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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
255/267

間章 旅の途上1

パチ・・・バチッ




薄闇の中で、焚火が爆ぜる音が耳朶に響く。即席の竈に焚べられている燃え難い生木からは不完全燃焼の煙が濛々と立ち上がり、まるで狼煙でも上げているかのようだ。




俺は今、人気の無い荒れ地で寂しく野宿をしている。しかし寂しいなどど言っても、この世界はどれ程ド田舎でも人の営みを目にする故郷とは違う。局所に点在する集落や町、そしてその周辺の農地を少し離れれば、後は圧倒的大自然が拡がるばかりで、基本人っ子一人目撃する事は叶わない。




町や村を繋ぐ様々な規模、種類の街道って奴は一応存在はするものの、一定数以上の人族が往来する道はその内の極一部に過ぎないし、そもそも街道を往来する人間が左程多く居る訳でも無い。基本特殊な業種や何らかの訳有りの人々だけだ。以前世話になった商人から聞いた話だが、この世界の一般的な庶民は、生まれ故郷を離れて何処ぞへ旅に出る事なんて滅多に無い。普通は生まれた町や村で育って家庭を築き、そのまま一歩も故郷を離れる事無く年老いて生涯を終える事が殆どなんだそうだ。観光やらバカンスは無論のこと、冒険とも無縁な極めて退屈な人生である。




尤も、俺とて美人でHなお姉さんと生涯退廃的な暮らしが出来るなら冒険なんぞクソクラエなのだが、生憎とそんな見果てぬDREAMを叶える為の金も権力もツラもオーパーツな猫型ロボも俺は持ち合わせてはいない。




そんな邪よこしまドリーマーな俺が目下目指す先は、大国エリスタルの王都である。交通の手段が基本徒歩なこの世界にあっては、どれ程遠方でも歩いて行くしか方法が無い。なので俺は時折自然に埋もれる粗末な街道のせいで道に迷いながらも、此処までひたすら走って走って突っ走り続けて来た。因みに惰弱な異界人共に倣ってチンタラ歩く気は無い。雄大な自然の景色なんぞ腐る程見飽きたし、時間と物資の無駄だからな。それに旅の重い荷を担いで走るのは良い鍛錬にもなるし、一石二鳥だ。




そうして街道を休む事無く爆走してきた俺だが、他の旅人の姿を全く見なかった訳では無い。稀に人気の無い場所でも旅人とばったりと遭遇する事は有ったし、町に近付けば相応に往来もある。そして独りきりで街道を走る俺は、そんな連中からジロジロとガン見されまくり、完全に頭がオカシイ人扱いされた。




まあそれは良いんだが・・いや結構不愉快だから良くはないが、そんな事よりも俺を野盗扱いするのはマジで止めろ。しかもこの世界の奴等、相手を野盗と見做すと秒で殺しに掛かって来やがるからな。幾ら何でも殺意が高過ぎる。もう少し辛抱と言うか慈悲というか何と言うか、人権的なアレに配慮出来ないもんかね君達。まあ俺も野盗に襲われたら基本逃げるか、もしそれが叶わない場合は容赦無くぶっ殺すけど。




思えば辺境でも旅人から攻撃を受けた事はあった。だが、あの時は此方の身形にも多分に問題が有った。まあ今でも俺の外套は大山脈でボロボロになったままなので、余り身形が良いとは言えないのかも知れない。しかし此方側の旅人共は余程ビビリなのか、挨拶しようと笑顔で近付いただけでいきなり殺されそうになったのはマジで焦ったわ。一瞬相手の方が行商人に偽装した野盗じゃないかと疑っちまったぜ。




あの時は即座に逃げるか弁明するか咄嗟の判断に迷ったが、正直ムカッ腹が立ったのと、ひと当てして護衛の腕が大した事が無いと判明したので、容赦無く返り討ちにする事にした。その後、護衛の奴等をボッコボコにぶちのめした俺は、連中にきっちりと迷惑料を支払わせた。それにしても彼奴等、それ迄は泣いて命乞いをしてた癖に、俺が野盗で無いと分かると途端に態度がデカくなって金銭の支払いを渋りやがって。マジでムカつくぜ。お前等の頭なんぞ何百回下げられたトコロで痰壺のゲロ程の価値も無え。本物の謝意と誠意って奴は、相応の金品に拠ってのみ賄われるのだ。




それからも何度か人畜無害で善良な民間人を殺害しようとした不届き者共を成敗した結果、俺の懐は思わぬ臨時収入で潤う事になった。といっても殺人未遂の代償として頂いた迷惑料は、精々金貨数枚ずつ程度だ。ヒュ~、我ながら優し過ぎるぜ。菩薩かはたまた天使かよ。・・・まあ旅の最中に大量の硬貨なんて分捕っても、嵩張るし邪魔臭いだけだからな。




