57話
は?
どどどど童貞 じゃねえどどどどどうなってんの一体?
みんな大好き冒険者の初仕事ってゴブリンを討伐したりとか薬草を採取したりとか下水道で巨大鼠の駆除とかそんなんじゃないの?
いや、冒険者じゃねえしゴブリンが居るかどうかも分からんけど。
あとこの町の便所は汲み取り式だ。下水道は無い。
ギルドに加入して5秒で指名入ってそのまま戦争とか。ハードル走でいきなりポータブルジェット担いでカッ飛んでくくらい段階ぶっ飛ばしすぎだろ。
「俺は狩人だ 傭兵じゃない 兵士でもない 断る。」
俺はキッパリと断った。いくらなんでもあんまりだろ。だが、
「これはギルドからの正式な指名依頼です。カトゥーさんには従う義務があります。それに・・」
おばちゃんは困った顔をして俺の辞退の申し出を撥ねつけた。おいおいおい。ヴァンさんの忠告を思い出す。が、まさか加入して5秒でこんな事態になるのは想定外すぎる。
従軍するって事は人間同士殺し合うって事だよな。
俺はこの世界に来てからまだ人を殺したことは無い。だが、その覚悟は決めている。
俺はこの殺伐としたハードな世界で不殺を気取るほど阿呆でも脳内お花畑でも無いし、自分の命がなにより大切だ。積極的に人を殺しに行く気なんてサラサラ無いが、降りかかる火の粉を払う時には躊躇う気は無い。
などと偉そうにいくら覚悟を決めてると豪語しても、実際にその場面になってしまった時に冷静に人間をぶっ殺せるのかと問われたら、正直甚だ自信が無い。
かといって、ネット小説の主人公のように格好良く切り抜ける自信なんて全くないので、色々な意味でヤバそうな場合は、とりあえず逃げの一手で行こうと考えている。
それはさておき。
「いや。俺は戦争する気はない。俺は兵士じゃない。断る。」
俺は全力でゴネることにした。何が何でもゴネゴネてゴネまくるぞ。何でギルドに加入していきなり従軍して人間と戦わんとあかんねん。せめてゴブリンと戦わせろや。
「・・・どうか落ち着いて下さいカトゥーさん。カトゥーさんは戦う必要はありませんよ。」
おばちゃんは怒りに燃える俺の顔を見て焦って宥めてきた。どういうことだ?
少し冷静になっておばちゃんに話を聞くと、どうやらこんな話らしい。
近々、このカニバル国は隣国にそこそこ大規模な遠征を行うのだそうだ。このところ、町が妙に慌しい雰囲気だったのはそういうことか。
年中隣国と小競り合いを繰り返すカニバル国の兵士は、ここ最近は常に人手不足だ。今の所厳しい徴兵も行っていないしな。そこで、遠征の人手不足を補うために、国がギルドに正式に依頼を出したらしい。人手不足なら遠征なんてやるんじゃねえよと思うが、蛮族の偉い人の考えは常人とは違うんだろう。
但し、前線の兵士としてギルドの狩人を召し上げるのは、ギルドが引き受けるワケが無いのは国の方も重々承知しており、過去の重すぎる教訓も無視できないので、後方支援の補佐としての従軍を依頼してきたのだ。
ギルドとしても、国からの要請を突っぱねることはできればしたくないのと、直接の戦闘に参加する依頼ではない事を考慮して、8級以下の狩人連中に白羽の矢を立てた。多分、ギルドとしては8級以下なら万が一戦場でくたばっても大して惜しくもないからだろう。そして、報酬目当てで志願する連中も考慮して、通常の依頼と指名依頼の両方で募集を掛けた。
そして俺。どうやら此処のところ悪目立ちしてたお陰で、職員が正式な10級狩人になる手続きをしているのを目にしたこの町のギルドの責任者が、速攻で指名メンバーにぶち込んだらしい。
ぐぬぬぬぬぬぬ。ギルド長って奴か?まだ顔を合わせたことは無いが、この借りはぜってえ返すからな。
ヒラの職員のおばちゃんに激怒したところで何の意味も無いし、ゴネたところで到底覆りそうも無いので、俺は深呼吸して落ち着いた後、渋々その指名依頼を受注することにした。報酬の半額を受け取る。
今回の依頼は指名の場合、先払いで報酬を受け取ることが出来る。但し、逃亡の可能性を考慮して、半額は依頼完遂後の後払いである。
そして従軍は3日後。ちょっ、いくらなんでも早すぎる。どうやら俺を指名にぶち込んだのは締め切り間際だったらしい。クッソ間が悪すぎる。
依頼を受けた俺達は当日の朝、一旦ギルド前に集合。そしてその後、ギルド職員の先導で俺が散々ゾルゲにぶちのめされたあの公園に移動。そこで兵士から説明を受けて、そのまま従軍といった流れとのこと。食料や飲料水は軍から支給される。但し、武装や服装、その他日用品は自分持ちだ。
俺はギルドに来た時のウキウキな気分から一転、煮え滾った鉛を飲み込んだ気分で森への帰路についた。
そして3日後の早朝。
拠点からでは朝の集合に間に合わないので、俺は何時もの安宿で荷物を纏めていた。とはいっても、以前仕立ててもらった簡素な布の平服を着て、保存食と歯磨き草や粗末な布などの日用品を入れた縄草の袋と皮の水筒を持っただけの、見た目戦争とは全く無縁な姿である。
因みにくたびれ切って、様々な出所不明な物質で着色された貫頭衣は遂に捨てた。
武装については、俺は防具なんて持ち合わせていないし、武器も石斧と石槍と弓だけだ。弓は戦争のドサクサで無くしたり盗まれたりすることを考慮すると持っていく気にはなれんし、そもそも俺は戦いに行くワケじゃねえ。
相手の兵士に狙われた時に人畜無害な一般人アピールをするためには、武器は却って邪魔だ。そんなアピールは通用しないかもしれんが、その時は味方の兵士の後ろに隠れて盾にしよう。
重い気分で分かりにくい狩人ギルドの建物の前まで到着すると、すでに従軍組と思われる狩人達が集まっていた。今の所20人くらいか。思いの外人数が居るな。
低級の狩人らしく、どいつもこいつも年齢は若そうだ。見渡して観察すると、俺のような軽装の連中が一番多いが、中にはきっちり武装している奴も居る。俺達は後方支援だろうが。そんなに前線で武器を振り回したいのだろうか。
とは云えだ。俺も武装している奴らをそう馬鹿にしてる場合じゃないのかもな。後方支援なら敵と戦うことも無いし安全か・・などと甘く考えるととんでもないしっぺ返しを食らうかもしれん。
戦においては敵の補給部隊を叩いたり、補給線を寸断するなんてのは地球では古来から常道中の常道だ。ただ、基本補給部隊は敵主要部隊の後方に控えて居たり、当然狙われることを想定として強固に守られているから簡単に実行できないだけだ。
俺達後方支援部隊が敵から真っ先に狙われない保証なんてどこにもねえ。気を引き締めておかないと。
などと考えていると、人数を数えていたギルド職員から俺達に声が掛かった。どうやら全員揃ったらしい。総勢30人余りてところか。
そして、俺達は職員に先導されて町はずれの公園へ向かった。




