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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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12話

「真理、見て、見て!」

 赤い靴を履いた、座敷わらしの小さな足は、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。

 まっすぐな道をジグザグに歩くものだから、一向に先に進まない。

 あんなに渋っていたお散歩も、出かけてみればこの通り。

 商店街にはためく『大売出し』ののぼりに、わざわざ「わぷぅ」と顔から突っ込んでいく、座敷わらしの数歩後ろを歩きながら、真理は目を細めていた。

 ――何だ、楽しそうじゃないか。

 今日は、オカ研のメンバーと菅原の家を訪問することになっている。

 それに同行したいと言い出したのは、座敷わらしの方だった。

 菅原の家に幽霊が出ると聞いたからなのだが、それ以前は散歩に行こうといくら言っても、頑なに拒否していたこともあり、真理は内心、今日のお出掛けを心配していたのだった。

 いざ外に出てみたら、やっぱり嫌だと言い出すのではないか、と。

 しかし、嫌がっていたことなど、座敷わらしはきれいさっぱり忘れているようだ。

 幽霊屋敷のことさえも忘れ、今は純粋に散歩を楽しんでいるように見える。

「わあ、これ、なんだろ」

 小さな体は、好奇心の塊だ。

 真理は、引率の教師の気分だった。

 それで、ついつい「ほらな、楽しいだろう? 外に出て、良かっただろ?」と、口走ってしまったのだが、どうやらこれがまずかった。

 この不用意な一言がきっかけで、座敷わらしは留守にしてきた家のことを、思い出してしまったらしい。

 そもそも座敷わらしは、引っ越しの決意も無しに、家を出たりしないものなのだ。

 外に出ると言ったって、せいぜいが庭先止まり。

 本来は、座敷にいるのが一番落ち着く、という生き物なのだ。

 お散歩は楽しい。

 幽霊も見たい。

 座敷わらしは楽しいことに目が眩んで、留守にしてきた家のことをすっかり忘れていた。

 しかし、一旦、思い出してしまったら、たちどころに、そのことで小さなおかっぱ頭はいっぱいになってしまうのだ。

「真理……、わたち……」

 最後まで言わずとも、真理にはわかる。

 座敷わらしの中の天秤は、『お散歩と幽霊』よりも、もう片方の『おうち』の側に完全に傾いてしまっているのだと。

 真理は、困ったな、と頭を掻いた。

 真理の部屋を起点とすると、菅原の家は大学の先にある。

 そのため、大学の正門前でオカ研のメンバーと待ち合わせしていた。

 約束の時間は、一時半。

 散歩しながら行こうと決めていたので、少し早めに部屋を出たのだが、思っていた以上に散歩を楽しんでしまい、時間的猶予はほとんどない。

 それなのに、座敷わらしは今にもぐずり出しそうだ。

 ――時間に遅れることになるけど、仕方ない。一旦帰るか……。

 座敷わらしを部屋に連れ帰り、それから、出直そう。

 真理が、そう決断した矢先だった。

 街路樹のてっぺんから、カラスの「カア」という鳴き声が聞こえたのは。

 座敷わらしのようにカラスと会話はできなくとも、最近では真理にもカラスの感情くらいは理解できるようになっていた。

 今の「カア」は明らかに、からかいを含んでいる。

 案の定、座敷わらしのほっぺたが、ぷぅっと膨らんだ。

「座敷にいなくたって、座敷わらしだもん!」

 座敷わらしは言い返すが、樹上にはカラスが三羽もいて、カアカアカア、とはやし立ててくる。

「もう、怒った!」

 座敷わらしは言うや否や、するすると木を登り始めた。

 突然の行動に慌てたのは、真理だ。

 ――お、おいっ! 何してんだ、危ないって!

