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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
259/267

間章 旅の途上5

俺の隣で音も無く立ち上がった男は、ストイケである。




同時に今にも舌舐めずりしそうなニヤケ面の無法者達の目線が上向いたので、どうやら奴等は俺を見てた訳では無いらしい。すると、鼻が無い方の鼠顔がストイケに対して人差し指を突き付けた。




「念の為聞いておいてやる。手前はエリスタルの、あの破将の黒刃リオディーンで間違い無えだろうなぁ」




「あの破将云々は知らぬが、俺の名はリオディーンではあるな」




ストイケは鼠面の粘着質な口調での問い掛けに、淡々と応じた。チラリと上を見ると、表情も普段と特に変わり無い。




「ふひっ、手前が噂通りの見た目をしてやがるお陰で、随分と探し易かったぜぇ」




鼻が無い鼠面は今度こそ本当に血濡れた得物にベロリと舌を這わせ、一歩二歩と前に足を踏み出した。




「お助けっどうかお助けを!」




するとその時、丁度奴等の直ぐ傍で尻餅を突いたままフリーズしていた乗客のおばちゃんが、恐怖でパニクったのか命乞いをしながら奴等の足に取り縋った。うおっ!?アカンッ。ソイツ等に対して其のムーブは不味い。




「邪魔」




俺達の誰もが動く間も無く。鼻が無い鼠面は、無感情な一言と共におばちゃんの頭頂部に得物の戦斧を振り下ろした。パカンと間の抜けた音がして、柘榴のように頭を割られて舟上に崩れ落ちたおばちゃんは直ぐに動かなくなった。




うげえ、何て奴だ・・おばちゃん南無。俺は再度チラリと頭上を一瞥すると、ストイケは相変わらず無表情のまま・・いや、普段より眉尻が微妙に跳ね上がっているな。




「で、貴様等。この俺に何の用だ。それに今の非道は、如何なる了見に拠るのか」




「んぁ?・・ああ言っただろ邪魔だって。それとなぁ、俺達は都合良くあの町に現れた手前をブチ殺しに来たんだよぉ。何せ手前は、俺達の可愛い弟の仇だからなぁ」




「弟の仇だと」




「忘れたとは言わさねえぞっ。手前はぁ2年前のあのナゴルニの森の戦でアイツを斬り殺しただろぉがっ!」




「済まぬが・・生憎と戦場では心当たりが有り過ぎてな。一々誰彼を斬ったかまで俺には知る由も無いのだ。それに戦となれば、貴様等の弟も敵の刃に掛かるのは覚悟の上であったろうに」




「はぁ?手前ぇ、今直ぐブチ殺されてぇのかっ!」




「・・・・」




「フンッ、まぁ良いぜぇ。ふひっそれになぁ。巷の噂が本当なら、手前はあのガン=ルーをサシで斬ったんだろぉ?そんな手前をブチ殺せば、俺達の名は益々世間に響くってモンよ」




「成る程。売名を兼ねての此度の蛮行という訳、か。・・・いや、どうやら仇討ちよりも其方が本命の様だな」




「ふひひっ手前ぇも一度くらいは聞いた事が有るだろぉ。俺達は双殺壊頭のギルロ兄弟だぁ」




「その通り名、何度か耳にした事が有るな。確か何処ぞの騎士崩れの傭兵、であったか。事も無げに民人を弑する兇悪な輩だと、随分と噂になっていたぞ」




「当たり前だぁ。俺達の邪魔する糞共は、全員纏めてブチ殺してやったからなぁ」




「・・・一応聞いておこう。今直ぐ武器を置いて此の場を去るなら、命までは取らぬ。貴様等はどうする?」




「ギヒヒヒヒッ!手前ぇはバラバラに切り刻んで、チーチクの餌にしてやるぜぇ」




妙に饒舌な鼻無し鼠の奴、ウッキウキである。其れとは対照的に、後ろに控えるもう一人の鼠は一言も喋らないが。それにしても、う~むこりゃ穏便に済ますのはどう考えても無理っぽい。此奴等との殺し合いは避けられそうに無いか。




「カトゥーよ。どうやら奴等の目当ては俺らしい。此の場は俺がどうにかするから、お前は後ろに下がっててくれ」




ストイケは足元にしゃがむ俺の方へと端整な顔を向けて、決然と言い放った。




「うむ、頑張れよっ!」




そんなストイケの勇敢な言葉を受けて即座に立ち上がった俺は、長身なストイケの肩に手を置いて力強く激励した。・・・てアレ?お前今一瞬滅茶糞微妙な顔しなかったか。よもやああまで格好良く宣言しておきながら、実は俺からの力添えに期待しちゃってたとか?




