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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
260/267

間章 旅の途上6

突如恐るべき惨劇と修羅の場と化した渡し舟の舟上にて。俺の目と鼻の先で繰り広げられる男前戦士ストイケと凶悪な闖入者である鼠(っぽい男)兄弟との殺し合いは、益々苛烈さを増している。俺は怯えて蹲る商人風のおっさんを引き摺って、狭い舟上で可能な限り距離を取る。




少し引いた位置からの目線ですら時折捉え難い程に、双方凄まじい動きである。だが、其れは其れとして俺の目には得物の刃同士をガシガシと躊躇無く当てるのがどうにも気になってしまう。アレじゃ直ぐに痛んじまいそうなのだが、研ぐなり買い換えれば良いとでも考えてるのだろうか。いやまあガチな殺し合いの真っ最中だし、俺が異常に貧乏性なだけかも知れんが。




しかしそんな激しくも見応え満載な戦闘も、徐々に均衡が崩れつつある。と言うよりも、俺の目には何方が優勢か鮮明に成りつつある。戦闘が始まってからのストイケは、攻めは牽制程度でほぼ守りに徹しており、得物のみならず身に纏う鎧まで駆使したある意味芸術的な手腕の受けを披露していたのだが。




幾度かの激しい攻防を経て、ストイケは最早一振りの剣のみで双方の相手から放たれる猛撃を完璧に捌き切っている。舟上の足場や激しい揺れに適応したのか、鼠男達からの攻撃に慣れたのか、はたまた当初から相手の出方を伺っていたのか。一体何をどうすればあんな真似が出来る様に成るのか、俺には全く分からんが。




殺し合いを見物しながら色々と思考を巡らせていると、遂にストイケが攻勢に転じた。瞬時に攻防が入れ替わると、甲高い炸裂音と共に鼠の鎧が断ち割られた。俺は思わず汗を握った拳で小さくガッツポを・・。




次の刹那、目の前に鈍く光る軌跡が迫っていた。




「くおぉ!?」




考えるより先に、身体が動いた。




反射的にスリッピングで身を躱した俺の頬を、濃密な死の臭いを孕んだ暴風がギリッギリで掠める。直ぐ目の前には、鼻の無い鼠の凶相が在った。




瞬時に廻る思考。追撃、崩され、ガード、無理、逃。




おっさんっ!




考える間も無く足元を全力で蹴った俺が見た光景は、返す刀で鼠の戦斧が振り抜かれる瞬間で。




蹲る商人風のおっさんの頭部がサッカーボールの様に弾かれ、削り飛ばされた箇所から白いモノが飛び散って、零れ落ちた。




そして更なる追撃は、無かった。次の瞬間には、ストイケの背中が目の前に在ったからだ。俺は追い詰められたGの如く、全力で舟上を這って距離を取った。




糞・・野郎がっ。


よもやいきなり此方を狙って来るとは。鎧を割られた方の鼠男が死角になって、反応が遅れちまった。




俺は戦闘を継続するストイケ達の動きを警戒しつつも、改めて力無く仰向けになったおっさんの姿を確認する。・・・駄目か。ごめんよおっさん。守ってあげられなくて。だから、せめて。




咄嗟の回避で荷物と離れてしまった為、今の俺は身に帯びたナイフと苦無を除けば丸腰だ。万が一川に落ちた場合を考慮して、荷は身体に固定していなかったのだ。だがもし固定して居たら、先程の奇襲から逃れる事は叶わなかっただろう。




先程は一気呵成に決着を付けるかに思われたストイケだが、再び守勢に回っている。鼠の奴等が度々乗客や船員を狙う仕草を見せており、ストイケは其の事を滅茶苦茶警戒している様子だ。おっさんだけで無く先程乗客のおばちゃんが殺られちまった事も、ストイケの攻勢に影を落とす要因となって居るのだろう。




さて、行動は迅速に進めよう。怒りからか脳内麻薬がドバドバ分泌され、高速で思考が巡る。正直このまま頭を抱えて蹲って居てもストイケが勝利を収める目算は高いが、其れでは到底俺の気が済まない。とは言え俺があの攻防に割って入っても、却ってストイケの邪魔になっちまいそうだ。舟上が狭いのは勿論だが、加えて激しい揺れと足場の悪さに我ながら即座に対応出来るとは思えんからな。




となると次に考えられるのは飛び道具だが、棒手裏剣はベストに縫い込まれた予備を除いて手元にはもう無い。そもそも大山脈で支点代わりにする為に曲げたので、既に飛び道具としては使い物にならんかったし。苦無やナイフは予備が無いので出来れば川の上で投げたく無い。となれば石礫だが・・・敵味方双方動きが速過ぎるのと、距離が近過ぎて誤爆が怖い。




で、あれば魔法を有効活用するぜ。採用するのは俺が脱糞の度に欠かさず行使し続け、磨き続けた水属性魔法だ。此処は川の上で、しかも舟上は水飛沫で濡れまくっている。地の利は我にありだ。しかし魔法には決して看過出来ない難点が有る。魔法の発動中は其方に集中せねばならぬ為、完全に無防備になってしまう事だ。だが、今はストイケの腕を信じよう。勿論鼠の奴等は常に視界内に収め、少しでもヤバそうなら即座に発動を中断する。




俺の魔法の師である婆センパイの言葉が思い出される。俺はセンパイからは何度も何度もアホ程口煩く念押しされた。此の先如何なる事が有ろうとも、魔力の掌握の鍛錬だけは絶対に怠るな、と。一流の魔術師と二流以下を分かつのは、巨大な炎を生み出す事でも巨岩を操る事でも無く、魔力の掌握をどれだけ突き詰めたかに拠るのだと。




