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遥か異界の地より  作者: 富士傘
屍山血河迷宮死闘編
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第78話

微睡みから覚醒すると、俺の視界に入ってきたのは薄暗い壁だ。

此処は何処だ。

次第にぼんやりとした意識が明瞭になってくる。


・・・ああ、俺は迷宮の中に居たんだっけな。

もう目覚めに日本の俺の部屋に居ると勘違いすることも無くなって久しい。俺は身体の状態を確かめながらゆっくりと身を起こした。身の周りの温湿度は不快な程では無いが、床が固くて寝心地は悪い。だが、就寝の前には何時ものように体内で回復魔法をぶっ放しているので、疲労は皆無。体調はすこぶる良好だ。


「クルッギュー。」

俺が身を起こすと、見張りの蜥蜴2号が俺に向かって話しかけてきた。うむ。何言ってるか分からねえ。


「おはよう。見張り ご苦労さま。」

俺はとりあえず適当に応じておく。


此処は迷宮≪古代人の魔窟≫の10層目にある玄室のような小部屋である。小部屋と言っても広さは日本の学校の俺達の教室と同じくらいあるだろうか。いわゆるセーフティーゾーンて奴だな。尤も、此の小部屋は元々安全だった訳ではない。


かつて、人情に溢れた迷宮探索者の先人たちが資金を募ってこの迷宮に資材を持ち込み、内部のあちこちの小部屋の入口に頑丈な扉を設置したそうだ。そのお陰で、迷宮の内部には此の部屋のようないくつかの安全地帯が生まれた。此の扉は分厚い鋼で出来ている上、この迷宮の壁が自動で修復されるのを利用して深く建材を埋め込んで設置されているので、破壊するのは容易ではない。だが、其れでも深層では幾つかの扉は魔物によって破壊されてしまったらしいが。


とはいえ、この部屋の中が絶対に安全という訳ではない。その警戒すべき相手は魔物ではなく同業者である。リザードマンズが交代で見張りを立てているのはその為だ。ちなみに、俺達ポーター組は咄嗟の戦闘では役に立たないと見做されているので、見張りは免除されている。俺は自身に戦闘能力が無いとは思わないが、敢えて主張することも無いので遠慮なくその好意に甘えさせて貰っているという訳だ。頑張って戦ったところで斡旋所から貰える報酬が増えるわけでもないし・・・いや、ポルコの話によれば、働きの印象が良ければ、雇われたPTから地球におけるチップ的なものが貰える事があるんだったな。どの道俺は戦う気は無いけど。


俺が眠りに落ちる前には2組の同業者が部屋の中で休んでいたが、既に姿が見えない。どうやら俺達より先に部屋から出ていったようだ。彼らはリザードマンズを見て警戒しまくって居たからな。俺が逆の立場ならビビりまくっていただろう。正直同情する。


・・・それにしても10層か。ここから先は、所謂中層と人々から呼ばれる階層に突入する。此処までの道中、リザードマンズは魔物どもを危なげ無く蹴散らして来た。5層を越えた辺りから同業者の姿はあまり見掛けなくなり、逆に魔物と遭遇する頻度が上がってきた。蜥蜴リーダーは俺達ポーター組が魔物に対してビビッて硬直したり、パニくることが無いと判断すると、隊列は維持したまま歩くペースを再び上げてズンズンと此処まで進んできた。


リザードマンズは此のまま先へ進む気満々だ。だが、正直勘弁してほしい。俺まだ此れがポーター初仕事なんだけど。一体何処の階層まで潜る気なんだよ。俺はポーターの初仕事は2層か3層くらいの浅層で安全に狩りをして迷宮内部の情報を収集できると思っていたのだが、あのポーター斡旋所は俺が初仕事のド新人だということを一切考慮してねえだろ。


辛気臭い地下迷宮の中を此れから先へ進む道のりと、仕事を終えて地上に戻るまでにかかる時間を思い浮かべると少々憂鬱な気分になってくる。当たり前だが迷宮の内部には昼夜が無い為、既に時間の感覚が全く無い。指標が無い為、体内時計も正常に機能しているかどうか不明だ。今のを合わせて此処に来るまでに2回睡眠を取ったので、一応2日経過したと推察できるが、リザードマンズはどう考えているんだろう。


