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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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28話

「あっ、いた、いた! おーい、やーなーだーくーん」

 菅原の話を聞いて、真理はまだ感慨にふけっているところだった。

 それを邪魔するように、誰かが大声で真理の名を呼んでいる。

「今度は誰だ?」

 今日は一体何人の人間が、真理を探しているというのだろう。

「やあ、探してたんだよ、柳田くん。あっ、菅原先生も一緒だ!」

 ハアハアと息を切らして駆け寄ってきたのは、オカルト研究会の丸岡だった。

「おーい、こっちこっち! 柳田くんを見つけたよー! 菅原先生も一緒だよー!」

 おいでおいでと手招きをする丸岡が誰を呼んでいるのかなんて、確認せずともわかることだった。

 オカルト研究会の一人がいれば、近くには残り二人が必ずいるのだ。


「僕たちに何か用事だったのかい?」

 オカ研の三人が揃ったところで、菅原が訊ねた。 

「スーちゃんが草団子を作って来てくれたんですよ。先生と柳田くんにも食べさせたいって言うから、それで、探してたんです。二人が一緒にいたから一石二鳥ですよ」

 丸岡はそう言って、後ろの方でもじもじしていた向ヶ丘を、真理たちの前に押し出した。

「お口に合うかわかりませんけど、先生が是非、食べたいとおっしゃってたので……」

 頬を赤らめながら向ヶ丘が差し出したのは、風呂敷に包まれた重箱だった。

「え? あ、ああ……そうそう……、楽しみにしていたんだよ」

 ――先生のこの顔は……。自分の言ったこと、忘れてな。

 真理が見破った通り、菅原は向ヶ丘にヨモギをあげたことなどすっかり忘れていた。

 自分が迂闊に放った一言を真に受けて、この女学生に団子を作らなくちゃと思わせてしまった、と真面目な菅原は内心、慌てふためいていたのだった。

 しかし、重箱のふたを開けた途端に広がった、春の香りは、教員としての建前を菅原から吹き飛ばしてしまったようだった。

「わあ、これは美味しそうだ」

 重箱の中には、ヨモギの団子が、ぎゅうぎゅうに詰められていた。

 真ん丸いそれを、菅原は添えられていた割り箸で一つ摘まむ。

 向ヶ丘は反応が怖いのか、ぎゅっと目を瞑って「お口に合いますかどうか」と、念仏のように繰り返し唱えている中、菅原はハムスターのように頬を膨らませた。

「うん、すごく」

 もぐもぐもぐ。

「柔らかくて」

 もぐもぐもぐ。

「春を食べてるみたいだ。……美味しいよ」

 菅原の言葉に乗せられて、真理も箸を手に取ると、真ん丸の草団子を頬張った。

「……うん、もちもちしていて……美味しいね」

 続けて、岡山田と丸岡も「どれどれ」と口に放り込む。

「……うむ、美味い」

 それに対し、丸岡だけが「うん、美味しい……けど、あんこが欲しかったかなあ」と、余計なことを言ってしまう。

 真理だって、菅原だって、岡山田だって、それは思ったけれど口には出さずにおいたのに……。

 すると、それまで審判を受けるかのように、目を固く瞑っていた向ヶ丘がパチリと目を見開いた。

「やだ、あんこもつけずに、お団子だけ食べてたんですか? あんこなら、タッパ―に入ってるじゃないですか。それをつけて食べるんですよ?」

 向ヶ丘にクスクス笑われて、男たち三人は恥ずかしくなった。

 まるでがっついて食べたみたいではないか。

 真理は、慌てて重箱を持ち上げた。

 が、タッパ―なんてものはどこにも存在しない。

 いつかのおにぎりのように、またしても、向ヶ丘は忘れたのだ。

 肝心のあんこを。

「えっ、そんなっ! 十勝の小豆をコトコト煮て、作ったんです。男の人には甘さがくどくない方がいいと思って、砂糖はちょっと控えめにして……。なのに、私……、私っ……、家に忘れて……」

