33話
俺がこの世界に飛ばされてから4年。地球換算で3年と4か月の歳月が過ぎようとしていた。ただし、この世界の1日は地球の24時間より少しだけ短いようなので、正確に計測したらもう少し短いかもしれない。
この地に再び春の季節が巡ってきた。冬の寒さは和らぎ、草木は芽吹く。青臭い香りが俺の鼻腔を擽り始めた。
その日、俺はアルクと一緒に狩りの道具の手入れをしていた。俺達のチームは前日に巨大な猪を仕留めたため、今週の狩猟は休みである。尤も、俺は明日も独りで山に入って黒猪を狩るつもりでいた。
ふと、俺が何気なく目線を上げると、100mほどの距離を置いて、集落では見かけない若者と目が合った。
俺は素早く警戒態勢を取り、アルクを小突いて警戒を促した。しかし、
「カトゥー、大丈夫だ。彼は行商の先触れだよ。」
「?」
どうやら大丈夫らしいが、アルクの言葉の意味が理解できなかった俺は首を傾げた。
「ああ、先触れってのはな・・・・。」
アルクに説明を受けた。どうやら行商人が住人を驚かせたり、いきなり攻撃されないように先触れを事前に寄越したらしい。確かに目印の様なものを襷掛けに身に付けているな。
しかし、そうか。遂にこの時が来たか。思いのほか深くこの集落に入り込んでしまった俺は、期待と同時に少なからず寂寥感を感じていた。
実はビタや集落の仲間たちには、俺が行商人と一緒にこの地を去るつもりであることはすでに話してある。行商人が来て突然ハイサヨナラじゃビタ達が納得するワケねえからな。
事情を話した時のビタは大変だった。ウオンウオン泣きまくって俺が去ることを認めないばかりか、俺に付いて行くと言って聞かなかった。集落の長の一人娘を帰る宛てもない旅に連れていけるワケねえだろ。終いにはオルグにケツをブッ叩かれてた。
慕ってくれるのは嬉しいが、此ればかりはどうにもならん。どうか聞き分けてほしい。
その場はどうにか収まったが、ビタはその日から暫くの間、目も合わせてくれなかった。
結局、先触れの男はオルグが出迎えた。そして、その日の午後。太陽が僅かに西へ傾き始めた頃か。この集落についに行商人の荷馬車が姿を現した。俺は目を見開いた。荷馬車とは言ったものの、積み荷を運んでいるのは馬ではない。なんか鱗を纏ったダチョウみたいなどでかい鳥である。チョ○ボ?にしては凶悪そうな貌だ。なんにせよ うおおおおファンタジィィーーー!!
しかしよく見ると、どうも違和感がある。荷鳥車で移動してるにしてはやたら人が多いし、どいつもヒマラヤのシェルパみたいにバカでかい荷物を担いでいる。目を凝らすと理由が分かった。アレ荷車を牽引してるんじゃなくて1台を4羽がかりで担いでるじゃねーか。一応車輪らしきものが付いてるけど浮いてるし。考えてみれば、この場所まで来るのにロクに道なんて無いだろうから車輪なんて使えるワケねえわな。なんという重労働。
俺は行商人達に同情した。
目を皿にして観察してる俺を尻目に、集落のガキどもが歓声を上げて荷鳥車の行列に走り寄っていく。うおおお俺も行きたい。
あ、ビタも居る。お前だけズルいぞビタ。
だが、俺の後方ではゼネスさんの目が光っていた。アルクはともかくゼネスさんの目と鼻を盗むのは至難の技だ。・・・大人しく仕事しよ。
その晩は、疲れ切った行商人達には集落でゆっくり休んでもらい、次の晩に盛大な歓迎の宴が催されることになった。まあ来訪した晩にいきなり宴とか言ったら準備する女衆にぶん殴られそうだしな。彼らは集落に様々な物資を齎してくれるため、正体不明な原始人だった俺とは別次元の歓待である。正直羨ましい。
俺はソワソワしていた。俺は彼らとコンタクトを取りたくて仕方ないのだが、オルグに止められた。
「彼らにはゆっくり休んでもらうのに邪魔すんじゃねえ。」
仰せ御尤もなんだけど、少しくらいええやないか。オルグだってさっきまでずっと歓談してたやろ。俺も彼らのお話聞いてみたい。
駄々を捏ねたところで覆るワケもないので、俺は渋々家に戻ることにした。明日の狩りはどうしようかな。正直、行商人達には興味芯々ではあるが、恐らくこの集落では最後になるであろう黒猪は狩っておきたい。予定通り山に入ろう。
おれは何時ものルーティンで回復魔法の鍛錬をした後、仕事の疲労を魔法で癒してそのまま寝ることにした。
ちなみに今は、手以外での回復魔法の発動と軽く10秒以上かかる発動の短縮に挑戦中だ。勿論成果は芳しくない。そう簡単に出来たら苦労はしねえよ。
行商人がやってきた翌日の午後。俺は集落の解体場で肉をドンドコ叩きまくっている。今日は上手く黒猪を捕獲できた。アルクの話では、行商人は1週間ほどこの集落に滞在するそうなので、餞別代りの燻製肉も間に合いそうだ。
1週間とは随分のんびりしてるなとは思ったが、交易や交渉事の他に文字通りのんびりして疲れを癒すのも目的の一つらしい。何もない集落なんだけど癒せるのか?いや、何もないのが却って良いのだろうか。
その間に、俺も一緒に連れて行ってもらえるよう交渉せねば。断られたらどうしよう。尤もオルグの口利きがあるからそんな事は無い・・・と思うが。
黒猪の肉は超固い。ちょっとやそっと叩いたくらいでは筋繊維は具合良く解れてはくれない。俺は和太鼓のリズムで景気良くドコドコズンドコ肉を叩いていると、見知らぬガキが俺の作業をのぞき込んでいた。勿論俺は、先ほどからガキが近づいてきているのは察知していた。山で鍛え抜かれた今の俺の5感の鋭さは、往々にしてゼネスさんすら驚愕させるほどである。
仕事の邪魔すんじゃねぇ。とガキを睨みつける・・・なんてことは勿論しない。これからお世話になる予定の商人様御一行のお子様である。俺はニッコニコで振り向くと、
「なにか 用 ある?」
と聞いてみた。
ガキは2歩ほど後ずさりすると、180度回転して走って逃げていった。
なんつー失礼な糞ガキだ。
憤慨した俺だが、ふと気づいた。
そういえば俺ソロ狩り用の原始人スタイルのままじゃねーか。
・・・やべえ俺の印象が。




