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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
雷様と秋の夜長
92/97

5話

「おーい、わらし」

 スニーカーを履いて、真理は出かける準備万端だった。

 昨日に引き続き、今日もベイビーちゃんの捜索だ。

 捜索と言っても、とにかく町中を歩き回るだけなのだが、今のところ、それ以外に策はないのだから仕方がない。

 鍵を手に「よし、行くぞ」と意気込んだところで、わらしが来ていないことに気がついた。

「おーい、何してんだ。早く行くぞ」

 折角履いたスニーカーをまた脱ぐのは面倒で、ずりずりと上半身だけを部屋に戻せば、まだ出かける準備さえしていないわらしと目がかち合った。

「おーい、どうした?」

「うーん」

 わらしは市松人形の松子を抱いたまま、立ち上がろうともしない。

「あのね、わたちね、松子ちゃんの髪を梳かしてやらないといけないの」

「は?」

「だからね、今日は行けないの」

 松子の髪に櫛を入れるのなんて、いつでもできる。

 それに、松子の髪はいつだってサラサラだ。

 一晩寝て起きたら、ぼさぼさになってしまう、わらしとはわけが違う。

「行かないって、おまえ……。ベイビーちゃんを見つけるって張り切ってたじゃないか。友達になるんじゃなかったのか?」

「うーん。真理が見つけて連れ来て。そしたら、わたち、お友達になるから」

「はあ?」

 要は、もう飽きてしまったということだろう。

 ベイビーちゃんを探して歩き回るのがもう嫌になったのだ。

 おいおいおい、それはないよ、と真理は言いたくなった。

 そもそもこれは、わらしが言い出したことではなかったか。

「ねー。松子ちゃんも髪を梳かしてもらいたいもんねー」

 強引に首を縦に振らされて、人形である筈の松子がほんの少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げたように見えた。

