6話
ベイビーちゃんはどんな容姿をしているのか。
雷夫妻に訊ねても、ただ可愛い、可愛い言うだけで碌に教えてもらえなかった。
見ればわかる。
夫妻は簡単に言うけれど、果たして自分に見つけられるだろうかと、真理は少し心配でもあった。
しかし、なんのことはない。
夫妻の言葉通りだった。
息せき切らして飛び込んだゲームセンターの店内で、真理はその子供をすぐに見つけた。
茶色味がかった、もこもこ頭。
スウェットの上下は現代風で、素肌に虎の皮を巻きつけただけの両親とは大違い。
とはいえ、悪趣味なトラのプリントは、確かにあの両親の好みに違いない。
親バカな雷夫妻は、子供を現代風に着飾らせて楽しんでいたのだろう。
自分たちは素足に金の輪をはめただけなのに、まるで人間の子供のように運動靴まで履かせている。
ふわふわの雲の上を歩くのに、どうして靴など必要だろう。
過保護な夫妻のことだから、愛する我が子の足の裏を万が一にも傷つけないように、という思いも込められていたのだろうか。
しかし、おかげでベイビーちゃんを容易く人間社会に溶け込ませてしまったのだから、皮肉なものだ。
子供が素足で通りを歩いていたら、きっとすぐに警察に保護されていただろうから。
駅前のゲームセンターの広々とした店内に、客はほんの数人ほど。
どのゲームも客待ち顔で、派手にチカチカピカピカさせているのが物寂しい。
その中で、時間潰しの学生風の男が一人。
その手許を、ベイビーちゃんは熱心に覗き込んでいた。
「ベイビーちゃん、探したんだよ!」
真理の呼びかけに、モコモコ頭よりもまず、横にいた男の方が反応した。
「この子のお兄さんですか?」
お兄さんではないのだが、何と説明したらいいかわからないので、真理はつい「そうです」と嘘をついてしまった。
すると、男はあからさまにホッとしたような顔になった。
「子供を一人にしない方がいいですよ。この子、最近、ここによく出入りしてますよ」
こんなところに入り浸っていたのだ。
どうりで見つからないわけだ。
「誰かが気まぐれでゲームをやらせたらしくて、それからはゲームをやらせろって、しつこいんですよ。今も邪魔ばっかりするから、店員を呼ぼうと思ってたところですよ」
「す、すみません。ご迷惑おかけしました」
警察に連れて行かれでもしたら厄介なので、真理はぺこぺこと平謝りだ。
とにかくここから連れ出さなくてはと、真理はベイビーちゃんの腕を引き、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
「ほら、ベイビーちゃん。帰ろう。お父さんとお母さんが心配してるよ」
「父ちゃんと母ちゃんが?」
ベイビーちゃんは瞳を瞬かせた。
見上げてくるその顔は、丸いほっぺが愛くるしいが、きつめの目元は母親によく似ている。
大きくなったら、さぞかし美人になるだろう。
「そうだよ。お父さんもお母さんも、君の帰りを待ってるよ」
しかし、似ているのは目元だけではなく、気性もしっかりと受け継いでいたらしい。
真理が「さあ、帰ろう」と差し出した手をベイビーちゃんは、パチンとはねのけた。
「そんなの嘘!」
思いがけない大声は真理をぎょっとさせただけでなく、ゲームに没頭しかけた青年をも驚かせてしまった。
こちらを振り返った男の顔には、疑念の色が浮かんでいる。
まるで人攫いにでもなった気分だ。
--冗談じゃない!
真理は慌てて言い繕った。
「嘘じゃないよ。俺は君のお父さんとお母さんから探してきてくれと頼まれたんだから」
「そんなの嘘……」
ベイビーちゃんは同じ言葉を繰り返したが、今度は小さな呟きにしかならなかった。
「父ちゃんと母ちゃんはいっつも喧嘩してばっかり。あたしのことなんて、何も考えてないに決まってる」
「そんなことないよ」
真理はベイビーちゃんの前でしゃがみこんだ。
こうすると、目線が同じになって随分と話しやすくなるのだ。
「二人ともベイビーちゃんがいなくなって、それはもう落ち込んでるよ」
「……自分が投げた癖に……」
「うん、そうだね。でも、今はすごく反省してるよ」
ベイビーちゃんが俯くと、真理の視界はモコモコ頭に埋め尽くされてしまう。
ベイビーちゃんが今、どんな顔をしているのか。
モコモコ頭に覆い隠されて、真理は確かめることができなかった。
黙り込んでしまったベイビーちゃんを、真理は辛抱強く待ち続けた。
しばらくすると、ベイビーちゃんはまたポツリポツリと話し始めた。
「あたし……、喧嘩してほしくなかったの……」
「うん、そっか」
「だからね、もう喧嘩しないでって言おうと思って……」
「うん」
「そしたらね、雲のモコモコをちぎって投げてた母ちゃんが、あたしのことも一緒に投げちゃったの」
「あー……うん。」
「あたし、下に落ちたのなんて初めてだったから泣いちゃった。でも、すぐに父ちゃんと母ちゃんが探しに来てくれると思ってたの。けど、いつまで経っても迎えに来なかった……」
「お母さんはちょっと興奮してたみたいだからね」
ベイビーちゃんは、しばらくあの神社裏の公園にいたのだ。
夫婦がすぐに迎えに来ていれば、こんな大ごとにはならなかったのだ。
ああ、もう何をやってるんだよ、と真理はここにはいない雷夫妻に心の中で悪態をついた。
しかし、それをベイビーちゃんの前で口に出すわけにはいかない。
色々と言いあぐねていると、ベイビーちゃんは「でもね」と、おもむろに顔を上げた。
「ずっと泣いてたわけじゃないよ。だって、下の世界って、すごーく楽しいんだもん! 特にここ!
