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遥か異界の地より  作者: 富士傘
幕間
254/267

断章

私の名前は佐野 凛


何処にでも居る、ごく普通の女子中学生・・だった。あの日、あの瞬間、未だ終わりの見えない悪夢に巻き込まれるまでは。




忘れもしないあの日、私はクラスの中で比較的仲が良かった朋ちーや里ットン達と私の机の周りに集まって、何時ものように気になる男子の噂話を交換し合っていた。そんな時、突然頭が割れるような激しい痛みを感じた私は思わず悲鳴を上げて・・・そして気付けば目の前は何も見えない暗闇だった。




余りに突然の出来事に、私は気が動転してパニックになりかけた。でも暗闇の中で振り回した手足が誰かの制服や身体に触れる事で、私の周りにはクラスのみんなが居るらしい事が分かった。それから間も無くあの才賀君の声が聞こえて来た事もあり、私はちょっとだけ落ち着く事が出来た。




・・・そして、それから先の事は、もう思い出したくも無い。訳の分からないまま私達がいきなり無理強いされたあの場所での生活は、本当に地獄のような毎日だった。ただ生きるだけ、それだけの事があんなにも辛くて厳しいだなんて。日本で普通に生活してた頃は考えもしなかった。




先生は救助を待とうとか諦めるなとか私達に何度も言っていたけれど、初めて見上げた星で埋め尽くされたあの怖すぎる夜空と、不気味に輝く二つの月を目の当たりにしてしてしまった私達には、救助なんて絶対に来ない事は薄々分かって居た。




そんな先生達も、そのうち亡くなってしまった。朋ちーと里ットンもどんどん塞ぎ込んで体の調子が悪くなっていって・・ある日、目を閉じたまま冷たくなっていた。それからの私は出来るだけ頭を空っぽにして何も考えないようにしながら、ぼうっとして毎日を過ごすようになった。何かを考えると未だに現実とは思えない木にぶら下がった先生の姿や、痩せこけて目を覚まさない友達の顔が何度も何度も思い浮かんで、頭がおかしくなりそうだった。




食べ物は全然足りなかったけど、才賀君達が何度も頑張って集めて来てくれた。毎日良く知らない生き物を焼いたり煮たりしただけの気持ち悪い食事だ。他の女子は食べるのを凄く嫌がったけど、私は何も考えずに、与えられた物をただ口に入れた。しかしそんな私も次第に衰弱してゆき、肌はカサカサになってあちこちに湿疹が出来て、大量の髪が抜け、生理も来なくなり、体は酷いダルさに包まれて、もう駄目なのかな・・と思い始めた。




そんな時、才賀君がぼうっと座る私に声を掛け、その手を差し伸べてくれた。




「もし、佐野にその気があるのなら、俺に付いて来てくれ。生き延びるために、一緒に新天地を目指そう」




クラスのみんなの誰よりも頑張っていた才賀君は、ボロボロになって全身酷く汚れていた。それでも、彼は凄くカッコ良かった。そして、私は差し出された手を取った。彼が頼もしくてカッコ良かったせいもあるけど、私はまだ、死にたく無かったのだ。




荷物を纏めた私達は、生き延びる為にあの地獄のような場所を離れた。私以上に衰弱していた何人かのクラスメイトを置いて。後で私はその事を思い出しては後悔と罪悪感に苦しみ続けるようになったけれど、その時の私には、残されたみんなを気に掛ける余裕は無かった。




あの場所を離れたからと言って、楽になる事なんて無かった。道も無い草木が生い茂る山の中を歩き続けるのは、唯でさえ衰弱した私にとっては耐え難いほど辛かった。しかも歩き続けるうちにまた一人、クラスメイトが死んでしまった。才賀君は私達を何度も励ましてくれて、時には身体を支えてくれたけれども、疲れ過ぎた私は何時からか何も考えられなくなり、それからの記憶は曖昧だ。




