12話
大学に去年出来たばかりのカフェテリアは内装からメニューから見事に女子向けで、真理のような男子には少々敷居が高い。
だから、真理が入り浸るのは、自然と別棟の古い食堂の方となる。
しかし、女子に人気があるのは圧倒的に新しいカフェテリアだ。里奈たちも普段は大抵このカフェテリアにいるのだと、合コンの席で言っていた。
それで真理はメールで連絡を取る前に、まずはここを覗いてみようと思ったのだ。
真理が大学に着いたのは、昼をとうに過ぎた頃だった。
カフェテリアは人もまばらで、見知った顔がすぐに見つかる。
それは向こうも同じだったようで、目が合った瞬間に大きく手を振って、真理を呼んだ。
「おーい、真理くん! 今からランチ?」
そこにいたのは里奈ではなく、昨日の幹事の恵美だった。一人でお茶をしていたらしく、手にしたカップからは甘いキャラメルのフレーバーが漂ってくる。
「いや、そうじゃなくて……、えーと、今日、里奈ちゃんは?」
里奈の名前を出すと、恵美はクスクスと笑った。
「里奈は来てないよ。でも、今日は会わなくて正解だったかもね。多分まだすっごく機嫌が悪いから。なんか昨夜、大変だったんだって?」
一応質問の体を成してはいるが、何もかも知っているような顔つきだ。
「うわぁ、情報早いな」
「全部メールで報告きてますから」
昨日の今日で、もう話が行き渡っているらしい。これが女の子ネットワークの恐ろしさだ。
しかし、考えようによっては説明せずに済むのだから、話は早い。
「里奈ちゃん、なんて?」
「あの子、家が遠いでしょ? だから、途中で電車が終わっちゃって、結局タクシー使う羽目になったみたいよ」
それで、延々と愚痴メールが来たのだと恵美は笑う。
「ああ、悪いことしちゃったな」
やっぱり追いかけるべきだったと、真理は後悔した。
そんな真理とは対照的に、恵美はやけに楽しそうだ。
「でもさ、真理くんって面白い人なんだね。幽霊が出る部屋に平気で住んでるんだって?」
「へ?」
「事故物件なんじゃないかって、里奈が言ってたよ」
「えっ、そんな話になってるの?」
事故物件と言えば、事件や事故で人が死んだ、いわゆるいわく付きの物件というやつだ。
「まさか! 幽霊なんて出ないよ! それに、事故物件も何も、新築で入居したんだから。全部里奈ちゃんの勘違いだよ」
「えー、そうなの?」
――なんなんだ、その「なーんだつまんない」って顔は!
今日、ここで否定しておいて良かったと、真理は心底思った。放置しておいたら、どんな噂を立てられていたことか。
「私はてっきり、真理くんに恋しちゃった幽霊が、真理くんの貞操の危機を察知して、ポルターガイストを起こしたのかなあって思っちゃった。それで幽霊はめでたく里奈を追い返すことに成功しました、って話かと」
「……すごい妄想力だね……」
褒めたつもりはないのだが、恵美はエッヘンと胸を張る。
「だって、里奈にお持ち帰りされて、食われずに済んだなんて。どう考えても幽霊グッジョブでしょ」
恵美の口からポンポン飛び出す、「お持ち帰り」だの、「食う」や「食われる」だのといった単語に、真理は眩暈がしそうだ。
「て、て、貞操とか……! そもそもどうして俺がお持ち帰りされる側なわけ? 普通は逆だよね?」
「だって、真理くん、まるで『ドナドナ』状態だったじゃん」
あの場で、真理と里奈を見送った女子たちは、真理を売られていく仔牛のようだと思っていたということか。
主導権が里奈にあったことは事実なので、否定できないのが、やるせない。
けれど、それが真理の評価を下げるという事態には、どうやらなってないようなのだ。
「真理くんがお持ち帰りされちゃったから、女子は皆『あ~ぁ』って、テンション下がりまくりだったんだよ。真理くん、女子の一番人気だったから」
