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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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26話

「おーい、全員、庭に集まって!」

 真理はガラス戸を開け放つと、家の中に向かって号令をかけた。

「なんだい、何事だい?」

 訝しげな顔の菅原を筆頭に、エプロン姿のお掃除隊がぞろぞろと庭に集まって来る。

「なになに? 僕、今、忙しいんだけど」

 文句を言っているのは、掃除で最も役に立っていなかった丸岡だ。

 彼の言う『忙しい』は、掃除で忙しいという意味でなく、探検ごっこで忙しい、の間違いだろう。

 真理はそんな彼らの前で、鬼軍曹よろしく仁王立ちになった。

「えーと、家の中の片づけは一旦中止して、これから、庭の掃除を始めます!」

「庭掃除!?」

 当然のように、一斉にブーイングがあがるが、真理は意に介さない。

「やっぱり外側の、一番、目につくところから綺麗にするべきだなと思ってさ」

「でも、こんなに雑草だらけの庭……。どこから手をつけたらいいのか……」

 岡山田、丸岡の両人だけでなく、菅原でさえ真理の提案に及び腰の中、賛同したのは向ヶ丘だった。

「それもそうですね。いくら家の中が綺麗になっても、庭がこんなに荒れ放題では人を招待できませんものね」

「だからって、この庭を掃除するの? 僕らだけで? どうやって!」

 丸岡に不満をぶつけられても、向ヶ丘は「大丈夫ですよ」と動じない。

「私、高校三年間、園芸委員だったんです。でも、私以外は誰も真面目に委員会に出てこなくて……。だから、私はいつも一人で草むしりしてたんです。一人でだって、なんとかできるもんですよ?」

 にっこり笑顔で言われて、丸岡は「うわぁ」と嫌な声をあげた。

「ああ、もうっ、ちょいちょいもの悲しいエピソードを挟んでくるの、やめてよぉ~。しかも、笑顔で! ああ、精神が削られる~」

 それでも、向ヶ丘は「はい、すみません」と、尚も笑顔を向ける。

「でも、今は五人ですから。ね? へっちゃらです」

「うんうん、そうだよね。一人ぼっちで草むしりすることを考えたら、どうってことないよね。なんたって、僕ら、五人だもんね」

 うんうんと頷く丸岡は、さっきまで文句たらたらだったことを忘れてしまっている。

 いつの間にか、庭掃除をやる方向で話が進んでいることに気づいていないのだ。

 ――すごい丸め込まれ方だ……。

 向ヶ丘の手腕に、真理は呆気にとられてしまう。

 しかし、こんなものは単なる手始めに過ぎなかった。

 向ヶ丘はここから八面六臂の活躍を見せた。

 物置小屋でスコップやら、クワやら、庭いじりの道具一式を発掘してきたのも彼女だった。

 鎌はすっかり錆びていたが、これもどこからか見つけてきた砥石で研いで、よく切れるようにしてしまった。

「なんかさあ、昔話に出てくる山姥みたいだ……」

 例の如く失礼なことを言う丸岡の口を、真理と岡山田で両脇から塞ぎにかかったりもしたが、誰に何を言われようが向ヶ丘は頓着していないようだった。

 久し振りの庭いじりで、園芸委員の血が騒いだのかもしれない。

 彼女は活き活きと輝いていた。

 あなたは鎌、あなたはスコップと、テキパキと指示を出していく。

 真理がしたことといえば、最初に号令をかけたくらいのものだ。

「ちゃんと根っこから抜いてくださいね」

「ああっ、それは雑草じゃないですよ!」

 どれも等しく葉っぱとしか思えない男たちからしたら「はいはい」と、彼女に従うよりほかにない。 

「あっ、これは、よもぎですね」

 そう言って、向ヶ丘が飛びついたのも、やはりどこからどう見ても雑草としか思えない草だった。

「先生、この新芽部分を摘んで持って帰ってもいいでしょうか」

「えっ、ああ、どうぞどうぞ。でも、こんな葉っぱ、どうするの?」

 菅原から許可を得ると、向ヶ丘はせっせとビニール袋に詰め始めた。

「草だんごにするんですよ。作ったら、お持ちしますね」

「へえ、それは楽しみだな」

 嬉しそうな菅原とは対照的に、向ヶ丘の料理を体験済みの真理たちは嫌な予感を拭えない。

 だから、その会話には参加せず、ただ黙々と草むしりに励んだのだった。

 

 そのおかげかどうかは知らないが、草むしりははかどった。 

 雑草だらけの庭から、徐々に地面が現れてくる。

 その様子を木の枝の上から、わらしが「ほえ~」と感心しながら見ていた。

 事前に、危ないからという理由で、真理に木の上に追いやられていたのだ。

 わらしの両隣には、カア吉と男わらし。

 さっきまで、この木の枝を取り合って、大喧嘩していたことなどすっかり忘れているようで、仲良く並んで座っている。

「すごいね、野っぱらみたいだったのが、どんどんお庭になっていくよ」

 わらしがどんぐり眼で言うと、カア吉も「ええ本当に」と感心しきりといった様子だ。

 ただ、男わらしだけは一人、押し黙っていた。

 地面が露わになるたびに、雑草が詰め込まれたゴミ袋が庭の隅に積み上がられていく。

 その様を、男わらしはただ黙って見つめていた。

 まるで時間が逆戻りしていくかのような、不思議な感覚にとらわれていたのだ。

 男わらしの目の前で、時計の針がくるくると逆回転していく。

 楽しかったあの時代に、賑やかだったあの時代に、一気に引き戻されていく。

 男わらしは知らず、着物の合わせをぎゅっと固く握りしめていた。


 庭があらかた片付いたころ、庭の隅っこで素っ頓狂な声が上がった。

「うわ、なんだ、これ!?」

 丸岡が泥で汚れた四角い物体を、つまみ上げていた。

 それは、長い年月、風雨に晒されてボロボロのドロドロと化した、座布団と思しき物体だった。

「うわぁ、汚いなあ」

 口をへの字に曲げて、汚い汚いと大騒ぎする丸岡だったが、座布団の下にはまだまだゴミがたくさんあった。

「ちょっとちょっと、なんだよここ。もしかして、ゴミ置き場だった?」

 デザインの違うサンダルの、片方だけが四つ。

 ボロきれは多分、Tシャツだろう。

 他に、ブラシやマジックといった細々としたものがたくさん。

 それらゴミが、小さな穴にぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 座布団は、ふたの代わりだったのだろう。