____気付けば私は、何処かの建物の中に居た。目を覚ました私は一瞬、今までの事は全部悪い夢で、何処かのホテルにでも泊まっているんじゃないかと錯覚した。しかし勿論、そんな事は無かった。あちこち酷く痛む上、弱ってまともに動けない体が、すぐに辛い現実を私に思い出させた。




私達は知らない人達に救助されたみたいだった。絶体絶命の状況からやっと抜け出せて、本来なら安心するところなんだけれど・・・私は何もかもが怖くて、不安で不安で仕方なかった。




私達を助けてくれた人達の見た目は、明らかに外国人に見えた。それ自体はともかく、その人達は私が今まで聞いた事が無いような言葉を話し、私達の片言の英語すら全く通じなかった。しかも揃って異様な服を身に着け、見るからに恐ろしげな武器のようなものを携帯していた。あれは絶対コスプレなんかじゃ無い。服装の質感や自然な傷み具合を見て、私にはすぐに分かった。それにあの人たちから感じられる異常な空気というか、目に見えない圧力のようなものが、何より私を不安にさせた。私達は、これから一体どうなってしまうのだろう。




しかしそんな怖い人達に対しても、才賀君や根津っちは怖がる事無く身振り手振りを交えて堂々と話しかけていた。私は怯えて縮こまる事しか出来なかったのに、二人は本当に凄い。




それからの私達は、見知らぬ外国でひたすら雑用の仕事をする羽目になった。あの何時死んじゃうかも分からない地獄のような日々よりはずっとマシだったけど、日本と比べて劣悪な生活環境、キツくて慣れない仕事、不味い食事、知らない人々、不自由な言葉、将来の事が何も見えない閉塞感、そして何よりも生まれ故郷や家族へ想い。不慣れな環境で沢山の辛い思いを抱えた私は、息が詰まりそうな毎日を送りながらも、同じ場所で働く優ちゃんとお互い励まし合いながら、何とか耐え続けていた。




そんな日々をどれ位過ごしただろうか。日本とはまるで違う生活環境にやっと少しだけ慣れ始めた頃、私は思いがけない話を聞かされる事になった。岡田君と山下君、そして才賀君の男子三人が、この国の兵士になって何処かへ行ってしまうと言うのだ。




6人の仲間との話し合いの場で、私はその事に強く反発した。でも、本当は私にだってとうに分かっていた。此処が外国どころか地球ですら無い事も、平和な日本で暮らしていた唯の子供でしかない私達が生き延びる為には、今はこの国の人達を頼って従うしか無い事も。




あの時、私はずっと泣いていたように思う。でも才賀君はそんな私の手を温かい手で固く握り締めて、必ず帰ってくると約束してくれた。




そして才賀君達は、私達の傍を離れて行ってしまった。




____男子達が私達が住むこの国の王都に帰って来たのは、それから実に3年と半年も経ってからの事だった。




その間、私と優ちゃんは兵舎の厨房で雑用兼炊事係として働いていた。根津っちは今ではすっかり顔馴染みとなった張飛さんにスカウトされて、斥候の兵士達と一緒に働いてるらしい。要領の良い根津っちは、心配する私達を安心させるかのように、時々ニコニコしながら色々な差し入れを持ってきてくれた。しかも彼女は今ではこの国の言葉を流暢に話せるようになっていて、張飛さんともとても仲が良い。それに比べて私と優ちゃんは、未だに片言くらいしか話す事が出来ない・・このままいけないと思いつつも、どうしても他の人達とのコミュニケーションを根津っちに頼ってしまったせいだ。




久し振りに再開した才賀君はびっくりするくらい逞しくなっていて、背も少し伸びているように見えた。でも、才賀君は変わらず才賀君のままだった。私は心の底からホッとして、溢れる涙と一緒に熱い気持ちが込み上げて来た。山下君と岡田君は、随分と見た目が変わってしまっていた。特に岡田君は、別れる前の面影が殆ど残っていない位変わってしまっていて、目を合わせた時の強い視線がちょっと怖かった。




