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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
257/267

間章 旅の途上3

旅の同行者であるストロングイケメンことストイケから聞いた話では、俺達が目の当たりにした巨大な川はキルキーの大河とか呼ばれる大国エリスタルでも有数の規模な河川なのだそうだ。そして、先日俺達が偶然立ち寄ったチンケな未開の集落の連中から彼が聞き出した所に拠れば、大河の周辺には凶悪な水棲の野生動物や魔物が跋扈し、更には自然の悪戯により水面を周到に偽装された底無し沼が至る所で口を開ける超デンジャラスな湿地帯が拡がっており、俺達が当面目指す町は、そんな糞ヤバ湿地帯を踏み越えた先の大河の畔に在った。




茫漠たる大自然の中で絶賛迷子中であった俺達は、街道と思しき人族や荷車が通った痕跡を、幸運にも湿地帯に深く足を踏み入れる前に発見する事が叶った。其のお陰で広大な湿地帯の中に爪の先程度しか存在しないと思われる比較的安全っぽい領域を通り抜けられたので、俺達は狂暴な魔物にシバかれたり、底無しの泥濘に沈んで進退窮まる事も無く無事目的の町迄辿り着く事が出来た。




町に辿り着いた俺達は、特に誰何されたり税や賄賂を要求される事も無く、町に出入りする他の人々に紛れてあっさりと内部に潜り込めた。町の周囲には特に防衛の柵や壁などは見当たらず、衛兵らしき姿も無い。僻地のガバガバなセキュリティ故なのか、或いは異界人達の大らかな気質のお陰なのか定かで無いが、まあ其処の所はどうでも良い。万が一ヤバそうな奴に怒られたら、外見力がカンスト並のストイケを前面に押し立てて謝ろう。




やたら長ったらしい何とかシュシュとか呼ばれる此の町は、漁村でありキルキーの大河の渡し場でもあるらしい。俺が見たところ町の規模は左程大きくは無いものの、やたら活気があり路は行き交う人波で酷く混雑している。また、路端の至る所で異臭を放つ魚を始めとした多種多様な水産物と思しき生物が、雑に吊るされたり地べたに転がされて売られていた。以前キモ過ぎる迷宮のスカベンジャーを叩きにして食い切った俺が言うのも何だが、食材の衛生面が非常に気になる所だ。




恵まれた体格の所為か眉目秀麗な顔面の所為か或いは其の両方か。一度町を歩けば、ストイケはそれはもう目立ちまくって注目の的である。そして俺はまるで彼のオマケの従者の如く、其の傍を衆目を避けてコソコソと歩く。いや、別にコソコソしている訳じゃないのだが、他者から見ればそうとしか見えないだろう。実の所俺の鎧やベストもまあ此の異界じゃ充分に奇抜で人目を引きそうな格好ではあるのだが、其れ等はボロボロの外套に隠れて人目に触れる事はほぼ無い。




そんな俺の外套は苛酷過ぎる大山脈越えを経て草臥れ果ててはいるものの、捨てたり買い換える気は微塵も無い。見てくれはかなり悪いが雨露は問題無く弾いてくれるし、防刃性能も各種隠し収納も健在なので機能面では些かも問題無いからだ。それに何より、滅茶苦茶高価だからなこの外套。いや外套に限らず、基本この世界の衣服は非常に高価である。なので下手すりゃワンシーズンで買い換えな故郷の衣服に対する捉え方とは、甚だ隔たりが有るのだ。其れに俺の外套は既製品とは言っても全て腕の良い職人の手に拠るハンドメイドな上、そもそも其処らの町で売ってる代物ですら無い。少々草臥れた位で、捨てるなんてとんでもねぇのだ。




俺は時折その辺の通行人に道を訊ねるストイケの後に付いて、雑踏の中を足早に移動する。その際、人込みに紛れて外套の中を探ろうとする不届きな手が、俺に向かって何度か伸びて来た。全く、茶羽根のGの如く何処にでも湧きやがるなこの手の輩は。俺はコソ泥の手が外套の隙間に差し込まれると即座に手首を掴んで固定、そして老若男女問わず鉄槌を叩き込んでヘシ折ってやった。渇いた音と共に腕を折られた激痛に叫び声を上げたり、蹲って呻き声を上げるコソ泥に誰も見向きもしない辺りが、此の町の治安の程度を雄弁に物語る。




暫くの間歩き続けたストイケは、一軒のショボい木造の建屋の前で立ち止まった。と言うか、目の前の建屋に限らず此の町の家屋はすべからく粗雑な造りである。木造はおろか、不揃いな石を雑に積み上げて泥で固めただけの建屋も数多い。