 眼鏡の底の瞳が、みるみるうちに滲んできて、三人の男たちは大いに慌てた。

「わーっ、全然だから! あんこなんて無くても全然大丈夫!」

 真理が「ね、先生?」と、菅原に振ると、菅原もコクコクコクと高速で首を縦に振る。

「逆に素材の味が際立つっていうか、ね、岡山田さん?」

 今度は岡山田に同意を求める。

「うむ、ヨモギの風味を堪能できた」

 岡山田も岡山田なりに気を遣っているのだ。

 なのに、丸岡がまたしても不用意に「おにぎりのときと同じだね」などと言ってしまうものだから、向ヶ丘の涙腺は呆気なく崩壊してしまった。

 こんな場所で、女の子に号泣されてしまって、泣きたいのは真理たちの方だった。

「こんなもの……、もう、捨てちゃっていいです」

 うわ~んと泣く向ヶ丘を宥めるように、真理は「もったいないよ、ちゃんと食べるよ」と必死に取り成す。

「ね、先生?」

 菅原に助けを求めたのだが……。

「おっと、もうこんな時間か」

 菅原はわざとらしく腕時計に目をやると、「僕はもう行かないと。ご馳走様、美味しかったよ」と早口でまくし立てた。

「あっ、ずるい!」

 丸岡が非難がましく叫んだときには、既にそそくさと逃げ出した後だった。

 ――あ~あ、何も走って逃げなくても……。

 普通に歩いていたって、菅原はしょっちゅう人にぶつかってしまう。

 走ったりしたら、尚のことだ。

 危なっかしいこと、この上ない。

 ハラハラと見守っていた真理の危惧したとおり、菅原は角から出てきた女性に、どしんとぶつかり、尻餅をついた。

 ぶつかった衝撃で、相手の女性が持っていた書類が辺り一面に舞い散ってしまう。

「うわ、すみません」

 桜の花びらのようにひらひらと踊る書類を、菅原は這いつくばって必死に掻き集める。

「いいえ、私の方こそ前方不注意でした!」

 彼女の方も恐縮しきりで、菅原にばかりに拾わせてはならないと、自分もしゃかりきに書類を拾い始めた。

 夢中で書類を掻き集めていた二人は、同じ書類を拾おうとして、指と指を触れ合わせ、弾かれたように手を引っ込めた。

「すっ、すみませんっ!」

 謝ったのも同時なら、顔を上げたのもまた同時。

 意外と近くにあった頭と頭を、二人はごちんとぶつけてしまう。

「いたたたた!」

 二人は同時におでこを押え、そして、同時に、ぷっと吹き出した。

 ――あ~あ、何やってんだか。

 真理はその様子をハラハラと見守っていたのだが、いつまでもクスクス笑い合っている二人に、やれやれと肩を竦めた。

 ――あの人、なんて名前だっけ?

 確か、美人で若い講師がいると、一部の学生の間で評判になっていた筈だ。

 名前も、何を専門としているのかも思い出せなかったが、真理には二人がとてもお似合いに見えた。

「ちょっとちょっと」

 そんな真理の意識を引き戻すかのように、丸岡が肘で小突いてくる。

「柳田くん、ボーっとしてないで。この二列は柳田くんのノルマだからね。ちゃんと食べてよね」

 そうだった。

 目の前の向ヶ丘は、いまだ泣き止む気配がない。

 そんな彼女を宥めるために、残った男三人で、あんこの無い草団子を食べきらなければならない。

 ハムスターのようにもごもごと頬を膨らませている岡山田にならって、真理は団子をいっぺんに二個、口に放り込んだ。

 それから、男三人は喉に詰まりそうになりながらも、重箱いっぱいの草団子を平らげたのだった。



 その日、部屋に帰ると、ベランダはいつにも増して騒々しかった。

 カア吉が五羽のカラスを連れてくるのは最近ではお馴染みの光景だが、そこに男わらしが加わっていたせいだ。

 わらしが「ねえ、ねえ、遊ぼうよお」と誘っても、男わらしとカラスたちはお互いにベランダの領有権を主張し合ってきかない。

「見ろ、このクッションを! 真理は『是非、このベランダで遊んで下さい』と言って、俺様のために、こんなふかふかのクッションを用意してくれたんだぞ。だから、ここは俺様の場所だ!」

「私どもだって、旦那から許可をいただいてます! 『毎日、来るといいよ』とおっしゃって下さいました!」

 どちらに対しても、そんなことを言った覚えはない。

「こらー、これ以上うるさくすると、全員追い出すぞー」

 真理が割って入ると、

「おう、遅かったな」

「旦那、お早いおかえりで」

 と、カア吉も男わらしもケロッとした顔で真理を迎えた。

 一人アワアワしているのは、大人しくしていた筈のわらしだ。

「追い出すの? わたち、追い出されるの? どうしよ、どうしよ」と、大きな瞳をうるうるさせている。

「おまえに言ったんじゃないよ」

 わらしを不安にさせるのは本意ではないので、真理は安心させるようにおかっぱ頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。

 それから、カア吉と男わらしの方に振り返り、「いいか、仲良くしなかったら出入り禁止にするぞ」と、もう一回、くぎを刺した。

「ケ、ケンカなんかしてないぞ」

「はい、ケンカなどしていません」

 ぷるぷると首を振る彼らに、真理は大きなため息を吐いた。

「まあ、いいや、とにかく、今日のノルマを終わらせよう」

 ノルマとは、カア吉が連れて来た、五羽のカラスの言葉がわかるかどうかのテストのことだ。

「そうでした、そうでした。それでは早速、はい、順番に」

 カア吉の仕切りで、手摺りに並んだ五羽のカラスが順にカアカアと五回鳴く。

 真理は真剣に耳を澄ませたが、やはりどのカラスの鳴き声も言葉として理解することはできなかった。

「ごめん」

 真理が首を振ると、五羽のカラスは残念そうに項垂れた。

 しかし、カア吉はどこか嬉しそうで、「仕方ありませんね。それじゃあ、今日はこれでお暇しましょう」と、口笛でも吹き出しかねないくらいの上機嫌で、五羽を引き連れ、帰って行った。

