表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
264/267

間章 旅の途上10

剣の鍛錬や何かと寄り道をしながら旅を続けた俺達は、エリスタルの王都まで此の世界の一般的な旅人の脚で凡そ数日程度の場所に在る町に辿り着いた。




西方から王都への最寄りの町と謳われるだけあって、此の町の規模は相当にデカい。そして街は人、人、人と高密度な人混みで滅茶糞賑わっている。旅の供であるストイケの話では、此処は主要な宿場町であり、王都への玄関口でもあり、また非常時の王都防衛の要でもあるのだそうだ。




町は平地では無く小高い丘陵地帯の斜面に拡がっており、住居らしき無数の家屋が立ち並ぶ様が街道からでも良く見える。また、町の中心部には一際目立つ巨大な岩山が聳えている。岩壁が剥き出しの岩山の頂上には如何にも堅牢そうな石造りの城、と言うよりは砦の様な建物が聳えており、また町の外縁部から中心の岩山に掛けては何層かの巨大な石壁や幾つもの石塔が見受けられる。有事の際には其れ等のゴツい建造物が活躍するのだろう。そして町を出て丘陵地帯を降り街道に沿って幾らか進んだ先には、見渡す限りの広大な農地が広がっている。また、兵が複数名籠れそうな石塔は町の中だけで無く、農地にも散見された。此れ等の塔は付近の治安に貢献しているのか、或いは農民を監視でもしているのだろうか。




王都を目指す俺達は、数日前からエリスタルで『赤の街道』と呼ばれる非常に良く整備され、道幅も広い街道に入った。街道と一口言っても国や地域、また用途に拠っても様々な種類が在ると聞く。其れは異界でも故郷と変わらない。そしてエリスタルで最も長大で、また世に名の知られた街道が『赤の街道』である。




此の街道自体は古くから存在したが、嘗ては名も無い辺鄙な道だったそうだ。しかし先代の王の時代に国を挙げた大規模な整備と拡充が施され、生まれ変わった『赤の街道』は今やエリスタルにおける交易や物流の大動脈としての役割を担っているらしい。其の俗称の由来は諸説あるらしいが、ストイケの話に拠れば人体の血脈と血流を模した説が有力なのだそうだ。




そんな『赤の街道』を始めとするエリスタルの主要な街道における交通の要衝や地方貴族の領境等には大抵町や関所が在り、一般的な旅人が其処を通り抜ける為には税を支払い、通行の許可を得る必要が有る。




その為、文無しや欲深い者であれば、越境の際に街道を避ける事を考えるやも知れない。なにせ此の異界では長大な国境や領境の全域を地球の様に厳密に監視したり、壁等で隔てられる訳が無いのだ。その上今迄俺達が踏破して来た王都から遠い僻地ならば、下手すりゃ国境線やら領境すらあやふやなので、其の辺り相当にユルユルである。なので人目を盗んで越境する程度なら容易に成功しそうだし、万が一バレても戸籍を有し無許可の越境が重罪と聞く農民でもない限り、幾らでも誤魔化しが利きそうに思えてしまう。




ところが実際には安易に街道から外れてしまうと、道迷いのリスクや魔物や猛獣に襲われるリスクがとんでもなく跳ね上がる上、例え其れ等や野党の類に襲われても周りに助けを求める事がほぼ不可能となる。しかも行商人を始めとする殆どの旅人が曳く重い荷車は、街道以外の不整地では碌に動かす事すら叶わない。その為、敢えて街道を外れて大自然を踏破する無謀な旅人なんぞ、現実には殆ど居ないと聞いた。




但し、以前辺境で俺が世話になった行商人のヴァンさんは、荷車を変形して荷鳥に担がせる事で不整地を乗り越えていた。しかし、あの荷車は目玉が飛び出る程高価な上、並の鱗鳥では荷車を担いで長距離移動など到底不可能らしいからな。あの隊商は本当に極稀な例外なのだろう。




其れに対して俺達と言えば。移動は徒歩だし、魔物領域や大山脈のような鬼環境でも無い限り大自然を踏破するのはさして苦でも無い。しかも其処等の野盗何ぞストイケの手に掛かれば余裕で血祭りだろうから、能力的には関所破りなんぞお手の物である。尤も、其の手の脱法行為にはストイケが難色を示すだろうけどな。




・・・などと色々と考えたものの。名も知らぬ隘路を抜けて『赤の街道』に入った俺達は、結局此の町に辿り着く迄に一度も税を払う事は無かった。何故ならば、何とストイケ様は国内の街道を移動する際には基本Taxフリー(Tax=通行税)である事が判明したからだ。




先に述べた様に、エリスタルでは農民は無許可で越境するだけで重罪なのだが、逆に行商人、特に商人ギルドの構成員だったりエリスタルの三大商会と言われるカピーダス傘下の商人は、許可が必要どころか賦税面で相当に優遇されるし、加えて何かしらの任を帯びた国の役人や軍属は、基本街道における通行税の類は免除されるらしい。そこで俺は、口裏を合わせた上でフリーダムなストイケ様の忠実な下僕のフリをしてクソッタレな税の支払いを免れた。正にストイケ様様である。穢れ無き我が尻穴は絶対やらんが、桃色の乳首くらいなら差し出しても良い気がして来たぞ。




