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 ジェスアルドがはっきりと断言したことに、同意見だったとはいえリリスは息を呑んだ。

 しかし、アレッジオに動じた様子はない。


「殿下、理由をお訊きしてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 アレッジオが慎重に問いかけると、ジェスアルドは当然とばかりに頷いた。

 そしてリリスの様子を窺いながら続ける。


「理由は色々とあるが、正直に言ってしまえば一番は勘だ」

「勘、ですか?」

「もちろん、お粗末な理由だというのはわかっている。何の証拠も示せず、勘だけで断罪するわけにもいかない。だがこのまま目を逸らし続けては、さらに被害者を増やすことになる。だからずっと抱いていた違和感に改めて向き合い考えていた」


 以前ジェスアルドは、コンラードについて整理して考えると言っていた。

 その結論が出たのだ。

 リリスはジェスアルドから目を逸らすことなく、静かに待った。


「私は幼い頃のコンラードのことはよく知らない。一緒に遊ぶどころか顔を合わせたこともないからな。コンラードの存在を意識したのも十代後半の……確か、ルータス王国との戦いに決着がついた頃だったと思う」


 予想外の内容にリリスは驚いたが、アレッジオはやはり知っていたらしい。

 ジェスアルドの言葉を裏付けるように言い添える。


「幼い頃のコンラード殿はお体が弱かったらしく、屋敷から出ることがありませんでしたから。公爵もよく嘆いておられましたよ。成人するまで生きていられるかわからない、と」

「そうだったんですね……」


 今のコンラードの元気な姿からは想像できないが、それでもよく聞く話でもあるのでリリスは納得した。

 周囲がコンラードに甘いのも、コンラードが注目を浴びたがるのも理解できる。

 そこでようやくリリスは気付いた。

 数々の戦功を上げ、本来なら英雄として讃えられるべきジェスアルドが恐れられ、忌避されている噂――それはコンラードの嫉妬から生まれたのではないのだろうか。


「噂を――殿下の噂を流し始めたのは、コンラードなのでしょうか?」

「断言はできない。私が呪われているという噂は以前からあったからな。ただ可能性を否定することもできない」

「確かに、殿下の二つ名が流れ始めた時期――ルータス王国との戦に殿下が参戦された頃に、コンラード殿は皇宮に姿を見せるようになりましたな……。あの頃はいよいよフォンタエ王国とも開戦するのではないかと皆が不安を抱いており、明るいコンラード殿に惹かれる者も多かったと記憶しております」


 当時のことを思い出しているのか、アレッジオの強面はさらに強張った。

 だが急にはっとしてジェスアルドを見る。


「まさか、密偵と通じていたということは……」

「それはさすがに考えすぎだと思いたいが……コンラードはまだ十五にもならなかったのだから」


 密偵と聞いて、リリスは誘拐を企んだサウルのことを思い出した。

 結局、サウルの口から出た内通者の名前は皇宮に仕える事務官の一人だったらしいが、その者はすでに姿を消していたらしい。

 行方は当然アレッジオの部下が追っている。

 しかし、フォンタエ王国に逃げられては捕まえることは難しいだろう。


「密偵……」


 上手く利用することもできるが、たいていは邪魔な存在である。

 そんな者たちとコンラードが何人も通じているとすれば……。

 思わず呟いたリリスに答えるように、アレッジオが反応した。


「ルータス王国との戦では、フォンタエの密偵が活躍してくれたお陰で我が陣営の作戦が筒抜けだったのですよ。ですが、殿下が突如参戦したことで密偵も慌てたらしく、尻尾を摑むことができ、ようやく勝利することができました。……そういえば、あの戦で殿下はフリオと出会ったのでしたよね?」

