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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
265/267

間章 旅の途上11

「セイッ!」


大気を引き裂く音と共に、空中に中段、下段突きを打ち込む。宿の部屋で俺が独り励むのは、空手をベースにした型稽古である。と言っても対獣、魔、人。幾多の実戦を経て変化を加えた結果、嘗て部活の顧問から教わった型の原型は殆ど留めて居ない。しかし目下最大の違いは其の動きに非ず。


稽古を続ける俺の手足が、不気味にヌメヌメとテカっている。そして其の正体は、肌を薄く覆う俺水である。敢えて言うまでも無く、我が水属性の魔法の産物だ。身体の激しい動きにも拘らず、手足に纏った俺水は些かも飛び散る様子は無い。


実は此の稽古、型と言いつつ実態はほぼ魔法の鍛錬である。また俺が散々悩んだ末に編み出した、苦肉の鍛錬法でもある。魔法で手足に俺水を纏う事で何か特別な効果が有るのかと問われれば、特に何も無い。が、勿論意味は有る。


魔法って奴は確かに凄いが、無条件に便利で都合の良い力だってのは故郷でも此の世界でもフィクションの中だけのハナシで、実際には運用面で難点や弱点が存在する事が多い。その代表例の一つが「それ、殴った方が早いんじゃね?」なのだが、それはまあ置いといて。


俺にとって、武と魔は基本食い合わせが悪い。手足の代わりに魔力を以て物理現象を引き起こす魔法に馴染み過ぎると、肉体の感度が鈍くなるからだ。とは言え日常生活に支障が出る程の不都合では無いし、無暗に乱用し続け無ければ影響は薄いかも知れない。それに並行して武の錬磨を怠らなければ大した問題では無いし、回復魔法や懐炉の術と言った肉体への悪影響がほぼ無い魔法も在る。


が、俺はアスクリンや湧水の魔法を無暗に乱用しまくってるし、魔法の鍛錬の度に脳裏にチラ付く此の相性の悪さ問題は非常に煩わしい。そこでだ。


水属性魔法で掌握した俺水を身に纏い、肉体の動きに連動させる。高度な魔力掌握と操作を、肉体の感覚を鈍らせる事無く錬磨する為に俺がどちゃクソ頑張って考え出した、俺独自の魔法の鍛錬法である。口で言うのは容易いが、始めた当初はあっと言う間に手足から水が剥がれ、派手に周囲に飛び散っていた。だが、婆センパイから嫌程叩き込まれた魔力掌握の基礎が功を奏したのだろう。今では相当に俺水による塗装を手足に留める事が出来る様に成った。


理想を言えば仮想敵を相手にしたシャドーで同じ事が出来れば申し分無いのだが、ソイツは流石に無理だ。魔法への集中が疎かになれば、掌握した魔力があっという間に霧散してしまうからだ。数値化するのは難しいが、今でも集中の割合は凡そ魔法8、型2てトコロである。今の俺は走りながら回復魔法を発動させる事が可能だが、単調な肉体の動きと同じく魔法に集中しながら熟せる程に、身体に馴染ませた型の動きだからこそ可能な芸当なのだ。


そうして独り部屋で汗を流していると、ストイケが宿に戻って来た。どうでも良く無いが、お前出し抜けにドアを開けて入って来るんじゃねえよ。施錠を怠った俺も悪いとは言え、部屋に入る時は声を掛けるなりノックくらいしろ。もし俺が裸族で稽古してたり、家族の顔より頑張って脳に刻み込んだ故郷のエロ動画の記憶を燃料に自家発電してたらどうすんだよ。これだからデリカシーの無い野郎は。お前と同行して以来、俺は開放的で尚且つ服が汚れない全裸鍛錬が出来無くて困ってんだよ。折角脱いでもお巡りにドナドナされない異界だってのに。


俺は誠に身勝手な理由でストイケに憮然とした視線を向けると、ご機嫌な野郎は俺に向けて手に持った壺を掲げて見せた。


「おいカトゥー見ろ。中々良い物が手に入ったぞ。其の鍛錬に区切りが付いたら、此奴で一杯やろう」


「ああ。直ぐに終わるから、少し待ってろ」


ストイケが掲げたのは、どうやら酒壺らしい。俺は酩酊するのが嫌なので普段酒を嗜む事は無いが、部屋飲みだしまあ偶には良いだろう。


此の世界では菓子等の甘味の類は殆どお目に掛れないが、果実は質量共に豊富である。そして酒もまた、果実酒がとても充実している。果実酒と言えば甘ったるい酒を連想しがちだが、雑味と謎めいたスパイスの刺激が鼻を突くゲロ甘なブツが庶民の味で、果実の風味はそのままに甘さ控え目なのが高級品である。そして基本度数は(多分)低い。なのでガバガバイケる。また蒸留酒的な酒も一応存在するらしいが、庶民には到底手の届かない代物である。俺は蒸留酒の製法なんぞ全く知らんが、造るの滅茶糞面倒臭そうだしな。


