの上で飛び跳ねまわる、窓から身を乗り出して落ちそうになる、エアム王子殿下に飛びかかって噛みつく、と自分の目を疑いました。ちなみに、この出来事はお仕えして一日目に全て起こったことでございます。そして次の日には――」

「もういいわ。ありがとう、テーナ」


 うんざりしたようにリリスが遮ると、テーナはくすくす笑った。

 つられてレセも笑い、ふてくされていたリリスも笑う。

 馬車の中には明るい笑い声が響き、やがて落ち着いた頃に、テーナが再び口を開いた。


「結局のところ、私たちはリリス様が大好きなんです。それはお力があろうとなかろうと変わりません。ですが、リリス様にまだ迷いがあるのでしたら、殿下に打ち明けられるのはもう少し先にされてもよろしいのではないかと思います」

「テーナ……」


 核心を突いたテーナの言葉に、リリスは喉を詰まらせた。

 リリスの迷いを、テーナはちゃんとわかってくれているのだ。


「私のこと……気持ち悪いとは思わなかった?」

「はい!?」


 思い切ったリリスの問いかけは、レセをかなり驚かせたらしい。

 その反応に勇気を得て、リリスは続けた。


「だって、私が望んだことじゃなくても、私は他人の個人的なことまで踏み込んでしまう場合もあるのよ? 誰だって見られたくないことってあるでしょう? 秘密の会談や恋人との逢瀬、それに隠しておきたい過去とか……」


 その言葉にテーナは苦笑したが、レセはなぜか期待に満ちた表情になった。


「むしろ私は、私の未来を見てほしいくらいです。将来どんな素敵な旦那様がいるのか……いますよね?」

「さ、さあ? それはまだ見たことないから……。でもレセならきっと大丈夫よ」

「そうだといいのですが……。たとえば素敵だと思った男性が、実は浮気性だったとか、そういうのは嫌なので、もしご覧になったらすぐに教えてくださいね?」

「レセ!」


 テーナの鋭い叱責の声に、レセは首を竦めた。

 そのやり取りを見て、リリスはまた声を出して笑った。


「リリス様、笑い事ではありません。現実夢ではうなされるほどにおつらい思いをされることだってあるというのに……」

「いいの、いいの。じゃあ、これは――っていうレセの夢を見たら、絶対に教えるわ」

「ありがとうございます!」


 思慮深いテーナと明るいレセのお陰で、リリスはいつも助けられている。

 リリスがにっこりして答えると、レセは顔を輝かせ、テーナは呆れたようにため息を吐いた。

 だが、テーナはすぐに姿勢を正し、改めてリリスをまっすぐに見つめた。


「確かにリリス様のお力は他人の個人的なことに踏み込んでしまわれることもあるかとは思います。ですが私はリリス様だからこそ、神様は特別なお力をお与えになったのだと信じております」

「テーナ……」

「リリス様はおそらく今までに数多くの現実夢をご覧になったのでしょうが、その中で個人的なことを私どもに、不用意に洩らされたことは一度もありません。私たちがよりよい暮らしができるような知恵や技術、助言をくださるだけですもの。リリス様だからこそお知りになっていてほしいことを、神様はお選びになり、現実夢としてお見せになっているのではないでしょうか?」

「私だからこそ、知っていてほしいこと……?」

「さようでございます。ですから、リリス様がお知りになったことで、罪の意識を持たれる必要はないのです。リリス様の知識はリリス様のもの。リリス様の思うようになさってください。きっと、神様もそう望まれています」


 今まで誰にも打ち明けたことのない悩みだったけれど、やっぱりテーナはわかってくれていた。

 テーナの隣に座ったレセも力強く何度も頷いている。


 本当はアルノーの現実夢を見た時、初めて自分の力が嫌になった。

 知らなければ乙女として〝夢〟を見ていられたのにと。

 さらにコリーナ妃のことを見るたびに、傷つき打ちのめされてもいた。

 どうしてこんなに悲しいことを知らなければいけないのかと。

 そして、どんなに噂をされようとも口を閉ざしたままのジェスアルドの秘密を知ってしまった罪悪感。

 もし、このことをジェスアルドに打ち明けたら、嫌悪されてしまうのではないかと怖かった。


 最近はぐっとジェスアルドに近づけたと思う。

 だけどまた、最初の頃のように距離を置かれてしまったら。

 それどころか、もう二度と関わりたくないと――離縁を申し出られたら。

 そんな考えから、秘密を打ち明けることをためらわせているのだ。


「まだご結婚からひと月ほどですもの。ゆっくりでよろしいのではないでしょうか?」

「……うん、そうね。ありがとう、テーナ。私、何か色々と焦っていたみたい。あれもこれもって、欲張りすぎたわ。今はひとまずブンミニの町とトイセンのことに集中する。それが落ち着いてから、また考えてみるわ」


 確かに、結婚から今まで、リリスは突っ走りすぎていた気がする。

 ちょっとだけペースを落として、ジェスアルドとの信頼関係をちゃんと築いてからでいいのだ。


「本当にありがとう、テーナ。レセもテーナも、二人とも大好きよ!」


 迷いが晴れたリリスは、目の前に座る二人にありったけの想いを込めて告げた。

 そして、二人からは満面の笑みが返ってきたのだった。




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