「はいはい、わかりましたよ。俺一人で探して来ますよ」

 言いたいことは山々だったが、結局全部のみ込んで、真理は一人で出かけることにした。

 長く一緒に暮らす中で、わらしの頑固さは承知している。

 行かないと本人が決めたなら、もう絶対に行かないのだ。

 わかってはいても、それで腹立ちがおさまるわけではない。

「わらしの奴、自分が引き受けたくせに! 結局、俺に全部おっかぶせるのか。なーにが友達になる、だ!」

 通りを歩きながら、真理の文句は止まらない。

 が、子供とは元来こういう生き物なのだ。

 真理の母親はそれがわかっていたから、真理が子供の頃に犬を飼いたいと駄々をこねても、決して首を縦には振らなかった。

 子供の言う『絶対面倒見るから』も、『絶対毎日散歩に行くから』も、一切信用していなかったのだ。

「くっそ~、こうなったら意地でも俺一人でベイビーちゃんを見つけてやる! それで、『えーん、わたちも一緒に行けばよかったあ』って言わせてやる!」

 俄然やる気が湧いてきて、真理は昨日以上にベイビーちゃん探しに精を出した。

 とはいえ、そう簡単に見つかるわけもなく……。

 代わりに、真理が見つけたのは武田家の兄弟たちだった。


「武田! ……と、それに、つぐみちゃんとひたきくんも! こんなところで何してるんだ?」

 真理の大学の友人・武田と、その双子の姉弟・つぐみとひたきが大学の正門のちょうど真ん前で、何やらワイワイ騒いでいた。

 ここで武田とバッタリ会うのは、なんら不思議なことではない。

 が、今日は平日だ。

 まだ中学二年生のつぐみとひたきが、出歩いていい時間ではない。

「おいおい、学校はどうしたんだ?」

 学校の先生のような口ぶりになってしまうのは、夏の間、家庭教師の真似事をやらせてもらったからだろうか。

 彼らの方も「わー、先生だ!」と、いまだに先生扱いしてくれるから、真理がその気になってしまうのかもしれない。

「あ、違うんです。今日は学校の創立記念日なんです」

 控えめに言い訳をしたのは、弟のひたきの方だ。

「サボったと思ったんでしょ。ざーんねんでした!」

 大人しいひたきとは対照的に、姉のつぐみは相変わらず元気がいい。

 いや、変わらずと思っているのは真理だけで、血がつながっている武田とひたきから見たら、つぐみのテンションの高さにハラハラするほどだった。

 つぐみが真理に淡い恋心を抱いていることを、兄弟は知っている。

 見えない尻尾がブンブン揺れているのも、彼らには丸わかりなのだ。

「鷹にぃはね、これから私たちにお昼ご飯をおごらないといけないの。昨日、私たちにゲームでボロ負けしたからね」

 鷹にぃこと武田がげんなり顔なのは、おごらないといけないからなのか、恋する乙女と化した妹を目の当たりにして、きまりが悪いからなのか。

 しかも、相手は友人だから、尚更か。

 とにかく、つぐみは真理と偶然会えたことが、嬉しくて堪らないようで、いつにもなくキャッキャとはしゃいでいる。

 つぐみのそんな様子に、一人こっそり小鼻を膨らませ、気合を入れたのは双子の弟・ひたきだった。

 普段は大人しいくせに、つぐみのためなら彼は意外な頑張りを見せるのだ。

「あ、あの、先生。先生も一緒に……、あの、お昼ご飯、行きませんか?」

「バカひたき。先生にも都合ってもんがあるんだから」

 ひたきの思いがけない提案に、つぐみが顔をパアッと輝かせたのは一瞬のこと。

 すぐに、らしくもなく遠慮の素振り。

 恋する乙女は複雑なのだ。

 しかし、ひたきは譲らない。

「先生、お昼食べるくらいの時間もないですか? 折角、鷹にぃがおごってくれるって言うし。一緒に行きませんか?」

 しかし、これには武田が黙っていられない。

「あぁ? なんで俺がこいつの分までおごってやんなきゃなんないんだ!」

 武田の言い分はもっともだが、どうしてつぐみのために協力してくれないのかと、ひたきは大いに不満だった。

「ケチ」

 末の弟がポロリとこぼした呟きを耳聡く拾って、武田はひたきの耳を引っ張った。

「誰がケチだ。今日は特別に、蕎麦にコロッケをつけてやろうと思ってたんだぞ。太っ腹なお兄様だろうが!」

「ちょっと待って!」

 今度は、つぐみが噛みついた。

「鷹にぃ、まさか私たちを立ち食い蕎麦に連れて行く気じゃないよね?」

「おいおい、立ち食い蕎麦をなめるなよ。最近は結構うまいんだぞ」

「えーー!」

 双子から一斉にブーイングを浴びせられても、武田は一切動じない。

 何をおごるとは約束してない、としてやったりの表情だ。

 こうなったら、つぐみも奥の手を出さざるを得ない。