 座敷わらしが落っこちやしないか、という心配がひとつ。

 それと、ケガをさせられやしないかという心配がもう一つ。

 ケンカしながらも仲が良さそうなでもある、座敷わらしとカラスだが、相手が三羽ともなると話は別だ。

 ここが田舎なら、迷わず座敷わらしの後を追うところだ。

 しかし、こはあまりにも人の通りが多過ぎる。

「おーい、わらし、降りて来ーい」

 呼びかけの声さえも、人目を気にしなくてはならない。

 そんな真理の心配をよそに、樹上からは木の葉がハラハラと落ちてくる。

 真理は、いてもたってもいられなくなった。

 ――街路樹に登る、大学生か……。頭悪そうだなあ。

 もしも知り合いに見られたら……という考えが頭を過ったが、羞恥心より心配の方が勝ってしまったのだから仕方がない。

 意を決して、真理は木の幹に手をかけた。

 しかし、そのとき――

「何してるんですか」

 突然、声をかけられて、真理は文字通り飛び上がって驚いた。

「うわっ……と、ひ、瞳ちゃん!?」

 彼女は以前、座敷わらしのプレゼントを買った、アクセサリーショップの店員だ。

 その店の真ん前にいたことに、真理は今の今まで気がつかなかった。

「どうかしたんですか?」

 小首を傾げる、彼女の耳元で小さなピアスがキラリと光る。

 大抵の男が「わあ、可愛いなあ」と胸を高鳴らせる仕草だが、真理は違った意味でドギマギしていた。

 ――ああ、ヤバかった。まだ木に登ってなくてよかった……。

 セミのように幹にしがみついているところを、彼女に見られでもしたら……。

 恥ずかしくて、もうこの道を通れないだろう。

 さっきまで、誰に見られても構うもんかと思っていたことも忘れ、真理は冷や汗を拭った。

「え、えーと……、いや、その……、いい木だなあと思って」

「え、この木が?」

「そう、この木が! ほら、この幹の張り具合! この枝ぶり!」

 彼女はきょとんとしていたが、すぐに「柳田さんって、植物に詳しいんですね」と、何故か、いい方に解釈してくれた。

 苦し紛れの言い訳だったのに……と、真理はバツが悪かった。

 だから、彼女が「あっ、もうこんな時間!」と、素っ頓狂な声をあげてくれて、真理は正直、ホッとした。

「私、今日は一時半からシフトに入ってるんです」

 そう言って、瞳は慌ただしく店の中へと入って行った。

 また買い物に来てくださいね、と店の宣伝も忘れない。

 はあ、いい子だな~、と、一瞬、ほんわかしてしまった真理だが、一時半といえば、オカ研のメンバーとの約束の時間ではないか。

 のんびりもしていられないぞと、思った矢先のちょうどいいタイミングで、座敷わらしがするすると木から降りてきた。

 その顔は、さっきまでとは打って変わって、どこかスッキリとしている。

「真理、行こ! 幽霊、見に!」

「え……、行こうっておまえ……。カラスはもういいのか? 家のことは? 帰りたいんじゃなかったのか?」

 何が何だかわからない真理の手を、座敷わらしがグイグイ引っ張っていく。

 三羽のカラスは、それとは逆方向に、黒い翼をバッサバッサと羽ばたかせ、飛び立って行ってしまった。

「幽霊、楽しみだね! うらめしや~だね!」

 樹上でどんな心境の変化があったのか、わからない。

 わからなくても、座敷わらしがにこにこ顔なら、真理にとっては何の問題もなかった。

「ああ、うらめしや~だな」

 答える真理も、だから、自然と、にこにこ顔になってしまうのだった。



 正門前には、オカ研の三人が既に来ていて、真理を今か今かと待っている状態だった。

 彼らは、どうやら定刻通りに来ていたようだ。

 前回のように、向ヶ丘が弁当を作ろうなどという気を起こさなかったせいもあるだろう。

 だけど、それだけではない。

 岡山田と丸岡の並々ならぬ気合が、遅刻を許さなかったのだ。

 彼らの気合は、手荷物の多さにも表れている。

 ビデオやらデジカメやらの他に、暗視スコープなるものまで彼らは持って来ていた。

 というのも、前回、真理の家の調査が不発に終わったからだ。

 彼らはあの日、真理の部屋で、心霊現象のようなものを何ひとつ体験できなかった。

 帰宅してから映像を確認しても、白いモヤのような物ひとつも映っていなかったのだ。

 だから、今回こそは、と熱く燃えているのだ。

「柳田くん、遅いよ~」

 丸岡が唇を尖らせる。

 真理が、ごめんごめんと謝ったところで、いざ出発、となった。

 真理たち一行は、スマホの地図を頼りに、菅原邸を目指すのだった。


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