(閑話4-1)
俺の名は才賀 光騎。悩み、苦しみ、迷い続ける元中学生だ。
俺達のクラスが、不可思議な現象に巻き込まれてこの世界に飛ばされてから1か月余り。無情にも、食料やまともな飲料水の確保すら儘ならない厳しい環境に殆ど身一つで放り出された俺達は、飢えや病気で次々と息絶えていった。
辛うじて命を繋ぎ止めていた俺は、生き残った生徒のうち7人を選抜。一縷の望みに身を委ねて、新天地を目指して拠点を旅立った。
俺達は川に沿って下流に向かって進み続けた。この世界に何かしらの文明があるとしたら、河川の流域にあると考えたからだ。
よく山で遭難した時の鉄則で、沢に降りてはいけないと言われるが、俺達の場合はちょっと事情が異なる。日本の山で遭難した場合と違って、俺達は上に登ろうが下に降りようが登山道や山小屋に辿り着く可能性などゼロに等しい。他の登山客や捜索隊に見つけて貰えることも無い。なので、俺達がすべきことは、とにかく目的の川の下流に向かって進み続けることだ。
但し、沢を直接下るのは避ける。沢下りは足場が非常に悪くて滑りやすいし、濡れれば体温の低下を招く。さらに、滝や崖に行く手を阻まれた時に、無理をすれば滑落の危険もある。
俺達は沢にほど近い原生林の道なき道を、下流と思われる方向に向かって歩き続けた。とはいえ人の手の全く入っていない山の中である。俺達は危険な崖や深い藪のような茂みや巨岩などに阻まれて、何度も迂回を余儀なくされた。
俺達は歩きながら、常に食べられるものを探していた。沢に降りれば水を確保することは出来たが、食料は常に乏しい。出発した拠点に居た時には既に飢えていたのだ。野生動物のように常に食べられる物を探し続けなけば、俺達はあっという間に餓死してしまうだろう。
夜の間は交代で見張りを立てて、出来る限り木の上で寝るようにした。勿論、木の上も必ずしも安全とは言い難い。木に登ってくる動物や、樹上で暮らす生物、蜂や鳥のように空を飛ぶ生物などに襲撃される可能性は十分にある。また、木から落ちて怪我をするリスクもある。それに、樹上の寝心地は最悪だ。だが、今のところ地上で眠るよりは遥かに安全と思われた。
俺達はまだ空が明るいうちに寝床となる木を決めた。何故なら、下手に遅くなって、探し回っている間に日が暮れてしまえば生死に関わるからだ。そして、俺達男子が先に木の上に登って、女子は後から男子が引っ張り上げた。女子を引っ張り上げるのには、亡くなった人達の衣類を束ねて作ったロープを使った。樹上ではそのロープを使って身体を木に縛り付けて落ちないように固定する。
だが、夜間は様々な獣の声や不気味な音が嫌でも耳に飛び込んできて、俺達は中々眠ることが出来なかった。
「去年の学校祭の時は才賀君凄かったよね。本職のバスケ部の人たちがまるで歯が立たなかったし。」
「あの後、バスケ部の内藤先生から勧誘されて大変だったんだよ。掛け持ちでもいいからって。バスケ部の連中との関係もギクシャクしてしまったしな。」
「へ~意外と苦労してたんだね。何時も涼しい顔してるから全然分からなかった。」
「おいおい。俺も活躍してただろ。岡田は速攻怪我して寝てたよな。」
「五月蠅いな。僕はゲーム同好会だったんだぞ。生粋のもやしに何を期待してる。」
「あははは。」
俺達は何度も何度も学校に居た頃の話をした。歩きながら、木の上で眠れない夜に、そして皆で即席の竈を囲みながら。そして、あの時の平和な情景を思い浮かべた。
空腹、疲労、不安、怒り、恐怖 そして望郷。
何でもいい。ともすれば絶望が浸食してくる心を紛らわせなければ、俺達の精神はどうにかなってしまいそうだったのだ。
俺達は疲労した身体を引き摺り、擦り減った精神を無理矢理鼓舞しながら、深い森の中をただひたすらに歩き続けた。
だが、俺達は歩いても歩いても人間はおろか、文明の痕跡すら見つけ出すことはできなかった。
一体何度真っ暗な夜が来て、夢の一つも見ぬまま何度憂鬱な朝を迎えたのだろうか。
もう最近の記憶すら朧気になってしまった。
俺達はいつしか木の枝を杖代わりにして、足を引き摺るように歩くようになっていた。口に入るものは何でも食べた。草の根、昆虫、木の皮、雑草。皆、何時しか口に入れるのに何の躊躇いも無くなっていた。動く物は何でも食べ物に見えた。
お互いの顔を見ると、頬はコケて目は落ち窪み、共通して薄っすらと在るものが見えるようになっていた。
これが死相って奴なのだろうか。
そして遂に、一人の仲間が帰らぬ人となった。柔道部だった宮迫だ。小柄で寡黙だったが、我慢強く屈強な男だった。最後まで泣き言一つ漏らさず、朝皆が気が付くと、彼の身体は冷たくなっていた。
俺達は彼を埋葬する体力と気力すら失っていた。彼の遺体を丁寧に横たえると、俺達は手を合わせてその場を後にした。
歩く。歩く。歩く。あるく。
なのに、俺達の前にあるのは只、深い森があるだけだ。何も変わらない。何も見つからない。俺は・・・少し、疲れてしまったのかもしれない。
ああ。此処には本当に文明なんて有るのだろうか。いや、そもそも人なんて存在しないんじゃないのか。俺達は何百キロも何千キロも何万キロも唯々広がる自然の中を、闇雲に歩き続けているだけなんじゃないだろうか。
でも、今歩みを止めるわけにはいかない。まだ、諦めるわけにはいかない。
まだ、手は動く。足も動く。体が動く限り、俺の意思が続く限り、最後まで進み続けるんだ。
さあ、みんな行こう。最後まで、最後の最後まで歩き続けるんだ。進み続けるんだ。
おい根津、岡田。何こんなところで寝てるんだよ。風邪を引いてしまうぞ。
山下。肩を貸してやるから早く起きるんだ。
さあ、行こう。俺達は、生きるんだ。




