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「それでは、陛下にも新しい焼き物の名前――マリスを承認していただけたということでよろしいでしょうか? 紋もあの模様で?」

「うむ。以前も申したが、新しい焼き物については、そなたに一任すると決めておる」

「――ありがとうございます」


 皇帝から心強い言葉をかけられ、リリスは少しだけ肩の力を抜いた。

 ちらりとフレドリックを見れば、当然の如く助けてくれる気はないようで、穏やかに見える笑みを浮かべている。――が、絶対に楽しんでいる。

 アレッジオはマリスに関しては口を挟むつもりはないらしい。

 だが隣に座るジェスアルドは、励ますようにリリスの握り締めた手を軽くぽんと叩いた。

 いつもと違う仕草なのは皇帝やアレッジオの目があるからだろう。

 それでもリリスには十分で、笑顔を浮かべることができた。


「マリスを製造するための、ストーンウェアのような工場を建設するにあたって、国庫より費用を出してくださると殿下からは伺っております。おそらくその初期投資も三年あれば取り戻せるでしょう」

「ほう? ずいぶん強気だな」

「もちろんです。それだけの価値がマリスにはあります。シヤナにはない、新しい価値が」

「新しい価値?」

「はい。もうすでにお気付きかと思いますが、あちらに用意しているものが、マリスの新しい価値です」


 リリスは壁際に据えられている飾り棚を手で示した。

 飾り棚の上には何かがいくつか置かれているのだろうが、白い布が被せられていて見えない。

 引越しの片づけがまだ終わっていないわけでないことは、皇帝たちもわかっているだろう。

 そして部屋に入ってきた時、すぐに飾り棚へちらりと視線を向けたことは、リリスも気付いていた。


 リリスが「失礼します」と断って立ち上がると、皆も礼儀として立ち上がる。

 そのまま飾り棚へ近づくリリスの後に、皇帝やジェスアルドも続いた。

 飾り棚の前に立ったリリスがするりと白い布を引くと、絵付けを施された器や、昨日トイセンから届いたばかりの人形が現れる。

 途端に、背後で息を呑む声が聞こえた。


「これらがマリスの価値です」

「確かに、これはすごい……」

「まさか人形までとはな」

「……触ってもよいだろうか?」

「はい、もちろんです」


 思わずといった様子で最初に感嘆の言葉を漏らしたのはアレッジオだった。

 次いでジェスアルドが驚いたのは、人形のことは内緒にしていたからだ。

 皇帝は言葉にはせず、じっと見つめた後にリリスに問いかけた。

 すぐにリリスが了承すると、皇帝は一番にエメラルドのような輝きを放つ小ぶりの皿を手に取ってその艶を確かめ、光にかざし、裏返す。

 ジェスアルドは羊飼いの人形を手に取り、繊細な色付けを眺めつつ呟いた。


「この人形の原型は、ストーンウェアの工場に飾られていたものだな。あれはエドガーの作品だったのか」

「はい。ひとまずは作り慣れた人形でお願いしておりますが、後々は女性が好みそうなものをと依頼しております」

「そうか……」


 皆がひと通りマリスを眺め終えると、アレッジオがアマリリスの花を模したハンス独特の絵柄が縁に描かれた皿をゆっくりと元の位置に戻し、ため息交じりに告げた。


「それにしても、これは相当ですよ。これを目にしたからには、気合を入れ直さなければなりませんな」

「お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」

「いやいや、やりがいがあるというものです。妃殿下はお気になさらず、どうか思われるがまま自由になさってください」

「――ありがとうございます」


 アレッジオの言葉に勇気を得て、リリスはジェスアルドを見つめ、それから皇帝へとまっすぐに視線を向けた。

 そして席へと戻り、用意していた資料を配る。


「では、私がこれから提案いたしますことは、こちらに詳細とそれらについての概算を記しておりますので、ご覧になりながらお聞きいただいてもかまいませんし、私の提案の後で目を通していただいてもかまいません。もしご不明な点がございましたら、その都度ご質問ください」