そしてそんなストイケ様は、何やら此の町に住む友人に久方振りに会いに行くと言ったきり何処かへ出掛けてしまい、今は宿の部屋に俺独りである。その際俺も一緒に来ないかと誘われたが、丁重に断った。正直少し迷ったが、もし友人とやらが軍関係だと色々と面倒臭そうだし、独りで色々とやりたい事も有る。




俺は石造りの壁に向けて手を翳すと、練り上げた水属性の魔力で周辺の水分子を収奪する。次いで掻き集めた水塊を日属性で加熱、そして射出。すると掌から勢い良く温水が射出され、部屋の壁を濡らした。




此れこそが俺の乾坤一擲のオリジナル魔法、尻洗魔法アスクリンだ。二つの属性と四種類の魔法を組み合わせて駆使せねばならぬ上、かなり複雑な魔力操作を要求される高難度魔法(俺評価)である。しかし必要に迫られて数え切れぬ程使い倒して練度を高め、更には魔法の師である婆センパイの薫陶に拠り地道に魔力掌握の鍛錬を続けた結果、俺は発動時間を何と20秒程度迄短縮する事に成功した。




絞り出す温水の適温は既に充分身体に覚え込ませた。その為、日属性に拠る俺水の瞬間的な過熱は、肉体に刻み込まれたアスクリンの適温と、全力加熱による推定100℃の二パターンが可能である。スイング?知らね。どう頑張っても出来そうに無いし、他にやる事多過ぎるし、もう面倒臭ぇ。掌の方をスイングすりゃいいだろとの結論に達した。まあそれはさておき。




俺は突き出した右の掌を、脱力しながら腰の横に置く。そして水属性と収奪を以て周辺の水分子を再び掻き集め、今度は全力で加熱する。アチチチチッ。掌が熱ッチィが、流石に耐火の魔法まで施す余裕は無い。そして射出と併せて、掌で逆袈裟に目標を、斬るっ!




ピシャア




今度は部屋の壁の広範囲に、アチアチのお湯の弾丸が叩き付けられた。これぞ研究中の我がアスクリンの戦闘バリエーションの一つ、名付けてアスクリン=ショットシェルだ。正直殺傷能力ははぼ無い上、盾持ちや全身武装した相手に対しては大して効きそうに無いが、熱湯を高速かつ広範囲に叩き込める為、牽制用の魔法としては高い効果が期待出来る。炎の飛沫は殺傷能力こそ高いけど、発動が遅い上に簡単に避けられちまいそうだしな。とは言え、射程も効果範囲も威力も実戦で扱うには未だ全然物足りない。特に威力と射程を伸ばす為の、射出の魔法と水を飛ばす腕の振りを同期するタイミングが滅茶糞シビアだ。なので今はひたすら鍛錬を続けるのみだ。




ううむしかし、室内で此れ以上アスクリンを練習するのは些か不味いな。部屋が水浸しになってしまう。もう一つのバリエーションは更にヤバいしな。




俺は火傷した掌を回復魔法で治療して、寝台に寝転がった。そして、来る日も来る日もストイケにボコられ続けた日々を反芻する。





____あの日も俺は、一方的にストイケにぶちのめされたっけ。




「俺から見るに、お前の狙いは見え透いているのだ。次の一手、いや二手、三手先も俺には手に取る様に見える。だから先んじて機先を制するのも、捌くのも実に容易い。俺と百度剣を合わせて百度一蹴されるのは、至極当然の成り行きだな」




身体を蝕む激痛に耐えながら地面に大の字になって転がる俺に向けて、ストイケはあっさりと言い放った。えぇ、んな馬鹿な。俺やってるよ。フェイントも入れまくってるし、ちゃんと虚実織り交ぜてるよ!




「ふむ、その目はどうやら疑ってるようだな」




「・・・・」




「ならば立て。俺とお前との差を見せてやろう」




俺は無言で立ち上がった。そして木剣を構える。糞ぉやれるモンならやってみろ。




「此奴を受けてみろ」




そう偉そうに口にしたストイケは、雑な所作で俺の頭部に向けて剣を振り下ろして来た。俺は斬撃の軌道に合わせて木剣を立てると、渇いた音と共にストイケの剣を弾いた。掌に打突を受けた痺れが僅かに残る。




「フンッ全く分からんな。此れがお前が言う差・・なのか?」




「そう急くなカトゥーよ。そら、もう一度受けてみろ」




ストイケは再び、雑な所作で剣を振り下ろした。まるで動画で先程のリプレイでも見てるかのように、全く同じ動きで。俺も一撃目と同じく、相手の剣の軌道に合わせて木剣を立てる。オイオイ野郎もしかして俺を舐めてやがんのか。ならば今度は、俺の方から切り返して一撃ぶち込んでやる。




