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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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25話

「座敷わらしが見えるというだけでも驚きでしたのに……、まさか私どもの言葉まで解されるとは……!」

 カラスがまさかと言うのも当然のこと。

 真理にとっても、これはまさかの事態だった。

 まさかカラスの言葉がわかるようになるなんて。

「ついさっきまでは『カアカア』としか聞こえなかったんだけどなあ……」

 自分の身に起きた変化に、真理は戸惑うばかりだ。

「このカラスはクリスマスのときの、あのカラスだ、って直感した途端だったんだ。そうしたら、突然、ただの『カアカア』だったのが、明確な言葉として聞こえてきてさ……」

 真理の言葉に男わらしは「ふむ」と、したり顔で頷いた。

「なるほどな。あんたはこれまで、どのカラスも同じに見えていたんだな。人間が一人一人違うように、カラスも一羽一羽、それぞれに個性がある。そんな当たり前のことに、ようやく気づいたんだ。その途端、それまでただの鳴き声だったものが、意味を持って聞こえるようになったというわけだ」

「そういうこと……なのかな? でも、街中のカラスを見分けられるようになったかと聞かれると、ちょっと自信ないなあ」

 たまたまこのカラスに対しては、他との差異に気づけたが、街を飛び交うカラスたちの一羽一羽を区別するのは難しそうだ。

「となると、どのカラスとも会話できるというわけじゃないのかもしれないよ」

 このカラスには、カラス殺しの悪評を立てられたという経緯がある。

 あんまり大袈裟に感激している様子を見て、このこともまた喧伝されてしまうのではないかと真理は心配になった。

 それで、釘をさしたつもりだったのだが、何を勘違いしたのか、カラスは益々感激しきりといった様子で目を潤ませている。

「そ、それって……、私が特別という意味ですカア? もしかして、私って、選ばれしカラス……だったりしますう?」

「え……、あ、いや……」

 言葉に詰まった真理に構わず、カラスは「ああ、なんということでしょう!」と感嘆の声をあげた。

「私はもうただのカア吉ではないのですね。これからは『選ばれし、カア吉』と名乗らなければ!」

「いや……、だから……」

「これは、カラスと人間の橋渡し役になれという天の思し召しではないですカア。私にそのような大役が担えるでしょうカア。ああ、重圧がこの黒い羽にずしりとのしかかってくるようです」

 枝の上で、カラスのカア吉はまるでシェイクスピア劇の主人公のようだった。

 感激して羽を打ち振るわせていたかと思えば、苦悩するように天を見上げたり。

 しかし、やがて羽を広げると、キリリと表情を引き締めた。

「でも、これも私の運命。ゴミ置き場におけるカラスの権益を守るために立ち上がれ、ということなのでしょう」

 真理としては、そんな交渉ごとには絶対に巻き込まれたくない。

「あのさあ……、そもそも俺だって、人間の代表ってわけじゃないんだからさ」

 やれやれ、と頭を抱えていると、割烹着の裾をわらしにクイクイと引っ張られた。

「真理、カラスの言葉がわかるようになったの? カラスはね、すぐに『バカア』って言うよ。これからは真理もカラスに『バカア』って言われちゃうようになるんだね」

 まずはゴミ置き場からネットの撤廃を……などと、ぶつぶつ言っていたカア吉だったが、わらしの忠告が聞こえたらしく、まなじりを急にきつくした。

「ちょっと! 聞き捨てならないことを言わないでもらえますカア。私たちは誰彼かまわず『バカア』と言っているわけではありませんよ。バカアな者に『バカア』と言っているだけです」

 しかし、カア吉の反論は、男わらしによってまた反論されてしまう。

「ふん、カラスなんて、二言目には『バカア』じゃないか。それこそバカの一つ覚えだ」

「なんですって!」

「バカって言う方がバカなんだぞ。知らないのか」

「な、なにを~! バ……」

 また『バカア』と言ってしまうところだったのだろう。

 カア助は慌てて口を噤んだが、男わらしに「そうら見ろ」と笑われてしまう。

「あなたのことをバカアなんて、言いませんよ。だって、あなたはバカアじゃなくて、へたれですからね」

 カア助の悔し紛れの憎まれ口に、今度は男わらしのまなじりが吊り上る。

「なんだとぉ~、この俺様がへたれだとぉ~」

「ええ、へたれじゃないですカア。この家に犬がいたときは、犬が怖くて庭に出てこなかったくせに、犬がいなくなった途端、我が物顔で、庭に来るカラスを追い払ったりして。これをへたれと言わずして、何と言うんですカア」

