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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
256/267

間章 旅の途上2

「おい、カトゥー。薪を集めて来たぞ」




即席の竈の前に座って火の番をする俺が背後を振り返ると、其処には不揃いな生木の束を抱えた一人の男が立っていた。




栗色の髪と紺の瞳を備えるその男は堅牢そうな黒色の鎧を身に纏い、更にその上から灰色の外套を羽織っている。そして腰には鞘入りの長剣を一振り帯剣しており、足には如何にも頑丈そうな、革を金属の鋲で留めたサンダルっぽい履き物を履いている。尤も、堅牢そうとは言ってもフルプレートの様な物々しい鎧では無く、胴と前腕、膝下を覆うだけの旅装らしい比較的簡素な装いだ。




男の年の頃は俺とそう変わらない位で、身の丈は目測で190cm前後てトコロか。故郷の水準では大男の部類に入る。しかし相当に鍛え込まれているのか引き締まり、均整の取れた体躯はあまり大男である事を感じさせない・・・顔のサイズが俺と殆ど変わらないトコロ以外は。そして何より、男の顔立ちは非常に整っており、アンフェアな遺伝子格差に絶望した俺が、発狂しながら顔面パンチをぶち込む事すら躊躇ってしまいそうな程のイケメンである。




尤も、イケメンとは言っても所謂貴公子然とした優面では無い。眉は整っているが細くは無いし、頑強そうな顎はぶん殴ってもそう簡単には砕けそうに無い。それに加え、俺に向ける眼光の力強さが軟弱さを微塵も感じさせない。所謂ワイルド系イケメン・・と言いたい所だが、野生と見做すには妙に品が有り、粗暴さは感じられ無い。




それはそれはもう、世の女性からアホ程モテそうな見た目の野郎である。モヤシみたいな優男が持て囃される故郷と違い、この世界の一般的な女性は逞しくて強そうな美丈夫が好みドストライクなのだ。尤も、改めて思い返してみれば、以前何処ぞの町で見掛けた吟遊詩人のように、優男でも俺よりは全然モテるが。ハァ~、リュネサスでも散々思い知らされた、余りに悲し過ぎる現実よ。




「うむ、助かる。頃合いを見て焚べるから、その辺に置いておいてくれ」




俺は心中渦巻くドス黒い感情を押し殺しながら、声を掛けて来たあらゆる意味で強そうなストロングイケメン、略してストイケに応じた。




「承知した。それで、薪は此れだけで良いのか?もし足りないのなら、もう一度集めて来よう」




「いや、充分だ。それより直ぐに夕餉の仕度をするから 手を貸してくれ」




食料は基本現地調達な俺持ちである。この辺りは獲物の痕跡が少なかったせいで狩りに少々手間取り、野営の準備が遅れてしまった。飲料水は地図や磨き上げた野生の勘を頼りに近場の水源を探すか、無ければストイケの手持ちを使用する。俺はその気になれば湧水の魔法が使えるが、食料も飲料水も全部俺持ちとか不公平で実に気に食わねえから、湧水の使用はギリギリまで隠匿する事にした。




夕餉の時間は遅くなってしまったものの、幸い今の俺は独りでは無い。竈の火を絶やさぬよう気を配りながら交代で見張りを立てれば、立ち木を探して樹上で寝る必要は無かろう。




簡素な夕餉と後片付けを手早く済ませた俺達は、人気の無い荒野の片隅で眠りに就いた。とは言え、旅用の寝具に包まって先に寝るのはストイケだけで、俺は竈の火の番をしつつ、野盗や野生動物の襲来に備えて見張りを継続する。




それから暫く経ち、ストイケの呼吸音から熟睡した頃合いと判断した俺は、手頃な重さの自然石を両足で挟み込み、彼の睡眠を妨げぬよう出来る限り音を立てずに片手倒立をした。そして、その体勢のまま周りの気配を探りつつ指立て伏せを開始した。




星明りの静寂の中で肉と腱、そして骨が軋みを上げる微かな音を感じながら、俺は思考を巡らせる。





____俺がストイケと出会ったのは、僅か3日前の出来事である。失意の果てにリュネサスの町を旅立った俺は、連日街道と大自然の最中を走り続けた。




それから数日が経過したとある日。無人の荒野で独り野営の準備をしていた俺の前に、突如怪しい人影が現れた。すわ野盗の類か、と即座に相棒を引っ掴んで身構えた俺に向かって、その人影は深々と頭を垂れたのだ。そしてその男は、頭を下げたまま俺に懇願して来た。道を見失い大変難儀している、どうか最寄りの町まで同行させて貰えないだろうか、と。




俺は暫しの熟考の末、その申し出を受ける事にした。その理由は幾つか有るが、先ず男の身形と他に人の気配が無い事から、野盗の可能性は非常に低いと判断した事。次いで男から半ば強引に見せて貰った地図が、俺の落書きの如き地図とは比べ物にならない程に精巧でしかも見易かった事。加えて男が滅茶糞イケメンだった事だ。単に容姿端麗なだけで無く、何つうか迸るオーラが半端無い。勿論如何なるイケメンだろうが純潔を守る我がケツ穴を許す気は断じて無いが、プリ(ケツ)を撫でられる位なら余裕で許してしまいそう。それ程に、男が発する只者じゃ無いぞオーラに当てられてしまった。




