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「もうすでに知っているだろうが、この国には父上の後継に私を認めない者、反対する者などが多く存在する。その者たちの大半がコンラードを後継者にと推しているが、中には皇家そのものを忌避している者たちもいるんだ」

「皇家そのもの……ということは、帝国そのものですね?」

「ああ。簡単に言えば、反逆思想を持つ者たちだ。父上や私たちは性急に、そして強引に国土を拡大してきたからな」


 ジェスアルドの説明に、リリスは静かに頷いた。

 どんなに綺麗事を並べようと、過去に戦争は行われたのだ。

 侵略した国、侵略を仕掛けてきた国、きっかけは様々だが、全てが今は帝国の一部となっている。


「リリスはルータス王国の名を知っているか?」

「――はい。この大陸の南に存在していた国ですよね? フォンタエ王国と帝国に挟まれる形で……十数年前にフォンタエ王国と同盟を組んで、エアーラスに戦争を仕掛け、結局は敗れて消滅したと記憶しています」

「正確には、ルータスの国土はエアーラスの国土となりはしたが、ルータス王家と一部の貴族はフォンタエに亡命しているため、完全に消滅したとは言えない。もちろんルータスの地はフォンタエ王国との間を流れる川の名からアテアラと地名を変え、戦の折に活躍した者たちに治めさせているので、ルータス王家の戻る場所はもう存在しないが……最近、ルータス王家の復権を望む者たちの動きが活発化している」


 その話にリリスは眉を寄せた。

 リリスにとってルータス王国はすでに歴史の一部であり、十代前半の頃に学んだだけの過去の存在である。

 実際にはジェスアルドが戦った相手であり、まだ十数年前の出来事ではあるが、リリスの知る限りアテアラの統治は上手くいっているはずだった。

 それがなぜ今さらという疑問が湧く。


「民がルータス王家を望んでいるのですか?」

「いや、民を扇動しようとしている者がいる。そのために破壊工作を行っているんだ」

「破壊工作?」


 嫌な言葉に、リリスはますます眉を寄せた。

 フレドリックも発言はしないがリリスと同様に顔をしかめている。


「収穫寸前の畑を荒らしたり、水門を壊したり、最悪なことに村の共同井戸に毒を混入させたりしております」

「それでは民が害を被るだけではないですか!」

「やつらにとっては民など使い捨てなのですよ。先の戦でも兵のほとんどが鍬を剣に持ち替えただけの農夫でしたからな」

「そんな……」


 アレッジオが引き継いで話す内容はあまりに酷く、リリスは言葉を失った。

 今のリリスよりもジェスアルドが若い頃――リリスがフロイトの城で家族に守られ幸せに過ごしていた頃、ジェスアルドは戦場に立っていたのだ。

 しかも相手は兵士ではなく剣を握っただけの農夫だったなど、いくら大義のためといえどもジェスアルドが苦しまなかったはずはない。

 また、この戦争の頃から〝紅の死神〟などとくだらない噂が広まり始めたはずである。


「あの土地の民は――特に農村部の民は〝紅の死神〟を恐れております。そして今、明らかな人的被害を前にしても、彼らは新たに流れ始めた噂を信じているのです」

「……まさか、呪いですか?」

「ああ」


 信じられない思いで問いかければ、ジェスアルドが苦々しげに答えた。

 リリスがはっとしてアレッジオから視線を移すと、向かいに座るジェスアルドの表情は声のままに苦々しい。


「今回のポリーの事件については、水脈は見つかったものの、まだ地下通路の到達には至っていない。そのため、ポリーを殺害した者の手がかりも摑めていない。だが、目的については一つの説が成り立つ」


 ジェスアルドの言葉から、ようやくリリスは気付いた。

 今回の皇太子妃暗殺未遂事件がどこか中途半端だったのは、目的が違ったからだ。


「皆に〝呪い〟を思い出させるためなんですね?」

「はっきりしたわけではないが、その可能性が高い」

「では、皇宮での噂の発端を辿れば、犯人に近づけますよね? その者がルータス王家と繋がっていると……」


 確認するように呟きながらも、リリスは怒っていた。

 帝国への疑心を煽るために民たちに犠牲を強いて、さらにはジェスアルドの噂を信憑性のあるものにするために、リリスに毒を盛り、ポリーを殺したのだ。

 本当にそうなのだとしたら、犯人を――ルータス王家の再興を願う者を許せない。

 怒りに歪む顔を見られたくなくて、リリスは俯いた。


「妃殿下、まだ可能性の一つでしかありません。また、今流れている噂については、幾人かのメイドにたどり着きました。彼女たちは皆、サロンの給仕を担当している者ばかりです。要するに、彼女たちはサロンでお茶を飲んでいるご婦人方から噂を仕入れたようですな」

「サロンで……」

「リリス、ダメだ」

「殿下?」

「リリスが自ら動かなくても大丈夫だ。アレッジオに任せていればいい」

「ですが——」

「ダメだ」

「……はい」


 まだ何も言っていないのに、ジェスアルドにはリリスの考えがわかってしまったようできっぱり反対されてしまった。

 ここで無理を通しても、足手まといになるだけなので、リリスは仕方なく頷く。

 すると、それまで黙っていたフレドリックが噴き出した。


「いやあ、さすがですなあ。殿下はもうリリス様の思考、行動パターンを理解していらっしゃる」

「――あら、当然よ。だって殿下ですもの」


 笑いながら言うフレドリックに答えたのは、ジェスアルドではなく当のリリスだった。

 しかもなぜかリリスは偉そうである。

 結局その場は笑いに包まれ、緊迫していた空気も和らいで話し合いは終わった。


 その夜――。

 リリスは思うように模様替えのできた久しぶりの自室で寝支度を整えると、寝室を通り抜けてジェスアルドの寝室へと入っていった。

 当然、ジェスアルドの部屋も警備が強化されているが、二人の寝室を繋ぐ扉を使えば自由に出入りできる。

 リリスが満足げに模様替えの終わった寝室を眺めていると、ジェスアルドが入ってきた。


「リリス、そのように薄着では風邪をひくぞ」

「大丈夫ですよ。今夜は少し暑いくらいですから」

「そうか? ならば氷嚢を用意させるか?」

「そこまでは暑くありませんよ」


 過保護な言葉に笑いながら答えて、リリスはジェスアルドに抱きついた。

 そしてほっと息を吐き出す。


(もっと早くジェドと会いたかったな……)


 今よりずっと若い頃のジェスアルドの苦しみにリリスが力になれたとは思えないが、傍にいることはできただろう。

 そう思うと悔しい。

 しかし、過去を変えることはできなくても、未来は自分で決めることができる。


「……リリス?」

「――この部屋はどうですか? ジェドがゆっくり休めるように配色もいろいろ考えてみたんです」


 心配そうに問いかけるジェスアルドに、リリスは急ぎ顔を上げて微笑んだ。

 ジェスアルドは深く追及することなく微笑み返す。


「そうだな。とても……いいな。ありがとう、リリス」


 室内を見回しながら答えたジェスアルドは、どうやら適切な語句が見つからなかったようだ。

 リリスはくすくす笑いながら、さらに強く抱きついた。


「では、今夜はどちらで寝ましょうか?」

「リリスと一緒ならば、どこでもかまわないが……せっかくだから今夜はこのベッドにしよう」


 温かくて甘い質問に、ジェスアルドはほんの少し考えてからリリスを抱き上げた。

 途端にリリスは楽しそうに悲鳴を上げ、ジェスアルドは唇で塞いで黙らせたのだった。




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