はじめてのクリスマス・後
「なあ、どうしたって言うんだよ、わらし。泣いてちゃ、わかんないだろう?」
クリスマスの準備に朝からこんなに苦労して、ようやく帰ってきたというのに出迎えも無しか、と思ったのは確かだった。
のん気にこたつで居眠りしている座敷わらしに、そりゃあ、多少、イラッともした。
しかも、こたつの天板はびしょ濡れだ。
注意するのは、当たり前のことではないか。
それでも、大泣きされるほどキツく言った覚えは、真理にはない。
だけど、目の前でこうもわんわん泣かれたら、猫なで声であやすしかないではないか。
「ほ~ら、ぜ~んぜん怒ってないぞぉ?」
ついでに口をイーっとさせて、無理矢理笑顔を作ってみせる。
すると、座敷わらしは、えぐっえぐっ、としゃくりあげ始めた。
何か言おうとしているのに、しゃくりあげてしまって言葉にならない、といった感じだ。
「ん? どうした、何か言いたいことがあるのか?」
「ぶででんっ、ぶででんっ、ぶべべんっうぐっだどに~」
しかし、解読不能。
何を言っているのか、さっぱりわからない。
「落ちつけ、わらし。とにかく、一旦、鼻をかもう。な? ほら、ちーん」
座敷わらしは鼻先にティッシュを当てられると、素直に「ちーん」と鼻をかんだ。
でも、話をしようとすると、涙がまたぶわっと溢れてきて、「ぶででんがあ~」となってしまう。
そのため、真理は何度も「ちーん」と鼻をかませなければならなかった。
「……で? 何がどうしたんだ?」
落ち着いてきたところを見計らって、真理が問いかけると、座敷わらしはようやく意味を成す言葉を話し始めた。
「……プレゼント、作ったの……」
「プレゼント?」
「うん、真理に」
「えっ、俺に?」
「……うん。手摺りに積もってた雪を集めて、ウサギを作ったの。カラスにね、南天の実を取って来てもらってね、それをウサギの目にしたの」
天板の上には確かに、小さくて、丸くて、赤い実が二つ、コロン、コロンと転がっている。
なるほど、ウサギの目にはぴったりだった。
「へえ、これ、南天の実っていうのか。でも、おまえの頼みごとなんて、カラスの奴、よくきいてくれたなあ」
座敷わらしとカラスは、ベランダでしょっちゅうケンカしている間柄だ。
でも、田舎のカラスがそうだったように、座敷わらしが心底困っているときは、彼らは手助けしてくれるのかもしれない。
そう思って聞いてみたのだが……。
「南天の実を取って来てもらう代わりにね、キンキラでふさふさのひもをカラスにあげたの」
「えっ、あの金色のモールをカラスにあげちゃったのか?」
元はカラスの物だったのだから、正確には『返した』という方が正しいだろう。
しかし、一旦、自分の物にしたら、座敷わらしはそれをなかなか手放そうとはしたがらない。
特に、あの金のモールは、自分の首に巻きつけたり、松子やクマゴロウをぐるぐる巻きにしたりして、大層お気に入りの様子だった。
真理へのプレゼントとそれを引き換えにしてしまったのだと、座敷わらしは言っているのだ。
「……そうか、俺のために……」
「作った雪ウサギを早く真理にあげたくて、大事に大事にこたつの上に置いといたのっ……。でも、なかなか帰ってこないから、段々眠たくなっちゃって……」
雪でできたウサギだ。
こたつの上に置いておけば、そりゃあ、溶けてしまうだろう。
それで、天板の上が水浸しだったのかと、真理にもようやく合点がいった。
「それで、起きたら……ウサギがっ……ウサギがっ……」
座敷わらしの声が震える。
真理に説明している間に、再び悲しみがぶり返してきたらしい。
そして、とうとう……。
「溶けちゃってたあああ。目玉だけに、なっちゃってたああ。うわあああん」
座敷わらしは、また盛大に泣き始めた。
真理は一旦片づけたティッシュの箱を、再び手元に引き寄せた。
「ああ、もうっ。微妙に気持ち悪いこと言うなよ。そんで、泣くな。泣くなって」
「だって、だって、真理にあげるものがなくなっちゃったあああ」
「別におまえからのプレゼントなんて、期待してないよ」