その後、充分に再会を祝う間も無く男子達がとても危ないと言われる騎士の試練を受ける事になり、私達は再び離れ離れになってしまった。しかも才賀君達が騎士の試練を終えて私達の前に戻って来た時には、更に半年もの時間が過ぎていた。




そして今度こそ才賀君達が私達の下へ帰って来てから暫くの時が過ぎ、漸く厳しい毎日の生活に安心感を取り戻した私だったのだけれど、ある日、またしても衝撃的な報せを聞く事になった。今度は才賀君達が、この国の戦争に参加させられると言うのだ。しかも男子達は怪しげな魔法を体に掛けられて、逃げる事も出来ないらしい。




そして其の事が、私達にとって重大な転機となった。




泣きたくなるような気持ちで戦争に参加させられる男子達を見送った日から、毎日兵舎の傍の礼拝堂で男子達の無事を祈っていた私の所へ、ある日根津っちが物凄い勢いで駆け込んで来た。何時に無く焦った様子の根津っちから話を聞くと、どうやら遠征したこの国の軍隊がボロ負けして壊滅してしまったらしい。その話を聞いた私は全身から力が抜け、とても立って居られなくなった。まさか、まさかあの三人も・・死・・。




「アイツ等が、才賀がそう簡単に死ぬわけないでしょ!」




そんな私を睨み付けながら、まるで何時もの飄々とした態度が全部嘘だったかのように、根津っちは物凄い表情で金切り声を上げた。そんな余裕が無い根津っちを見て、私は何故か却って少しだけ心が落ち着いた。それからポロポロと涙を零し始めた、まるで小さな子供のような根津っちを、私は力いっぱい抱き締めた。




次の日の夜。荷物を纏めた私と優ちゃんは、根津っちに誘導して貰って働いていた兵舎から逃げ出した。根津っちの話では、何か緊急事態が起きた場合の秘密の集合場所は、予め才賀君と決めてあったらしい。夜の内に逃げ出したのは、根津っちは一体どうやったのか軍隊がボロ負けした事をいち早く知ったらしいのだけれど、もしその報せが王都に拡がってしまうと、大騒ぎになったり警備が厳しくなったりして、身動きが取れなくなってしまうかも知れないからだそうだ。




私達はとある人気の無い場所に建つボロボロの廃屋に近付くと、根津っちが何処からか姿を見せた小汚い路上生活者ぽい人と何やら小さく言葉を交わして、その手の中に素早く何かを握らせた。そして、私達に後を付いて来るよう促した。廃屋の中で根津っちが床板を剥がすと、其の奥には狭くて暗い穴がぽっかりと口を開けていた。




根津っちが灯した弱々しいランプの光と脂が焼ける強烈な臭いに先導されて、私達は人の手で掘られたらしい洞穴をひたすら進み、そして遂に出口に辿り着いた。其の場所は王都の壁の外に在るボロボロになって倒壊し、草木が生い茂った建物の一角だった。私達は更にその場所から丸一日歩いて森の奥の、岩の裂け目で出来た小さな洞窟に辿り着いた。




その後は秘密の集合場所の洞窟で、私達は無事を祈りながら男子達が此処に現れるのを待ち続けた。根津っちは私達に断りを入れて時折姿を晦まし、あちこちで情報を探っているみたいだった。でも、落ち着いて改めて考えてみると、後先考えずにいきなり兵舎を飛び出てしまったのは、少々早とちりだったようにも思える。それに、才賀君達が緊急事態と判断してこの場所に来るとは限らないし。根津っちはあのままあそこに居たら、確実にヤバいと言ってたけれど・・。




そうして不安と焦燥に苛まれながら過ごした3日の後。私達が待ち続ける秘密の集合場所に、遂に才賀君達が姿を見せた。私は喜びとホッとする余り、思わず才賀君に抱き着いてしまった。嬉しいけど、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。