「ふーん。恵美さんの前でもそういうことが言えるんだ?」

「何でここで恵美ちゃんが出てくるんだよ」

「こういうこともあるかと思って、なんと恵美さんも呼んでるんです!」

 ジャーン! と、スマホの画面を見せつける。

 そこには時間と場所を約束する、二人の仲良さげなやり取りが並んでいた。

「ほら、恵美さんが来たよ」

 駅の方から、ちょうど恵美が歩いてくるところだった。

 武田と恵美はつき合いだして、まだ間もない。

 武田としては、まだまだ格好つけたい時期でもある。

 ランチの店は、格上げせねばならないだろう。

 つぐみの作戦勝ちだった。

 しかし、歩いてくる恵美は難しい顔で、真理を見ても軽く手を上げるだけ。

 いつも朗らかな彼女には珍しく、眉間には深いしわが刻まれている。

「何かあった?」

 心配そうに尋ねる武田に、恵美は来た道を振り返りながら、ぽつぽつと話し始めた。

「うん。駅前に小さな子が一人でいたのよ。私、そういうの、心配になっちゃうのよね。それで『お父さんとお母さんは?』って、声をかけたの」

 迷子だったら大変と、ついお節介を焼いてしまったのだが……。

「そしたら、『いるけど? だから何?』って言われちゃった」

「何それ、可愛くない子だね」

 つぐみは憤慨するけれど、恵美はそのことに腹を立てていたわけではない。

「多分、最初に私が『ボク』って呼んじゃったのがいけなかったんだと思う。茶髪で、クリックリにパーマがかかってて、トラ柄のスウェットの上下を着てたのよ。あっ、可愛いトラのイラストとか、そんなんじゃなくてね、お腹のところにリアルで大きなトラの顔が、ガオーッて感じでついてるやつ。そんなの着てるから、てっきり男の子だと思っちゃったんだけど、実は女の子だったみたいなの」

「何そのファッションセンス」

 双子は顔を見合わせた。

 一体、どこでそんな悪趣味な服を売っているのか。

 そっちに興味津々だ。

 恵美からしたら、そんなことはどうでもいい。

「勝ち気な子だったから、私もそれで怯んじゃって、そのままにして来ちゃったんだけど、よかったのかなって……。あの子、そのままゲーセンに入って行っちゃったのよ。子供が一人でウロウロしていていいのかなって……」

 つぐみとの約束もあったので、その場を離れてしまったけれど、後から後から気になって、仕方ないのだと恵美は言う。

 武田が「ゲーセンに親がいたんじゃないのか?」と言っても、「でも……」とまだ気に病んでいる。

「まだほんの……、そうね、わらしちゃんくらいの年頃だったのよ」

「わらしちゃん、って?」

 武田にとっては初めて聞く名だった。

 真理の部屋で、実は何度も会っていると知ったら、きっと驚いたに違いない。

「真理くんの、えーと、いとこ? ……じゃなかった。叔父さんのお嫁さんの、姉妹の? えーと、えーと何だっけ? とにかく遠縁の子なのよ。ね、真理くん?」

 話を振られても、真理は頭の中が『もしや』と『まさか』で埋め尽くされている状態で、適当に頷き返すだけで精いっぱいだ。

 遠縁なんて、大雑把なくくりだが、誰もそれを気にする風でもなかった。

「わらしちゃんとはお祭りの日に、着付けをするんで会ったのよ。すごく可愛い子なの。いい子だし。ゲーセンの子もわらしちゃんくらいの可愛げがあればね……。呼び止めようとしたら『うるさい、ヘソ取るぞ』なんて言い返してくるんだもん。嫌になっちゃう」

「へー、その子は恵美ちゃんが出ベソだって知ってたのかなあ」

 武田は何の気なしに言ったつもりだった。

 しかし、恵美が瞬時に顔を真っ赤にし、つぐみに「ちょっと、鷹にぃ! なんでそういうこと言うの! サイアク!」と罵られ、果ては大人しいひたきにまで「僕も、今のはデリカシーがなかったと思う」と指摘され、そこで初めて武田は失敗したと悟った。

「わー、そんなつもりじゃ……」

 今更、撤回してももう遅い。

 しかも、「出ベソも恵美ちゃんのチャームポイントだから」と、余計なことをつけ足して、つぐみに「サイテー、サイアク」と再び罵られる始末。

 しかし、真理にはギャーギャーとうるさい武田家の言い合いなど、これっぽっちも耳に入っていなかった。

「恵美ちゃん」

 真理は恵美の両肩をむんずと掴んだ。

 顔を真っ赤にしたまま、恵美が戸惑っているのもお構いなしだ。

「恵美ちゃん、そのゲーセンってどこ?」

「えっと……駅前の、大きな店だけど――」

 それだけ聞いたら、真理は一目散で駆け出していた。

 探し物はそこにある。

 真理は、そう確信していた。

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