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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
きみは小さな居候
24/97

24話

 真理の両親が到着したのは、昼を少しまわった頃だった。

「真理! 大変だったわね。大丈夫なの? ケガはない?」

 車から降りて、真っ先に真理に駆け寄ってきたのは母だ。

 ケガはないと電話で言っておいたのだが、実際に無事な姿を見るまでは心配だったのだろう。

 父はというと、目だけで真理の無事を確認すると、あとは黙々とトランクから荷物おろしを始めている。

 そっけないようにも見えるが、心配してないというわけではない。

 息子を心配する気持ちは、母親と同じくらい強いのだが、感情の表し方が下手なのだ。

 父が運びおろしているのは、大量の菓子折りだった。

 到着が遅くなったのは父の運転技術の問題だけではなく、迷惑をかけたご近所へと配る、この菓子折りの調達に時間がかかったからのようだった。

 両手にいくつもの紙袋を提げた父は、だがしかし、足に座敷わらしがまとわりつていることには気づいてない。

 誠一郎と言えない座敷わらしが、「セーチロー、セーチロー」と大はしゃぎする姿が見えているのは真理だけなのだ。

 足をもつれさせて少しよろめいたのも、長距離を運転してきて疲れたせいだ、くらいにしか思っていない。

「まずは家に行くか。近所にあいさつ回りに行く前に、家がどうなったのか見ておきたいからな」

 と言う父に、座敷わらしが元気よく「はーい」と返事をしたのだが、それも全く聞こえていないのだった。



「三人でお散歩なんて、滅多にないわよね」

 今の状況を「お散歩」などと表現する母は、随分と呑気だ。

 まだ現実感がないのだろう。

 久し振りに家族全員が揃ったことに、少々はしゃいでいる感さえある。

 それに対して、「三人じゃないよー、四人だよー」と異を唱えたのは座敷わらしだ。

 もちろん、母にこの声は届かないのだが、真理に肩車をされながら、足をバタバタさせて不満を顕わにしている。

 ご飯をしっかり食べたからか、それとも、真理という、座敷わらしを気にかける存在を得たためなのか、座敷わらしは質量を取り戻していて、肩の上で暴れられると非常に危険だ。

