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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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20話

 流れ流れて、辿り着いた、この土地には、座敷わらしを祀るような風習はなかった。

 住み心地のいい家は見つからず、通りをうろうろと歩き回るだけの毎日。

 男わらしは、ようやく一軒の家を見つけた。

『ああ、ここがいい』

 男わらしはひと目で、その家を気に入った。

 決め手となったのは、こじんまりとした庭だった。

 腰を掛けるのにちょうど良さげな、一本の庭木が特に、男わらしの気を引いた。

 先住者のカラスを追い払うと、そこは早速、男わらしのお気に入りの場所となった。


「その頃は、まだ犬を飼ってなかったからな」

 犬がいたら、その家を選ばなかっただろう、と男わらしは言う。

 ひき肉をこねる手を休めることなく、真理はそんな男わらしの昔語りに耳を傾けていた。

 雑草だらけの庭の端に、微妙にひしゃげた犬小屋がある風景しか、真理には思い描くことができなかったが、目を細め、どこか遠くを見つめている男わらしの視線の先には、手入れの行き届いた、懐かしの菅原家が見えているかのようだった。


 家には、夫婦が住んでいた。

 男わらしは早速、夫の夢枕に立ち、お供えを要求した。

『その代わり、何でも望みを叶えてやるぞ』と。

 夫が座敷わらしのことを、どれほど理解していたかは知らない。

 それでも、夫は次の日には神棚を作り、お供えをして手を合わせた。

『子宝に恵まれますように』と。

 男わらしにとって、それはちっぽけなお願い事だった。

 が、子供ができないことに悩んでいた夫婦にとって、それは切実な願いだった。

『なんだそんなこと。俺様には造作ないことだ』

 男わらしが神棚に手を伸ばし、まんじゅうを一つ頬張ってから、一年も経たたずに、妻は懐妊した。

 それから、十月十日。

 元気な男の子が無事に産まれると、それから、また翌年には、二人目の子供を授かった。

 二人目も、男の子だった。


「へえ、それで、どっちが菅原先生? 長男か? あっ、次男の方か?」

 ひき肉は真理の手によって、俵型に丸められた。

 それを茹でたキャベツで巻きつけていくのは、案外楽しい作業だった。

 だから、話に身が入らなかった、というわけでは決してない。

 しかし、男わらしは不満げに鼻に皺を寄せた。

「ちゃんと話を聞け。惣一が産まれる前の話だ」

「ああ、そうか、菅原先生の祖父母の代の話だったのか」

 見た目が少年なため、真理はついつい忘れてしまう。

 座敷わらしの一生は、人間のそれとは比べ物にならないくらいに長いのだということを。

 その黒い切れ長の瞳で、どれほど多くの人間の営みを見つめてきたのか。

 真理には窺い知ることもできないのだった。

 

