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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
258/267

間章 旅の途上4

「済まない舟頭。俺が迂闊だった」




俺は茹で蛸の如く怒り狂う舟頭に向かって頭を垂れ、謝罪の言葉を述べた。




オウケィオウケィ、That's rightッ。舟頭のお気持ちは充分に伝わった。注意喚起が何も無かったとは言え、迂闊にも舟端から身を乗り出した俺に非が有るのは重々承知だ。心から謝罪しよう。そして勿論、何度も同じミスを繰り返す気は無い。




「ところで・・」




しかしながら、今最も重要なのはソコじゃ無い。肝要なのは俺が釣り上げた心持ちグロテスクな見た目のコイツが、果たして美味しく食えるか否かだ。お願いだから教えて舟頭っ。




が、俺の平身低頭なお願いにも拘わらず、舟頭は益々怒り狂い、今度はムキムキ舟員からひったくった櫂でブン殴られそうになった。いやいや幾ら何でも短気過ぎるだろ。確かに謝罪が少々煽りっぽくなっちまった感は否め無いが。あとムキムキ舟員の野郎舟頭の背後で滅茶苦茶良い笑顔しやがって。明らかに此の状況を楽しんでやがるだろ。何時の間にか櫂を漕ぐの止めて、舟頭に差し出してやがったし。




結局、俺は舟頭に土下座・・は嫌だったので、心付けを渡す事で事態の解決を図った。




金銭という名の実のある誠意を受け取った舟頭は、渋い顔をしながらも俺の謝罪を受け入れてくれた。此の異界で幾度となく思い知らされたが、矢張り持つべきものは現金だな。旅の間に不埒な悪党共を成敗して得た臨時収入のお陰で、俺の懐は実に温かいのだ。




しかしあろうことか、舟頭は今度は俺が命懸けで釣り上げた巨大お玉の分の船賃と称して、更なる金銭を要求してきやがった。何とまあ強欲な野郎だ。因みにストイケは一連の騒動の間、ずっと明後日の方を向いて他人のフリをしている。コッチは何て薄情な野郎だ。・・まぁ別に良いんだけどね。俺がストイケの立場でも他人のフリしそうだし。




結局お玉が食えるか否か教えて貰えかったし、舟頭の献金おかわりはチョツト受け入れ難い。俺の迂闊な行為が悪かったのは理解しているが、何つうか謝罪を受け入れて心付け迄分捕ったにも拘らず、櫂を突き付けて恫喝する此奴の態度が滅茶糞気に食わねぇ。しかも改めて表情を伺えば、一見怒ってるように見えて口の端が明らかにニヤ付いてやがるし。余り調子に乗んなよこの野郎っ。




横柄な舟頭に対しては一旦返答を保留にしたものの、これ以上銭を払うのはムカ付くので嫌だ。とは言え、流石に怒りに任せて舟頭を川に叩き込むなどという頭のイカれた暴挙に出る訳にもいくまい。しゃーなし、誠に惜しいが、お玉は川に捨てるか・・と、心中決意し掛けたその時。乗客の一人で商人風な装いのソコソコ身形の良いおっさんが、思い悩む俺に横合いからそっと近づいて囁いた。




「・・・兄ちゃん。ソイツ食えるぜ」




俺の発達した聴覚が、僅かな囁き声を正確に捉えた。




「本当か」




「ああ。何なら後で俺が買い取ろう」




「承知した」




見知らぬおっさんとの必要最小限の囁き合いで手早く意思疎通を済ませた俺は、舟頭のおかわりを上辺だけ快く受け入れる事にした。但し、支払いは後回しにして貰った。其の前に、お玉の買取価格を確認したかったからだ。買い取りの金額次第では、問答無用で川へ投棄する事も視野に入れねばならぬ。そして意外にも、舟頭は俺からの後払いの申し出をあっさりと了承してくれた。どの道、舟上では何処にも逃げ場など無いからだろうか。




ちょっとした騒動が一段落した後、ほぼ流されるままの状態から再び対岸に向かって漕ぎ進み始めた舟上で、俺と商人風のおっさんは顔を寄せ合ってお玉の処遇について協議した。おっさんから提示されたお玉の買取価格は、舟頭から要求されたおかわり舟賃の凡そ三割増し。此れについては何ら問題無いだろう。だが、しかし。




「但し、コイツを買い取って貰うにあたり 一つ条件を付けたい」




俺はおっさんに向けて、人差し指を立てた。




「何の条件かね」




「俺も何としてもコイツを食いたい。なので支障の無い範囲で身の一部を貰うか、もしくは調理して食わせて欲しい」




折角の釣果である。障害無く食えるのならば、見逃すという選択肢などあろうハズが無い。




「・・・良いだろう。なら向こうに着いたら、改めて話を詰めようか。フフッそれ程高級て訳じゃ無いんだが、味が濃くて中々美味いんだぜコイツはな」




おっさんは顎に手を当てて暫く考え込んでいたが、破願して俺が提示した条件を快諾。そして此方に向けて手を差し伸べて来た。




「交渉成立だな。では、宜しく頼む」




俺は商人風のおっさんと、笑顔でガッチリと手を握り合った。するとその時、俺の背後から声が掛けられた。




「なあカトゥーよ。もし良ければ俺も同席させては貰えないだろうか。勿論相応の代金は払おう」




声の主は、今迄他人のフリしていたストイケである。今の会話聞こえてたのか?良い耳してんなお前。




「ああ、問題無い。それに代金も別にいらん」




一人前食わせる程度で、お前から金取るなんてケチ臭い事は言わんよ。・・昨日は取ったけど。まあ此れだけ図体がデカけりゃ手持ちの岩塩と違って身は幾らでも取れるだろうし、魚は基本足が早いから保存も効かないしな。見た目からコイツが魚類かどうかはかなり怪しいが。