尤も、旅人の中には俺に道を教えてくれたり、飯をご馳走してくれたりする優しくて真っ当な人達も勿論居た。そして俺はそんな人達の有難い心遣いに対して、手に入れた臨時収入を惜しみ無く代価として振る舞った。金は天下の回り物。社会秩序と地域経済に大いに貢献してる気分で実に清々しいな。故郷の偽善、もといセレブ達がチャリティに精を出す気持ちがチョットだけ分かった気がするぜ。




・・・つい色々と益体も無い事を思い返してしまったが、ともかく俺が目指すエリスタルの王都はまだまだ遠い。




因みに今の俺はエリスタルの王都に向けて旅をしているのだが、当初から王都を目指していた訳では無い。以前命懸けで大山脈を踏破した後の俺は、異性との心躍る出会いを求め、そして男子の本懐を遂げるべく、王都では無く華と芸術の都と名高いリュネサスの町を目指して旅に出たのだ。そして燃え滾るハートに突き動かされた俺は、通常の隊商なら軽く1か月は掛かるであろうと言われた旅路を僅か1週間足らずで駆け抜け、遂に目的の町まで辿り着いた。




門番に結構な額の税を払って足を踏み入れたリュネサスは、エリスタルの貴族達の保養地としても名高く、確かに非常に美しい景観の街であった。街中を歩く俺の視界には荘厳であったり奇抜な数多くの建築物のみならず、芸術の都らしく到る所に美しい彫刻が散見された。そして目抜き通りっぽい広い道の隅に建てられた矢鱈リアルな裸婦像のおっぱいとその先端の造形を注意深く検分してたら、偶然通り掛かった衛兵に滅茶苦茶怒られたくらいには治安も良い模様だ。そして何より、あの街には確かに見目麗しい美女が居た。




ハァ~・・。思い出しただけでクソデカ溜息が出ちまうぜ。まあ確かにあの街には美女が何人も居た。ドリームも有った。モックのおっちゃんが言ってた事は、何一つ間違っちゃあいない。だが、しかしだ。結論を言えば、あの町で俺は惨め過ぎる敗北者となった。




その原因は幾つか考えられるが、先ず第一に美女在る所にイケメン在り。俺は町を闊歩するイケメン共に圧倒された。この世界のその辺を歩く庶民の中には、地球基準で美女と評価しうる女は滅多に居ない。しかし、男のイケメンは結構な割合で存在する。それは別段男の方が容姿に優れているからとか、顔の造形が整っているからとかいう訳では無い。理由は割と単純で、例え顎が少々ゴツかろうが、骨太で立派な体格だろうが、毛深くて髭が生えて居ようが、男であればイケメン要素を大きく棄損する要因には成り得ないという事だ。




しかし嘗ての故郷ではふくよかで髪の長い女が美女と見做されたように、この世界の女も毛深くて骨太なのがスタンダードで、もしかするとああいう容姿が美女なのかも知れない・・と思いきや。聞けば世の女性はその辺結構気にしてるらしい。ただ、そんな事気にしたトコロで、庶民には美容なんぞににかまける時間や経済的余裕が全く無いのだそうな。故郷と違い、中々女性に厳しい世界なのである。




話を戻すがそんな訳で、リュネサスで目撃した他の町では極めて希少な街中を歩く美女達には、ほぼ全員イケメンのエスコートが標準装備されていた。そして言うまでも無く、俺如きが割って入る隙など微塵も無く。




そして惨めに敗北したもう一つの原因として、俺が余所者の底辺狩人である事が挙げられる。この世界の女達が野郎を品定めする目は、途轍もなく厳しい。いや、故郷でも糞厳しかったかも知れんが、特にこの世界の連中は基本排他的で、余所者へ向ける目が滅茶糞厳しいのだ。ベニスやリュネサスのようなデカい町はまだ随分マシなのだが、例えば以前名も知らぬ小さな集落にコンニチワした時なんて、俺の目の前で女衆が全員大慌てで家の中に避難した事すら有ったからな。あの時は少なからず繊細なハートが傷付いちまったぜ。しかも俺は余所者なだけでなく、所謂日雇い労働者で、将来性と収入が極めて不安定な狩人である。その上ランクは最底辺。




後で聞いた話だが、稼ぎの良い上級狩人の野郎は女性にかなりの人気らしいのだが、俺のような最底辺の狩人なんぞリュネサスの美女達にとっては便所を這う糞虫以下の存在なのだそうだ。なけなしの勇気を振り絞ってナンパを敢行した俺が、まるで相手にもされず終いにはいきなり顔面にグーパンを喰らったのも宜なるかなである。と言うか、この世界の女は何でドイツもコイツもキレると拳固めてブン殴りに来るんだよ。せめて張り手にしとけや。俺は頸も顎も鍛え抜いてるから大したダメージは無いが、例え女からでも無駄に腰の入ったパンチを喰らえば普通に痛いんだよボケッ。