ストイケに建屋の事を訊ねてみると、此処は宿屋なのだそうだ。俺は活気はあれど景観がショボい町の様子を見て内心野宿を覚悟していたので、正直意外だ。しかし彼の話では、此の町はキルキーの数少ない渡し場の一つである事から、交通の要所であり宿場町でもあるのだそうだ。まあ此の異界にあれ程巨大な川に橋を架ける技術などあろうハズも無いし、交通の要所と言われるのも分からなくは無い。其れに聞けばキルキーは今の時期、アレでも年間を通じて最も水量が少ないのだそうだ。春になれば遠く西に聳える大山脈や北方の山岳地帯から大量の雪解け水が流れ込み、水嵩が一気に増すんだそうな。




宿屋の建屋に入った俺達は、南米でマフィアでもやってそうな面構えの親父と交渉し、空き部屋を一つ確保した。・・・一部屋かぁ。ヤダっ、もしかしてストイケ君と相部屋!?僕緊張しちゃう・・な訳ねーだろ。もし万が一此奴がトチ狂って我が尻穴を狙って来たら、怒りのカバージョで背骨をバキバキに粉砕してやるぜ。




因みに宿代はストイケ持ちだ。此の町まで同行させてやった上、道中食料まで提供してやったからな。当然である。傍目には俺の方が拝み倒して付き従ってるようにしか見えんだろうが。しかし此の時、一つの衝撃の事実が発覚する。ストイケが支払った硬貨のサイズと意匠が、何だか俺が持ってる硬貨と微妙に異なるのだ。




寝台の他に何も無い殺風景な部屋に入った俺は、早速荷物から自分の硬貨を取り出してストイケに訊ねてみた。すると、俺が持ってる硬貨はエリスタルの前王時代の代物で、現在は新しい貨幣が鋳造されている事が分かった。とは言っても旧貨幣が既に使用不可だったり、巷に流通して無い訳では無いらしい。其れ処か新貨幣は混ぜ物が多くて頗る評判が悪く、旧貨幣は現貨幣の五割増し位の価値が有るそうな。




其の話を聞いて俺は思い至った。リュネサス町の宿屋や露店でボッたくられてた事実に。ぬおお迂闊だったぜ。道理で宿屋の受付の野郎が、僅かながら厭らしい笑みを浮かべてた訳だ。勿論俺は聞き込みであの町における宿代の相場を事前に確認していたものの、流石に貨幣の新旧迄は気が回らなかったぜ。軟弱野郎との飲み代は奴の奢りだったしな。それに、以前滞在したアプリリスの町で手に入れた報酬や、旅の道中殺人未遂の不埒者共から召上げた銭も旧貨幣だったからな。其れに関してはストイケの言に拠れば、僻地や行商人の間では未だに旧貨幣の方が主として流通しているらしい。てな訳で、今後王都での金銭のやり取りの際は十分に気を付けねばならんだろう。




まあ其れはさておき。故郷の旅館やホテルならば邪魔臭い荷物を部屋に置いて町に繰り出す所なのだが、此の場で同じ事をすれば、部屋に戻る迄に高確率で全て盗まれそうだ。そこで二人で話し合った結果、俺は部屋に留まって荷物の番をして、町での情報収集はストイケに任せる事にした。イケメン高身長かつ見た目強そうなストイケの方が俺より明らかに情報収集に向いてる気がするし、部屋で肉体や特に魔法の鍛錬を気兼ね無く行えるので、俺としても其の方が何かと都合が良い。




其の晩、宿屋に戻って来たストイケと俺に提供された夕餉は、山暮らしの時分以来久方振りにお目にかかる魚料理だったが、普通に不味かった。俺は手持ちの岩塩を多目にぶっかけて口内に拡がる強烈な生臭さを辛うじて誤魔化し、端整な顔を顰めるストイケの飯にも銅貨5枚の対価で同様にぶっかけてやった。




其の晩は野郎に襲い襲われる地獄の様な光景が展開される事など勿論無く、粗末な造りの寝台がやたら固かったものの、久し振りに屋根のある部屋で眠る事が出来た。只、寝る前にストイケから




「カトゥー。お前は随分と旅慣れているな。お陰で此処まで随分と助かった。礼を言う」




「うむ」




「そこでだ。もしお前さえ良ければ、俺と共に王都まで行かぬか。お前の旅の目的地も王都なのだろう」




などと王都迄の旅の同行に誘われたのだ。




う~む、どうしようかな。別にストイケと一緒が嫌という訳では無いが、此奴と一緒だと回復魔法を駆使した、肉体の限界を越えて高負荷を掛ける鍛錬を易々と出来無いし。




俺は一先ず渡河するまで諾否を保留する事にした。




翌朝。旅の荷を纏めて不味い朝餉を済ませた俺達は、キルキーの大河を渡るべく町の外れに在る船着き場へと足を運んだ。対岸が馬鹿みたいに遠い川を渡る為には、船賃を払って渡し舟に乗る以外に方法は無い。何故なら故郷の川と違って水面下は無数の凶悪な水棲生物による恐るべき弱肉強食の坩堝と化しており、仮に泳いで渡ろうものならあっという間にソイツ等に水中に引きずり込まれ、如何なる猛者であろうが二度と浮かび上がる事は無いと言われているからだ。




