第89話 こんなに時間がかからないと気付けなかったなんて俺もまだまだ未熟だな……
ひとまず店員にコーラではなくコークハイが運ばれてきた事を説明したところ、店の奥から血相を変えた店長が出てきて全力で謝罪された。
そして不手際のお詫びとして今回の食事代がチャラになったところまでは良かったのだが、本格的にアルコールが回り始めたせいでちょっと前まで顔が赤いだけだった夏乃さんのテンションおかしくなってしまったため困っている。
「結人もやるね、まさかお姉ちゃんを酔いつぶしてお持ち帰りしようとするなんて」
「だからこの状況は俺が意図的に狙って作り出したわけじゃないんですって」
「そうそう、ちょうどこの近くに三時間くらい安く休憩できそうな場所があるけど寄って帰る?」
「いやいや、寄りませんから」
「えー、つまんないの」
さっきからずっとこんな感じだ。夏乃さんは酔っているせいかいつも以上に俺を揶揄ってくる。てか、コーラとコークハイは味が違うので気付きそうな気がするんだけど何で半分以上も一気に飲み干したのか疑問だ。
まあ、夏乃さんはまだ十八歳でお酒の味は知らないはずなので純粋にアルコールとは気付いていなかったのかもしれないが。
「ところで結人はいつ私からの告白の答えを出してくれるのかな?」
「それは近いうちに必ず答えを出します、なのでもう少しだけ待っていてください」
「そっかそっか、じゃあ役所に行って婚姻届を貰って準備して待ってるからね」
「それは気が早過ぎますって」
普段なら聞いて来ないような事まで聞いてくるのは酔っているせいだろう。ただし、これは紛れもない夏乃さんの本音だ。
もっとも、俺の答えに関してはもうほとんど出ている。以前から夏乃さんに対する思いと凉乃に対する思いは何かが違うと思っていたが、その答えがつい最近ようやく分かったのだ。
以前からずっと感じていた事だったが、俺と凉乃はとにかく似ている。お互いに自分よりハイスペックな兄や姉がいて、それに対して自分達は劣っているというところまで同じだ。
多分俺は凉乃に対して一緒にいて劣等感を抱かなくて済む相手だと無意識に考えていたのだと思う。つまり俺が恋愛感情だと思っていたものは似た物同士故の親近感や対等でいられる安心感からくる気持ちだったに違いない。
本当にそれで合ってるかどうかはしっかりと確かめなければならないが、恐らくだがそんなに大きく間違ってはいないと思う。
「こんなに時間がかからないと気付けなかったなんて俺もまだまだ未熟だな……」
「えっ、何に気付いたの? あっ、もしかして結人もお姉ちゃんの溢れ出る魅力にようやく気付いてくれた感じ?」
「幼馴染で昔から付き合いが長いんだから夏乃さんの魅力くらいたくさん知ってますって」
「へー、たくさん知ってるんだ。それなら今夜は休憩だけじゃなくて宿泊にも使える楽しい場所でその事について語り合わない?」
「だからさっきからさらっと俺をお持ち帰りしようとしないでくださいよ」
マジでアルコールのせいか今日はぐいぐいくるな。酔いが覚めてから記憶に残っていたら黒歴史にならないだろうか。いや、よくよく考えたら酔ってなくても夏乃さんはこんな感じなので平常運転か。
「それよりこの部屋の中、なんか暑くない?」
「それは夏乃さんが酔ってるからだと思いますよ、店の中は普通に冷房効いてますし」
「そっか、じゃあ自分で温度調整するしか無さそうだ」
「ち、ちょっと何をしようとしてるんですか!?」
「何って服を脱ごうとしてるだけだけど?」
「下着姿になるのは辞めてください」
何の躊躇いもなく服を脱ごうとした夏乃さんを俺は全力で止めた。急にそれをされるとマジで心臓に悪いため辞めて欲しい。
「でも個室の中だから結人以外には見られる心配ないじゃん」
「そういう問題じゃありませんから、そもそも店員の人が入ってくる可能性だってあるじゃないですか」
「あっ、それもそうか」
いくら夏乃さんでも普通の状態なら絶対にこんな事はしないはずなのでアルコールのせいで凄まじく判断能力が落ちているのだろう。マジでお酒は飲ませない方が良いタイプに違いない。




