54話
ズンズンと歩いていくゾルゲの後に付いて行くと、町の北門に到着した。どうやら町の外へ出るようだ。門の守衛達は俺の怪しすぎる身なりを見て出門に難色を示していたが、ゾルゲに睨まれると慌てて手続きをしてくれた。
守衛にここまで恐れられてるとかこのジジイは過去に一体何をしでかしたんだろう。
暫く歩き続けると、俺達は鬱蒼と茂る森の入口へ到着した。俺には見慣れた光景だ。
すると、ゾルゲは立ち止まって振り返り
「付いてこい。離れたら置いていく。」
俺に言い放ってズンズンと森の中に入って行った。俺も慌てて後に続く。
森に入ると急にゾルゲの歩くペースが上がった。ちょっとした競歩みたいだ。おいおい待て待てはえええよ俺は糞重い錆鎧着てるんだぞ。それでも何とか食らいつくが、自分のペースで歩けないため、俺は直ぐに息が乱れ始めた。
地球換算で1時間くらい経過しただろうか
「ぜひゅ~ ぜひゅ~ ぜひゅ~」
息も絶え絶えでゾルゲの後ろを歩く俺が居た。心拍数がヤバい。心臓が壊れそう。息が、息が、酸素が足りねえ。ああああ体が熱い熱い熱い熱い気が狂いそう。誰かコレ脱がして頼むから。熱くてヤバい。死んじゃう。
俺は遂に力尽きてガシャンと四つん這いの姿になった。もうアカン。もう歩けねえ。死んじゃう。ぜ~ひゅ~ぜ~ひゅ~誰か水くれ水水水水。
「置いてくぞ。」
引き返して来たゾルゲは俺を冷たい目で見下ろして言い放った。
ふざけんなボケェ。お前は武器一本持っただけの身軽な格好だからそんな事言えるんだよォ。これ以上は熱中症で死んじゃうだろ糞ジジイが。
それにだ。下らん脅しで俺の恐怖を煽ってるつもりだろうが、この辺りは俺の縄張りの中なんだよ。そんな脅しは通用しねぇ。置いてかれても自分だけで町に戻ってやるわい。
この数か月で俺の身体能力と持久力は異常なほど向上した。そのお陰でこの森における俺の縄張りは、拠点に戻ってからの1か月で一気に拡大していた。かなり森の深い所ではあるが、この辺りも俺の縄張りの内側になる。今の俺は庭の中を激しく散歩してるようなもんだぜ。
俺は四つん這いになって心中悪態をつきながらもすでに魔力を練り始めている。息は乱れまくり、心臓はバクバク、身体は爆熱だが、今の俺の練度ならギリギリいける。
深呼吸~~ぜ~~ひゅ~~ぜ~~ひゅ~~。よおおおし。いけえええ。
「フンッ」
俺の体内回復魔法の発動と同時にゾルゲは鼻を鳴らして容赦なく俺を置いて歩き出した。ふうううう危なかった。直ぐに追い付いてやんよゾルゲ。
と顔を上げると、10m程の距離を置いて見知らぬ顔と目が合った。
「あ。」
一目見て分かった。熊のような毛皮のずんぐりした体躯。その上に猿のような人間のような顔の頭が乗っかっている。クソキモイ見た目だ。毛色は暗灰色で体長は1.5mくらいか。
魔物だ。
ヤバイ。回復魔法と恐怖と緊張で一瞬でクリアになった思考が高速で回転し始める。この森では稀に出没する魔物だ。名前は確かブア・ルギ。俺も何度か見たことがある。俺は猿熊って呼んでいる。
とにかく以前のように樹上に隠れてやり過ごさねば。
ヤツと見つめ合うこと数秒。俺は樹上に逃げる為身体を・・・。
ガシャ
やばっ!今日は鎧が
「キイイイイイイイイィ」
俺が絶望的な事実に気づいて総毛立つと同時に、ヤツは奇声を上げて俺の方にダッシュしてきた。
「うわあああああゾルゲああああ!!」
丸腰の俺は絶叫してゾルゲに助けを求める。うわあああ速ええ げふっ。
咄嗟に横っ跳びして首筋を守った俺だが、軌道を変えた魔物の突進を食らって仰向けに押し倒された。
ああああやばい。
それからは揉みくちゃだ。俺は絶叫しながら必死で両手で顔と首を守る。鋭い爪に削られた錆びた手甲がガリガリ悲鳴を上げる。間近に奴の鋭い牙が見える。こええ。息くせええ。あああいかん力じゃ勝てねえぐちゃkぐちゃにされるあああやばい。
あ。目の前で奴の口がガバリと開いた。景色がスローになる。すんげえ歯がならんでる。あかん。あかん。
死んでたまるかよおおおおおおお!!
俺は咄嗟に此方から左手の錆びた手甲をヤツの口に捻じ込みつつ、カウンターで鼻にかぶり付いた。残った右手で抱き着いて咬合力を全開にする。
「キャアアaaaa!!」
奴が悲鳴を上げた。背中が爪でガリガリ削られる。うぐぐぐぐぐぐ頼むぞ金属鎧。
俺はそのままの体勢で全力で頭を捩じった。糞固いヤツの鼻の肉を噛み千切る。
その瞬間。俺は後ろに吹っ飛ばされた。
恐怖に背中を押された俺は素早く身を起こす。
「ハッハッハッハッ」
息が苦しい。酸素が足りねえ。筋力と体力じゃ勝負にならねえ。
目の前には鼻を食い千切られてのた打ち回るヤツが居た。
いけるか?このまま逃げられるか? いや、この鎧じゃ無理・・・か。
その間僅か数秒。奴はハネ起きた。そして、熊のように二本足で直立して俺を威嚇してきた。でけえ。怖え。身長は俺の方があるはずなのに。俺を真っ直ぐ睨みつける黒い目が憎しみで燃えてるみてえだ。
くそっ。ゾルゲは何してやがる。まだ側に居たハズだろ。怖気付きやがったのかあのボケジジイ。くそーくそーどうするどうする武器がねえ。身体が重い。死にたくねえ。
ヤツと睨み合いながら高速で思考が流れる。
もう逃げられねえ。一か八か。行くしかねえ。どうか神様。
・・・いや。神なんぞアテにならねえ。
いくぞぉ。大吾ぉぉお俺に力をおおおおお!!
