表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/156

112

 

 コンラードの密会現場を目撃してからすぐに目が覚めたリリスは、しばらくベッドの中でごろごろしていた。

 カーテンの隙間からはかすかに夕陽が差し込んでおり、それほど眠ったわけではないとわかる。

 しかも現実夢の中にいたにしては、今日はそれほどに疲れていない。


(うーん。まさかあれは現実夢じゃなくて、ただの夢とか? 私の希望が夢になったとか……)


 そこまで考えて、やはり感覚的には現実夢だろうと結論を出した。

 最後の場面は少々生々しすぎる。

 今まであのような場面に出会わなかったのは、ひょっとして未婚だったリリスに対する配慮かもしれない。


(まあ、誰が配慮してくれてるのかわからないけど……。神様? だとしたら、今でもお断りしたい)


 そもそも、リリスがコンラードを見失ってからそれほどの時間は経っていないはずだ。

 現実夢の中では、場面が――時間や場所がいきなり切り替わることはあるが、そうとも思えない。

 だとすれば、あれはあまりに性急すぎる。

 ジェスアルドなら――。


「って、何考えているのー! いやあー!」

「リリス様!?」


 大切なジェスアルドとの時間を自分で汚してしまったようで、リリスは思わず叫んだ。

 すると、部屋の隅に控えていたテーナが驚き立ち上がる。

 さらには居間側から足音が聞こえ、ノックもなしにドアが開かれた。


「リリス、大丈夫か!?」

「え? あれ? ジェド……?」


 てっきりレセだと思ったリリスは、ジェスアルドが現れたことで混乱した。

 ジェスアルドはベッドに座ったままのリリスに急ぎ近づくと、その足下に跪いて心配そうに見上げる。

 テーナはジェスアルドが現れたことと、リリスに異常なしと判断して、そっと寝室から出ていった。


「リリス、何か嫌な夢でも見たのか?」

「い、いいえ。嫌な夢というか……変な夢というか……とにかく、大丈夫です。ご心配をおかけいたしました」

「そうか……」


 ほっとしたジェスアルドは立ち上がると、リリスの隣に腰かけた。


「ジェド、何かあったのですか? お仕事中ですよね?」

「実はリリスに謝らなくてはいけないことができて、急ぎ会いに来たんだ」

「謝らないといけないこと、ですか?」


 ジェスアルドの言葉にはまったく心当たりがなく、リリスは首を傾げた。

 そんなリリスを見てジェスアルドは苦笑し、懐を探りながら続ける。


「だが、眠っていると言われたところに、リリスの声が聞こえてノックもなしに押し入ってしまった」

「私はジェドが会いにきてくれるのなら、いつだってノックはいらないですよ?」

「……誘惑しないでくれ、リリス」

「誘惑?」


 素直なリリスの反応にジェスアルドは思わず抱きしめたくなったが、それをぐっと堪えてあるものを差し出した。

 リリスは今の言葉がどう誘惑しているのかわからないままに、ジェスアルドの手元へ視線を落として目を見開いた。


「フロイトのみんなからの手紙ですね!」

「ああ。どうやら昨日のうちに届いていたようなんだが、手違いで私の書簡受箱に――しかも、急ぎではないほうに紛れ込んでしまったらしい。届けるのが遅くなってすまない」

「いいえ。こうしてジェドに思いがけず会えたのですから嬉しいです。手紙はこうして手元に届いたからには逃げませんもの」

「……」


 にこにこ笑うリリスに、ジェスアルドは返す言葉もなく、ただ艶やかな長い髪をそっと梳いた。

 リリスは大好きな家族からの手紙を早く読みたいだろうに、こうしてジェスアルドの心を軽くしてくれる。

 離れがたくはあるが、まだ執務も残っており、リリスも一人でゆっくり手紙を読みたいだろうと、ジェスアルドは気持ちを隠して立ち上がった。


「おそらく手紙にも少し触れられているとは思うが、近々フロイトから使節団が来ることが決まった。リリスも……懐かしい顔ぶれに会えるのではないか?」

「あ、はい。……あの、そのことは先ほどコンラードから聞きました」

「コンラードから?」

「はい。午後のお茶の時間にお会いしたので……」

「それは聞いているが……。今朝の会議で正式に決定したばかりのことを、あいつはどこから聞いたんだろうな、まったく……。たまには私がリリスを驚かせたいと思って、正式に決まるまで黙っていたのに……」


