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遥か異界の地より  作者: 富士傘
臥薪嘗胆暗黒就労編
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(閑話4-12)

ラーファさんとの会見の後、俺は岡田と山下に己の迂闊さを謝罪したが、別の意味で怒られてしまった。


「何でお前が謝るんだよ。結局決断したのは俺たち自身だ。」


「別にお前のせいじゃないだろ。何時までも辛気臭えこと言ってないで、此れからの事を考ろよ。」


お前ら・・ありがとう。でも、ごめん。どうしても謝らずには居られなかったんだ。

俺達、もっともっと強くならなきゃな。今は命を握られて逃げ出すことも困難な状況になってしまったけど、いつかきっと道を切り開いてみせる。



そして、あの地獄の試練から2か月近くの時が流れた。

俺達は此れから、隣国からの侵略を迎え撃つべく進軍することになる。


試練の翌日から早速戦場に送り込むと言われたのは、隷属紋を試す為のラーファさんのブラフだったようだ。

あれから数日の休養の後、俺達は王都の直轄軍に転属となった。直轄軍は貴族などの領主の私兵や徴収された民兵などではなく、このラテール王国が直に統括している軍勢である。組織のトップは言うまでも無く国王だ。兵数はそれ程多くは無いが、常備軍であり非常に練度が高い。


ただし、俺達が放り込まれたのは騎士団などではなく只の歩兵部隊である。俺達が乗り越えたあの騎士の試練とは一体何だったのか。まあ、先陣に放り込むぞと言っていたラーファさんの言葉が有言実行された結果なんだろうけど。


ちなみに以前俺達が所属していた王都の駐留軍とは全然別の部隊だ。あちらの部隊は王都の警護を主任務としており、王都から基本離れることは無い。一応直轄ではあるものの貴族などのコネ入隊が多く、練度も戦闘能力も大して高くは無い。


俺達が入隊したのは只の歩兵部隊とは言ったものの、俺達には頑丈そうな金属製の胸当てや肩当、ヘルメットのような兜、そして、縦1m以上幅50cmくらい厚さは10mm以上はありそうな長方形の巨大で重い盾が支給された。それらを試しに装備してお互い顔を見合わせてみると、ちょっとした重装歩兵といった具合だ。正直見た目が滅茶苦茶怖い。爽やかな元中学生の面影が全く無くなってしまった。


更に、長さ3mはありそうな長槍が支給されたが、俺達は手に馴染んだ武具を手放す気は無かったため、丁重に断った。

更に、俺達は支給された防具を、今まで使用してきた装備と合わせて早速アレンジしてみた。今まで使用してきたと言っても、俺達が幾多の戦いの中で敵兵から奪い取って来た武具である。俺達は手元や防具の隙間が見えないように、薄汚れた厚手の外套を身に纏い、使い込んで動き易くなった革製の籠手とブーツを身に付けた。武器は各自自前の物を装備した。尤も、自前とは言っても敵から奪い取った獲物ではあるが。


通常、中央の正規軍でそのように勝手に装備をアレンジなどしようものなら、上官から殴られた上に厳しい懲罰モノなのだが、こんな勝手なことが許されるのもラーファさんによる強引な捻じ込みと、俺達が騎士の資格持ちということが周知されたお陰である。資格とか言うと、なんだか日本の会計士だの建築士だのを思い浮かべてしまうが、此方は脳筋方面に全力で振り切れた代物だ。その効果は絶大で、上官達の俺達への当たりが恐ろしく穏やかである。偶にどちらが上司だか分からなくなる程だ。以前王都に居た時とはまるで別世界のようである。


そんな訳で今の俺は、支給された金属製の盾と、敵から奪った薙刀のような武器ラキールを担いでいる。山下の得物は以前俺が譲った鬼の金棒のような金属棒。岡田は切れ味鋭い曲刀だ。

周りの兵士が支給された装備に身を固めている中で、汚れた外套を身に纏い、敵兵から奪い取った武器を身に纏っている俺達は正直浮きまくっている。整然とした正規兵の集団の中に、傭兵だか山賊がぽつんと紛れ込んでいるかのようだ。

更には配属されて間もないということもあり、周りの兵士は誰も俺達に話しかけてこない。俺達もあまり仲良くする気は無いけど。



___この部隊に配属されてから一月の間、俺達はひたすら鍛錬に没頭した。勿論部隊としての訓練もあったが、さらに加えて個人の鍛錬をする分には上官達も特にアレコレと口を出してはこなかった。

尤も、たかが1月程度の鍛錬では、目を見張るような成長は感じられなかった。だが、一つだけ劇的に変わったことがあった。

岡田の視力である。

この世界に来てからずっと、元々視力の悪かった岡田は随分苦労をしていた。眼鏡やコンタクトなんぞとうに何処かへ失くしてしまっている。俺達がフォローしていたとはいえ、特に飛び道具には恐怖を感じていたようだ。