 立て続けに男児が産まれた菅原家は、毎日がてんやわんやの忙しさとなった。

 忙しさにかまけて、お供えはないがしろにされがちだったが、その都度、夢枕に立てばいいことと、男わらしはさして気にも留めていなかった。

 それよりも、子供たちが遊び相手になってくれるかもしれないという期待の方が遥かに大きかったのだ。

 子供はどちらかと言うと、まだ動物に近い存在で、大人には感じ取れないものを敏感に察知したりする。

 大人に見えないものも見える、ということも多々あるのだ。

 菅原家の子供たちに大いに期待していた男わらしだったが、残念ながら、二人の子供の瞳に、男わらしの姿が映し出されることはなかった。

 この土地には、座敷わらしの伝承自体がないからかもしれない。

 男わらしの、誰にも顧みられない日々は、真理と出会うまで続くこととなった。

 それでも、菅原家での暮らしに男わらしは満足していた。

 庭の木の枝に腰掛けて、家の中から聞こえてくる賑やかな笑い声に耳を傾けていると、それだけでなんだか楽しくなってくるのだ。

 家の中から漂ってくる、幸せそうな気配だけで、男わらしも幸せになれるのだった。

 しかし、菅原家の子供たちだって、成長する。

 いつしかドタバタと駆け回らなくなる。

 弟が『びえ~ん』と泣き出し、母親が『いい加減にしなさい』と二人に雷を落として終わる兄弟ゲンカも減っていく。

 やがて、長男は家を出て独立し、家に残った次男と、めっきり年を取った両親だけの三人暮らしが始まった。

 大人しかいなくなった菅原家の暮らしは、男わらしにとって、ひどく退屈なものだった。

 そろそろ家を移ろうか。

 男わらしは、そんなことを考え始めていた。


「おいおい、そんなに簡単に『引っ越し』なんて言葉を口にするなよ」

 真理は、堪らず口を挟んだ。

 福を引き寄せる力が大きければ大きいほど、その座敷わらしが去った後の反動は大きくなる。

 この強大な力を持っている男わらしが出て行ったら、菅原家はどうなってしまうのか。

 考えるだに怖ろしい。

 できれば座敷わらしには、引っ越しなんて物騒なことは一ミリたりとも考えてほしくない。

 そんな真理の訴えを、男わらしは「どこを棲家と決めようが、座敷わらしの自由だ」と一蹴した。

 しかし、「出ていくことをちょっと考えただけじゃないか。実際に出て行ったわけじゃないんだから、いいだろ」と、付け足すあたり、そんなことは重々承知なのだろう。

「それに、長男が赤ん坊を連れて来るようになって、また家に活気が戻ってきたからな。出て行こうなんて気も、消え失せた」

「なるほど。その赤ちゃんってのが、菅原先生なんだな?」

 真理が訊くと、男わらしは「その通り」と大きく頷いた。

「それはそれは愛らしい赤ん坊だった」

「へえ……」

 真理がとっさに思い浮かべたのは、もじゃもじゃ頭の赤ん坊だった。

 自分の想像力の乏しさに、思わず笑ってしまいそうになっていると、傍らで、ぐうと腹の鳴る音がする。

 わらしだった。

「真理、お腹空いたー。ご飯まだー?」

 話に夢中になっている間に、鍋の中のロールキャベツはコトコト煮えて、部屋いっぱいに和風だしのいい匂いが充満していた。

 それが、わらしの腹を刺激したらしい。

「ああ、そうだったな。ご飯だ、ご飯」

 真理は鍋の中を覗き込んで、それから、わらしに向かって、声をかけた。

「わらし、人形遊びはお終いだ。ベランダとの境にテーブルを出すから、その辺を片づけてくれ」

 すると、返事が二つ、重なった。

「はーい」

 これは、わらしの返事。

「お、おう」

 少し戸惑いがちな、これは男わらしの返事。

「このクマゴロウを、そのロフトってところにしまえばいいんだな?」

 言われたとおりに片づけようと、部屋の中に入りかけた男わらしを、真理は寸でのところで押し留めた。

「わあっ、待った、待った! おまえに言ったんじゃないよ。……って、そうか、どっちも『わらし』なのか……」

 紛らわしいことこの上ない。

 そもそも座敷わらしがもう一人いるなんて、真理は夢にも思っていなかったのだが、男わらしの話では、日本各地に存在しているのだそうだ。

「俺様だって、同族と顔を合わせたのは初めてだ。一つの地域に一人の座敷わらしっていうのが、普通だからな」

「へぇ、そういうものなのか。……それにしても、呼び名を区別しておかないと不便だよなあ」

 今回のように、男わらしが呼ばれたと勘違いをして、うっかり部屋の中に入りでもしたら大変だ。

 その時点で、男わらしは引っ越ししたことになってしまい、菅原家に戻った時点で、今度は真理が引っ越された側になってしまうのだ。

 何か対策を考えねばと、真理がうんうん唸っていると、「呼び名なら、あるぞ」と、男わらしが言い出した。

「なんだ、それならそうと、早く言ってくれよ。で、なんて呼び名だ?」

「お兄ちゃんだ」

「へ?」

「だから、あんたも、これからは『お兄ちゃん』と呼べばいい」

「はあっ!? なんで俺がおまえのことを『お兄ちゃん』なんて呼ばなきゃなんないんだ! 兄弟でもないのに? っていうか、俺が『お兄ちゃん』って呼ばれるならまだしも!」

