第77話
蜥蜴4号と蜥蜴リーダーが互いの立ち位置を変え、俺達は慎重に通路を進んでいく。すると、俺は視界に複数の影を捕らえた。良く見てみると、その姿は暗灰色の巨大な鼠のような姿をしており、その眼球は昆虫の複眼?ような形状をしている。勿論超キモい。体長は長い尻尾を除いて1m程であろうか。数は目視で3匹確認できる。恐らくは魔物であろう。
灰鼠のような魔物は、音を立てずに近付く俺達には目もくれず、一心不乱にカリカリと何かを齧っている。目を凝らしてみると、それは良くある人間の死体を齧る、なんてホラーな感じでは無く、げっ歯類らしく普通に木片のような物を齧っていた。そもそもこの階層では、低ランクの新人や街の腕自慢のド素人でもない限り、魔物に襲われて死ぬ探索者など滅多に居ない。寧ろ遭難して衰弱死する連中の方が多いそうだ。この階層に降りてからのリザードマンズはやたら慎重だが、恐らくは戦闘に関しては素人なハズの俺達ポーター組の事を考慮しての事であろう。
戦闘は音も無く近付いた蜥蜴リーダーが得物を一閃。あっという間に片が付いた。お手並みを見るも糞も無かったな。
だが、実は俺が本当に見たかったのはこの先だ。俺は驚愕に目を見開いた。
こいつはすげぇ。
俺が観察する前で灰鼠の死体はたちまち真っ黒に変色すると、まるで火をつけた紙束のようにあっという間にボロボロと崩れて小さな残骸となってしまった。話に聞いてはいたが、こんな風になるのか。そして蜥蜴リーダーは身を屈めると、僅かに残った残骸から黒光りする3つの小さな石を取り出した。
成る程。此れが魔石か。俺は獲物を狙う肉食獣の心持でその様子を観察する。
そう。此れこそが、この古代人の魔窟を神々の遊技場と並ぶ迷宮都市ベニスの二大迷宮たらしめる最大の恩恵なのだ。
此の迷宮の中を徘徊する無数の魔物達。実はその殆どは、討伐するとこのように死体が崩壊して崩れ去ってしまう。そのような魔物は、迷宮の探索者達の間では 消える魔物 などと呼ばれている。そして、実際に実物を目の当たりにすると、こいつは真っ当な生物では無いと分かる。実際に迷宮都市においても、この古代人の魔窟の消える魔物達は、迷宮によって生み出されていると真しやかに囁かれているのだ。
狩人ギルドの職員などは、消える魔物は魔術師ギルドが血道を上げて研究している疑似生命の一種なのではないかと言ってたが、さもありなん。もしそれが真実ならば、頭はAIのような人工知能で、身体は魔石を核として塵芥や岩土を元にによって作られたって所だろうか。俺の適当な想像ではあるが。
そもそも俺達が潜っているこの迷宮は、遥か昔から人々にその存在を知られており、無数の人々によって常時探索され続けている。例外の時期があるとすれば、古代文明が潰えた後にこの迷宮は永い時を手付かずで眠っており、その間に恐るべき魔窟と化したことがある。そして、数多の犠牲を出しながら魔窟と化した迷宮の奥底まで再び光を当てたのは、今は亡き探索者ギルドである。因みに、この迷宮の通り名はその時代からの由来である。
更に其れから何百年も経ち、特に迷宮群棲国が建国された後には、此の迷宮には連日数多の迷宮探索者が潜ってゆく。当然、迷宮内の魔物は彼らによって日々大量に討伐されまくる。ならば何故、迷宮内の魔物は根絶やしに成らないのだろうか。確かに此の迷宮の内部は広大で、その深層ともなると危険過ぎて並の人間には近付くことすら困難だ。とはいえ、浅層や中層あたりの魔物すら未だに一度も絶滅していないのは幾ら何でもおかしい。
俺程度でもぱっと考え付くその原因と言えば、他に発見されてない出入口がある場合や、或いは迷宮の中で魔物が繁殖している場合だろうか。だが前者の場合は、余程多くの出入り口が無ければ毎日の討伐数と迷宮に入り込む魔物の数で釣り合いが取れて居ないし、後者の場合はその生態系を維持するだけの環境が必要になってくるだろう。生命力の強い魔物とはいえ、繁殖するには十分な量の水や餌は必要だろうし、排泄だってする。普通の魔物なら縄張り争いだってあるだろうからな。その例で行くと、近くにある迷宮では広大な巨大坑道跡ガニ・ガルムなどがその条件に当てはまると思われる。だが、此の古代人の魔窟においては、今更未発見の出入口がゴロゴロ存在するとも思えないし、内部で無数の魔物が繁殖するだけの環境があるとも思えない。特にこの迷宮内では、天然の水場が存在しないのだ。