それがあの試練の後、遠くの景色まで恐ろしくハッキリ見えるようになったらしい。俺と山下は元々視力2.0なのであまり実感は無いけど。

そんな出来事もあり、俺はラーファさんの事をどうしても嫌悪し切れずにいた。


ガーンガーンガーン


偉い連中の訓示のような物を聞き流しながらそんなことを考えていると、銅鑼のような合図が鳴り、遂に進軍が始まった。戦場では恐らく俺達が先陣だが、進軍は俺達より斥候部隊が先行である。根津の居る部隊は居残りで、今回の戦闘には参加していない。正直ホッとした。


各部隊が列を作って整然と移動を始める。これ程大規模な軍勢を見るのは、この国の兵士になってから初めてだ。恐らく総勢1万以上は居るだろう。尤も、ドームやスタジアムで万単位の人間の集団を何度も体験したことのある俺からすると、人数的には大して驚くようなものではない。だが、やはり只の一般人の集団と戦うための戦闘集団では迫力が全然違う。まあ、俯瞰で見られるわけでもないので、俺の視界に収まるのはその一部だけなのだが。


俺の視界には、派手な金属鎧に身を包んだ騎士団も見える。騎士団と言っても徒歩だ。騎兵は居ない。この世界に馬は居ないのだ。荷車を引っ張るのに良く見る動物は、チョ○ボを凶悪にしたような見た目の鳥である。だがあの鳥は、見るからに騎乗に向いて無さそうだ。




そして数日後。俺達は森に囲まれた広大な平原で、遂に敵の軍勢と相まみえた。今まで斥候部隊が何度か手出ししたそうだが、全て撃退されてしまったらしい。両軍主力の本格的な激突はこれが初めてだ。 


初めて経験する大規模な戦闘のせいなのか、妙に落ち着かない。口内が渇き、うなじの毛が逆立つ。俺ってこんなに本番に弱い奴だったっけ。


そして俺達の相手は・・・全然見えない。

先陣とは言っても俺達は先頭に居るわけではない。大体10列目くらいだ。

一番の先頭は、戦奴達である。両軍の激突の矢面に立ち、真っ先に死ぬ役目だ。哀れだとは思うが、それを割り切ることが出来るほどには俺達は戦慣れしていた。俺達がいくら気に掛けようが、結局彼らの命運を変えることは出来ない。

その後ろには傭兵たちが控えている。その更に後ろが俺達だ。


そして


ガーン ガーン ガーン ガーン


双方の陣から銅鑼のような合図の音が鳴り響いた。いよいよ戦闘開始だ。俺達の緊張感とテンションが一気に撥ね上がってゆく。


「盾構えろぉ。魔法戦だ。死にたくなかったら魔法障壁から絶対に出るなよ。」

背後から指揮官の大声が聞こえてきた。話には聞いていたが、本当に魔法が来るのかよ。一度最悪な奴を食らってるから疑ってる訳じゃないけど。


すると、耳鳴りと共に前方の空間に色が付いて歪んだように見えた。気圧も変化している?凄い。アレが魔法障壁なのか。


次の瞬間。遥か前方に居ると思われる敵軍から、様々な色の大量の発光体が打ち上げられるのが見えた。そして、敵軍に向かって俺達の頭上からも。あまりの光景に思わず棒立ちで見惚れてしまう。


「おい貴様っ。構えを解くんじゃない。死にたいのか!」

すると、背後から上官に怒鳴られた。


俺は慌てて盾を構え直した。次の瞬間。


ドドドドドドドド・・キイィーーーン。


凄まじい爆音と共に耳が聞こえなくなる。そして、


ズガガガガガガ


「ぐあああああっ!!」

俺の盾に凄まじい衝撃が叩き付けられた。身体がのけ反り、身体が吹き飛ばされそうになる。

やばいっ。此のまま飛ばされたら終わりだ。咄嗟に腕を十字に交差して盾を保持し、歯を食いしばって前傾姿勢で踏ん張る。まるで登山の耐風姿勢のようだ。

破片が飛び散り、盾と腕がバリバリ振動する。うがあああ不味い、不味い。ヤバい、捥げる。俺の腕がっ。

盾の隙間から前方の兵たちの四肢や頭がバラバラに吹っ飛んでいくのが見えた。血の気が引いた。もし俺達があの先頭集団に居たら・・。魔法障壁なんて全然役に立ってないじゃないか。


