心の声
この話以降は不定期更新になります。
「翔太、よーっす」
「おう。おはよう、勇」
勇がカバンを机の上に置き、椅子を引きずりながら座り込む。
そして机の中を覗く。こいつ、さては置き勉していたな?
どうやら必要教材は机の中に入っていたようで、彼は安心した様子を見せた。
「――いきなりあれだけどよ、翔太はあれどうすんの?」
「いや、『あれ』がどれだかわからんわ」
「文化祭の出し物だよ、確か今日決めるんじゃね?」
そういえばもうそんな時期か、すっかり忘れてた。
行事くらい把握しておかないと灰色の青春を送ることになりそうだ、気を付けなくては。
「そうだったな。俺は部活やってないし、クラスの出し物優先かなぁ」
「まぁサッカー部も似たようなものなんだけどな。――そうじゃなくてよ、やりたいものないのか?」
そう言われてもな、ピンとこない。
無難なのだと飲食系だろうか。でも火は使えないしやきそばとかたこ焼きとか、それかチョコバナナみたいなおやつ系と飲み物をメインにして喫茶店でいくとか?
あるいは定番のお化け屋敷とか。
なんだかんだで割と真面目に考えているな、俺。
「無難だけど、飲食とか?」
「おー。翔太、いい線いってんじゃん。じゃあメイド喫茶とかどうよ? ド定番だけどよ。モチロン男子は執事な」
「そうか? ただ飲食物はともかくメイド服とかの衣装代がな。裏方がいるから全員分じゃないにせよ、結構数が必要だし」
「――それなら大丈夫っしょー。あれ作ればそんなにしないよー? メイド服なら安い生地を選んで作ればこんくらいー」
話に割り込んできた中里さんは指を三本立てた。
「……一着三万?」
「いやー、桁一つ多いわー」
メイド服が一着三千円!? うっそだろ……。下手したら俺らが持ってるTシャツより安いぞ。
自作だからこそ可能な価格設定なんだろうな。
「なになに? 何の話?」
中里さんにつられて五十嵐さんまでやってきた。
朝のホームルーム前にただ駄弁っていただけなんだけどな、何やら大ごとになりそうな気がしてきた。
「今ね、小林たちが文化祭の出し物をメイド喫茶にするかって話をしててさー。……どうよ? 現役読者モデルさんさー」
服飾関係の話をその道のプロに話すのか……。
五十嵐さんなら上質な生地を使ったメイド服とか来たことありそうだ。
「メイド服かぁ。……着たことがないし着てみたいかな?」
え? 着たことがないの?
いや、そうじゃない。ここで警戒すべきはクラスにいる男子どもだ。現役読モのメイド姿とか見たくて仕方がないことだろう。
とか話していたら『何話しているの?』だと『どしたん?』とか言いながら女子グループが寄ってきて、会話に加わってきた。
しかも何故か盛り上がっている。
何なんだこの状況、まだ投票どころかホームルームすら始まってないんだぞ?
そんなこんなでメイド喫茶の話題で女子が和気あいあいとしていたら扉から先生が入ってくるのが見えた。
「おーい、みんな。席について。ホームルーム始めるぞ」
その言葉を聞いた皆はそそくさと自分の席へ戻っていった。
文化祭でのクラスでの出し物を決める時間になったときのことだ。
色々案が出ていたがその中にメイド喫茶もあった。
そして挙手による投票が始まる。しかし中々手を挙げる人がいない。
多数決とはいえ、同調圧力というものがあるからな。人は参加者が多い意見に流れる傾向がある。
そしてメイド喫茶の投票に入った。
「次はメイド喫茶ですが、これがいいって人いないですか?」
「はーい。あーしメイド喫茶がいいー」
中里さんが手を上げながらそういうと、ぽつぽつと他の人たちも手を挙げ始めた。
意外だったのは女子が乗り気だったことだ。
原因は先ほどのホームルーム前の会話にあるだろう。つまり元凶は俺と勇だ。
もちろん俺らもメイド喫茶に賛成だったので二人して手を挙げた。
他の男子も『仕方ねぇな』だの『やれやれ』だの言いながら手を挙げる。
俺らのクラスの出し物はほぼ満場一致でメイド喫茶に決定した。
そして時間が余ったので役割分担を決める話まで発展する。
俺は買い出しのグループに参加することを希望した。普段からお使いなどを頼まれているし、慣れている。
「はい! 私も買い出しグループがいいです!」