「はあ、やれやれ」

 腰に手を当て、それを見送った真理の足元では、男わらしとわらしがもう既にお人形遊びを始めていた。

 最初は人形遊びを女の子の遊びだと言って嫌がっていた男わらしも、今では抵抗がなくなってしまったらしい。

 お兄ちゃんが妹と遊んでやっているような光景に、真理は「やれやれ」と、もう一度ため息を吐いたが、その口許はどうしても綻んでしまうのだった。

「今日は夕飯、食べていくだろ」

 流し台に向かいながら真理が声をかける。

 男わらしは嬉しそうな顔で頷いた。

「今日の献立、なあに?」

 わらしが聞いてくるので、真理は「今日は、たけのこご飯だ」と答えてやった。

「わーい、たけのこご飯!」

 わらしは持っていたクマゴロウの両腕をバンザイさせた。

「わーい、わーい、わーい」

「はいはい、嬉しいのはわかったから、出来上がるまでそこで大人しく、人形遊びでもしててくれ」

 鍋に火をかけながら、さて、夕飯の準備に取りかかるぞという段で、真理は、昼間、菅原から聞いた話を思い出した。

「そうそう、お兄ちゃん、おまえさ、菅原先生と夢で会えたんだってな」

「……ああ、まあな」

 男わらしは照れ臭そうに頭を掻いている。

 真理は「良かったなあ」とまなじりを下げた。

「菅原先生の望みってやつも、聞いたよ。あの家と、おまえを代々守っていくために、家庭を築きたいんだってな。おまえ、大事にされてるなあ」

 男わらしは、今度は返事をしなかった。

 だけど、どんな顔をしているかは見なくとも想像できる。

 真理は、たけのこの下ごしらえをする手を休めず、話を続けた。

「でも、あの先生、ドジだよなあ。今日なんか、曲がり角で女の人とぶつかっちゃってさあ」

 真理がこの話を持ち出すと、黙っていた男わらしが「……ほお、それで?」と食いついてきた。

「なんかちょっといい雰囲気になってたなあ」

「そ、そうか! うんうん、そうか、そうか」

 その声は心なしか嬉しそうで、それで、真理は確信した。

「もしかして、あれ、おまえの仕業?」

「はあ? な、なんのことだ?」

 しらばっくれているつもりでも、声が裏返っている。

 真理はちょっと意地悪な気持ちで、更にカマをかけてみた。

「そうだよなあ、あんなベタな出会いをおまえがセッティングするわけないよなあ」

「えっ、ベタだったか?」

 慌てた様子の男わらしに、真理は「嘘だよ。良いアシストだったよ」と言って、親指を立ててやった。

「なに、なに? なんの話?」

 ひとり、蚊帳の外のわらしはきょとんとした顔で、真理と男わらしの顔をきょろきょろと見比べている。

「あれ? お兄ちゃん、顔が赤いよ。どしたの?」

「う、う、う、うるさいぞっ! 人形遊びするんだろ!」

 男わらしのこれは完全に逆ギレだったが、わらしにはそんなことはわからない。

 ただ人形遊びができることが嬉しい、それだけだ。

「そうだった! お人形遊び、するんだった! じゃあね、わたちはクマゴロウで真理をやるから、お兄ちゃんは松子ちゃんで里奈ちゃんをやって」

「え、なんだよ、里奈ちゃんって」

「里奈ちゃんはね、酔っぱらってるの」

「ふん、甘酒でも飲んだのか?」

「そう。甘酒飲んだの。はい、じゃあ、『おじゃましまーす』って言って」

 男わらしが言われたとおり、「おじゃましまーす」と言ったところで、わらしが合コンの日の真理と里奈のやりとりをおままごとで再現しようとしていることに、真理はようやく気がついた。

 あの日、わらしはロフトの上で聞いてないようで、聞いていたのだろう。

 多分、意味なんて、わかってないに違いない。

 ただ見聞きしたことを、そのまま再現するだけだ。

 そういえば、田舎の家で見聞きしたことも、おままごとの設定として使っていたぞと、思い出し、真理は堪らず、お玉を放りだした。

「ちょっと待て―!」

 春の日の午後、青空に真理の叫び声が響き渡った。

 カラスの鳴き声よりも何よりも、自分の叫び声が一番の近所迷惑だということに、真理は気づいていないのだった。


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