俺は地球に居るハズの親友に祈りを捧げた。そして。
先ほどの揉み合いの後、地面からくすねておいた石を投擲する。
ヤツの目線が石に固定された一瞬の間。
俺は身を沈めて全力ダッシュ。糞重い鎧のせいで気が狂いそうな程スローなタックル。だが、虚を突かれたヤツの動きが一瞬止まった。俺は奴の大腿部に組み付いた。
ぐうっ重いっ。全力で押す。今ッ。さらに右足を踏み出し、左手で膝裏を狩る。
知能の乏しい奴は為す術無く仰向けに倒れた。
テイクダウンを決めた俺はそのまま奴に身体を預け、鎧の重みと合わせて体重を掛けながら肌を擦り合わせるように奴の背後に移動する。
視界から消えた俺を追って、咄嗟に上半身を起こした奴の顎の下に右手を滑り込ませ、左手で後頭部を抑え込む。右手で左腕を掴み、全力で絞りながら後頭部を押し込む。大吾から教わった裸締めの完成だ。
本能的に危機を察したのか、奴が滅茶苦茶に暴れ始めた。
首を固定した俺の右手をガリガリ掻きむしる。残念だったな。その手甲は錆び付いてるが金属製だっ。
「おらああああああ!!」
俺は腕に全力で力を込める。丸太剣でシゴキ抜いた俺の腕は簡単に音を上げたりはしねえ。いくらでも我慢比べに付き合ってやんよ。
そして約30秒後。荒れ狂っていた奴の身体からくたりと力が抜けた。どうやら魔物と言えど、脳への血流を断てばちゃんと意識を落とせるらしい。だが俺は油断なんかしねえ。さらに全力で力を籠め続ける。すると、
ゴリッ
嫌な音が腕の中で鳴った。
「うわっ」
聞いたことのない嫌な音と感触に、俺はビビッて思わず腕を離してしまった。
折れたか。これで流石にもう動き出したりしねえだろ。その瞬間、懐かしいユスリカが俺の中に大量に流れ込んできた。
「は~~~~~~。はあっはあっはあっ。」
俺は思わず座り込んだ。は~マジで死ぬかと思った。呼吸が乱れる。全身が怠い。腕がパンパンで感覚がねえ。目の前にはぶっ倒れた魔物。俺が倒したんだよな。なんだか現実味が無い。・・・そうだゾルゲ。あの野郎。
俺の頭が怒りで沸騰した。場合によっては俺謹製のダーティボムをぶち込んでやるぞあのジジイ。怒りのあまり疲労が頭から吹っ飛んだ俺は、勢いよく立ち上がった。
周りを見回すと、ゾルゲはすぐに見つかった。ダッシュで食って掛かろうとした俺だが、ゾルゲの足元に猿熊の死体が何体か転がっているのを見て直ぐに頭が冷えた。
アイツ1体じゃなかったのか。一応ゾルゲも仕事はしていたんだな。
身体の力が抜けた。全身の疲労が再び襲ってきて、俺はその場で座り込んだ。
「オイ 生きてるか。」
俺を見たゾルゲが声を掛けてきた。
どういうことだ?気になった俺は改めて自分の身体を見てみる。鎧の下は全身赤く濡れていた。うげええええ。
錆び錆びとはいえ、金属鎧のお陰で俺の身体の怪我は其処まで酷くはないようだ。脱いでみないと分からんけどな。だが、鎧でカバーされていなかった右腕の二の腕の裂傷がなかなかに酷い。俺はゾルゲに少し休むと告げて、座り込んで加減した回復魔法を体内で発動させた。全身に激痛が走るが、その後疲労と痛みが溶けていくのが分かる。回復魔法を加減したのは不自然に全快になって、ゾルゲに余計な疑いを持たれないようにするためだ。
俺はようやく一息ついた。
稀にしか出現しない猿熊に複数体で襲われるのはゾルゲにも想定外だったらしい。
何となく気まずい雰囲気になった俺達は、このまま町に戻ることになった。帰りはゾルゲが歩く速度も普通になり、どうにか閉まる前に町の北門まで戻ることが出来た。
門では守衛が俺の姿を見てひと悶着になったが、切り取った熊猿の耳を見せてどうにか入門することが出来た。
町の訓練所まで戻ってきた俺は、ゾルゲに錆鎧を脱がせてもらい、今日は模擬戦は無しで解散することになった。
「服を脱いで傷を見せろ。」
「断る。薬草は持ってる。後は自分でやる。」
俺はゾルゲの申し出を一刀両断で断った。さっき傷を負ったばかりなのに回復魔法で治った身体を見せるのは不味い。
「今日は帰る。また明日だ。」
俺はなんとなく気が抜けてそうなゾルゲに宣言すると、そのままズンズンと安宿へ向かった。宿屋の親父中に入れてくれるかな。服洗うの面倒くせぇ。




