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簡単なドレスに着替えたリリスは、夕食を食べながら家族からの手紙に書いてあったフロイトの近況をテーナたちに語った。
たいていはリリスへの手紙に、テーナたちの家族からの手紙なども同封されているのだが、今回は残念ながらなかった。
おそらく秘密を打ち明けたことに気を取られたか、使節団のことで急いでいたのだろう。
それからリリスはダリアのことを少しだけ打ち明け、明日には励ましの手紙を出すつもりだと告げた。
すると、二人は顔を見合わせた後に、テーナが遠慮がちに口を開く。
「差し出がましいことを申しますが、この数ヶ月はフロイト王国にとって大変困難な時期でしたので、ダリア様がお悩みになるのも当然かと存じます。それでも、ダリア様は十六歳になられ、お傍には国王陛下も王妃陛下もいらっしゃるのですから、きっと正しいお考えを導き出されるでしょう。ですが、リリス様はお一人でこの見知らぬ土地にお輿入れなさり、結婚生活を始められたのです。今では殿下とお心を通わされ、この皇宮での生活を楽しんでいらっしゃいますが、それまでにリリス様は大変なご苦労をなさっていらっしゃいました。ですから、ダリア様を心配なさるお気持ちはございますでしょうが、どうかこれからはご自身のことを一番にお考えくださいませ。それが私どもの願いでございます」
テーナの言葉をリリスは驚いて聞いていた。
その真剣な口調からは、二人がどれだけリリスのことを大切に考えてくれているのかがわかる。
リリスは感激のあまり喉が詰まり、鼻がつんとしたが、堪えてにっこり笑った。
「二人とも、ありがとう。でも私は一人じゃなかったわ。テーナとレセ、それにフウ先生たちがいてくれたもの。だから今まで頑張れたのよ」
テーナとレセが一緒だったからこそ、いつもリリスのことを一番に考えてくれていたからこそ、今のリリスがあるのだ。
本音を言えば、ジェスアルドに拒絶されていた当初は何度も挫けかけた。
だが、二人に心配をかけられないと努力を続けたのである。――少々斜め上の努力ではあったが。
「でもね、私は別に無理をしているわけじゃないの。私にできることがあるなら、したいだけ。まあ、お節介が過ぎるかもしれないけれど、ダリアは私の大切な妹だから少しでも助けたいの。要するに私が妹離れできていないってことね」
「お節介だなんて、そのようなことはございません。リリス様はとてもお優しい方です。まあ、その優しさが暴走してしまうこともございますが……」
「ええ? 暴走なんてしないわよ」
「……さようでございますね」
「さように思ってないでしょう?」
自覚のないリリスに、テーナはそれ以上は言及しなかった。
そんなテーナにリリスは納得しなかったが、すぐに笑い始める。
結局は三人ともが笑い、それからリリスは急がないと前置きして額縁のことをお願いした。
それなのに、寝支度を整え終えた時になって、レセがいくつかの額縁を持って戻ってきたのだ。
「レセ、急がなくていいって言ったのに……」
「はい。私もそのように申し伝えたのですが、皆がリリス様のためにと、すぐに動いたようでございます。ただ、リリス様のご趣味がわからず、このようにたくさん用意してくれました」
「リリス様は人気者ですからねえ」
「人気者? 私が?」
「さようでごさいます。なかには妃殿下ではなく〝勇者アマリリス姫〟とお呼びする者もいるそうですよ」
レセの説明にテーナがしみじみと呟いて付け加える。
その内容に驚いたリリスだったが、レセが最近耳にしたリリスの新たな二つ名を教えた。
「姫なのに勇者なの? おかしくない? そもそも私はもう姫でもないし、物語みたいに魔王を倒したわけでも……」
不満げに言いかけたリリスは、魔王に少々心当たりがあり、口を閉ざした。
テーナとレセをちらりと見れば、二人とも目を逸らしている。
「押し倒しはしたけど、倒してはいないわよ?」
「リリス様、それは堂々とおっしゃることではございません」
「そうですよねえ。倒されたのではなく、手懐けられたのですよねえ」
「レセ! 無礼ですよ!」
改めたリリスの言葉を窘めたテーナは、余計な発言をするレセを叱った。
だが、リリスは気にしていない。――どころか、乗ってくる。
「手懐けるって、ちょっと惹かれるわね。あれでしょ? 食事の時に『あ~ん』とかして食べさせてあげるのよね?」
「違います」
「違うの? じゃあ――」
「リリス様、おやすみになる前に、額をお選びになってはどうですか?」
「あ、そうだったわね」
上手く話を逸らしたテーナに促されて、リリスは額縁を見比べて考えた。
さすがに人目につく居間に飾るわけにはいかないので、寝室に飾るつもりである。
デザインはリーノの前衛的絵画を引き立てながらも、新しい寝室に馴染むものがいいだろう。
絵自体がそれほど大きくはないので、そんなに主張はしないはずだ。
「よし。これにしてみようかな……。ちょっと絵を持ってくるわ」
リリスは薄い青色の額縁を選ぶと、そのまま寝室へと向かった。
そしてすぐに戻ってきて絵と額を合わせてみる。
「――うん、いい感じじゃない? 額の色がどことなくリーノの瞳みたいね」
「……さようでございますね。リーノ殿下はずいぶん……大きくなられたのでしょうね」
「もうすぐ二歳だもの。でも、きっと私のことはもう忘れてしまっているかもしれないわね……」
「リリス様……」
家族からの手紙が届くと、リリスは喜びながらもどこか寂しそうに見える。
どうしても郷愁にかられるのだろう。
しかし、テーナやレセに気を使っていることはわかっていたので、二人ともあえて明るく振る舞っていた。
今回もどう慰めようかと二人は言葉を探していたが、リリスは鼻歌を歌いながら額縁に絵を入れていく。
「どう? いい感じじゃない?」
「――はい。リーノ殿下らしさが感じられる……絵でございますね」
にこにこしているリリスには、先ほどまでの寂しさが感じられない。
それも無理をしているわけではないようだ。
「きちんと飾るのは部屋の改装が終わるまで待つとして、ひとまずは今の寝室のチェストに立てかけておくわ。それじゃあ、色々とありがとう。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、リリス様」
「おやすみなさいませ」
そのままリリスはおやすみの挨拶をして寝室に入っていった。
その姿を見送りながら、テーナとレセは挨拶を返した後に、また顔を見合わせる。
やはり時間が――ジェスアルドとの時間がリリスの寂しさを埋めてくれているのだろう。
そう結論付けて、テーナとレセもまたにっこり笑って、下がったのだった。




