37話
今、俺の目の前には鋭い眼光をしたヴァンさんが居る。
お前は何者か・・・か。どう答えたもんか。よくあるパターンならヴァンさんの迫力に圧されて、或いはもう誤魔化せないと観念して素直に自分の身の上を全てゲロっちまうてトコロだろう。
だが俺にはそんな気はサラサラ無い。不必要なリスクは排除。異世界人であることは断固秘匿だ。
「? 俺は 加藤 ここで狩りしてる 故郷を探す それだけ。」
俺は首を傾げてすっとぼけた。というか別にとぼけなくても嘘はついてねえぞ。俺は平凡な元中学生で特別な人間でも何でもない。・・・ちょっと生まれ育ちが異世界ってだけだ。
「ふむ。カトゥー、お前は俺にあれこれと聞いてきた。そして俺の答えを聞いたな。それでどう思った?」
ヴァンさんはちょっと表情を緩めて俺に問いかけてきた。
「ヴァンは色々 知ってる 凄い。教えを 有難う。」
何かマズいことでも聞いてしまったか。内心戦々恐々としつつ、とりあえず褒めてご機嫌取りをしておく。
「それだよ。お前は俺の話を聞いて、その内容の殆どを即座に理解していたようだ。お前まだ成人して間もないくらいの歳だろ。言葉の拙いお前の為に随分と噛み砕いて話したとはいえ、俺の話した内容はこんな辺境に住んでるガキが理解できるようなことじゃない。いや、大人でも理解できる奴は少ないはずだ。」
「・・・・。」
この世界の成人は何歳かは知らん。教育レベルも知らん。だが、童顔の日本人が若く見られてるのは間違いないだろう。髭ないし。それを差し置いても俺の理解力は異常てことか。
正直、話の途中で、それを疑われることは言われるまでもなく懸念していた。だが、目を瞑って情報の取得を優先した。黙っとけば誤魔化せると思ってたが、そう甘くは無いか。
「それにだ。お前は些細な情報でも教えた俺に随分感謝してくれているようだ。情報の価値を十分に理解しているようだな。俺達商人は別としても、そんな輩はそう居るもんじゃねえ。ましてやお前のようなガキにな。」
「・・・・。」
どうする?
確かに彼の言う通り、森の奥深くにあるウホウホ原住民のガキが賢王の話やらカニバル国の政治体制の話を聞いてウムウムと頷いて居たら怪しさ爆発モノだろう。
スパイと疑われても仕方のない所だ。スパイにしては怪しさを表に出しすぎだろうが。
「俺は 加藤。 故郷を探す それだけ。」
俺はゴリ押すことにした。
確かに滅茶苦茶怪しいかもしれんが、俺はスパイでも何でもねえ。犯罪を犯したワケでもねえ。後ろ暗い所はなにもねえ。いくらプレッシャーをかけられようが、簡単に屈服したりしねえし、リスキーな情報はやらん。色々教えてもらった手前、ちょっと心が痛むが、こっちはこの異界で身一つで生きてんだ。そのくらいの危機管理は当然だろ。
それに・・だ。俺は別にお前らに連れて行ってもらわなくても、その気になれば独りでも町に行く自信がある。別に相手に首根っこ押さえられてるワケじゃねえ。連れていってくれるならそりゃ有り難いけど、嫌なら自分で行くまでさ。
俺とヴァンさんは暫くの間睨み合っていた。が、
「ふむ。良いだろう。ならそういうことにしておいてやるさ。」
ヴァンさんはふっと息を付いて表情を緩めた。
「いいのか?」
俺は思わず問いただした
「そういうところさ。お前、確かに怪しいけど根っこの部分はどうにも甘ちゃんのようだからな。目にも表情にも険が無い。高貴な出自なのか、余程甘ったれて育てられたか、どちらかだろうよ。だからお前の話も一応信用してやる。」
褒められてるんだか貶されてるんだか良く分からない寸評に、俺は思わず顔を顰めた。
「シケた顔するな。望み通り、町まで連れて行ってやるよ。お前は怪しいが面白い。一人の商人として、お前みたいな男と縁を紡いでおくのは此方としても望むところさ。」
ヴァンさんは笑って手を差し出した。
この世界にもこんな風習あるんだなと思いつつ、俺はヴァンさんの手を握った。
てなわけで。
俺は晴れてヴァンさんの一行と共に、この集落を離れることになった。
行商人の人たちと町までの行程ついて何度も打ち合わせる。
俺は荷運びを手伝う代わりに、水と食料を分けてもらうことになった。また、狩りで現地調達分の食料の確保にも協力する。流石に彼らも、何の面識もない赤の他人を何の協力も無しに連れて行ってくれるようなお人好しの阿呆ではない。
俺の家はアルクに譲ることにした。アルクは嬉しさの余り俺に抱き着いてきた。キモいぞアルク。俺にそっちの趣味は無い。
ビタは流石にもうあれこれと騒ぐことは無くなっていた。俺は先日狩った大物の事があり、もう狩りに出る必要は無いのでこっそり一緒に魔法の鍛錬をしたりして過ごした。
そして、俺も行商人たちも着々と準備を進め、出発の日の前の晩。
ゼネスさんが初めて俺の家を訪ねてきた。
何事かと問いかける俺に、ゼネスさんは俺にあるものを差し出した。
「やる。俺とアルクからの餞別だ。」
こ、こ、こ、此れは。
其処には、真新しい弓と矢筒があった。よく見ると、なんと替えの弦も矢筒に巻いてある。いいのかこれ・・本当ににいいのか?貰っちゃって。
ホロリと来てしまった。イカン。いかんぞー。俺は簡単には泣かねえ。湿っぽいのは無しだ。
「ありがとう ゼネス アルクも。 嬉しい 大切にする。」
俺は弓矢を受け取り、深く深く頭を下げた。ゼネスさんはちょっとだけニヤついていた。俺が泣きそうになったのバレちまったかも。
そして、いよいよ出発の朝を迎えた。