「こら、大人しくしてろよ」

 真理はバタバタと暴れる小さな足をぎゅっと掴んで、小声で注意しなければならなかった。

 そうすると、薄汚れてしまった靴下が否でも応でも目についてしまう。

 ――新しいのを買ってやらなきゃな。

 そう思いかけてすぐ、真理は「いや、どうせ買うなら……」と思い直す。

 ――どうせ買うなら、今度は靴だ。靴がいいな。

 座敷わらしの世界はとても狭い。

 自分に与えられた小さな部屋と、せいぜい庭先までが世界の全てだ。

 庭でピカピカに光る石を探すよりも楽しい発見が、外の世界にはたくさん転がっているということを座敷わらしは知らない。

 真理はそれを教えてやりたかった。

 だって、この座敷わらしは、その家に幸も不幸も呼び込めないのだ。

 それならば、座敷に閉じ籠っていなくてはならない理由もないではないか。

 いや、いくつ理屈を並べたところで、母が口にした「お散歩」という言葉に心惹かれた、というのが真理の本音なのだった。 

 座敷わらしに靴を履かせ、手を引っ張って、散歩に連れ出す。

 それは想像するだに、とても楽しいことだったから……。



 しかし、楽しい空想をしていられたのも、ここまでだった。

 火災現場に到着して、現実を突きつけられると、真理たちは一様に押し黙った。

 それは、もはや屋敷の体を成していなかった。

 そこにあるのは、ただの残骸だ。

 百年以上の歴史を支えてきた、太くて立派な梁や大黒柱が巨大な炭と化してしまった姿は見るも無残な光景だった。

 とりわけ父の受けたショックは大きかった。

「ああ……、なんてこった……」

 その場にしゃがみ込んでしまった父の背中を、母がそっと擦る。

 してやれることは、本当にこれくらいしかなかったのだ。

 どのくらいそうしていたか。

 しばらくして、父は立ち上がった。

 そうして、目を閉じて、手を合わせた。

「家も百年を越えたら、命が芽生えてるような気がしてな……」

 この火事で、命を落とした者はない。

 父が祈りを奉げたのは、焼けてしまった屋敷に対して、だったのだ。

「わらし様のために祈ってるのかと思ったわ」

 母が言うと、

「いや、わらし様はとっくにこの家を出ただろう」

 と、父は答えた。

 母は「そうね」と言って、ひらひらと舞う蝶を追うでもするように、宙に視線を彷徨わせた。座敷わらしを天女か何かと勘違いしているのだろう。

 それから、やにわに空に向けて、かしわ手を打った。

 冬の空に、パンパンという音が吸い込まれていく。

「私ね、柳田の家が火事だって聞いて、わらし様は何やってるの? って、まず思ったのよ。柳田家を守ってくれてるんじゃなかったの? って。しかも、悪いことが続いてたでしょ。お義父さんが入院して、直美さんがケガをして……」

 でもね、と母が続ける。

「でも、よく考えたら、そのおかげで今回、誰も死なずに済んだのよね。だって、お義父さんがいたら、大変よ。どうやってベッドごと運び出すの? 直美さんだって、お義父さんの病院に行っていたから助かったようなものよ。あの人、ゴロゴロ昼寝ばかりしてるんだから、逃げ出せなかったかもしれないもの。やっぱりわらし様は、この家を守ってくれたのよ」

 母はそう言って、再びかしわ手を打ち、空に向かって手を合わせた。

「今まで守っていただき、ありがとうございました。新しい家でも、どうかお元気で」



 ――いやいやいやいや……。

 思いきりつっこみたいところだったが、母は父と共にご近所へのあいさつ回りに行ってしまった。 

 真理は少し散歩してから集会所に戻ると言って、この場に残ったのだ。

 ――はぁ……。こういう人間の勝手な思い込みで、座敷わらしの伝説は生まれたのかもなあ……。後からこじつければ、なんでもわらし様のおかげ、ってことにできちゃうんだもんなあ。