「ほう……。これはさすがとしか言い様がないな。近年のフロイト王国の発展も頷ける」

「陛下にお褒めいただけるのは光栄ですが、フロイトでは私は提案するだけで、あとは父や兄たちが実務を担ってくださっていたのです。その資料も先生に手伝っていただき、ダメ出しもかなりされ、ようやく形になったものですので、まだまだ改善点は多いと思います。ですから、私の提案を採用していただくにしても、陛下や殿下にご助力いただかなければ実現は不可能でしょう」

「もちろん、納得いくものならば、助言も助力も惜しむつもりはない」

「ありがとうございます、陛下」


 ぱらぱらと資料をめくりながら呟いた皇帝の言葉に、リリスは照れながら答えた。

 ジェスアルドも簡単に目を通してから、リリスに同調して頷く。

 資料は猶予ができたこの数日で、よりわかりやすく説明できるように、リリスが自分の覚書として用意していたものを、フレドリックの指導の下、皆に見せてもわかりやすいようにまとめて清書したものだった。


 リリスが以前見た夢の中では、女性も男性と同じように作戦会議のようなものに参加していた。

 その会議ではなんと女性が白い板に書かれた数字などを指しながら説明し、年配の男性でさえも納得させていたのだ。

 しかもその女性は女騎士でもないのに、ズボンを履いていたのだから驚きである。


(確か、あの世界では……キャリアウーマンって言うのよね)


 あの時の場面を思い出しながら、リリスは一度大きく息を吸って、再び口を開いた。

 自分はキャリアウーマンだと暗示をかけながら。


「皆様にご覧いただいたように、マリスは確実に売れます。ですので、売上から材料費、人件費などの必要経費を除いた利益をどのように配分するかを提案させていただきます」


 そこまではっきり言い切ると、リリスはさっと三人の表情を窺った。

 お金の話を女性がすることを嫌がる男性は多い。

 だが、三人とも特に嫌悪などの色は見えず、むしろ興味深げにしている。


「――まず、先ほども申しましたが、この工場の建設費は国庫から出資してくださるということですので、利益の一部を国庫に還元したいと思います。その割合は二割」

「ほう? たったの二割で建設費の全額を三年で取り戻せると?」

「はい。今、市場に流通しているシヤナの価格を鑑みても十分ではないかと思います。もちろんマリスを認知させるための時間は必要ですが、この皇宮を利用すれば貴族たちだけでなく、各国へも簡単に宣伝できますから心配はしておりません」

「もっともだな」


 皇帝の質問にリリスが答えると、ジェスアルドが後押しするように頷いた。

 他に否定する者はいないので、ほっとしてリリスは次へと話を進める。


「次に、この度の騒動でトイセンの地を含む領地は皇家へ没収となりましたので、国庫から建設費を出資していただいても、工場の所有者は皇家のものになる――ということで間違いないでしょうか?」

「ふむ。出資は国庫からとしているが、そのつもりだ」

「では、皇家への還元率は三割とさせていただき、トイセンの街や周辺の街道、港の整備のために二割を還元するということでどうでしょうか?」

「ああ、それはいいですな。マリスに損傷を与えず市場へ流通させるためにも必要ですし、ストーンウェアの後押しにもなる」


 国庫から建設費を出資することにはなるが、きちんと返還すれば堂々と皇家所有として貴族たちも納得するだろう。

 本来は国庫でさえ皇家のものではあるのだが、ここまで国が大きくなってしまえば、皇家資産と国有資産と分けて考えたほうが物事は円滑に進む。

 ちなみに、皇家資産は国有資産よりも上回るのだが、リリスはまだ知らない。


 アレッジオもリリスの提案――街や交通網の整備に利益を充てるという案にはかなり乗り気だった。

 交通網が整備されれば、国はさらに発展する。

 皆が納得しかけてはいたが、まだ明かされていない案があった。

 そのことを疑問に思ったのか、皇帝は資料に目を落としたが、ジェスアルドは真っ直ぐにリリスを見つめて問いかけた。


「リリス、まだあと三割あるが、それはどうするつもりだ?」


 もちろんこの質問は必ず出ると思っていた。

 いよいよだと思うと、リリスもさすがに声が震える。

 それでも精一杯自信を持って言い切った。


「最後の三割は、私にください」





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