撮影
日曜日の今日はとある約束事がある。
それは五十嵐さんの撮影現場に同行する、ということだ。
きっと色んな大人が来るんだろうなぁとか、普段なら接点のない世界のことを考えながら俺は出発の準備をした。
約束の時間が近くなってきたので、急いで靴を履いて玄関扉を開ける。
本日は快晴だった。
「あっ、坂上くんだ! おはよっ!」
「おはよう、五十嵐さん。」
五十嵐さんは普段着だった。この服装で撮影するのかな?
気になるのでさりげなく聞いてみる。
「今日の撮影で使う衣装って、それなの?」
「ううん、違うよ。本当は自分で衣装を用意することの方が多いんだけどね。でも今日は衣装を借りるの。スタジオで着替える予定だよ?」
そういえば五十嵐さんは色々な服を持っていたな。
休日の土日は俺の部屋で勉強するわけだから、当然私服で来る。
だが毎回服装が違うものだから、当初は驚いたものだ。
「それにしても撮影かぁ。……本当に俺、邪魔にならない?」
「マネージャーも大丈夫って言ってたから大丈夫だよ? ――そうだ、ついでだし坂上くんの好みの服装とか教えてよ? やっぱりそういうのって気になるし?」
やっぱりってなんだ。
でも女性の服装か……普段は深く考えたことがないな。
頭の中に浮かんだ答えはありきたりだけど、それを伝えておこう。
「白のワンピースに、麦わら帽子とか?」
「定番のアレだね。――次の夏が来たら、着てあげようか?」
「それじゃお願いしようかな」
美少女の定番の清純派衣装を拝むことができるのか。
俺は幸せ者だな。
「――じゃあ、それまで私と仲良くしてね?」
「それは勿論。そもそも仲違いする理由がないじゃないか。喧嘩すら一回もしたことがないし」
「でも分からないよ? 私は女の子で、坂上くんは男の子だから」
言わんとしていることは分かる。
男女の友情というものは些細なことで崩れ去る。
これが男同士なら、次の日には『はい仲直り』という感じで簡単に仲直り出来ることもあるが、異性相手だと難しい気がする。
「確かにそうだなぁ……。俺も気を付けないと。この間だって勝手に五十嵐さんの手に触って困らせてしまったし」
「あれは違うの。ちょっと驚いたっていうか、予想外っていうか、心の準備が出来てなかったといいますか……」
何で最後敬語?
しかし触れても大丈夫な時とそうでない時の基準が分からない。
文化祭の時はむしろ五十嵐さんの方から俺の手に触れてきた。それは問題なかったということだろう。
だがあのペンケースなどを落とした時は駄目な時だったらしい。
一体何が違うんだ。
女心と秋の空ってことわざもあるくらいだし、気分の問題だったのかもしれない。
ということで俺は無理やり自分を納得させた。
そして撮影用のスタジオへ到着する。
現場で待機していたマネージャーさんと挨拶を交わし、スタジオ内に入る。
五十嵐さんは更衣室へ向かい、俺とマネージャーは部屋の外で待機していた。
同行していた数人の大人たちが一つの部屋の中に入っていくのが見える。
ガチャっと更衣室の扉が開く音がした。
「どう、かな?」
「……すごく似合っている」
彼女、五十嵐さんの服装は上は白色のカットソーで、下は紺色のワイドパンツだった。
今回の写真が雑誌に掲載される時期に合わせているのか、アウターとしてジャケットを羽織り、腰元にはアクセントとしてポーチがあった。
心なしか表情も違う、と思ったがどうやら化粧がいつもより気合が入っている気がした。
撮影用の化粧をしたのだろう。
「そっかぁ。坂上くんはこういうのも好みかぁ」
「――恥ずかしくなるから茶化さないでほしい」
彼女はニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
正直恥ずかしい。
だがここで救世主が現れる。
「澄香さん、そろそろ撮影時間です。スタジオに入りますよ」
「はい」
助かった。
マネージャーさんが助けてくれなかったら、ずっといじり倒されていた気がする。
スタジオ内に入るとスタッフ達は既に準備が出来ていたようだ。そこに入ってきた五十嵐さんに撮影時ああして欲しいだの、こうして欲しいだのオーダーを出す。
程なくして五十嵐さんの撮影は始まった。
彼女は色々なポーズをとり、カメラのファインダーという小さな四角い隙間を通してその魅力を最大限に発揮する。
撮影中の彼女は大人っぽかった。
やっぱり俺よりちょっとだけ先に進んでいるんだ。
「坂上さんは澄香さんの撮影をみてどう思いますか?」
「――とても魅力的だと思います。きっと現像された写真にはもっと魅力的な五十嵐さんの姿があって、その魅力を引き出しているのは皆さんスタッフの尽力の甲斐があるからで……何より、その中心に居るのが彼女だって事実が本当に凄くって――」
「はははっ。まるで彼女に惚れた男が言うセリフですね」
バツが悪い。
マネージャーのその一言は間違っていなかった。
俺は言葉を返せずにいた。
「……澄香さんはアイドルというわけではないですし、事務所に所属しているわけでもありません。もちろん、恋愛禁止というルールも存在しません。――大人のちょっとしたお節介ですが」
「ありがとうございます。その言葉に、救われた気がします」
そうだ、別に恋愛は禁止されていないのだ。
俺は何を怖がっていたのだろうか……いや、怖がっていた理由に心当たりはあるが。
もし彼女に告白した場合、この友達関係が崩壊してしまうのが怖いんだ。
だから関係性を前に進めないようにしている節がある。
それで、他の素敵な男性が彼女の目の前に急に現れたら?
俺はその時後悔せずに事態を眺めることができるのか? いや、無理だろう。
絶対に後悔する。
それこそ後夜祭の時に五十嵐さんが言っていた言葉が思い出される。
確か『もしいつの日か坂上くんの隣に素敵な女性が現れて――』のような内容だっただろうか。
今なら分かる。恋を成就させるには焦ってはいけないが急がなくてはいけないんだ。
俺はたまたま早い段階で彼女と仲良くできた男子にしか過ぎない。
だからここまで仲良くなれたわけで、それはただの運によるものでしかないことはきちんと心に留めておかなくてはならない。
どうやら撮影は無事終了したようで、五十嵐さんはスタッフたちとやり取りした後、俺のもとへ駆け寄ってきた。
「どうだった? 撮影に無理やり誘っちゃったけど、迷惑じゃなかったかな?」
「全然そんなことないよ。――素敵だった」
五十嵐さんは頬を赤く染め、俯いてモジモジしだす。
カメラマンがファインダー越しにこちらを見ていた。
勘弁してくれ、俺は一般人だぞ? 写真は撮らないでくれよ。
五十嵐さんもカメラマンに気づいたらしく、慌ただしい様子で急いで部屋を出て、更衣室へと向かった。
そんなひと悶着もありながら撮影は終了し、着替え終わった彼女と俺は他愛のない会話をしながら帰宅した。