男子達と合流した私達は、今までお世話になった王国を離れる事にした。根津っちの話によれば、主力の軍隊が壊滅してしまったので、この機会に周りの国が攻めてくるかもしれないとのこと。なので、私達は戦争に巻き込まれる前に逃げてしまおうとの算段だ。それに、才賀君達に悪い魔法を掛けた人も先日のボロ負けの際に死んでしまったらしく、一先ずは逃げても大丈夫なんだそうだ。




こうして、私達は王国から逃げ出した。そしてそれから暫くの間は、山の中に身を潜めていた。才賀君達は以前とは比べ物にならないくらいのサバイバル技術を身に着けていたので、山の中でも渇いたり飢える事は殆ど無くて、比較的穏やかに過ごすことが出来た。でもみんなで話し合った結果、今度は出来るだけ大きな人里を目指す事になった。日本に帰るための手掛かりを手に入れる為には、山の中に居たままでは結局何も出来ないからだ。そして今まで身に着けた力と技能を生かして、才賀君達は傭兵として働くつもりのようだ。




山を降りて街道を旅した私達は、やがて大きな町に辿り着いた。そこで才賀君達はお金を払って、何とかアーデムとかいう傭兵の組織に入れて貰う事になった。でも、何か仕事をしようにも私達には傭兵に関する知識が無さ過ぎるので、まずは何処かの傭兵団に加入する事を勧められた。幸い、今傭兵は何処もとても人手不足らしく、私達が何とかアーデムで勧められたとある傭兵団への入団を希望した時も、傭兵団のトップを名乗るとても怖い顔の男にあっさりと承諾された。




その後、私と優ちゃんは傭兵団の炊事兼雑用係になった。才賀君達は傭兵団で沢山の手柄を立てて、団の中でとても信頼されるようになっていった。でも・・でも手柄を立てると言う事は、もしかしなくても人を殺すという事・・・なのだろうか。勿論傭兵団である以上、そんな事頭では分かって居たのだけれど。才賀君の穏やかな顔を見てると、その事はどうにも現実感に乏しかった。




そんな折、事件が起きた。




才賀君達が仕事で出掛けている隙に、私と優ちゃんが団長の手で娼館に売り飛ばされそうになったのだ。その時は根津っちのお陰でギリギリの所で助かったのだけれど・・・その話を聞いた才賀君達が、物凄い剣幕でキレてしまった。その様子を目の当たりにした私は怖くて怖くて、体の震えが止まらなかった。団の怖い人達に攫われた時の事を一瞬忘れてしまうくらい、本気で怒った才賀君は恐ろしかった。




そっと耳打ちしてきた根津っちによれば普通このような場合、野蛮な傭兵達は私達を追放したり、殺したりして話をさっさと終わらせてしまうのだそうだ。だけど今回の場合は、団の中で才賀君が物凄く人望を集めていたお陰なのか、逆に何人かの心ある団員さんが団長に対して批判の声を上げてくれた。そして結局、傭兵の習わしとやらで、二人の一騎打ちで決着をつける事になった。もしかすると、団長が急に私達に手を出したのは、才賀君の凄い人望のせいなのかも知れない・・・。




そして一騎打ちは、それから直ぐに始まって。




勝負は、一瞬で終ってしまった。向き合った二人が、一瞬でぶつかり合った瞬間。私には何が何だかまるで分からなかったけど、その時にはもう、団長の首がまるで玩具のように首からポンと離れて飛んでいて・・嫌な音を立てて地面に落ちた。




そしてその直後、物凄い奇声を上げて私達へ突進して来た人達の前に、音も無く山下君と岡田君が立ち塞がって。みんなあっという間に こ、殺してしまった。




惨劇の一部始終を見た私は、怖くなった。どうしようもなく、怖くなってしまった。血塗れの山下君も、岡田君も。そしてあれ程信頼して・・大好きだった、才賀君も。




みんな何でそんなに平気な顔をしていられるんだろう。何でそんな簡単に、人を・・・殺せるのだろう。私は才賀君が、もうあの優しくてカッコ良かった才賀君で無くなってしまったような気がして。