更には申し出を受けた最大の理由として、俺自身が絶賛迷子中だった事が挙げられる。道中街道が自然に完全に埋もれてしまっていた為、野生の勘を頼りに適当に走り続けた結果、完全に道を見失ってしまったのだ。その為、本当は此方が藁にも縋りたい気分であったのだが、此処で迂闊に弱みを見せて舐められる訳にはいかん。そこで俺は、何食わぬ顔で偉そうに踏ん反り返りながら、男に町までの同行を許した。・・・町が何処に在るのか知らんが。




そして同行を許すにあたり、俺はストイケに幾つかの条件を提示した。その内の一つが、移動は常に走って行う事だ。我ながら無茶な要求だと思ったが、話を聞いたストイケは事も無げに快諾した。そして驚くべき事に、彼は俺の走るペースに平然と付いて来た。見るからに強靭そうな体躯相応と言うべきか、実に大した持久力だ。




二人きりの旅という事や、彼の実直かつ闊達な性格のお陰もあり、俺はストイケとは直ぐに打ち解けた。となると矢張り気になるのは、彼が何故あんな場所を独り彷徨っていたのか、である。そら迷子だと言っていた事は承知しているが、身形から察するにそんな状況に容易く陥る身の程とは思えんし、ましてや俺のように独りで街道を旅する孤独な変態では無かろう。




思い切って訊ねてみると、ストイケは意外にもあっさりと教えてくれた。




聞けばストイケはエリスタルの軍人なのだそうだ。まあ充分に予想の範疇ではある。そしてそんな彼は、護衛の一員として大国エリスタルと非常に折り合いの悪い北方諸国への使節団に同行していたらしい。ところがその際、実にしょーもない事件が起きる。旅の最中、ストイケは上官に対して何かと諫めたり苦言を呈しまくっていたらしい。その結果、遂にブチ切れた上官や、更に其の上役からも貴様はもう出ていけと怒鳴られた挙句護衛の任を解かれ、独り使節団から放り出されたのだそうだ。




話を聞いた俺は、ストイケにキッパリと言ってやった。お前が全部悪い。軍人の癖に一々上官の命令に逆らってどうすんだよ、と。




「いや、俺は上官の命には全て従っていたのだがな。だがまあ、お前の言い分は正しい。しかし俺はエリスタルの軍人として、言うべき事は言わねばならんのだ」




そんな俺に対して、ストイケは苦笑いしながらそう応えた。此奴、こんな自虐っぽい表情してる癖に、滅茶糞絵になりやがる。糞おッ、ズルいぞ顔面の神様ぁ!




「まあその事は、俺にはどうでも良い。それよりも、勝手に持ち場を離れるのは 些か不味いんじゃないか。俺にはお前達の軍律の事は 良く分からんが」




「いや、念の為上官と上役から正式な解任と指令に関する書簡を貰っているからな。形式的には問題無かろう。しかし、・・ウウム。軍規には差し障り無いとしても、父上や叔父上はまた大層お怒りになるだろうな」




「ふ~ん」




また?・・・コイツ、もしかして結構な問題児なんじゃあなかろうな。




「父上達からは常日頃から身に余る程の期待を掛けて貰っているだけに、此度の事態は些か心苦しい所ではあるな」




ストイケは全く悪びれた様子を見せぬまま、口だけは殊勝な言葉を吐いた。此奴ボッチで迷子になってた癖に、いっそ清々しい程堂々としてやがる。





____と、まあそんな訳で。矢鱈身形の良いストイケが迷子に至る迄の、実にアホらしい事情は凡そ把握出来た。




正直、もう男でも良いんじゃないかな的な、身の毛もよだつ気の迷いで同行を許した事を後悔しかけた事も有った。だが彼が所持していた地図のお陰で、俺達の現在地をある程度推測する事が出来たのは正に僥倖である。今迄走って来た道筋と周辺の地形、そしてストイケから借りた地図を念入りに精査した結果。俺の見立てでは此のまま東へと突き進めば、遠からずデカい川にぶち当たるだろう。そして其の近辺には、街道とそれなりの規模の町が在る・・ハズだ。きっとそうに違いない。




俺は鍛錬に精を出しつつも、明日からの旅の展望に思いを巡らせた。




そして翌朝。




手早く朝餉を済ませて旅の仕度を整えた俺達は、日の出と共に野営地を出立した。




道無き大自然の営みを掻き分けて走り続けた俺達は、更に数日の後。川幅凡そ1kmはあろうかと思われる、巨大な大河の畔に辿り着いた。また、その間に偶然小さな人族の集落を発見した俺達は、まるでレーザー兵器で後光が照射されるかの如きストイケのイケメン力に物を言わせて、排他的でチンケなカッペ共に容易く道を尋ねる事が出来た。因みに集落の未開人共には辛うじてエリスタルの言葉が通じたものの、連中の会話は聞き取りが困難な程訛りまくっていた。




何れにせよそのお陰も有って、俺達は大河にぶち当たった翌日には見失った街道を再び発見し、更にその日の内に当面の目的であった町に辿り着いたのである。

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