接触
上級生がやってきて五十嵐さんに告白するというひと騒動があったものの、その後の放課後の勉強はつつがなく進んだ。
――そう、途中までは。
ある程度はお互い真面目に勉強をしていたが、どこかで集中力が切れたのか五十嵐さんがシャープペンシルを動かすのをやめた。
そしてチラチラとこちらの方を何度も窺う。
流石に気になってきたので、俺は彼女に質問をした。
「五十嵐さん、どうしたの?」
「ひゃ、ひゃい……!」
彼女は驚いて体をのけぞらせる。
その時、腕がシャープペンシルや消しゴム、筆入れに当たったらしい。
それらは乾いた音を立てながら地面に散らばっていった。
――やらかした。
断言はできないが、俺の声のかけ方が悪かった。
彼女を驚かすような真似をしてしまったという事実が、俺を責め立てる。
五十嵐さんは椅子をずらし、屈んで落ちたものを拾い始めた。
俺も彼女に悪いことをしたと考えつつ、落とし物付近まで移動して一緒に定規などを拾い上げる。
――その時、手と手が触れあった。
ほんの些細な出来事だった。だがその出来事は年頃の男女にとってはそれなりの刺激をもたらす。
気恥ずかしさはひとまず置いといて、俺は彼女に謝罪する。
「ごめん、手が当たった」
だが彼女は返事をしない。
それどころか硬直していた、かと思えばこちら上目遣い気味に食い込むように見続ける。
五十嵐さんは俺と接触した部分を、もう片方の手で覆い隠した。
――もしかして怪我でもさせたのか?
俺は心配で気が気ではなく、彼女に詰め寄った。
「さっき変なぶつかり方でもした? 大丈夫?」
「――大丈夫! 本当、大丈夫だから……」
明らかに大丈夫ではない反応の仕方だ。
一緒にいる時間が長すぎて、彼女の本心が時々分かるようになってきた。
「ちょっと失礼」
「――っ!」
俺は彼女の手を取り、ぶつかった部分をよく確認した。
うん。爪が引っかかって出血したわけでもないし、あざにもなっていない。
一応彼女に『痛かったら言ってね?』と断りをいれてから接触した場所に俺の手を当てる。
彼女の顔を確認するが、痛がっている様子はない。
くすぐったいのか、若干頬が緩んでいる。
特に問題はなさそうなので、俺はいい加減手を離すことにした。
「大丈夫そうだね」
「あっ……」
「えっ?」
何その反応と表情。もしかしてまだ手を診てもらいたかったとか?
――いやいや、流石に自意識過剰すぎる。長々と手を触られるのは普通なら良い気がしないだろう。
だとすると、先ほどから彼女の様子がおかしいのは何故だ?
もしかして集中して勉強出来なかったことを申し訳なく思っているのか?
それなら特に問題はない。彼女の成績は著しく上昇している。
正直に言うと、彼女はもう勉強会を開かずに自習のみで成績を維持できる。
――ついでだしその事実を伝えておくか。
仮に勉強会が終了することになった場合、一緒に居られなくなって後悔するのは俺だが仕方がない。
「五十嵐さん。前から言おうと思っていたんだけど、もう充分成績が上がっているよね? もう一緒に勉強しなくても成績は維持できると思うよ」
しかし俺のその言葉に、彼女は強い口調で反論してきた。
「嫌! ――勉強会をやめるのは嫌。私から大切な時間を取らないでよ……」
語尾は小さくなっていったが、確かに彼女の本当の気持ちがそこにはあった。
彼女は物事を遠慮するときも多いが、譲れないものがある時は強く出る傾向がある。
だからこの勉強会は彼女にとって大切なものなのだろう。
「わかった、勉強会はやめない。でも今日はそろそろ切り上げよう。深くは聞かないけど、集中しにくいでしょ?」
「――うん。やっぱり坂上くんは私のことをよく見ているね?」
「それは勿論。一番君の近くに居る男子だって自覚はあるし?」
「うん、そうだね」
苦し紛れに発した『俺、一番仲がいい』発言だが、普通に肯定された。
事実は間違っていないだろう。なにしろ文化祭というイベント時も、平日も、休日も一緒に居るのだ。
それは彼女のことを観察する機会も、一緒にいる時間も増えるというものだ。
放課後の勉強は切り上げ、俺らはいつものように話しながら一緒に帰宅した。
「――でさ、この間、撮影現場に行ったらまた本物のモデルさんに会ってさ! ほんと、すごいんだぁ。みんなキラキラしてる!」
「モデルかぁ……気にはなるけど、俺には縁のない世界だな」
「なら私の撮影、見に来る?」
見れるものなら見たいが、そもそも部外者が参加していい世界なのか?
「ちょっとマネージャーに聞いてみるね」
と彼女はいい、立ち止まってスマホを取り出して電話をかけ出す。
「――こんにちは。お仕事中すみません。――はい。あの、私が前にナンパされてた時の、近くに居た友達のことを覚えていますか? ――はい。もしよかったら次の撮影に彼を連れて行ってもいいかなーって……本当ですか!? ありがとうございます! では失礼します!」
彼女はスマホを下げて一息つき――
「大丈夫だって! 明後日の日曜日、一緒に行こう? それが無理なら今度でもいいよ」
何故か俺は撮影現場に訪れることになった。
こんなトントン拍子に進む物事だったのか? 今の内容って。