 真理が内心呆れていると、肩車していた座敷わらしがバタバタとまた暴れ出した。

「えへへへへ……」

 先程のバタバタは自分をカウントしてくれなかったことへの抗議のバタバタだったが、これは嬉しいのと照れ臭いのが入り混じった、もじもじに近いバタバタだ。

「えへへ、嫁にお礼を言われちゃった」

 嫁とはもちろん、真理の母親のことだ。

「は? おまえ、何言ってんだ?」

「えへへ、わたちのおかげだって」

「いやいや、おまえは何もしてないだろう。祖父ちゃんが入院したとき、おまえは東京だっただろうが。火事のときだって、腹空かせて、目を回して倒れてただけだろうが」

 母に言えなかった分、真理は座敷わらしに思いきりつっこんだ。

 座敷わらしは、それに気分を害したらしい。

「むうっ! わたちのおかげなんだもーん!」

 今度は怒りに任せて、足をバタバタさせ始めた。

「わ、わかった。わかったから。とにかく、一旦、肩から降りろ」

 真理がそう言うと、座敷わらしはするすると背中に降りてくる。真理の肩に顎を乗せ、おんぶの位置に納まった。これなら安定感があって、安全だ。

 真理は座敷わらしの頭を、ポンポンと撫でた。

「そんなことよりさ、本当にお前が無事でよかったよ」

 焼け跡に立つと、炎の猛威をまざまざと見せつけられた思いがした。だから、これは真理の掛け値のない本音だ。

 でも、もう一つ、言わなければならないことがある。

 いつ、切り出そうかと思っていたのだが、真理は今がそのときだと、とうとう心を決めたのだった。

「あー……でも、あれだな……、おもちゃは……その……、残念だったけどな」

 真理は鼻の頭を掻きながら、座敷わらしの出方を窺った。

「……うん。全部燃えちゃったね」

「お気に入りのおもちゃもあっただろう? ……ほら、チン太くんとかさ」

「チン太くん? チン太くんは直美がバザーに出しちゃったから、火事に遭わないで済んだよね。良かったよね」

「……へ?」

 座敷わらしが言うには、祖父の入院している病院でチャリティーバザーがあって、叔母は奥の間からチン太くんといくつかのおもちゃを勝手に持って行ってしまったのだそうだ。

「持ってかないでーって、頼んだんだけど、バザーの『しゅーえき』は『病院祭』に使われるんだ、って直美が言ってたの。入院患者さんが楽しみにしてる、お祭りなんだって。それにね、バザーで売れ残ったら『しょーにびょーとー』に持って行って、病気の子供たちにあげるんだって。だからね、じゃあ、持って行ってもいいや、って思ったの」

「そうか。それで自分は我慢したのか。エライじゃないか」

「えへへ、わたち、エライ?」

「ああ、エライ、エライ」

 真理はおかっぱ頭を撫でてあげながら、不細工な、それでいて妙に愛嬌のある、チン太くんの顔を思い浮かべた。

 チン太くんも今頃、誰かに頭を撫でられているだろうか。

「……ん? ちょっと待てよ。じゃあ、俺が見たチン太くんは何だったんだ? 火事の現場にいたんだぞ。それで、俺たちを助けてくれたんだ」

 遠く離れた地から、チン太くんは座敷わらしの危機を嗅ぎとって、心だけでも馳せ参じたのだろうか、と思ったのだが、そんな考えは座敷わらしに、ぷぷぷと笑い飛ばされてしまった。

「真理は幻を見たんだよ。だって、そんな不思議なことあるわけないもーん」

「いや、だから、おまえの存在自体が一番不思議なんだってば」

 真理のつっこみを、座敷わらしは聞いちゃいなかった。

「真理は時々、変なことを言うね」と、ぷぷぷと笑っている。

 なんだ、人を変人みたいに、と真理は憤ったが、すぐに「まあ、いっか」と思い直した。

 座敷わらしと一緒にいれば、これから先も不思議なことはいっぱいあるだろう。いちいち気にしてなどいられないくらいに。

「よし、じゃあ、帰るとするか、俺たちの家に」

 最後にもう一度、屋敷のあった場所に礼をして、真理は踵を返した。

 背中で座敷わらしが「うん!」と嬉しそうに返事した。

「うん! 帰ろ。わたちたちの家に!」

 


「ところでさ、おまえに会いに、随分たくさんの人が奥の間に泊まりに来たんだってな」

 これも、気になっていたことのひとつだ。

 集会所へと帰る道すがら、真理はいつか聞こうと思っていたことを聞いてみた。

「うん、いっぱい来たね。でも、誰も一緒に遊んでくれなかったよ。遊ぼーって言っても、皆すぐに寝ちゃうの。ガーガーいびき掻いて。つまんないんだよー」

「……え、そうなのか?」

「うん、なのに、皆、朝になると、わたちのこと『見れたー』って言うの。それで、帰って行っちゃうの」

 真理は、ふむ、と考え込んだ。

 奥の間に泊まったという成功者たちは、やはり自分の力でことを成し遂げたということか。

 しかし、『座敷わらしを見た』という思い込みも、何かの助けになっているのかもしれないな、と真理は思うのだった。

「だからね、奥の間で遊んでくれたのは、真理だけだよ」

 考えに耽っていた真理の耳に、『真理だけ』という言葉が心地よく響いた。

「俺だけ?」

「そ。真理だけ」

 真理だけ……、その言葉が妙にくすぐったい。

 無性に駆け出したくなって、真理は「しっかり掴まっとけよ」と座敷わらしに声をかけた。

「わーっ!」

 急に走り出した真理に、座敷わらしが歓声を上げる。

 空の上では、粉雪がちらほらと舞い始めていた。

 しかし、真理と座敷わらしの笑い声が、粉雪を上空高く吹き飛ばしてしまう。

 この地に本格的な冬が訪れるのは、もう少し後になりそうだった。

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