 大声を張り上げてから、真理はふと冷静になった。

「うん……、まあ確かに、生きている年数からいったら、おまえの方が年上だよな……」

 一瞬、納得しかけてから、いやいやいやと首を振る。

 着物を着ているせいで、一見、渋い、落ち着いた男に見えなくもないが、よくよく見れば、やっぱり男子中学生だ。

 こんな子供相手に、どうして『お兄ちゃん』なんて呼ばなければならないのか。

 無理無理無理と、真理が頭をぷるぷる振る横で、しかし、わらしは「わかったよ、お兄ちゃん」と、早速新しい呼び名を使い出している。

「なに、簡単に受け入れちゃってるんだよ、早過ぎだろ! なんの抵抗もないのか! 本当の兄妹でもないのに、変だと思わないのか!」

 しかし、わらしには抵抗も何もないのだ。

「わたちのことは『お姉ちゃん』って呼んでいーよ」

 こんなことを言う、わらしは、基本的に何もわかっていないのだ。

 当然のように、男わらしからは、「はあ!? やだよ!」と思いっきり却下されてしまう。

「おまえの呼び名なんて、『チビ助』で充分だ」

「えー、『チビ助』なんてやだー。『お姉ちゃん』って呼んでよー」

「絶対ヤダね」

「なんでー? ケチー」

「ムッ、俺様はケチじゃないぞ。ハゲ」

「むうっ、わたちもハゲじゃないもん!」

 兄妹でもないのに変だと、さっき言ったばかりだが、こうしてギャアギャア言い合っている二人を見ていると、なんだか本当の兄妹のように思えてくるから不思議だ。

 ――兄弟か……。

 一人っ子の真理にとって、子供の頃、兄弟のいるクラスメートは憧れだった。

 頼れる兄がいたら……。

 優しい姉がいたら……。

 可愛い弟や妹がいたら……。

 どんなに楽しいだろうと空想するばかりで、それは決して現実にはならなかった。

 だけど、わらしには今こうして、同族の兄のような存在が身近に現れた。

 彼女にとって、これほど頼もしいことはないだろう。

 ――まあ、ちょっと性格に難のある奴だけどな。

 そんなことをつらつらと考えていた真理は、ふと、思った。

 男わらしの本当の弟や妹というのは、どこにいるのだろう、と。

「なあ、『お兄ちゃん』って呼ばれてたってことは、どこかにおまえの本当の弟か妹がいるってことだよな。どこにいるんだ?」

 真理が何気なく尋ねると、二人の座敷わらしはピタリと言い合いを止めた。

「何言ってるんだ。座敷わらしは基本、一人ぼっちだ。兄弟なんて、いるわけない。普通は一つの地域に一人の座敷わらしと決まっているのだと、さっき言ったばかりだろう。こうして、同族と出会うことも稀なんだ。まったく……。あんたは本当に物知らずだな」

「うんうん。真理はなーんにも知らないね」

 二人して、嵩にかかって攻めたててくる。

 こんなところは、本当によく似た二人だ。

「じゃ、じゃあ、おまえは誰に『お兄ちゃん』なんて呼ばれてっていうんだよ。まさか妄想の中の妹じゃないだろうな」

 悔し紛れで言い返した真理は、さっきまでと同じ調子で反撃が来ると身構えていたの。いたのだが……。

「惣一だ」

 そう答える男わらしは、至極真面目な顔だった。

「惣一って……。えっ、だって、菅原先生は見えないんじゃ……。あ、ああ、夢の中での話か」

 納得しかけた真理に対して、男わらしはきっぱり否定した。

「いや、惣一は見えていたんだ」

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