そして結局、箸にも棒にもかからず失意のどん底に沈む俺に、一つの天啓が閃いた。




この世界の女が男を品定めする重要な要素の一つに、腕力すなわち喧嘩の強さという代物が有る。つまり、弱い野郎は基本モテないのだ。それは殺伐としたこの世界においては、男に対する割と切実な要望であったりする。そこで目を付けた軟弱そうな野郎のカップルに適当に因縁をつけ、男をぶちのめして俺の実力を存分にアピールすれば、もしや女は滅茶糞強い俺に靡いてくれるのではなかろうか。それにこの手法は、実際ファン・ギザやベニスで何度か目撃した事が有る。しかも成功例として。ならばそれに倣って、俺も一丁やってやろうじゃあねえの。




だが結局、俺は蛮パ(俺命名)を敢行する事は出来なかった。だって、幾ら何でも野郎が可哀想過ぎるじゃんか・・。もし俺が見知らぬ野郎にいきなりぶん殴られて女盗られる立場だったら、咽び泣いて川にでも身投げするわ。近くに川無いけど。




その後、俺は結局何一つ成果を挙げられるまま、トボトボと宿(しかもこの町の宿代は何処も糞高い)への帰路に就いた。しかし、その直後。何気無く狭い路地に目をやった俺の視界に飛び込んで来たのは、丁度厳つい男がカップルに蛮パを仕掛ける場面だったのだ。しかも、あのカップルのお姉さん滅茶糞かわええ。




俺は瞬時に考え、そして決断した。あのカップル狩りの不届き者を格好良くぶちのめして俺の実力を存分にアピールすれば、もしやあのお姉さんは滅茶糞強い俺に靡いてくれるのではなかろうかと。カップルの男をぶちのめすのは可哀想過ぎるが、あの狼藉物をぶちのめすのなら俺の中の倫理観ではセーフだ。南米サッカーのゴール実況並にセフセフセフセフセーフだッ。




俺はカップルの軟弱そうな野郎が、因縁を付けて来た厳つい男に情け無く殴り倒されるタイミングを見計らい、女を庇う体勢で颯爽と厳つい男の前に立ち塞がった。そして俺の軽い挑発に対して激高した男の顎にカウンターを叩き込み、一撃で超恰好良く意識を刈り取って魅せた。




そして、期待に胸を膨らませながらドヤ値最高潮の顔で背後を振り向いた俺の目に飛び込んで来たモノは。軟弱野郎が、お姉さんにグーパンで激しくぶん殴られる衝撃映像であった。




お姉さんは再び倒れた軟弱野郎に追撃の蹴りを一発ぶち込むと、弱い男に用はねえんだよとか何とか悪態を付きながら軟弱野郎にペッとちょっとだけ可愛らしい仕草で唾を吐きかけ、此方に背を向けて颯爽と立ち去ってしまった。俺には一瞥もくれずに。あの、せめてお礼くらい・・・。




俺は女が立ち去った方を見ながら暫し呆然として居ると、背後から声が掛けられた。




「あの」




声の方へ振り向くと、何時の間にか立ち上がっていた軟弱野郎と目が合った。物凄く気不味い。すると、軟弱野郎が力無く笑って右手を差し出して来た。




「あの、どなたかは存じませんが、助けてくれて有難う御座います。もしよければ、お礼に一杯奢らせて貰えませんか」




「あっ・・ハイ」




俺は半ば呆然としたまま、軟弱野郎から差し出された手を握った。




その晩、俺は自棄気味に軟弱野郎と朝まで飲み明かす事になった。そして女にこっ酷く振られた事を互いに励まし合う内に意気投合し、随分と仲良くなった。聞けば軟弱野郎はソコソコ良い家柄の貴族の坊ちゃんらしい。家名も教えてくれたが、酔ってたせいで全く覚えていない。家名とか俺に言われても分かる訳ねえだろうがと応えたら、野郎が苦笑いしてた事だけ覚えている。そして野郎とは飲み明かした後に、もしまたリュネサスに来る事があれば、何時でも僕の家に遊びに来いよと誘われ、友情の証として互いに拳を合わせて別れたきりだ。




結局、俺がリュネサスで得られたモノは美人のお姉さんや男の本懐どころか、野郎の友達一人だけであった。まあアイツ良い奴だったし、悲しくなんて無いさ。




そんな訳で、失意のまま逃げる様にリュネサスから立ち去った俺は、改めてエリスタルの王都を目指す事にした。王都はリュネサスより遥かに規模がデカい都市だと聞いた。人口の絶対数が多ければ、俺に靡く奇特な美女の二人や三人くらい居るに違いない。きっとそうに決まってる。そして、





フゥ~・・・。




漸く煙を火勢が上回り始めた焚火を前に座り込むと、思わず何度目かの深い溜息が口を付く。果たして俺は、今度こそ王都で本懐を遂げる事が叶うのだろうか。




「おい、カトゥー。薪を集めて来たぞ」




そんな憂鬱な気分に浸っていたその時、背後から妙に馴れ馴れしく声が掛けられた。俺は座ったまま視線をゆっくりと背後に向けると、其処には薪の束を抱えた物凄いイケメンが、俺を見下ろしながら立って居た。

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