見えたアランの背中
「アランよ……!」
フレッドの両肩を掴み、街の黒雲を晴らす先を指す。
一瞥すら寄越さず、アランは真っ直ぐにイーグルがいる方角へ向かっていった。
「わかった、わかったから! ティア!」
ぐわんぐわんと揺れる頭を押さえたフレッドを見てようやく動きを止める。
確かにあれはアランだった。
あのアランが、毅然とした勇者そのもののように、剣を掲げ、人の希望を背負っていった。
その姿には、やはりという思いと、なぜという思いがぶつかり合う。
「——やはり君たちは知っていたか。勇者アラリックを。……怪しいとは思っていたんだがなあ」
背後から、大きな手のひらが私の頭を掴んだ。振り向きざまにフレッドも同じような目に遭っているのが見えた。
「ギルド長!!」
「……っ、勇者を探せと仰っていながら、居場所を知ってたんですね!?」
「いいや、知らんよ。あいつがどこにいたのかなど。あいつは気まぐれで、しかも追跡もできんからな」
澱みない言葉には嘘がないように見える。ただ、あまりにも信じられない。
「でも今」
「居場所は知らん。ただ連絡は取れる、といったところかね。そもそも、勇者を探すって話も、提示してきたのはアラリックの方だ」
「え!?」
「は?」
アランが自分を探すように言ったということ?
何のために、何をしたくて?
私たちの湧き出る疑問を振り払うように、エドガーは手を振った。
「まあいい。その話は後だ。今はあいつを仕留めなければ」
「もしかして、囮っていうのは……!」
慌てて掴んだエドガーの袖はしわだらけだった。
瞳から滲み出る心配の色を抑え込み、エドガーはギルド長の顔をして、言い切った。
「アラリックさ。なあに適材適所。あいつほど適役なやつはいない。気配を消すのがピカイチだと言ったろう? つまり気配操作が凄まじいんだ——ほら、きたぞ」
アランが向かった先から、強大な力の気配がする。
ビリビリと空気が揺れ、足元がぐらついた。
首都の空を旋回するイーグルが、狙いを定めたように、アランを向く。鋭い眼光に小さく叫んでいた。
「アラン……!」
ふ、と気配が消えた。一瞬の出来事だった。
勇者の、勇者たる力が一つとして感じ取れない。
「——勇者には、イーグルを引きつけるように伝えてある。自分に危害が及ばないよう力を解放するタイミングには配慮して、気配を消しながら対応するようにと」
言いながら、エドガーは冒険者の輪の中に戻っていった。
指示系統のトップ。今の最優先事項は、首都の死守だ。勇者が引きつけている間に、すべての準備を整え、始末まで遂行しなければならなかった。
それに不満なんてない。ないはずだけれど。
フレッドが私の腕を掴む。
「行こう」
どこへ、なんて明らかだ。
フレッドの青い目が私を唆す。
「……だけどギルドの作戦が」
「問題ないだろ。囮が一人だろうが三人だろうが。行く術だって、俺たちにはあるだろ?」
トントン、と小突いた先は耳飾り。
フレッドの言いたいことを察知して頷いた。アランがどれだけ完璧に気配を消そうとも、たどり着く自信がある。
アランは約束を守ってくれた。私も“約束”を守らないと。
「アグネス! ごめんなさい。私、ちょっと行ってくるわ」
驚いた目でこちらを見たアグネスは、ほんの数秒向き合って、諦めたように目を伏せた。
「は、あんたはまた無茶をして」
「アグネスこそ、まあ心配はしていないけど、ちゃんと急所狙ってよね。確実に仕留めて」
アグネスとは別行動をすると伝えると、アグネスはその綺麗な顔を歪めた。
心配させることはわかっているし、心配させたいとも思っていないけれど。
もう決めたことだ。
「……本当に無茶ばかり……引き際も大事なんだからね。ブルーノの二の舞だけは勘弁さ。フレッド! 頼んだよ。あんたにももし何かあれば、あたしはブルーノに会わせる顔がない。ちゃんと戻ってくるんだ」
二人同時に頷いた。
「ああ、必ずだ」
「ええ、必ずね」
拳を作った腕をアグネスへと向ければ、トン、とアグネスの思いも託される。
向かう場所は、イーグルと同じ——足を勇者の位置へ向けた。
「で、ティア。アラン……あの馬鹿野郎は一体どこにいるんだ?」
フレッドがバキバキと指骨を鳴らした。
「え、怒ってるの?」
「いや俺が怒っているように見えるか? まさか怒るわけないだろ。俺だって、連絡をするなら、どう考えてもティアだ」
彼は、どうも、怒っているらしい。
フレッドの眉はわかりやすく吊り上がっていた。