真理がいくら慰めても、座敷わらしは「でも、クリスマスだから」と言ってきかない。
そして、「武田が言ってたああ。クリスマスはプレゼントを交換こするって、言ってたああ」と、言い募る。
「はあ? 武田が?」
何故、ここで武田の名が? と思いかけ、真理はおぼろげながら思い出した。
――そういや、部屋に武田が来たとき、バイト仲間でプレゼントの交換をするとかなんとか言ってたな。
座敷わらしはそれを聞いて、自分もプレゼントを用意しなければならないと、プレッシャーに感じてしまったのだろう。
思い返せば、座敷わらしの様子がおかしくなったのは、丁度その頃からだった。
真理は「やれやれ」と、大きくため息をついた。
「あのなあ、子供はプレゼントをもらうだけでいいんだよ。わらしは子供だろう? 童子なんだろう? だったら、プレゼントをもらって『わーいわーい』って言ってりゃ、それでいいんだよ」
「……そなの?」
「ああ、そうなの! でも、まあ、おまえからプレゼントをもらえたのは、嬉しかったよ。ありがとうな」
そう言って、真理は台所に立った。
小皿を取りに行ったのだ。
その上に、南天の実をコロン、コロンと転がして、「収納棚の上に飾っておこうな」と言うと、座敷わらしは今日初めての笑顔を見せた。
座敷わらしは、こうでなくちゃ困る。無邪気に笑っていてくれなくちゃ。
「プレゼントを交換するんだったな。俺はもらったから、次は俺からプレゼントだ」
真理は座敷わらしをもっと笑顔にするために、洋服を吊るす、ハンガーとハンガーの間に頭を突っ込んだ。
数日前、そこにプレゼントを買って隠しておいたのだ。
「じゃ~ん」
真理が真っ赤なリボンのついた箱を取り出すと、さっきまで泣いていたのが嘘のように、座敷わらしが飛びついてくる。
「うわ~、なに、なに?」
小さな手がガサゴソと、不器用な手つきで包みをほどいていく。
中から現れたのは、小さな赤い靴だった。
「ほら、貸してみ?」
真理は片方を手に取ると、座敷わらしの足に履かせてみた。
眠る座敷わらしの足をこっそり計測した甲斐あって、靴は小さな足にピッタリだった。
もう片方の靴も履かせ、立たせてみる。
赤いワンピースに、ピンクのカーディガン。その足元は、ピンクの靴下と赤い靴。
何とも愛らしいコーディネートの出来上がりだ。
「わあ~!」
座敷わらし本人もご満悦で、くるりと回ってみたりしている。
「うれしい、うれしい! 真理、ありがと!」
大はしゃぎの座敷わらしだったが、真理が「これで、一緒に散歩に行けるな」と言うと、ピンクに染まった頬をヒクリと引き攣らせた。
「えー、座敷にいなかったら、わたち……、ただの『わらし』になっちゃうよ……」
「いいじゃないか、ただの『わらし』で。俺はおまえに、もっとたくさんの世界を見せてやりたいんだよ」
「……う~ん」
座敷わらしは、基本的に家の中が好きな生き物らしい。真理がこれだけ言っても、今ひとつ、乗り気でないのが伝わってくる。
「なんだよ、嫌なのか? ふ~ん、外に行かないんなら、靴も、じゃあ、いらないんだな?」
「えー、ダメダメ! この靴は、わたちのだもん!」
座敷わらしはアワアワと靴を脱ぐと、取られまいとするように腕の中にぎゅっと囲い込んだ。
真理を上目遣いで見上げる、その瞳が『家で履いちゃダメかなあ』と言っている。
真理は無言で、それに首を振った。
座敷わらしは諦めたように小さな声で「……真理と一緒?」と聞いてきた。
「ああ、もちろん一緒に、だよ」
真理が答えると、座敷わらしは「……う~ん、じゃあ、いいよ。……たま~になら」と、ようやく頷いたのだった。
でも、渋々でも何でもいいのだ。
今はいやいやでも、出かけてみたら、座敷わらしだって楽しいに決まっている。
だって、折角雪が降ったのに、手摺りに積もった雪をかき集めるなんて、寂しいではないか。
外に出れば、大きな雪だるまだって作れるのだ。
真理は座敷わらしがまだ知らない、楽しいことをいっぱいいっぱい教えてやりたいのだ。
「よ~し、それじゃあ、ご飯にするか」
その手始めが、今日のご馳走だ。