五十嵐さんも買い出し班か。一緒に買い物に行くことになりそうだな。
中里さんは服飾グループに参加、勇は教室の装飾品作りをすることになったらしい。
グループ分けが終わったところで先生に一旦グループごとに集まって今後の方針を決めるように言われる。
「一緒の班になったね、五十嵐さん」
「うん! よろしくね、坂上くん」
他のメンバーが『班のリーダーどうする?』と提案する。
「五十嵐さんがいいんじゃない?」
「うーん、ごめんね。私、やりたいんだけど放課後作業に参加できないことがあるかもしれないから……」
ああ、そうか。読者モデルの仕事と被る可能性があるのか。
誰がやっても大して変わらないだろうし、立候補するか。
「じゃあ俺がやるわ」
「坂上くん、いいの?」
いいよと五十嵐さんに伝え、早速作業分担をする。
とりあえず俺は先生に掛け合い、過去の喫茶店のデータが欲しいと伝える。
すると今から職員室に行って事務員さんに聞くといいと教えてくれた。
なので俺は職員室に向かうのだが――
「私もついていくね」
五十嵐さんもついてくるらしい。
「ほら。いつまで文化祭の準備に参加できるか分からないから、思い出作りに?」
なるほど、そういう理由だったのか。
彼女はやることが多いな。目まぐるしい毎日にパンクしそうにならないのだろうか?
「買い物って何を買うんだろうね?」
「まずは飲み物とその容器じゃないか? あとは無難に過去のメニューを再現すると思う」
「じゃあさ! 容器を買うってことは百均ショップにいくんだよね? ――坂上くん、一緒に百均にいかない?」
「リーダーの職権乱用しろってか? お主も悪よのう」
なんて談笑しながら職員室へ行き、事務員さんに過去の喫茶店舗のデータをコピーしてもらった。
そのプリントを何枚か受け取り教室へ戻る。
そして俺は班のリーダーということで各所に人員を割り当てる。
買い出しの件? もちろん五十嵐さんと一緒の班になった。これは周りの女子の意見も反映されている。だから本当に職権を乱用したって訳ではない。
男手は欲しいけど、五十嵐さんを他の男子と組ますくらいなら――とのこと。
女子グループバリアは強いな。男子とは異なる団結力がある。
ここまでされるとある程度分かってきたことがある。それは俺と五十嵐さんが友人であるということはもう周知の事実であるということだ。
これなら今後は気兼ねなく一緒に行動できるようになるかもな。
当日出すメニューも決まった。食べ物系はスイーツで固め、飲み物は定番のものにする。
「粗方決まったな。それじゃ今回はお開きってことで。みんな、お疲れ」
俺が皆に労いの言葉をかけたところで班の会議は終了となった。
時は流れ買い出しをし始める段階に来た頃、俺と五十嵐さんは百均に向かっていた。
「ねっ、今日は目的の買い物を済ますだけで終わり?」
「店側の在庫次第かな。買うものは目星をつけてあるからすぐ終わるとは思うけど」
「じゃあさ! 買うものとは関係ない他の品物も見たりしてみない?」
なんかウィンドウショッピングみたいなことをしようとしているな。
たまにこの子はこういった軽い悪さというか悪戯というか、そういうことをする。
とはいえスケジュールに悪影響はないし問題はない。
「時間もあるしいいよ」
「本当!? じゃあ決定!」
ようやく百均に到着した。
五十嵐さんは容器コーナーそっちのけで別のコーナーへ行く。
そしておもむろにサングラスを手に取り装着した。
さらにモデルのようなポーズまで取る。『モデルのような』というか実際にモデルなのだが。
しかし様になるなぁ、眼福だ。
「今のどうだった?」
「モデルっぽさがあってポイントは高いけど制服にサングラスは何かがおかしい」
「ふふっ。確かにそうだね」
彼女はサングラスを元の位置に戻し、今度は別のものを手に取る。
その手に取ったものが問題大有りだった、まさかのネコミミである。
彼女がそれを着けなくても結果は分かる、それは破壊力が高すぎる。
しかし悲しいかな、俺の心の叫びが天に届くことはなく、彼女はそのネコミミを装着した。
「にゃ、にゃーん?」
五十嵐さんは猫の手を作り、猫の真似をするようなポーズをとった。
おお、神よ。何故私にこのような試練をお与えになるのですか?
