21話
「まったく……、こちらにも都合というものがあるんだがなあ」
気難しげな顔で、岡山田がぶつぶつ文句を言っている。
菅原の自宅の片づけに借り出されて、不満たらたらなのだ。
「えっ、でも、バイトも何もしてないって言ってたじゃないですか」
真理が、どうせ暇なんでしょ、と言外に匂わせると、岡山田は益々不機嫌な顔になった。
「今月は苦しいから、そろそろ日雇いのバイトを入れようと思っていたところだったんだ!」
しかし、それを聞いて、「えっ……そうだったの?」と真に受けるのは、人のいい菅原くらいのものだ。
岡山田は、極力働かずに生活することをモットーにでもしているかのような男だ。
生活が苦しくなったら、まず何か売るものはないかと考える。そういった種類の人間なのだ。
バイトしようと思っていたなんて、かなり疑わしい。
掃除をしたくないがための言い訳に違いないのだ。
しかし、まだ岡山田の人となりを知らない菅原は、「悪いことしたね。無理に手伝ってくれなくてもいいんだよ?」と、オロオロするばかり。
そもそも菅原が、そんなに申し訳なさそうにする必要などないのだ。
この日、家の片づけをすると決めたのも、オカ研のメンバーを呼びつけたのも、菅原ではないのだから。
「何言ってるんですか。この間、散々この家を撮影して、楽しんでおいて! 片づけの手伝いくらいしたって、バチは当たらないと思いますよ」
菅原を無視して、岡山田を諭す。そんな真理こそが、今日この日に菅原家を片づけると決めた張本人だった。
「いや、僕は別に部屋の片づけなんてしなくたって、いいんだけど……」
菅原が何をもごもご言おうが、真理はハナから聞く気もない。
オカ研の面々は、そんな真理に強引につき合わされた格好だ。
幽霊探検のときとは違う。
掃除と聞いて、岡山田たちのテンションは当然のように低い。
しかし、向ヶ丘は彼らとは少々様子が違った。
どうやら前回、訪問した際、そのあまりの散らかりように思うところがあったらしい。
エプロン、マスク、ゴム手袋を人数分持参して来たりと、かなり乗り気の様子だ。
そのお掃除セットを一人、一人に配りながら、向ヶ丘は岡山田を控えめに諭した。
「柳田先輩の言う通りですよ、会長。この間の撮影のお礼に、掃除くらいしましょうよ」
一年生にたしなめられて、岡山田は、う~む、と唸ってしまった。
その横で、丸岡も一緒に、う~ん、と唸っている。
しかし、丸岡の場合は、掃除が面倒だから、という理由だけで渋っているのではなかった。
「う~ん、でもさあ……、この家、綺麗にしちゃったら、折角の廃墟っぽさが台無しじゃないかなあ」
「あ、また人の家を廃墟呼ばわりして。ひどいなあ」
菅原が言うと、大してひどいと思っているようには聞こえないが、ひとの家を指して廃墟とは、かなり失礼な言い草だ。
しかし、丸岡に悪びれた様子はない。
「だって、家の中をピカピカにしちゃったら、幽霊が居心地悪くなって、出て行っちゃいそうな気がしませんかあ?」
そんなことが、本当にあるのかは知らない。
そもそもこの家には、幽霊など、最初から存在してないのだ。
しかし、岡山田はこれで掃除から逃れられると思ったのか、「そうだ、そうだ」と、しきりに肯いている。
そんな二人を、向ヶ丘は今度はぴしゃりと一喝した。
「そんなこと言って! ちょっと大きな地震が来たら、この段ボールの山は絶対崩れますよ? 菅原先生が段ボールの下敷きにでもなったら、どうするんですか! それで、もし、身動きが取れなくなったら……」
向ヶ丘は、ぶるっと身を震わせた。
「お見受けしたところ、先生は訪問者も滅多にない、寂しい生活を送っているご様子。毎日、大学で講義があるわけでなし。連休中だったら尚更、誰にも会わないことだってあるんじゃないですか?」
「うぅっ……」
菅原に地味にダメージを与えながら、向ヶ丘は続ける。
「私だって、同じです。会長たちだって、そうです。私たちは、いつ、部屋の中で孤独死したって、おかしくないんですよ」
「やめてー、それ以上言わないで―」
懇願する丸岡に、向ヶ丘は力強く頷いた。
「だからこそ、助け合いましょう。折角、幽霊が縁で知り合えたんです。その菅原先生が幽霊になってしまったら、もうこの家で幽霊探検なんて言って、楽しめませんよ」