鶏をまるまる一羽焼いた、ローストチキンなんて、きっと見たこともないだろう。
結局、ローストチキンを作っただけで真理は力尽きてしまい、後は簡単なサラダしか用意できなかったのだが。
それでも、保温バッグからこんがり焼けたチキンを取り出すと、思った通りのリアクションが返ってきた。
「わあ!」
もともと丸い目が、益々真ん丸に見開かれている。
この顔が見たくて、真理は今日一日頑張ったのだ。
これだけで、苦労が報われるなと感慨に浸っていた真理は しかし、続く言葉に思わず、ずっこけてしまう。
「わあ、スゴイ! カラスの丸焼きだあ!」
「ちょっと待て。カラスなわけあるか! 鶏だぞ、ニ・ワ・ト・リ! 高級スーパーに行ってわざわざ買ってきたんだぞ。知ってるか? 高級スーパーって、店員が袋詰めをしてくれるんだぞ、って、おい! 待て待て! そのままかぶりつくんじゃあないっ!」
美しい切り分け方も、ちゃんと勉強したのだ。今夜、ぜひ、それを披露したかった。
だけど……。
「真理、おいしいね、おいしいね」
鶏の丸焼きを頬張って、座敷わらしは満面の笑みだ。
そんな顔を見せられたら……。
「まあ、いっか」と真理は思ってしまうのだった。
「見て、見て。いいでしょう。この靴、真理のクリスマスプレゼントなの」
翌朝、真理は座敷わらしの声で目が覚めた。
ベランダで、カラス相手にプレゼント自慢をしているらしい。
それは以前も見た光景なので、真理も「ああ、またか」としか思わない。
そんなことよりも、まだまだ眠っていたかった。
実家に帰って料理をしたり、慣れない雪道をへっぴり腰で歩いたりで、思いの外、体は疲弊していたのだ。
放っておいて、二度寝をしよう。
そう思い、再び布団の中に潜り込もうとしたのだが、真理の耳は勝手に聞き捨てならない言葉を拾ってしまう。
「これだけじゃないんだよ~。昨日はご馳走だったんだから。ご馳走ってなんだと思う? 知りたい~? あのね、真理がね、カラスの丸焼きを作ってくれたの。スゴイでしょ~」
――おいおい……。カラスじゃないだろ、鶏だろ。昨晩、きっちり訂正しただろうが!
真理は仕方なく、ベッドから体を無理矢理引きはがした。
まだまだ眠っていたかったが、この間違いは放置できない。
「こら、カラスじゃなくて、鶏だって言っただろ」
得意げに、ふんぞり返って、間違った自慢をしている後頭部を、コツンと小突く。
と、同時に、手摺りにとまっていたカラスと目が合った。
真理を前にしたカラスは、その大きなくちばしをパックリと開け、そのままカチーンと固まっている。
「……え、あ、いや……、誤解だ、誤解」
座敷わらしの間違いを正すよりも、カラスの誤解を解く方が先だと、真理は瞬時に悟ったのだが……。
カラスは手摺りをじりじりと伝い、少しずつ少しずつ真理から距離を取っていく。
その間、真理から一瞬も目を離さないところに、カラスの警戒感が表れていた。
「いやいや、そんなに怖がらなくても……。取って食ったりしないって。カラスなんて、食べたって、不味いんだからさ」
誤解を解くつもりが、この一言は余計だった。
カラスの恐怖心を、かえって煽ってしまったらしい。
一瞬、羽毛を逆立たせたカラスは、その後、一目散に逃げ出した。
引き留めようと伸ばした手が空振りに終わり、真理はがっくりと項垂れた。
「わ~ら~し~! おまえのせいで、誤解されたじゃないか」
どうしてくれる~、と恨みがましく振り返れば、座敷わらしはちゃっかりこたつに戻っていた。
それで、のん気に「真理ぃ、朝ご飯まだあ?」などと言っている。
「ああっ、俺はカラス殺しの汚名を着せられたまま生きなきゃならないのか……」
昨夜の残りのチキンを温めながら、真理は愚痴をこぼすのだった。
真理が危惧していた通り、カラスの間で真理の噂は瞬く間に広がっていった。
おかげで、真理が街を歩けば、それだけでカラスが「カアカア」と鳴き叫び、逃げていく始末。
ほとほと困った真理は、座敷わらしに泣きついて、カラスたちの誤解を解いてもらうのだが、完全に噂が消えるまでひと月も要することになるのだった。