ゲームって、すごーく面白いね!」
しくしく泣いていたのは初めのうちだけ。
ベイビーちゃんは持ち前の冒険心から、街へ探索に繰り出したのだ。
見るもの聞くもの全てが珍しくて、寂しさなんてどこかへ吹き飛んでいた。
ワクワクしながら歩いていると、なんだか楽しげな音楽が聞こえてきて、誘われるまま足を踏み入れたのが、このゲームセンターだったのだ。
「まさか、ここに朝から晩までずっと入り浸りとか言わないよな?」
ベイビーちゃんが補導されるのは、真理としては困るのだが、子供が一人でこんなところをウロウロしていて、誰も通報する者がいなかたのだとしたら、それはそれで問題だ。
真理が眉をひそめると、「夜は公園に帰って寝てたよ」とベイビーちゃんは唇を尖らせた。
茂みにボフンと体を沈めると、まるで雲の上にいるみたいで、ベイビーちゃんはぐっすりと眠ることができたのだ。
どうやら、公園で寝て、起きたらまたこのゲームセンターへという暮らしを続けていたようだ。
「こーんな面白いもの、雲の上にはなかった!」
と、ベイビーちゃんは目をキラキラさせて言う。
「でもね、ゲームをするにはお金が必要なんだって。だから、おまえ、お金ちょうだい」
しかし、いくら目をキラキラさせたところで、これはいわばカツアゲだ。
真理はやれやれとため息を吐いた。
「なんだって俺がお金をやらなきゃならないんだ」
「だって、おまえは父ちゃんと母ちゃんのしもべでしょ。あたしの世話をしに来たんでしょ」
だったら、お金ちょうだいよと出された両手を、今度は真理がペチンと叩き落す番だった。
「あのなあ……。俺は親切心で探しに来てやったんだぞ」
「親切なら、お金ちょうだいよ」
正に、ああ言えばこう言うで、全く埒があかない。
どうしたものかと考えるが、結局は早いところ、うちに連れて帰るのが一番なのだ。
「まあな、ゲームは面白いよなあ。ついついハマっちゃうよなあ。けどさ、友達と遊ぶ方が楽しいんじゃないか?」
真理は喋りながら、ベイビーちゃんを横目でチラチラと窺っていた。
「友達? そんなのいないもん」
プイと横を向いてしまったのを確認して、「えー、いないの?」と真理はわざとらしく驚いた振りをする。
それから、「あー、そういえば」と、もっとわざとらしく手の平をポンと叩いてみせた。
「うちにもちょうどベイビーちゃんと同じ年頃で、わらしっていう女の子がいるんだよ。わらしにも友達がいなくてさー、ベイビーちゃんが友達になってくれたらなあ……」
そして、またチラッと見る。
「ふーん。別にいいけど?」
実に素っ気ない返事だったが、内心ウキウキなのが丸わかりだ。
「よしきた。じゃあ、早速うちに行こう!」
気が変わらないうちに、と真理はベイビーちゃんの腕を引いた。
「おっと、その前に」
店を出る前に、真理ははひとつ確認をしておきたいことがあった。
この子供が確かに雷様の子供だという、何か確証がほしかったのだ。
真理はおもむろにベイビーちゃんのモコモコ頭を、ぎゅっと手の平で抑えこんだ。
「おっ、あった、あった」
モコモコの中から、にょっきりと顔を出したのは、まだほんの小さな二本の角。
こんなところも母親似だ。
真理が満足顔で一人、頷いていたところ……。
「キャーーー!!」
ベイビーちゃんが突然、悲鳴をあげた。
何事か、と店中の視線が真理に集中するが、聞きたいのはこっちの方だ。
「え、なに、なに?」
おたおたする真理に、ベイビーちゃんが涙目で睨みつけてくる。
「恥辱」
「え?」
「生えかけの角を見られるなんて、恥辱!」
「ええーっ!?」
そんな大げさなと思いつつ、真理はひたすら謝るしかなかった。
不審者扱いされる前に、なんとか店を出るために。