 誰もが顔をしかめたくなる、そのゴミの、その下に、それはあった。

 真理はそれを拾い上げると、雑巾で磨いた。

 泥と汚れを拭き取ると、マジックで描かれた絵が浮かび上がってくる。

 それは半分剥げかけていたが、確かにウサギとカメの絵だった。

 ――やった! 見つけたぞ!

 真理は心の中で、快哉を叫んだ。

 カア吉が話していた通り、この家の犬は庭にお宝を溜めこんでいたのだ。

 縁側の下に置かれたサンダルを隠し、物干しから落ちたTシャツを隠し……。

 そして、雨の日に家の中に入れてもらうと、室内からこっそり物を持ち出しては、犬小屋から少し離れた、この場所に埋めていたのだ。

 その中に、男わらしの宝物も紛れてしまったのだろう。

「へえ、けん玉か。懐かしいなあ」

 菅原は真理から木のおもちゃを受け取ると、それをしげしげと眺めた。

 そして、おもむろに玉を大皿に乗せた。

「あらよっと、と、と」

 それから中皿に、また大皿に。

「わあ、上手ですね」

 向ヶ丘が手放しで褒めると、「昔取った杵柄だよ」と、菅原は謙遜した。

「小学校のとき、けん玉クラブに入っていたからね。実技試験があってね、よく練習したもんだよ」

「もしもしかめよ、じゃないですか?」

 真理が水を向けると、「よくわかったね」と菅原は破顔した。

「随分と練習したなあ。でも、結局は合格できなかったんだけどね」

「え、そうなんですか?」

「うん。試験の前にけん玉を失くしちゃったりしてね。それで、母親にひどく叱られたっけ。新しく買ってはもらえたんだけどね。使い慣れていたものじゃなかったからかな、試験は不合格だったよ」

「そうだったんですか。……で、どこで失くしたんですか?」

 失くしたんじゃなくて、誰かにあげたんじゃないですかと、本当は言いたかった。

 しかし、真理は喉元まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 ここまでヒントを出して思い出せないものは多分、完全に失われた記憶だろうと思われるからだ。

「う~ん、どこで失くしたんだろうねえ」

「これと同じようなものじゃなかったんですか?」

「そうだねえ。でも、けん玉なんて、どれも似たようなものだからねえ」

 実物を見たら思い出すのではないかという、真理のかすかな望みはついえてしまった。

 思い出す気配すら見せない菅原に、真理は失望を隠せない。

 でも、ならばせめて菅原の手からもう一度、このおもちゃを男わらしに渡してもらいたい、と真理は思った。

 なのに……。

「わ、わあ、先生、ちょっと待って!」

 菅原がけん玉をごみ袋に捨てようとしている。

「な、なんだい、急に」

「そんな簡単に捨てちゃダメですよ!」

「えぇっ、何故だい?」

「えーと、それは……そのぉ……」

 何故と聞かれても困ってしまう。

 もっともらしい口実を必死になって探すが、すぐには思いつかなかった。

 焦る真理を救ったのは、向ヶ丘の一言だった。

「そうですよ、先生。古いおもちゃは捨てる前にお祓いしないとダメですよ」

「えぇっ、お祓い!?」

 驚く菅原の顔には、ちょっと大袈裟過ぎないか、と書いてある。

 菅原のそんな心の声に応えるように、向ヶ丘は一番手っ取り早い案を提示した。

「神社に行かなくても、この家には神棚があるじゃないですか。捨てる前に一度、神棚にあげたらいいんじゃないでしょうか」

「うむ、確かに。こういう物には念が籠るというからな」

 この手の話が大好きな岡山田の、眼鏡の奥の瞳が俄然、輝き始める。

「そういうものかい?」

「そうですよ! たくさん遊んでもらってありがとうございましたって、感謝しないと!」

 オカルト研究会の三人で、よってたかって菅原を丸め込んだようなものだった。

 まだ少し懐疑的ながらも、菅原にけん玉をそのまま捨ててはいけないような気にさせてしまったのだから。

「さあさあ、先生、家に入りましょう!」

 三人が、菅原の背中を押していく。

「わあ、これってちょっとした神事じゃないの?」

 はしゃいだ声を上げているのは、丸岡だ。

「ああ、スーちゃんに巫女さんの格好してもらいたかったなあ。そうしたら、もっと雰囲気が出るのになあ」

「え、嫌ですよ。それに、巫女の装束なんて、私、持ってませんから」

「それがさあ、あるんだなあ。会長のコスプレ用がさ」

「うむ。自宅にな」

「ええっ!」

 わいわい騒ぎながら、玄関に消えていく彼らの背中に、真理はグッと親指を立てた。

 相変わらずバカらしい話で盛り上がっている彼らだが、彼らオカ研がいなければ、こんな自然な形で菅原にけん玉をお供えさせるよう、持って行くことはできなかったろう。

「柳田く―ん、柳田くんも早く!」

 中から呼ばれて、真理は「今行く!」と慌てて後を追いかけた。

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