29話
宴会の翌日の早朝
目が覚めた俺は、家の外でストレッチをしていた。むう。出来れば水場で俺命名の歯磨き草を使って歯を掃除したい所だ。
すると、ビタ親父がなにやら男を引き連れて俺の所にやってきた。流石集落の朝は早いな。知ってるけど。
そして、俺は二人の狩人を紹介された。名前はアルクとサジタと言うらしい。
二人とも貫頭衣の上に毛皮を羽織り、片腕には毛皮のグローブと足には毛皮の足袋を装着している。
アルクは赤毛で長身の青年で髭ボーボーでなければ結構イケメンなんじゃないだろうか。サジタは小柄でずんぐりした青年で髪は栗色でボサボサ。目つきが異様に鋭い。
ん?え?入村テスト・・・・もうやるの!?気が早くないか?
俺は戸惑った。狩りをしようにも石斧も石槍も石弾もまだ拠点に置いてある。山中の縄草の仕掛けは今は解除してあるし、ナイフも念入りに拠点に隠してあるんだが。
俺は道具が無いことを説明すると、ビタ親父も狩りの経験があるようで察しが良い。
直ぐに準備をする時間をくれた。俺は拠点に道具を取りに行くことになり、アルクとサジタは集落の外まで見送ってくれた。ちなみに二人は拠点まで付いてくると言ったが俺が断った。こちらも流石にそこまで無警戒ではない。
追跡されないよう偽装を入れつつ簡易拠点に戻ると、俺は武装を整えた。すでに切り札のダーティーボムも量産されている。さて行くか。正直俺には自信がある。3年近くたった独りで山の中を生き抜いた自負があるからだ。逆にあの狩人どもの実力を見定めてやんよ。
数日後の日没前。俺は集落の中に居た。アルクは笑顔で俺に何事か話しかけ、肩に手を置いた。サジタも頷いている。どうやら試験は合格らしい。アルクよ。お前はもっとゆっくり喋ろうな。何言ってるか分かんねえよ。
だが、俺は結構打ちのめされていた。俺はもっと狩人としてイケてると思ってた。独りで猪を狩る俺は実はチートなんじゃないかとうぬぼれていた。
二人に同行して分かった。やっぱりプロは凄え。獲物の痕跡を見つける能力。的確な追跡と予測。眼も多分俺よりずっと良い。罠を見せてもらったが良く考えられてる。立ち木の枝を利用しなくても仕掛けられるから俺の稚拙な罠より遥かに応用範囲が広い。積み重ねられた技術と経験の重みを感じた。そして弓矢。正直ころしてでも奪い取りたい。やらんけど。ええなあああ欲しいなあああゃんとした飛び道具。集落の住人になったら1本くれねえかな。
そして、どうやら俺が近隣の山の中で活動していたのもバレバレだったようだ。集落に危害を加える気配が無いのと無用な危険を避ける為、ギリギリ見逃されていた・・らしい。
そんなすっごい狩人達だが俺が上回っているものもあった。自身の隠形の技である。
獲物を狩る時は常に平常心。大きな心音をなるべく立てない。発汗も体温の上昇も臭いが立つ。呼吸は浅く。ゆっくりと。
風を読んでぬるりと風下に移動。足裏まで神経を尖らせ、足音は最小限に。
俺が殆ど気配を立てず樹上へ移動したのを見て、二人は戦慄していた。
但し、本気の俺の隠形はこんなもんじゃない。本気を出した時の俺は獲物の呼吸と動きを読み、自身の動きを同調させる。不可避な音と気配は風の声、木々の騒めき、そして獲物の動きと相手の発する雑音の中に溶かし散らす。今の俺は猪に一切気取られず至近まで近付くことが可能だ。・・・失敗することもあるけどな。
集落の狩人たちとは実は何度もニアミスをしているが、俺が潜んでいる所を気取られたことは今まで一度も無い。たぶん。
勿論俺は本気の隠形を二人には見せない。むしろ二人に合わせてちょっとだけ故意に気配を立てている。自身の切り札や手の内を他人に全部晒すのは只の阿呆のやることである。当然、ダーティボムのことも秘匿する。
もう一つ、二人を驚かせたのは臭いの使い方だ。臭いの隠蔽は俺より二人の方が遥かに上手だったが、俺は臭いを利用もする。あえて臭いの痕跡を残すことにより獲物の動きを制限し、コントロールするのである。そして罠の場所へ誘導する。気付いたら袋小路。どの向きへ逃げても罠が待っている。唯一の逃走ルートには追跡してきた俺達が居る、という寸法だ。
これは対野生動物限定の技術なので教えても問題なかろう。これについては二人は凄いというより目から鱗と言う感じだった。やろうと思えば二人の能力と技術なら直ぐに出来るようになるだろう。
そんなわけで。俺には集落への移住許可が出たのであった。勿論働かざる者食うべからず。転居が完了したら早速村の猟師たちと一緒に狩りに行くことになっている。ビタははしゃいでいた。うんうん俺もうれしいよ。さあ、明日から引っ越しだ。