俺は無言のまま五十嵐さんの頭に着けられたネコミミのカチューシャに触れ、それを外した。
「――五十嵐さんにネコミミは破壊力が高すぎるのでダメです」
俺、今きちんと声に出して伝えられたよな? こっちも動揺して正直混乱している。
しかし仕方がなかったんだ。あのままにさせていたら俺の中にある何かが決壊していた気がする。
ネコミミを着けていた彼女は彼女で恥ずかしがっていた。何で自爆しているのさ……。
俺らはネコミミを元の位置に戻した。
「ねねっ! こっちこっち!」
五十嵐さんはスマホのケースが並べられているコーナーへ移動した。
「あっ、私このケース使えそう」
「俺のは無理だな、下の方にあるやつなら使えるみたいだけど」
すると五十嵐さんは不満そうに膨れ顔になる。
今の会話で癇に障る部分、あったか?
「それじゃおそろいのカバーは使えないね」
なんてことを言うんだ、この子は。
そんなことをした日には周りに即ばれて血の雨が降るぞ。
俺は自分が型落ちのスマホを使用していることに感謝した。
一方でスマホが一緒だったらそれはそれで楽しい青春の一ページが刻まれていたんだろうなぁ、とか変なことも考えていた。
「坂上くん、スマホ持っているんだ。――あっ、変な意味じゃないよ? ほら、学校で使ってるところを見たことがないから」
悲しくなるけどそんな頻繁に連絡を取る相手がいないからな。
両親や勇とかの連絡先は入っているが。
「えっとね、――Limeってアプリ入ってる?」
「入ってるよ」
「本当? それじゃLime交換しようよ!」
断る理由もないし、連絡先は知っていた方がいいので了承した。
お互いにスマホを差し出し、コードを読み込ませて交換を済ませる。
きちんと交換できたか確認するために二人してスタンプを送り合った。
「やったっ!」
彼女はその場でスマホを胸元に抱え、小躍りする。そんなに嬉しかったんだろうか?
じゃあ自分はどうなのかと問いかける。それは嬉しいさ。友達とLime交換はある意味一大イベントだからな。
しかも気になっている子のLimeだからな。
――気になっている? 俺が? 五十嵐さんのことを。
いや、どういう意味で気になっているんだ? これ。
もしかして異性として意識しようとしているのか? しかし五十嵐さんは男性が苦手だ。さて、どうする、この問題。
――いっそのこと本心を打ち明けるか。下心を隠してずるずると関係を引き延ばすよりかは潔い。
決めた! 俺はやるぞ。……ただ『異性として見始めている』ということを伝えるだけだ。
俺はやる時はやる人間だ。きちんと伝えられるはず。そうだろう? 自分よ。
物品を購入した俺らは大荷物を両手に店を出た。
――引き延ばそうとするなよ、俺。そこまでずるい人間じゃないだろう? ちょっと勇気を出して一言伝えるだけでいいんだ。
ほら、やるんだよ。
「五十嵐さん。伝えにくいことがあるんだけど、俺――君のこと、異性として意識し出しているかもしれない」
時が止まった。彼女は静止し、しっかりとこっちを見ている。
行き交う人々、アスファルトから漂う香り、車の排気音、遠くから聞こえるサイレンの音。
そんな中、僕と五十嵐さんの視線が交差する。
「いや、告白とかじゃなくてね? ほら、俺たちの今の関係性が崩れそうだから、どうかと思って」
「――知ってる。坂上くんには優しいところがあることも、かっこいいところがあるところも。坂上くんのこと、全部じゃないけど知ってる」
彼女は今にも泣きだしそうな表情をしていた。
負担をかけてしまったという事実が無数の針に刺されたような感覚を俺に与える。
自責と後悔の念に押しつぶされそうになる。
でも彼女は――
「だから、その気持ちから逃げないで」
彼女は俺より強い人間だった。
俺は街中の喧騒より自分の鼓動の音のほうが大きいことに気がついた。