向ヶ丘の論法で、いつの間にか、言い出しっぺの真理もびっくりの、ひとの生き死にに関わる一大事に話がすり替わっていた。
真理は慌てて、口を挟んだ。
「あのさ……、なんか話が大袈裟になってないか?」
「そんなことありません」
向ヶ丘はキッパリと言い切ると、ガラス戸越しに庭を指差した。
「あれを見てください。さっきからずっとカラスが庭で騒いでいるんです。カラスは死臭を嗅ぎつける、と言いますからね。この家で死者が出ると、踏んでるのではないでしょうか」
心なしか、向ヶ丘の赤いフレームの眼鏡がキラ~ンと光った気がした。
菅原と岡山田と丸岡の三人は、同時にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……僕、やるよ、掃除」
丸岡の宣言に続くように、残りの二人もコクコクコクと頷いている。
真理は心の中で、いやいやいや、とつっこみを入れた。
この辺りのカラスは、結構いいものを食べている。
こんな痩せた中年男を食べようと目を光らせてるんじゃないか、なんて言おうものなら、烈火のごとく怒るだろう。
しかし、それは口には出さなかった。
なんだかわからないが、これで全員が掃除をやる気になったのは確かだからだ。
「じゃあ、始めましょう。さあ、柳田先輩、指示を出してください」
向ヶ丘にせっつかれて、真理は何故か陣頭指揮を執ることになってしまった。
「え、俺が? ……えっと、それじゃあ、とりあえず居間の段ボールをどかそうか」
居間に積み上げられた段ボールのいくつかは、だらしなく口が開いている。
前回、真理たちが来たときよりも、散らかり度が上がっている。
服も本も必要になる都度、ここから引っ張り出しているからだ。
滅多に来客がないというが、たまたま客が来たときに、居間がこんな状態で、菅原はいったいどうするつもりなのか。
ということで、本のダンボールは書斎に、服は寝室に、それぞれ運び出すことにした。
皆それぞれ、お掃除セットを身に着けて、次々と段ボールを担いでいく。
岡山田たちに続こうとして、真理は向ヶ丘に問いかけた。
「あのさあ……、どうして俺だけ割烹着なんだろうか……」
他は皆、普通のエプロンなのに……。
すると、向ヶ丘は「柳田先輩にはそれが一番似合うと思って……」と言って、サササッと居間を出て行ってしまった。
「え……」
困惑して、しばらく固まってしまった真理だったが、いつまでもこうしてはいられない。
昭和のお母さんのような割烹着を、渋々ながら身につけて、段ボールを「よっこいしょ」と、持ち上げた。
それから、居間を出ようとして、真理は一人、庭を振り返った。
庭では、相も変わらず一羽のカラスが、カアカアと大騒ぎしている。
カラスが何故騒いでいるのか、わからなければ、さぞや不気味に見えるだろう。
しかし、真理は違う。
真理の目には、二人の座敷わらしがしっかり見えている。
カラスに向かって、腕をぶんぶん振り回し、何やらキーキー喚いている彼らの姿がはっきり見えるのだ。
――まだケンカしてるよ……。
前回と違い、散歩に行きたくないと、わらしが駄々をこねることはなかった。
男わらしのことを『お兄ちゃん』と呼び、すっかり懐いてしまったようで、そのお兄ちゃんの家に遊びに行くと言ったら、喜び勇んで自ら靴を履いたくらいだった。
だから、真理が片付けをしている間、庭でお兄ちゃんと遊ばせておけばいいだろうと考えていたのだが……。
庭に紛れ込んだ一羽のカラスのせいで、この大騒ぎだ。
座敷わらしとカラスというのは、何故、こうも寄れば触ればケンカをするのか。
――本当は仲が良いくせに、面倒くさい奴らだな。
座敷わらしがいくら騒ごうが、普通の人間には聞こえないからいいのだが、カラスの鳴き声はそうはいかない。
これだけカアカアと騒いだら、そのうち近所からクレームが来るだろう。
――仲よく遊ぶってことはできないのか、あいつらは……。
後で、岡山田たちの目を忍んで、注意しに行かなければならないだろう。
――ああ、もう誰のために他人の家の掃除なんかしてると思ってんだ!
菅原のあまりのだらしなさに、見るに見かねて……、というのも事実だが、今日の目的は実は他のところにあった。
それもこれも、全ては男わらしのためなのだった。