 残念そうに呟くジェスアルドが何だか可愛くて、リリスはベッドからぴょんっと飛びついた。


「先ほど、十分に驚かされました。まさかジェドがこんな時間に現れるなんて夢の続きかと思いましたから」

「それを言うなら、私も驚いたがな」


 抱き合ったまま、二人はお互いの言葉に笑った。

 それからジェスアルドはリリスの頬に右手を添えて、無言でじっと見つめた。


「……ジェド?」


 てっきりキスされるのかと思ったリリスは、どうやら勘違いだったらしいと気付いて、一人照れながら問いかけた。

 先走って目を閉じなくてよかったと思いながら。

 ジェスアルドはリリスの声にはっとして、なぜかためらいがちに口を開いた。


「……使節団の代表者は、アルノー・ボットらしい」


 そう告げると、リリスは気まずそうな顔をした。

 ジェスアルドはそんなリリスの表情を見て、腹の中に重石でも入れられたかのような気分になった。

 やはりまだリリスはアルノーのことが心に残っているのかと。

 だが、リリスの返事はジェスアルドの予想とは違った。


「それもコンラードから聞きました。驚けなくてすみません、ジェド」

「うん?」

「はい?」

「いや、アルノー・ボットは確か……」

「ええ、妹のダリアの婚約者です。きっと、ダリアは寂しがるでしょうね」


 ひょっとしたら手紙にはダリアの愚痴がまた書かれているかもしれないなと、リリスは考えてため息を吐いた。

 ダリアを溺愛している父や兄から、どうやらアルノーは厳しくしごかれているらしい。

 これもその一環と思えば、アルノーにとっては一つの試練でもあるのだろう。


「リリス、その……アルノー・ボットは、以前はあなたの婚約者候補だったと聞いたが……」

「え? ああ、はい。そうでしたね。そうそう、それに私の初恋相手でもあるんですよ」

「そ、そうか……」


 ジェスアルドが恐る恐る核心に触れても、リリスはまるで忘れてましたとばかりに頷いた。

 それどころかあっさり初恋相手だったと告白する。


 たとえ数ヵ月前でも、リリスにとって――女性にとっては、過去の恋は過去。

 この数ヵ月でジェスアルドとの愛を深め、すっかり過去の人となったアルノーはダリアの婚約者以外の何者でもない。

 むしろダリアを泣かせたら許さない。


「今思えば、アルノーとダリアが恋仲になってくれて、本当に良かったと思います。だって、私が早まってアルノーと結婚でもしてしまってたら、ジェドと出会えなかったんですよ!? すごく怖いですよね!」

「怖い……?」

「ジェドが他の女性と結婚したかもと思うだけで恐怖です! あり得ません!」


 そう言って、自分を上目遣いに見つめたまま、ぎゅっと抱きついてくるリリスが可愛いすぎる。

 いったい自分は何を悩んでいたのかと、ジェスアルドは馬鹿馬鹿しくなって苦笑した。

 普段のリリスを思えば、不安になることなどないのだ。

 ジェスアルドも思わずその腕に力を入れると、リリスはにっこり笑った。


「私にとっては、浮気も恐怖ですから」

「……は?」

「ジェドが浮気をしたら、すぐに見抜いてみせますからね! 絶対に許しませんから! 覚悟していてください!」

「……いや、そんな覚悟はいらないだろう。私にもリリス以外にあり得ないのだから。本当に、アルノー・ボットに見る目がなくて助かった」


 それこそ、リリスがいなければと考えるだけで、ジェスアルドには恐怖だった。

 何かと自信のないジェスアルドだが、リリスへの愛の深さだけは、誰にも負けない自信がある。

 正直なところ、重いと言ってもいいくらいに。

 本気でリリスを膝の上に乗せて毎日執務をしたいくらいなのだ。


 ジェスアルドは一瞬さらに強くリリスを抱きしめ、「ぐえっ!」と声を上げたリリスを解放した。

 リリスは恨めしそうにジェスアルドを睨みつけている。

 そんなリリスに、ジェスアルドは自制心を精一杯働かせて、軽くキスをするだけにとどめた。


「もう! ジェドは意地悪です! 今のキスでも、誤魔化されませんからね!」

「では、埋め合わせは今夜たっぷりしよう」

「……え?」


 たとえカエルの鳴き声のようでも、リリスなら可愛いと思えるジェスアルドは重症なのだろう。

 これ以上、自分が暴走しないようにと、ジェスアルドは顔を赤くしたリリスを残して寝室から出た。

 そして、足早に執務室に戻ると、フリオも引くほどの驚異的な速さで仕事を片付けていったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