31話
俺がこの集落の一員となってから、早くも1年近くの時が経とうとしていた。
始めは集落の人々の間で、原始人がウホウホ鳴いてるだけのような絵面だった俺だが、今では立派に人間の姿に進化した。
まだぎこちなくはあるが、集落の連中とも普通に会話できるようになった。俺って凄いかも。いや、これが若さの為せる力なのだろか。
そういえば、この集落に来てからの俺はなにかと忙しく、最近はあまりビタの相手をしていない。そのせいか、最近のビタは不機嫌な事が多い。
そのビタから聞いたのだが、この集落には春頃に不定期に行商人がやってくるらしい。その時に集落の連中は、物々交換や様々な物を売るようだ。実はこの集落の周辺の山からは希少な金属が採取されるらしい。いったいどこから嗅ぎつけたのか、俺が以前見た貨幣もその行商人が齎したものだろう。でもこんな場所じゃ貨幣の使い道ねえだろ。この集落の連中ほぼ完全に自給自足してるし。
また、行商人から齎されるものは貨幣だけじゃない。貴重な塩である。希少金属などと交換された塩は、集落の長であるビタ父ことオルグが一括管理している。
今年は行商人は来るだろうか。この集落から最寄りの町までは、山中の道なき道を半月くらい旅をして漸くたどり着くらしい。恐るべき僻地である。
いくら希少金属が採掘されると言っても、行商人はこんな僻地まで頻繁に取引に来られるわけも無いし、来られたとしても完全に採算割れだろう。なので、行商人はいつも採取された希少金属が充分溜まった頃合いにひょっこり顔を出すのだそうだ。
しかし、こんな僻地まで来るとは商魂逞しいものである。いずれ俺がこの地を去る時は行商人と一緒ということになりそうだ。
「カトゥー!」
ゼネスさんの鋭い声が耳に入ると、俺は引き絞った弦から矢を解放する。解放されたひずみ力と位置エネルギーによりぶっ放された矢は、こちらに追い立てられてきた山羊もどきことカペラの胴に突き刺さった。そして、カペラはそのまま弾みで地面に叩き付けられた。
俺は素早く木から降りると、倒れたカペラに走り寄る。そして、先端に石を括りつけた投げ縄を投擲。カペラの足を絡めて行動の自由を奪う。
そして、石槍を片手にカペラの死角から音もなく近づいた俺は、素早く止めを刺した。
「今日も良い獲物が獲れたな。」
ゼネスさんと一緒にカペラを立ち木に吊り下げていると、漸く追い付いてきたアルクが上機嫌に話しかけてきた。
「追い込みご苦労。上手く出来たの、アルクの弓矢のお陰。大分慣れてきた、俺に譲る気、ない?」
「いや、やらねえから。お前には石投げがあるだろ。」
今、俺が使った弓矢はアルクからの借りものである。まだ急所を狙って射抜くような腕はとても無いが、的が広く動きの少ない獲物の胴を狙えるくらいには腕が上がったと自負している。
しかし、集落で俺専用の弓矢を作ってもらえる様子はまだ無い。弓矢を拵える材料と労力が貴重なせいもあるが、俺が印字打ちの技術を磨きすぎたせいで、どうも狩人仲間に「お前は弓矢なんて要らんだろ。石でやれ。」とか思われている節がある。
俺は控えめに「弓矢と投石じゃ射程が全然違うだろ。」と主張したことがあったが、「弓矢はアルクとゼネスが持ってるから十分だろ。腕も二人の方が上だし。」と返されてしまった。ぐうの音も出ない。
それはさておき。今日は猪もどきことオブタッドが2頭、山羊もどきことカペラが2頭獲れた。十分な成果である。ちなみに、もう面倒くさいからこいつらの呼び名は俺の心の中では猪、山羊になっている。
俺達はいつの間にか、集落の狩人チームの中でもエースとなっていた。尤も主にゼネスさんのお陰である。この人はちょっとおかしい。眼も異常に良いし、五感も鋭すぎる。クンカクンカ臭いを嗅いで獲物を追跡したりしてるし。アンタは犬か。俺が始め山中に住んでいたとき、この人に追跡されたらヤバかったな。最初はこの世界の人間特有の能力かと思ったが、アルクにはそんな異能は見受けられなかった。
疑問に思って聞いてみると、ゼネスさんは先祖に獣人の血が混じっているらしい。
うおおお居るのかよ獣人。このクレイジーでふざけた世界にもファンタジー成分ちゃあんとあるじゃあないの。俺は興奮した。
尤もゼネスさんたちにとってその連中は、「獣人」と言うより「超毛深いちょっとウホウホッな民族たち」という認識らしい。その容姿は、人間の姿に耳と尻尾が生えてるようなご都合主義の塊みたいなモノではなく、二足歩行で歩き言語を話す動物みたいな姿だそうだ。
獣人と人間の混血は滅多に生まれない。元々子種が出来にくいというのもあるが、それ以前に獣人と人間の婚姻は殆どの場合忌避されるからだそうだ。それでも稀に子供が生まれた場合、殆どの場合は獣人の姿で生まれる。だが、人間の遺伝子が極稀に勝利するのか、人間に近い容姿で生まれてくる場合も本当に滅多に無いのだが僅かながらあるそうだ。
そう。俺たちのロマンは実在したのだ。
ただ、その超レアな人型獣人の末路はたいてい実に世知辛いもので、人間から見たら毛深すぎ獣人から見たらツルッツル。要するに滅茶苦茶モテないのだ。また、場合によっては厳しい差別を受けたり、忌み子だと断定され生まれてすぐ縊り殺されてしまうこともあるそうだ。で、結果としてその血統はあっという間に途絶えてしまうとさ。くうぅ。何と勿体ない・・・。ゼネスさんの御先祖は、推測だが獣要素が殆ど表に出なかったのが幸いしたんだろう。日本人の俺から見たらゼネスさんは超毛深いが、この集落の男は子供以外全員ボーボーだ。連中から見たらあのくらいでは獣要素など有って無きが如しだろう。
ちなみに俺がなぜそんなに獣人に詳しいかと言えば、ゼネスさんの秘密を知ってから彼の家族に獣人のことを執念深く聞きまくったからである。暫くするとゼネスさんの家族は俺の姿が目に入るとスッと避けるようになってしまった。傷つく。
それはともかく、いつか俺もガチの獣人に会ってみたいものだ。