だが、疑似生命の魔物を迷宮が生み出していると仮定すれば、それらの条件はクリアされる。実際、この迷宮では魔物を殺しても殺しても、その存在はまるで尽きる気配が無い。他の数多くの迷宮では、内部の魔物を殺し尽くせば一旦はきっちりと絶滅するのに、だ。更に不思議な事には、この迷宮で殺した消える魔物からは素材は何も採取出来ないが、その代わりほぼ100%の確率で魔石が採れる。実はこれは物凄い事なのだ。
この世界の魔物の体内から採れる魔石というものは、実の所そう簡単に手に入るものでは無い。例えば迷宮の外界の野生の魔物は、10匹討伐しても1つ魔石が採れればラッキーな程だ。確かに、魔素をたっぷり吸収した強力な魔物であれば、体内に魔石を持つ確率はハネ上がる。だが、其れも絶対では無い。通常、野生の魔物にとっての体内に出来る魔石は、人間にとっての結石のようなモノなのだ。なので、強力な魔物であっても若くて健康優良な個体であれば、体内に魔石が存在しないことはまま有るそうだ。
更には、此の迷宮内の消える魔物達は、体内の魔石が砕けると直ぐに死んでしまう。まるで魔石がエネルギー源、或いは命そのものの様である。そんな迷宮の魔物は、通常の外界の魔物とはまるで別の存在と言えるのかもしれない。消える魔物が魔石を核として造られていると俺が疑う理由も其の辺りにある。
と、それはさておき。前述したように、この迷宮の消える魔物からほぼ100%の確率で魔石が採取できることも凄いが、更に特筆すべきはその魔石の品質である。但し、其れは別に物凄く高品質という事ではない。魔石の純度と大きさは、基本その個体の強さと年齢に依存すると言われているからな。
此処で言う特筆すべき点。それは、この迷宮で採れる魔石が常に一定の品質だということだ。勿論、魔物の種類と階層による差異はあるが、例えば中層あたりの近い階層で同種の魔物を狩った場合、ほぼ100%の確率で魔石が採取できると同時に、その大きさと純度はほぼ同一である。これは野生の魔物ではあり得ない事だ。そして、それらの事実がこの迷宮都市ベニスをこの異界屈指の魔石の産出地と成らしめたのだ。
尽きることの無い鉱脈と、常に一定品質に保たれた魔石と言いう名の垂涎の迷宮資源。そして迷宮で鍛えられた恐ろしく強力な軍隊。勿論、魔物がほぼ根絶やしにされている1層や2層を鑑みると、一度に「採掘」出来る魔石の量は限られる。それに、採掘する為には魔物を殺すだけの強さが必要ではある。だが、其れらを考慮しても、此の国にとって古代人の魔窟はまさにチートな鉱山のようなものだ。他国が常に欠食児童の如く迷宮群棲国を付け狙うのも無理の無いことなのである。
迷宮群棲国や迷宮都市ベニスの為政者たちは、恐らくは神々の箱庭などよりこの古代人の魔窟の方を重要視している。迷宮の出入口は分厚い壁で囲われ、外の警備もやたら厳重だ。神々の箱庭は、逸話を聞く限り確かに浪漫溢れる迷宮ではある。だが、そこで発見されるかどうかも定かでない浪漫武器やら浪漫道具などに期待するより、安定して産出される品質の確かな迷宮資源を重要視するのは、為政者としては当然の選択であろう。それに色々と聞いた話によれば、彼方の迷宮ははどちらかと言うと観光地や客寄せパンダに近い側面があるようだからな。
また更に、この古代人の魔窟にはもう一つ秘密がある。(秘密と言ってもベニスの住民で知らない者の方が少ないだろうが)その秘密は、そんな国の重要拠点で何で俺達みたいな一般ピープルに迷宮資源を採掘させてるんだよ。という当然の疑問に繋がるんだが、この仕事を続けていれば何れ説明する機会もあるだろう。
因みに、そんなお宝がザクザク採れる「オイシイ」迷宮があるならば、地球のゴールドラッシュの如く、魔石ラッシュが起きて大量の人が押し寄せるのではないか。という疑問もある。
勿論過去、実際押し寄せた。で、その結果出来たのは屍の山と血の河である。迷宮の魔物はそう簡単に狩れるような相手ではない。個体差はあるが、消える魔物は野生の魔物と強さは寸分も違わないのだ。戦闘経験もロクに無いその辺の民間人がお手軽に殺せるような相手ではない。云わば、無数のグリズリーやクロコダイルが闊歩するマザーロードに、鶴嘴一本担いだ大量の農民が特攻したようなもんだ。勿論、この世界に銃なんて存在しない。
金に目が眩んだアホどもが盛大に死んで死んで死にまくるのを憂慮して、迷宮都市ベニスでは迷宮の出入口に壁とゲートを建設して、迷宮への出入りを制限することになった。単に迷宮が重要拠点と言う以外にも、あのゲートの由来にはそんな逸話もあるのだ。