周りに異臭が立ち込める。暫くして濃厚な煙が晴れると、最前線は死屍累々。聴力が戻ってきた俺の耳に、負傷者達の呻き声がそこかしこから聞こえてきた。だが、ド派手だった割には意外にも死傷者は其処まで多くは無い。どうやら俺のように盾で辛うじてやり過ごしたようだ。また、隊列に動揺はあっても恐慌は無い。指揮官達が矢継ぎ早に命令を飛ばしているからだ。


死者はその場に打ち捨て、負傷者達は回収して後方に送るか、最後の慈悲を与えてゆく。穴の開いた隊列を埋める為、急速に陣形を整え直してゆく。微速ではあるが、その間にも軍勢全体の前進は止まらない。


此の連中明らかに戦慣れしている。伊達に年中戦ってるワケじゃないってことか。

かく言う俺も先ほどの動揺は最早無い。衝撃を受けた手の感覚が戻り、痺れが収まってくる。今、実戦で初めて気付いた。もしかして以前より身体の回復が早くなっている?


魔法攻撃の第二波は、敵側は先ほどより明らかに数を減らしていた。逆にこちら側からの攻撃は先程と同じくらいだ。

そして、今度は障壁が機能したのか、先程のような衝撃は来なかった。魔法攻撃のインターバルがどの位かは知らないが、どうやら相手は、魔法障壁を抜くために最初の一撃に戦力を集中したようだ。そして兵士達のヒソヒソ話に耳を傾けると、恐らく相手の魔法障壁は突破できていない。魔法戦は相手に軍配かな。


「特射が来るぞぉ 油断するなよ。」

などと考えていると、再び指揮官の警告の声が飛んできた。


と、斜め上空から俺に向かって高速で何かが飛んでくる。咄嗟に盾を構えた。


ズガンッ


角度を付けた盾にソレが叩き付けられた。腕がシビれる。が、どうにか弾き飛ばせた。

こいつは矢か。まさかこの距離で届くとは。完全に人間離れした膂力だ。成る程。普通の弓矢じゃまず届かない。魔法の次はまず特別な射手による狙撃ってワケか。


散発的に飛んでくる矢は、基本味方の指揮官達を狙っているようだが、此方の指揮官連中はかなりの使い手が多い。眺めていると、あの威力の矢を的確に弾いたり盾で受けたりしている。先頭では無いが、俺達は目立つ格好をしてるから狙われたんだろうか。


暫く前進していると、後方で合図があり、双方弓矢の撃ち合いが始まった。

矢が雨あられと降ってくるが、先程の特射の矢に比べれば大したことは無い。俺に向かって落ちてきた矢を盾で振り払う。ただし、気を付けるべきは普通の矢に混じって飛んでくる特射の矢だ。距離が近くなった分、威力が増している。攻撃が一段落する頃には、何人か下士官が食われてしまったようだ。


そして、更に敵が近づくにつれ、周りの指揮官たちの怒声が響く。

遠距離攻撃の撃ち合いで乱れた陣形と隊列が急速に整えられていく。流石は厳しく訓練された兵士どもだ。


今まで互いに魔法や矢を撃ち合いながらも、両軍の間隔は着実に狭まり続けていた。

そしていよいよ始まる。直接戦闘が。


俺は固定具を外して、背中のラキールを手に取った。前には味方の兵士が居るので敵の姿は見えないが、音や喚声が聞こえてくる。心臓の鼓動が早くなる。得物を握る手に力が籠る。


叩き斬ってやる。


戦意が高まり、闘志が燃え上がった。

とは言っても、別に俺が特別好戦的になったとか血に飢えてるとかそういう訳ではない。此の世界の戦場の習いの一つとして、臆病者には周りの連中は手を貸してくれないのだ。生き残るためには、無理矢理でもテンションを上げていくしかない。


「先陣 槍っ 構え~~い」

指揮官の大声で、周りの兵士が一斉に長槍を持ちあげて構えた。俺達も同じように武器を構える。自然に、兵士たちの歩く足が速足になっていく。

そして


ガーンガーンガーン

「突撃ぃ~~」

合図の音と、指揮官の大声が聞こえると同時に、


「ウオオオオオオオォ」

俺達の周りで一斉に兵士達の雄たけびが放たれた。滅茶苦茶五月蠅い。そして遂に、周りの連中は槍を構えて物凄い勢いで走り出した。隊列が乱れるのもお構いなしだ。

ええ・・この人たち戦意高すぎなんじゃないか。俺はちょっと引き気味になって却って冷静になってしまったが、戦い自体は慣れたものだ。周りに合わせて一緒に走り出した。



そして俺達3人は、遂に敵軍と激突した。



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