 男わらしとカラスの言い合いが、再び始まってしまった。

「ふりだしに戻っちゃったね」

 わらしの言う通りだが、先程よりもエキサイトしている分、近所迷惑の度合いは上がったと言える。

「おい、おまえら、いい加減に……」

 再び仲裁に入ろうとした真理だったが、それを遮るようにわらしに雑草を押しつけられた。

「ん? なんだ?」

「真理、草相撲! 草の相撲やろうよ~」

 ニッカと笑う、わらしは早く遊びたくてうずうずしている様子。

「はい、こことここを持って」

 茎の端と端を持たされて、そこにわらしの雑草を絡められて、次の瞬間には「はっけよ~い」と強引に取り組みが始まってしまう。

「草が千切れちゃった方が負けだからね。のこった、のこった」

 わらしは行司役も兼ねながら、うんしょ、うんしょと茎を引っ張る。

 しかし、真理は口喧嘩の行方の方が気がかりで、それどころではない。

「そ、そ、そういうカラスだって、犬がいたときは怖がって庭に近寄らなかったくせに!」

「それはしょうがないじゃないですカア。あの犬ときたら、バカアみたいに吠えるんですから」

 ――ああ……、そろそろご近所からクレーム来るぞ……。

 口喧嘩のトーンが益々大きくなる。

 それが、真理をハラハラさせた。

 しかし、座敷わらしとカラスの関係は不思議なもので、激しくぶつかり合ったかと思うと、仲よく併走したりして、人間の真理には計り知れないところがあるのだ。

 今もそうだ。

「ああ、あのバカ犬はすぐに吠える犬だったな」

「そうそう。新聞配達にも吠えるから、早朝からうるさいのなんの」

「意地悪だったしな」

「そうですよ。私たちカラスが庭に入ろうものなら、ワンワンワンワン大騒ぎで」

「ああ、俺様も何度も吠えられた」

「そのくせあのバカア犬ときたら――」

 カア吉と男わらしは顔を見合わせると、「雷嫌いの大の怖がりときたもんだ」と声を揃えた。

 クスクスと笑い合う二人に、真理は目をパチクリとしてしまう。

 ――あれ? 意気投合?

 座敷わらしとカラスに関しては、本気で心配するとバカを見るということを、真理はすっかり忘れていたのだ。

「雨が降って、ゴロゴロゴロと鳴り出すと、くうんくうん、と鳴き出して。可笑しいのなんの」

「ああ、主人の康男が甘やかして家に入れたりするからだ。雨に濡れたら可哀想だと言ってたが、あの犬は家に入った途端に、俺様に対して偉そうに吠えるんだぞ。ちっとも可哀想なもんか!」

 ああ、本当に腹が立つと、男わらしは悔しそうに裸足で地面を踏み鳴らした。

「そうですよ。ここのご主人はあのバカア犬を甘やかし過ぎだったんですよ。

縁側に置いたサンダルを何度も盗まれていたというのにねえ。ご主人が庭に降りようとして、『あれ、サンダルがない』と言っているのを何度見かけたことか。そんなときでも、あのバカア犬は、しれっと知らんふりしてるんですよ」

「そうだったのか、なんて奴だ!」

「雨の日に家に入れてもらったときには、きっと家の中の物を盗んでいたに決まってます。庭のどこかに宝物を隠していたんですよ。それを奪われるんじゃないかと心配して、庭に入ろうとする者をワンワンワンワン追い払っていたんです。誰も盗ったりしないのに」

 それまでフンフンと話を聞いていた、男わらしだったが、これにはすかさず反論する。

「いや、カラスは人の物を盗むのが好きだろう」

 変な言いがかりをつけられて、カラスは再びクワッとくちばしを大きく開けた。

「失礼なっ! どうせガラクタばかりで盗む価値なんてありませんよ!」

 男わらしとカア吉の間に再び暗雲が立ち込めようとした、そのとき、真理はひらめいてしまった。

 話の中に出てきた雷のように、ピカッと脳裏に閃光が走った気がした。

 瞬間的に、「それだ!」と叫んでいた。

 その拍子に引っ張られた草は、わらしが持つ草を引きちぎり、その反動でわらしは後ろにころりんと一回転してしまう。

 突然、地球がぐるりと回って、わらしはきょとんとしている。

 男わらしとカア吉も、突然の大声にビクリとして、そのまま固まってしまった。

 真理はそんな彼らのことなどお構いなしで、興奮気味にまくしたてた。

「それだよ、それ! 家の中をいくら探したって見つからない筈だ! あれは庭にあるんだ!」

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