56話
ゾルゲが突然教育実習を卒業とか人間の限界とか言い出したのは何の意味があるんだろうか。
もしかしたら、俺も人間の限界に手を掛けているということだろうか。
確かに、俺の今の肉体は既にバキバキを遥かに通り越して、地球の10人の女子に見せたら9人くらいにはキモ~イと言われそうな惨状になっている。
俺はドヤ顔でゾルゲに尋ねてみた。
ゾルゲの答えは
「舐めてんのか。」
であった。
「おめえなんぞはオブタッドの毛先ほども人間の限界に近付いてねえよ。」
ムカー。そりゃ未だにゾルゲにはやられっぱなしだけどさ。相手は元4級だから仕方ねえだろ。
「だったら実習を続けろ。」
腹が立った俺はゾルゲに詰め寄ったが、
「だが、俺がこれ以上鍛えても意味がねえくらいの所までは来ている。どんな方法を使ったかは聞かねえがな。普通ならソコまで到達するのに5年、いや10年は掛かるかもしれねえ。」
う、ヤバイ。鈍そうなゾルゲだが、薄々回復魔法の存在を疑っている事には俺も気づいていた。これ以上実習を続けるのはマズいかもしれんな。
そろそろ潮時か。
俺は1年もの間、引っ張りに引っ張り抜いた教育実習を遂に終える決意を固めた。
ちなみに俺はゾルゲに、有難うございましたぁとか超お世話になりましたぁとか師弟の感動的な別れってやつをやるつもりは微塵も無い。ゾルゲはギルドからきっちり補助金を貰っているはずだし、俺はゾルゲを師匠と認めるつもりは無い。ゾルゲに対して良感情も無い。あくまで利用するビジネスライクな付き合いのつもりだ。ずっと年上で教官なのに全然敬意を払わないのはその表れである。
なぜなら、俺はゾルゲに散々理不尽にぶちのめされたのをひと時も忘れていない。あちらは過去の事を綺麗に忘れて最近ちょっと師匠面してるかもしれないが、冗談じゃあねえぞ。何時までも女々しく引きずるつもりは無いが、だからと言って笑顔で水に流すつもりも無い。いや、俺の事だけならそれもアリかもしれねえ。だが、それではイキリやソバカス達が浮かばれない。俺はゾルゲがあいつらに頭を下げるまでは、師匠と見なすことは断固お断りだ。
「分かった。実習はこれで終わりにする。」
俺はゾルゲに宣言して、そのままゾルゲにスッパリと別れを告げた。
「おうカトゥー今日は早いな。」
「ああ。教育実習は終わり。明後日には宿を出る。世話になった 親父。」
俺はいつもの安宿に戻ると、すっかり顔馴染みになった宿屋の親父に挨拶をして部屋に入った。閂を掛けた俺は、ベッドに仰向けに寝転がって今後の事を考える。
まずは10級狩人に昇級することだな。
だが今の俺には金がもう無い。暫くは森に帰って金を稼がないと。あと、身体が鈍らないように森でちゃんとした丸太剣を作ろうかな。
正式な狩人になれば常駐以外の依頼も受注可能になる。但し、10級では受注可能な依頼は限られる。というか、そもそも俺は依頼を受注するタイプの狩人になる気は無い。
一口に狩人と言っても様々なタイプがある。ポピュラーな様々な依頼を受注して魔物を討伐したり護衛をしたり採取をするタイプや、とにかくギルドへ様々な素材を卸すタイプや、昔ながらに隊商を護衛したりギルド経由で商人に物資を提供するタイプ。
そして、俺が目指すのは遺跡や迷宮を探索するタイプの狩人だ。その理由は勿論、故郷への手がかりを探す為だ。
とは云え。
俺はそれ程断固たる決意って奴で故郷を探し求める気は無い。リアルに考えれば、こんな状況から地球に帰ることの出来る可能性なんて殆どゼロに近いだろう。そんな状況で気負いまくって、断固たる決意を漲らせて、それがあえなく破れた時。その時の事を考えると恐ろしい。
もっと気楽に行くべきだろう。人事は一応尽くすが、ダメならダメでこの異界の地で骨を埋める覚悟はきっちりしておくべきだ。
そして、次の目的地は既に決めてある。狩人と遺跡探索の腕を磨きつつ、金稼ぎも出来そうな場所。カニバル国から荷鳥車や荷蜥蜴車で南東に1月程の有名な都市国家。
通称 迷宮群棲国を目指すことにしよう。
___1か月後。
俺は狩人ギルドの受付カウンターで見習いから正式な狩人ギルドのメンバーになる手続きをしている。1年もの間、見習いの教育実習を延長して受け続けた俺は、イカれた要注意人物としてギルド職員の間ですっかり有名人となってしまった。
顔馴染みの人事のおばちゃんも最近では呆れた様子を隠さなくなっていたが、俺が昇格の話をするとバカでかい声で驚いていた。目立つからやめてくれ。
そして遂に
俺に簡素な金属製の狩人ギルドの正式な身分証が手渡された。感無量だぜ。
ん?なんだかおばちゃんが複雑そうな表情をしているんだが。どうしたおばちゃん。
するとおばちゃんが、
「10級狩人のカトゥーさんに指名依頼が入っています。」
・・・へ?
俺、たった今正式に狩人になったばかりなんだけど。加入して5秒で指名依頼ってどういうこと?
そして、おばちゃんは何とも言えない表情で切り出した。
「カトゥーさんには戦争に参加してもらいます。」
「・・・・・・・・・は?」