パァンッ




「がっ!?」




しかし次の瞬間、俺の手の内から木剣が弾け飛んだ。そしてストイケの木剣が、俺の眉間から数ミリの位置でピタリと静止した。一体どれ程凄まじい衝撃を受けたのだろうか。俺の両手はジンジンと痺れたまま、あらゆる感覚を喪失していた。




んな馬鹿な・・何がどうなってんだ。一本目も二本目も、俺には全く区別が付かねえ・・・。




「相手から見た所作は変わらずとも、俺の体の芯を通して剣に伝えた力はまるで別物という事だ。腕利きの相手の虚を突きたいならば、せめて此の程度は出来ねばな」




何だそりゃ。出来る訳ねえだろ。もうヤバ過ぎて剣の技と言うよりは、最早曲芸の類にしか見えんぞ。




「さあカトゥー、何時まで呆けている。早く剣を拾え。今から剣と体の使い方を、お前の体に徹底的に叩き込んでやる」





____今から一カ月位前だったか。あの野郎がとんでもない事を口走ったのは。




「カトゥーよ。俺が思うに、お前はどうにも頭が足りてない様に見える」




「何だとっ!?」




あぁ!?貴様俺がアホだってのか。・・・まあ大変遺憾ながら否定は出来んが。




「いや、勘違いするなよ。別にお前の頭が悪いという意味では・・・・無い。お前は模擬戦の時に俺からの攻めを、頭を使わずに殆ど肉体の反射だけで対処している事が多いだろう」




「ああ、勿論だ。頭で考えながら動いては 到底間に合わんからな」




「いや、そんな事は無いぞ。お前程の力を持つ者ならば、もっと思考を速く廻らせられる筈だ。俺から見て、戦闘時のお前の肉体と思考の動きには、少なからず齟齬が在るように感じられる」




「しかし頭で考えて動くよりも、鍛錬を積んで身体に動きをある程度覚えさせた方が速いのは事実だろう」




「まあ確かにお前の言う通り、思考が追い切れ無い領域での攻防では、俺とて肉体の反射に頼る事になるだろう。しかし其の事を考慮しても、今のお前の思考の速度は、備わった力に対して明らかに程度が低く見えるな」




「むう・・なら一体どうすれば・・」




そんな事言われたって、どうしようも無ぇだろ。俺は純正地球人(多分)なホモ・サピエンス様やぞ。根本的にお前等とは脳の構造が違うかもしれんだろ。




「改めて思うに、お前は頭蓋の中の鍛えが些か足りないのではないか」




「は?」




イヤイヤ待て。脳トレとかしまくると思考が超高速になんの?んな訳無いだろ。幾ら俺でも其処まで脳味噌筋肉達磨じゃあねえぞ。




「勿論普通の人族では、その様な事態は起こり得ないだろう。しかしカトゥーよ。よもやお前は嘗て、騎士の試練を乗り越えたのか」




「いや。そんな代物を乗り越えた記憶は無い」




「ならば、今迄にお前が屠った魔物の数は?」




「数が多過ぎて、一々覚えて無いな」




「・・・お前の若さで其処まで至る事が、どれ程恐るべき・・いや、実に大したものだよ。しかし其れならば、頭の鍛錬不足は原因として充分に考え得るな」




「ふ~ん」




「其処でだ。お前は俺との戦闘の際には、常に思考を素早く巡らせる事を強く意識しろ。それと次からは模擬戦の前に、お前に対して一つ二つ課題を与える事にしよう。だから俺に打ち勝つのみならず、与えられた課題を成し遂げる為の手段を、頭蓋の中身が熱くて堪らなくなる程に考え続けるんだ。勿論、俺と戦いながらな」




「ううむ、果たしてそんな事で上手く行くのだろうか」




「成果が現れるか否かは俺にも分からぬ。しかし何事も試してみて損はあるまい」





____俺は寝台に寝転がったまま目を開き、近しい記憶の反芻を中断した。




ストイケとの鍛錬の様子は、傍から見ればあのゾルゲと過ごしたハードな虐待の日々と重なるのかも知れん。だが、実態はまるで異なる。ゾルゲとの鍛錬では特に意味の無い暴力が、体感九割五分位を占めてたのに対し、ストイケから受けた意味の無い暴力は、推定一割程度しか無いであろう。多分。ストイケの野郎は景気良く俺をぶん殴りながらも、何故俺が一方的にボコられるかを事細かく指摘してくれたからな。そして模擬戦の後には、俺が至らぬ箇所や必要な技術をきっちり指導してくれた。




其れでもあれだけ一方的に殴られ続けたら流石に頭に来るので、素直に言えば余り認めたく無い気持ちも有るのだが。今、俺は間違い無く強くなっている。しかも自分でも恐ろしい位の速度で。昨日より今日、いや午前より午後・・其れ処か一刻前より今の自分。




ストイケから授かった教えは我が身に確実に刻み込まれ、芳醇な糧と成り続けている。もしかすると此れは今迄の様に独りでシコシコ地道に鍛錬しただけでは、中々に味わえ無い感覚なのかも知れねえな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