「おおっ恩に着るぞカトゥー。それに其方の御人よ」




ストイケの奴妙に嬉しそうだな。そんなにお玉が食いたいのか。俺は勿論食いたいけど。何せ俺が釣り上げた獲物だかんな。






遮蔽物の無い水上を流れる湿り気を帯びた微風が、俺の肌を撫でる。俺は川面や僅かずつ近付く対岸を眺めたり、先程知り合ったおっさんと他愛も無い旅の話をしながら、舟上でのんびりと寛ぐ。勿論、舟端から身を乗り出すなんてアホな真似はもうしない。




先程はちょっとしたトラブルで謎の水棲生物であるお玉に危うく喰われ掛けたものの、災い転じて福と成す。お玉は見た目かなりグロいが、商人風のおっさん曰く味は結構上等らしいので、実食の時が実に楽しみである。




流石に此の場で筋トレなんぞ始めたら頭が大変ハッピーな人扱いされそうなので、特にやる事も無い。なので悠々と船に揺られていると、川上から一艘の小舟が此方へ近付いて来た。気になっておっさんに訊ねてみると、渡しの舟がニアミスするのは別段珍しい事では無いらしい。渡しにしては舟首を川下に向けてるのが引っ掛かるが。




深く考える間も無く、小舟は川の流れに乗ってみるみる此方に近付いて来る。つうか此のままだと、俺達の舟の左舷に激突しそうなんだが。




舟頭は小舟に向かって大声で怒鳴り散らしているが、小舟はまるで回避行動を取る様子が無い。いや其れ処か櫂を操って避けようと試みる此方の舟を追って、真っ直ぐに突っ込んで来る。おいおいおいマジかよ。よもや川賊の類いだろうか。しかし小舟に乗ってる輩は三名。その内の二名は武装している様に見えるが、俺達の舟を襲う賊にしては些か人数が少な過ぎるな。




「おいっお前らぁ!」




舟頭の怒鳴り声に応じてムキムキ船員たちが慌てて櫂を舟上に置き、代りに銛のような得物を手にして舟体にしがみ付く。うおおい舟頭よ。乗客の俺達にも何か指示をくれよっ。




その直後。ゴガンと鈍い衝突音と共に、二艘の舟が激突した。俺は衝撃で身体が浮き、危うく川に落ちそうになったおっさんの服を咄嗟に掴んで支えた。




すると、小舟からやたら人相の悪い二人の男が俺達の舟に飛び移って来た。あのツラを見る限りやっぱし川賊だろうか。俺はしゃがんだまま前傾し、何時でも動けるよう身構える。しかし相手の正体が不明な上、乗客の俺がいきなり出しゃばるのは余り宜しく無いだろう。一先ずは舟員達の対処とお手並みを拝見だな。




ところが、事態の推移は瞬時に俺の想像を超えて来た。




「おいっ!お前ら・・ぎっ」




銛のような得物を構えながら侵入者に近付いたムキムキ舟員の頭が、奴等の一人が放った一閃でいきなり叩き割られた。更にはほぼ同時に、もう一人のムキムキ舟員の首が斬り飛ばされて宙を舞った。余りに唐突過ぎる惨劇を目の当たりにしてフリーズした舟頭達を前に、無法者達は血飛沫と脳髄を撒き散らした二人の遺体を無造作に蹴り飛ばして川に落とす。




マジかよ・・一体何なんだコイツ等。其処等の川賊にしては、幾ら何でも強過ぎる。俺は怯えよりも先に、ムキムキ舟員を瞬時に斬り殺した此奴等の正体を訝しんだ。




舟首に近い位置に立った二人の無法者は、矢鱈デカいギョロ目で俺達を睨み回した。革っぽい鎧で武装した奴等の体格は、俺より少し大柄な程度か。其の顔は頭部がやたらデカくて顎が小さいまるで鼠のようなツラで、頭髪は汚く禿散らかしており口からは黄ばんだ出っ歯が覗く。川賊が滅茶苦茶似合いそうな、凶悪な面構えの奴等だ。それに、二人共顔立ちが良く似ている。よもや血縁者だろうか。だが、二人の内の一人は鼻が削ぎ落された様に無くなっており、見間違うことは無さそうだ。




「ふひひっ、見付けたぜぇ」




そして鼠顔の無法者達は、あろうことか俺を真っ直ぐに見詰めてニタリと凶悪な笑みを浮かべた。そして血濡れた得物を手にしたまま、ゆっくりと此方に近付いて来る。




えぇ!?待て待てちょっと待て。俺はこんなヤバそうな奴等と面識なんて断じて無いぞ。お前等絶対に誰かと間違えてるだろ。ホラホラ、俺は大人しくて人畜無害な、しかも異世界人の加藤君ですよっ。




すると俺の隣で、一人の男が静かに立ち上がった。

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