「えっ、俺が!?」
「そうだよ。男子は皆、里奈狙いだったでしょ? 一番人気同士が抜けちゃって、二次会を盛り上げるの、大変だったんだからね」
幹事の大変さを思い知れ、と背中をバチンと叩かれて、真理は思わずゲホッとむせてしまう。
そもそも、今までモテた経験などない真理には、いまいちピンと来ない話だった。
「そんなこと言われてもなあ……。昨日からずっと女の子に翻弄されっ放し、って感じしかしないよ」
「やだ。真理くんってば、私たちと飲むの、もうコリゴリとか思ってる?」
「いや……そんなことは……」
「じゃあ、また皆で飲みに行こうね」
「あ……ああ、そうだね」
テンポの良い会話で、次の飲み会の約束をしてしまった。ここでの主導権も、やはり真理ではなく、恵美にあるのだった。
「じゃあ、約束ね。ちょっと間を開ければ里奈の機嫌も直ってるだろうし」
里奈の名前が出たことで、真理は大事なことを思い出した。
わざわざここまで出向いてきたのは、里奈の忘れ物を届けるためではなかったか。
直接返すつもりでいたのだが、里奈が昨日のことを怒っていると聞いてからは、それも億劫になってしまった。恵美に返しておいてもらうのが一番良いように思えた。
「そうだ、これ……。里奈ちゃんの忘れ物なんだ。返しておいてくれる?」
「キャー、バレッタを外して、髪をほどくようなことがあったのぉ?」
何があったのか、なかったのか、全部知っている筈なのに、こうしてからかってくるのだから、恵美も相当ひとが悪い。
つんつんと、肘で突かれて、真理は顔が真っ赤になってしまった。
しかし、恵美の方にしても、真理がこれ程いじられ耐性がないとは予想外だったようだ。
「ごめんごめん。もうからかわないから。これを里奈に返しておけばいいのね?」
そう言って、恵美は今度こそ真面目な顔でバレッタを受け取ってくれた。
そのとき、それがキラリと光を放った。真理の手から離れる、その瞬間だった。
「これ……すごく綺麗だね……」
真理がポツリと呟くと、恵美は不思議そうな顔をした。
「えー、普通じゃない? そんなの、どこにでも売ってるよ」
宝石がついているわけでもない。特にブランド品でもない。さして、高価なものでもない、この髪留めを「宝物」などと言う女の子はいないのだろう。
里奈はこれを失くして、血相を変えて捜したろうか。
そう思ったと同時に、真理の脳裏に浮かんだのは、これを手放したときの座敷わらしの顔だった。
「恵美ちゃん……、こういうのって、どこで買うの?」
「えー、なになに? 里奈にプレゼントしたいの? それとも別の誰か?」
恵美にまたからかわれたが、真理が顔を赤くすることはもうなかった。
そうだ、プレゼントしたいのだ。
座敷わらしに宝物をいっぱい作ってやりたいのだ。
真理の真剣な顔を見て、恵美も真面目な顔になる。
「う~ん、そうだなあ、デパートでも、駅の中でも……」
そう言って、少し考えてから「そういえば最近、可愛いアクセサリーショップが大学の近くにできたんだよね」と恵美は教えてくれた。
店全体が可愛くて、里奈もお気に入りなのだそうだ。だから、このバレッタもそこで買ったのではないかと恵美は言う。
真理は恵美に礼を言うと、鼻息荒く、歩き出した。
――待ってろ、わらし。宝物を見つけてきてやるからな。
教えられた店は真理が通学によく使う、通り沿いに建っていた。
真理の前を歩いていた女の子が、吸い込まれるように入っていく。向かいから歩いてきた女の子もだ。人気のショップだというのが、よくわかる。
真理も後を追うように、店に入ったのだが……、すぐに後悔することとなるのだった。