あのさぁ、そういう以心伝心とか、心中察するとか、レッツアイコンタクトとかを俺に求めるのはマジで止めてくんねぇかな。俺はテレパシストでも心理学者でも無いんだから、もしかしなくとも相手のマインドを読み間違うとか全然有り得るだろうが。そら漫画や小説なら100パー間違える事なんて無いだろうし、スポーツなら糞やらかしてもテヘペロオォォで済むかも知れんが、ガチな殺し合いの最中に読み違えちまったらどうすんだよ。即座にあの世に直結しちまうだろうが。気持ちってのはな、ちゃんと言葉にしないと伝わらないんだぜっ。




フゥ~、まあ良いや。少なくとも口ではストイケの奴やる気充分みたいだし、先程の船員達に続いて再びお手並み拝見と行こうか。此奴の恵体や旅の間に見て来た所作を鑑みれば、舟員の様にそう簡単に殺られるとは思わんが・・・もしヤバそうならコッソリ手を貸してあげよう。




「おお、太陽神ソラスよ、血と復讐の女神イーリスよ。照覧あれ!我らは復讐の徒なり。憎き憎き此の男の血と首を黒き炎で焼き尽くし、極上の供物として捧げましょうぞ!」




鼠男達は何だかヤバいお薬でもキメちゃった風体で、空に向かって祈りを捧げている。俺達に背を向けて数歩前に出たストイケは鞘入りの剣を杖代わりに立ったまま、奴等の怪しい祈りを静かに見守っている。此のまま斬り込んじまっても良さそうな気もするが、彼奴等キモい動きをしつつもチラチラと此方の様子を伺ってるので、恐らく奇襲は成立しないだろう。そして、




「最期の祈りは済んだか?」




奴等の奇妙な動きが止まったと見るや、ストイケは更に前方に歩を進めて音も無く剣身を鞘から引き抜いた。




『ブチ殺してやるっ!』




すると二人の鼠男が同時に叫び、ストイケとの間合いを一気に詰めて来た。





「けええぇっ!」




バキンッ




鼠男の雄叫びと、金属同士の激突音が重なる。そのまま一気呵成に攻め掛かるかと思いきや、鼠達は一足後退してストイケを挟み込む動きを見せる。いや、単純に挟むというよりは、ストイケの死角や剣が及ばない空間に身体をズラす感じか。




対するストイケは剣を緩く構えながら、一見無造作な足取りで鼠の機敏な動きに相対している。しかし細かく擬態を織り交ぜながら時折繰り出される鼠共の一閃を、一体どうやってか危なげ無く捌いている。




やっべえ。此奴等揃いも揃って想像以上に糞強え。俺が割って入る隙なんぞ全然無えぞ。しかも戦闘の余波で舟が滅茶糞揺れてるのに、三人共体が全然崩れねえし。




攻防は単純な斬り合いというよりは、小さな間合いと空間内での激しい陣取り合戦の様相を呈している。互いに幾つもの偽装や探りを入れて相対しながら、時折凄まじい速度で切り結ぶ。




鼠共は兄弟とか言ってたが、あの卓越した連携は生来備わった代物では断じて無い。此奴等舟上での戦闘を想定して、恐らくは相当な鍛錬とそして実戦を積み重ねてやがるな。そして、そんなヤバ過ぎる連携に初見で対応するストイケはもっと凄え。二人掛かりの息もつかせぬ攻撃をたった一本の剣で受け、受け切れ無い分は鎧で超巧みに捌いている。




果たして俺ならあの連携に対応出来るか否かと問われれば、恐らく不可能では無いだろう。俺ならば大きく間合いを保ち、鼠共が常に視野に入る様に相対する。で、攻防は基本出入りを駆使する。鍛え上げた脚力を生かして遠間から一気に斬り込み、阻まれたなら即座に引く。




しかし、其の戦術は狭くて足元が散らかった、舟上では用を為さない。もし目の前に居るのがストイケで無く俺ならば、為す術無く斬り刻まれちまいそうだ。




まあ其れはさておき。俺は人間相手の実戦て奴は、大概瞬く間に決着が付くモンだと思い込んで居た。しかしこうして高速で思考を巡らせられる程に目の前で斬り合いが成立している様は、正に驚嘆である。その主となる要因は連中の恐るべき技量と、恐らくは武装だろう。鎧で身を固めた戦士に致命の傷を負わせるのは、存外難しいモノと思われる。特にストイケの鎧を駆使した受けは、半端無く上手過ぎるからな。





攻防の度に互いの武具が擦れ合い、微細な金属片が周囲に飛び散る。鼠共が手にするのは片手で操る戦斧と、刃渡り50cmはありそうな鉈っぽい得物だ。何方もまるで太陽の光を蓄えるかの如く、ギラギラと不自然に淡い光を放っている。アレ等は恐らく魔法の武具だろう。対するストイケが持つ剣身は、一見すると月並みな代物に見える。まあ業物ではあろうが。




先程迄はまるで想像していなかった程に、目の前の戦いは様々な意味で滅茶糞見応えの有る代物と化している。仮にストイケが負けちまったら冗談では無くヤバい状況だと頭では分かっていても、思わず手に汗握っちまうぜ。特に鼠共はまるで世紀末世界のモヒカンみたいなツラと言動だった癖に、蓋を開けてみればとんでもなく強えじゃないの。




てな訳でテンションブチ上がりな俺は、気配を殺して商人風のおっさんの方へ振り返った。折角なのでおっさんと一緒に観戦しよう。と、目論んだのだが。




「ヒィ、ヒィ、お助けを。お助けを」




おっさんは両手で頭を抱えたまま小さくなって蹲っており、其の肩に手を置くとガクガクと滅茶苦茶震えまくっていた。しかも周りを見渡すと、他の乗客やあろうことか生き残った舟員達まで、似たような態勢で縮こまって居る。




えぇ・・お前等幾ら何でもビビり過ぎだろ。

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