俺が目覚めてから暫くすると、就寝していたリザードマンズとポルコが目を覚ましたのかゴソゴソと身を起こした。蜥蜴人でも人間と同じように横になって寝るんだな。また一つこの世界のどうでもいい知識が増えた。その後、独りグースカ眠り続ける蜥蜴3号が蜥蜴リーダーに文字通り叩き起こされた。ドゴッ グエェッ と物凄い音と鳴き声が聞こえたが大丈夫なのだろうか。


全員起床後、俺達は部屋の隅で固まって糞苦い携帯食をもっちゃもっちゃと頬張る。饒舌な蜥蜴4号がギャースカ煩いが、何を言ってるか分からないので適当に相槌を打っておく。俺にはトカ言語は理解できない。恐らく一生習得することは無いだろう。

俺は先ほどの疑問を唯一人間の言語が話せる蜥蜴リーダーに聞いてみることにした。


「と・・リーダー。俺達は どこの階層まで潜るんだ?」


「ジュ ジュウゴカイ マデ モグルゥ ソコ・・デ マモノ カル。」


えぇ・・15階層まで行くのかよ。初の迷宮探索、しかも荷物持ちでいきなり15階層迄行くのってこの世界の常識的にアリなのか?正直、ポルコに問い質したい所なのだが、俺は迷宮に来る前に彼にちょっとだけ先輩風を吹かせてしまった。その手前、今更ド新人ですとは粗末なプライドが邪魔してちょっと言い難い。ポルコは蜥蜴リーダーの話を聞いても平然として携帯食を頬張っている。ほう、流石は俺の2年先を行くパイセンだぜ。イザというときは頼りになるパイセンに盾になってもらおう。皮鎧に身を固めたパイセンは、平服オンリーの俺より遥かに防御力高いだろうし。


飯を食ったら出すモンを出したくなってきた。流石に部屋の中でデカい方を発射したらリザードマンズに斬り掛かられかねないので、俺は事情を説明して部屋の入口の重い扉を開けて外に出た。勿論、部屋の外は危険が一杯だが、俺的三大欲求の一つである便欲には逆らえん。慎重に周りの気配を探りながら部屋から離れると、丁度具合の良いスペースを発見した。俺は手早くズボンを降ろして生尻を露出した。


____此の迷宮では、汚物や魔物に食べられた仏様の残骸は、迷宮のスカベンジャーどもが綺麗に掃除してくれる。スカベンジャーどもは元々迷宮由来の生物では無く、何時しか外界から入り込んで繁殖したらしい。この迷宮は死体や汚物には事欠かないようだからな。


尤も、全ての迷宮探索者達がその辺に大小をぶっ放して放置しているワケではない。実は迷宮都市ベニスでは迷宮探索者、特に女性探索者用に汚物処理用の紙束が売られている。それは只の紙束ではなく呪符魔術の一種で、束から切り離して糞尿の上に乗せると花火のように発火して汚物を綺麗に浄化してくれるそうな。因みに乗せなくても切り離すと時間差で発火するので、火傷には要注意だそうだ。その呪符魔術とやらには、魔石の粉末を混ぜた特殊な塗料で紋様が描かれているらしいが、勿論その発火の仕組みは俺には全然分からん。てか、ライター代わりにも使えそうだな。

その汚物処理用の呪符、かつては物凄い高額だったらしいのだが、特に女性の迷宮探索者達からの熱い要望により、現在では大量生産されるようになった。そのお陰で、今では迷宮都市内でそれなりに安価で入手することができる。俺?勿論そんなもん持ってるワケねえよ。


栄養補給と出すもんを出してスッキリとした俺達は、装備を点検した後、セーフティーゾーンの部屋を出た。お次はいよいよ迷宮の中層に突入である。此処までは代わり映えのしない通路と、リザードマンズが苦も無く蹴散らしていたので大して強くなさそうな魔物としか遭遇しなかった。だが、迷宮都市で話に聞いた所では、10層を境に魔物の強さは今迄とは段違いになるらしい。正直かなり怖い。


蜥蜴リーダーによれば、下層へ進む階段は此の直ぐ近くにあるそうだ。

俺はドキドキしながら蜥蜴2号の後に付いて迷宮の通路を進んでいった。


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