そんな婆センパイから聞いた魔力掌握のお気に入りな鍛錬法は、目を付けた腕利きの魔術師に喧嘩を売って魔法戦を仕掛け、掌握された相手の魔力を強奪するなどという凡そ婆センパイにしか不可能なとんでもねぇ遣り方で、しかも恐ろしく鍛錬の効率が良いらしい。其の応用で俺も火や水を使ってセンパイと散々魔力掌握の綱引きをやらされたからな。




其の場でしゃがんだ俺は足元の水溜まりに手を添え、集中力を高める。




そして己の魔力を拡散し、足元の水溜まりを徐々に掌握してゆく。その辺で燃える火は基本操れない日属性と違い、魔力を練り込む事で俺水以外の水も操れるのが水属性魔法の実に優れた点だ。そして掌握の手を徐々に伸ばし、上手い具合に傍に転がるお玉の身体を覆う粘性の体液の一部をも支配下に置いてゆく。




動き始めてから体感凡そ20秒余り。幸いストイケのお陰で攻撃を受ける事も無く、無法者に鉄槌を下す準備は整った。俺は其の場で立ち上がると、




「おい、そこの雑魚。鼻が無い 出来損ないのチーチクみたいな顔のお前だ。今直ぐブチ殺してやるから、かかってこい」




俺は両手を天に掲げてラテンのリズムで腰を艶めかしくグラインドさせながら、鼠共に向けて安っぽく挑発してみた。ううむ、上手く釣れるかなあ。




「糞餓鬼ぃ。余程死にたいらしいなぁ」




すると鼻無し鼠がキレッキレな物凄い形相で、此方に迫って来た。 此奴幾ら何でもチョロ過ぎんだろ。それに相方がストイケと一所懸命殺り合ってんのに、絶賛放置しちまって良いのか。




俺はホルダーからナイフを引き抜いて、構える。魔法で拵えた即席の罠に、奴が嵌るか否かで其の後の対処が変わる。




そして次の瞬間、鼻無し鼠は俺との距離を一気に詰めて来た。俺はナイフを構えながら、目力を込めて奴の目を真っ直ぐに射抜く。




すると俺の眼前で、奴は足を取られてつんのめった。足元の粘度マシマシな俺水に拠る罠が、見事効果を発揮した瞬間である。捻り出した絶好の隙。ナイフを手放した俺は小さく構えたまま全力で踏み込んで、前傾した鼻無し鼠の懐に飛び込んだ。




此処は俺の間合いだ。




貴様には何もさせん。一気に決めるっ!




顎へ右の掌底っ、はブラフだ。奴の利き腕に沿えた左手に。腰を切り、踏み込んだ力を一気に乗せる。




ベギィ




耳障りな音と共に、鼻無し鼠の前腕が瞬時に破壊された。更に間髪入れず足を刈り、密着した身体に体重を預けて倒しに行く。そして奴が耐えようと踏ん張ったタイミングで今度は破壊した腕の肉を掴んだまま引き、奴の体を腰に乗せて担ぐと、憤怒と共にフルパワーで背負い投げた。




其のまま床に叩き付けるのでは無く、タイミングを合わせて宙へ放り投げると。鼻無し鼠の身体は放物線を描いてカッ飛んでゆき、舟から目測で10m程離れた地点に着水した。




未だ完全とは到底言えないが、鍛えに鍛え上げた部位鍛錬の成果である。とは言え単なる握力自慢の力技では無く、全身のパワーをクラッシュ力に巧みに乗せる事に拠り、更なる効果を発揮出来無いかと考えたのだ。よもや一発で腕がブチ砕けるとは思わんかったけど。




鼻無し鼠は何やら喚きながら水面で藻掻いて居たが、暫く経つとまるで釣りの浮きのように唐突に姿を消し、以後二度と水面に姿を見せる事は無かった。




そして残った鼠男は、たった独りでストイケに太刀打ち出来るハズもなく。間も無く首を刎られてあっさりと決着が付いた。するとストイケは仕留めた鼠男を直ぐに川に捨てようとしたので、慌てて止めた。全くコレだから温室育ちの坊ちゃん(俺推定)は。悪党に三途の川の渡し賃なんぞ一銭もくれてやるかよ。てな訳で、川に落とす前に鼠男の懐から財布と、舟上に転がっていた魔法の鉈を確保した。着ていた鎧は割れて使い物にならず、服は血塗れで汚ねえので放置した。また、奴等が乗って来た舟は、とうに何処ぞへ逃げ去ってしまっていた。




俺は亡くなった商人風のおっさんの瞼を閉じて、血塗れな顔を綺麗にしてあげた。また、他の被害者達は舟員が後始末をしていた。舟頭の話に拠れば、遺体は身寄りが居れば対岸の町で引き取って貰い、無ければ水葬にするそうな。また売却する伝手が無くなってしまったので、結局お玉は川へ投棄する事にした。




それからの俺達の舟旅は、無言の超絶重苦しいムードに包まれた。ある意味惨劇の元凶となってしまったストイケが舟員や他の乗客からアレコレ糾弾される事も覚悟していたが、結局誰からも何も言われる事は無かった。まあストイケは一応被害者の立場な上、賊を退治した一番の立役者でもあるし、何よりあのヤバ過ぎる強さを目の当たりにしたら誰も何も言えなかったと思われる。




その後は目立ったトラブルが起きる事は無く、俺達の舟は対岸へと辿り着いた。



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