「ああ。あいつは土地をよく知っていたからな。かなり助けられた」

「フリオは元騎士だったんですよね?」

「そうだが、剣の扱いは今一つだったな」


 密偵の話からフリオの話題になり、その場は少し和んだ。

 ジェスアルドの側近で三十歳を少し過ぎたフリオとは、リリスは何度か話したことがある程度なのだがかなり好感を抱いていた。

 なぜなら、ジェスアルドのことが大好きだという共通点があるからだ。

 いつか皇帝やアレッジオ、デニスと一緒に『ジェスアルドについて語る会』を開きたいと思ってるのだが、今は残念ながらそれどころではない。

 皆が一度喉を潤しカップを置くと、ジェスアルドは再び話し始めた。


「改めてアレッジオに話したことはないが、コリーナとコンラードの関係はすでに知っていると思う。結局、コリーナは追い詰められ、精神的に病んでしまったことも」

「――はい。何もお力になれず、申し訳ございません」

「いや、アレッジオが謝罪する必要はない。当時、お前はこの国にほとんどいなかったのだから。それに、結局は私を含めた当事者の問題だったんだ。後悔はあるが、今はそれさえも受け入れられるようになった」


 コリーナ妃のことを話すジェスアルドの表情も声もとても穏やかだった。

 ようやくジェスアルドの中で昇華できたのだ。

 ほっと安堵の息を吐いたリリスにジェスアルドは優しく微笑みかけてから、表情を厳しいものに戻した。


「コリーナの葬儀の前夜、部屋を訪ねてきたコンラードは私に泣きながら謝罪した。許してほしい、と。私が戦や交渉のために留守にしている間、コリーナを慰めているうちに好きになってしまったらしい。それでも諦められると思ったが、どうしても気持ちを抑えられなくなったのだと」

「それは初耳ですが、ずいぶん勝手な言い分ですな」


 リリスは何も言わなかったが、アレッジオとまったく同じ気持ちだった。

 厚かましいコンラードのせいで、ジェスアルドは必要ない罪悪感をおそらく抱いてしまったのだ。

 コンラードが今目の前にいれば、護身術としてアレッジオに習った蹴りを躊躇なく繰り出しているだろう。


「その後、コンラードは皇宮を出たきり、二年近く行方がわからないままだった。しかし、戻ってきてからは明るいというよりも軽薄になり、多くの女性と浮名を流すようになっていた」

「ええ、典型的な傷心した姿ですよね。馬鹿げた傷心旅行の間も、ふらりと様々な街に現れては長逗留したり、短期間の滞在だったりと部下たちから報告は受けておりました。ですが、ずっと見張らせていたわけではありませんので、ひょっとしてフォンタエの密偵などが接触を図っていたとすれば……これは私の判断ミスです。不慣れや忙しさを理由にはできません」

「全てを完璧にするのは無理だろう。それに私は、私の存在がコンラードとコリーナの仲を裂いたのだと、長年の間罪悪感を抱いていたが、コンラードを信用していたわけではない。皇宮内に密偵がいることも想定済みではあったが、こうして出し抜かれている。ただ何よりの問題はコンラードの目的だ。コンラードが帝位に興味を少しでも見せていたなら私たちは警戒していただろう。しかし、見せかけでなく、本当にコンラードは帝位にわずかばかりの興味も抱いていない」

「それはそうですが……」

「私が気になったのは、先ほどリリスが口にしたように私の噂だ。私にまつわる噂、コリーナについての噂も、小さな町や村よりも大きな街――コンラードが滞在したことのある場所は特に根強い。そのことはリリスとトイセンまで旅をして気付いたんだ。しかもリリスが嫁いできてからのコンラードの言動は、まるで私たちの仲を裂こうとしているかのように思える」


 ジェスアルドとアレッジオの会話を考えながら聞いていたリリスは、はっと目の前に意識を集中した。

 するとジェスアルドは穏やかに微笑んでおり、つられてリリスも微笑んだ。


「もしリリスが、噂どおりの心優しいだけの病弱な姫君だったのなら、私に怯えて暮らしただろう。さらには体調を悪くしていただろうな」

「そうですね。ですが私は心優しくて病弱なふりをした賢い姫君だったので、殿下が本当はとっても優しい人だってすぐに気付きましたから」


 ジェスアルドの言葉にリリスが胸を張って答えると、アレッジオが噴き出した。

 だがリリスは気にせず、先ほどから引っかかっていることを口にした。


「動機はわかりませんが、コンラードが怪しいとは私も思います。ただ、バーティン公爵は本当にかかわっていないのでしょうか? コンラードが傷心旅行とやらをしていた間、公爵や夫人はいったい何をしていらしたのですか?」




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