そしてストイケが持参したのは、雑味も甘みも控え目な実に飲み易い果実酒である。どんな果実かは知らん。葡萄や林檎で無いのは確かだ。


その後、別途町の露店で購入しておいた燻製肉を肴に(これが中々にウマい)グビグビ飲みまくって程良く出来上がった俺達は、今迄の旅の思い出や剣術談義等で異様に盛り上がった。そしてその際、ストイケが独りで使節団から放り出されるに至った詳しい経緯を聞く事が出来た。


とは言っても大して興味も湧かない野郎の身の上話である。しかも聞けば女絡みだってのでムカ付いて大方適当に聞き流したのだが。どうやら此の男、聞けばエリスタルでも相当に高名な武門の出自で、若造の癖に何と千騎もの兵を率いる偉い奴だった模様だ。更にはコイツの叔父が上役であり、しかもエリスタルに五つ存在する王家直属の軍団の一つを統括してる重鎮なんだそうだ。そして嘗ては父親が其の副官的な立場だったんだが、何年か前の戦で瀕死の大怪我を負ったのが原因で、既に現役を退いてるんだと。


「俺は個の武人としては兎も角、将としての武功には余り恵まれなかったからな」


そう語るストイケは敵軍と華々しく交戦する前線よりも、過保護気味な父親の肝入りで後方にて兵站の護衛の任に就く事が多かったらしい。ところが後方で楽出来るかと思いきや、ストイケが護衛する兵站部隊や補給線は不運にも従軍の度に滅茶糞敵から襲われまくったそうだ。当時若輩の身で預かる兵も寡兵だった上、上官達が後方の閑職に回された非力な臆病者ばかりではさしものストイケも敵からの猛攻に対処のしようも無く。戦況がヤバくなる度に時には少人数を率いて奇襲を仕掛け、またある時には捨て身の一騎駆けを敢行したりして、敵将をぶった斬る事で辛うじて凌ぎ切る事が出来たそうな。


その結果ストイケは将としては微妙だが、武人としての名声は飛躍的に高まりまくった。しかも此のイケメン振りである。周囲の女とついでに男にモテない訳が無く。その上敵将を斬りまくった功績で一足飛びに出世した事も相まって、似たような立場の競争相手から鬼のように妬まれる羽目にもなった。


そんな折、ストイケはとある女騎士から相談を持ち掛けられる。話を聞くに、どうやら上官から強引に言い寄られて助けを求めているそうな。其の女騎士は他の軍団の所属だった為、ストイケは余り深入りする気は無かったのだが。彼女がストイケが関心を寄せていた北方諸国の戦史についての造詣が深かった事もあり、論じ合う内に絆された結果、その後も幾度か顔を合わせて相談に乗ってあげたそうだ。


ところがある日、ストイケは女騎士が件の上官に犯されている現場にバッタリと遭遇してしまう。そして其の光景を目の当たりにしたストイケは、激怒して其の場で男をぶった斬ってしまったのだそうだ。幸い急所は外したので男は一命を取り留めたものの、其の事が後に大問題となってしまった。あろう事かぶった斬った相手がストイケの叔父と同格で、しかも普段から折り合いが悪い軍団長の一人息子だったからだ。しかも間が悪い事に、其の数日前に互いの所属する騎士同士が揉めて死傷者が出た矢先の出来事であったらしい。


その為、流石の叔父もストイケを庇い切れず、最悪軍団同士の内紛に発展しかねない事態を憂いたストイケは、自ら申し出て指揮官の役職を辞した。そして賠償金と支払いと暫しの謹慎の後、一介の兵として改めて命を受け、北方への使節団を護衛する任に就いたのだそうだ。


「・・・もしかすると、その女騎士とやらも 男とグルだったんじゃないのか。お前を嵌める為の」


話を聞いた俺は、頭に浮かんだ事を素直に訊いてみた。幾ら何でもそんな場面に都合良くストイケが遭遇するなど、普通に考えればあり得無いように思えるが。


「かもしれぬ。しかしだからと言って、捨て置く訳にはいくまい。例え悪意を以て俺に近付いたにせよ、彼女に絆された時点で俺の負けなのだろう。それに俺はあの時、奴を斬った事を後悔などしておらぬさ」


ストイケは苦笑いしながら、果実酒で満たされた杯を呷った。ちょっぴりムカ付くが、ホント何やっても絵になるなあこの野郎は。


「それにだ。今は一介の兵として放逐されて、俺は寧ろ僥倖とすら思っている」


「ふむ?何故だ」


「フフッ、其れは口にする必要の無い事よ」


くぁ~ッ恰好付けやがってこの野郎っ。一々勿体ぶらなくとも、お前が旅をエンジョイしまくってるのを見れば理由なんぞ丸分かりだっつうの。お前実は軍人とか向いて無いんじゃねえの。そんなに窮屈なのが嫌なら、傭兵か狩人にでも転職すりゃいいのに・・・まあ立場上無理なんだろうけど。


翌朝。悪酔いしまくった俺とストイケは、宿の裏庭に並んで盛大にゲロを吐き散らかした。ガンガン痛む頭で回復魔法を掛ければ良かったと気付いたのは、胃の内容物を全てリバースした後の事である。

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