そして、船着き場に並ぶ渡し舟は、魔物に突つかれただけで沈みそうな小さなボロ舟から、金属板で補強された小奇麗で如何にも頑丈そうな舟まで様々だ。そして、ギルドだか組合みたいな町に在る渡しを束ねる組織に支払った金額に応じて、乗船可能な舟のランクが変わる。また、舟頭に心付けを渡すと金額次第で舟上での扱いが良くなり、また場合に拠っては舟内で最も安全なポジションに座る事が出来るらしい。




俺達は色々と検討した結果、想像以上に高額な舟賃を渋々支払い、一般的な渡し舟よりも少しだけランクが高い舟に乗船する事にした。




舟員は舟頭を含めて4名。目視で舟の全長は凡そ12m、幅は3mくらいか。随分と小型の舟で、乗客は俺達を除いて8名が乗船している。見たところ舟頭は舟首に立って物見と指示出し、二名の筋骨隆々な舟員は櫂を漕いで舟を前に進め、残る舟員は他の補助役といった役割分担の模様だ。




俺達が桟橋から舟に飛び移って舟頭から指示された場所に座ると、ムキムキ舟員が合図と共に対岸に向かって舟を静かに漕ぎ出した。どうやら俺達が最後に乗り込んだ乗客だったらしい。思ったよりも水流が速いのが気になるものの、舟は舟員達の操舟に従ってスルスルと川面を滑り始めた。周囲一面の水は酷く濁っており、川底を見通す事は到底出来そうに無い。




舟を漕ぎ出してから体感20分程も経過しただろうか。少々退屈になった俺は、漲る好奇心の赴くままに、舟端から身を乗り出して水面を覗き込んでみた。しかし濁った水の所為で、水中の様子は何も伺い知れない。・・・いや、何だか水中から妙な視線を感じる様な気がするな。そんな事を考えた、次の瞬間。




ガボォッ




出し抜けに顔面を叩く水飛沫と共に、俺に向けて何かが飛び掛かって来た。




「うおぉ!?」




俺は咄嗟に身を反らして回避を試みるも、水面から飛び出した黒いナニカによって首に抱き着かれる格好となった。其のナニカとは。




ヌメヌメと光る不気味な手を生やした、まるで蛙に成り掛けの超巨大お玉杓子の如き生物が、俺の首に手を回してぶら下がっていたのだ。そして間髪入れず、俺は凄まじい力で水中に引き摺り込まれそうになった。




ぬおおお舐めんなっ。




俺は故郷の力士の如く腰を割り、重心を低く落とし込んだ。すると、巨大お玉杓子の強引な引き込みはビタリと完璧に抑え込まれた。フンッ、此の異界で鍛えに鍛え抜いた俺の足腰の粘りは、此の程度のパワーでどうにか出来る様な生半可な代物じゃ無ぇんだよ。




すると巨大お玉は、今度は巨大な口で俺の顔面に喰い付いて来た。しかし俺はカウンターで逆にお玉の唇に齧り付いて、そのまま噛み千切ってやった。口のサイズはともかく、咬合力では貴様如きには負けんぞっ。




口の端を喰い千切られて、巨大お玉が一瞬怯んだ絶好の隙。勿論俺が見逃すハズも無く。フリーな両手でホルダーから新式苦無を引き抜いた俺は、巨大お玉の両耳の位置に空いた呼吸器らしき穴に、苦無を左右からぶち込んだ。そして鰹の一本吊りの如く、逆に巨大お玉を水中から一気呵成にぶっこ抜いた。




舟上に打ち上げられた巨大お玉のサイズは、全長約3m。二本の腕?と尾鰭の代わりに無数の脚のような器官が胴体から生えた、滅茶苦茶キモい全貌だ。とは言え、素晴らしい釣果である。俺は思わず顔を綻ばせ、舟首に向けて声を張り上げた。




「おおい舟頭よ。コイツは食えるのだろうか」




「手前この糞餓鬼がっ!今度余計なマネしやがったら川に叩き込むからなっ!」




しかし俺に浴びせられたのは、ブチ切れた舟頭からの心無い罵声であった。

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