その事件を切っ掛けに、私は男子から距離を置くようになった。いや、本当は距離なんて置きたくなかった。でも、あれ以来男子達を目の前にすると、どうしようもなく怖くなって心が委縮してしまうのだ。それから私の、自分でも制御できない心はどんどんささくれ立っていって、そして。




「才賀君が怖いの。どうしようもなく怖いの。何故あなたはあんなにも簡単に、人を傷付けられるの。簡単に人を、殺せるの。私にはとても信じられない」




私を守ってくれた筈の、才賀君にまで酷い事を言ってしまった。でも、そんな私の暴言に対して、才賀君の応えは。




「ありがとう」




優しい微笑みと、思いもよらない、感謝の言葉だった。




「・・・・どうして」




「この世界に来てから、俺は生きる為に、みんなを守る為に、今まで何人も斬って来た。もう数え切れないくらい、人を殺したよ」




「・・・・」




「でもさ、どんなに凶悪な敵でも、何人殺しても、慣れる事なんて無かったよ。そりゃ、お互い命を懸けて競い合う時に高揚する事はあるけど・・・俺は人を斬って本当に嬉しくなったり、心から楽しんだ事なんて唯の一度だって無い。今でも人を殺した後は何時だって胸の辺りが重くなって、とても嫌な気持ちになる」




話しながら才賀君はとても苦しそうに、その端整な顔を歪ませた。




「それに、たまに怖くなるんだ。達夫と、オカが。今のあいつ等は平気な顔で人を殺す事があるからな。時々何を考えてるのか分からなくてさ」




「そう思うのなら、正直に二人に話せばいいのに」




「それは出来ない。あいつ等は俺の背中を見て、今まで付いて来てくれたんだ。それに背中どころか命まで、俺に預けてくれてるんだ。だから俺はリーダーとして、常にあいつ等を引っ張って行かなきゃいけない。情けなく弱音を吐く所なんて、易々と見せちゃいけないんだ」




「才賀君・・・」




「だからさ、さっきみたいに言って貰えて、嬉しいんだ。佐野が日本人として感性を失わずに居てくれて、嬉しいんだ。何だか佐野のお陰で俺も日本に居た頃の自分を、ずっと忘れないで居られるような気がしてさ」




ああ、そうか。才賀君も、ずっと苦しんでいたんだね。


良かった。この人は何も変わってなんかいない。ずっとカッコ良くて、とても優しい才賀君のままだ。




少なくとも才賀君に対しては、私の心のわだかまりは溶けて消えていった。岡田君や山下君だって、才賀君を守る為に必死で戦っているんだろう。改めてちゃんと思い返せば、二人で真剣に話し合っているところを何度か見た事が有る。




しかしその頃から、私は体調を崩して伏せる事が多くなった。原因は何のことは無い。私の心と体が、いよいよ限界を迎えつつあったのだ。私は男子達のように強く無いし、根津っちのように馴染めない世界で生き生きと活躍なんて出来そうに無い。それに優ちゃんのような、頑丈な体も持ち合わせてはいない。何度も死にそうな目に遭いながら今まで騙し騙しやってこれたのが、いっそ不思議なくらいだ。




私は次第に食事が摂れなくなり、身体はみるみる痩せていった。こんなみっともない姿じゃ、才賀君に見せる事も出来ないなあ。




そんな私を見かねたのか、5人の大切な仲間達は忙しい中、町の治療院の寝台に伏せる私を何度もお見舞いに来てくれた。そんな私は近頃は日本に居た頃の思い出ばかり夢に見る。秘密の動画を投稿したり、学校にナイショでライブを見に行ったり、学園祭で踊ったり、家族で北海道まで旅行に行ったり・・・。みんな元気にしてるかなあ。私の事、心配してくれてるかなあ。




そんな折、今日も治療院までお見舞いに来てくれた才賀君が、特別な治療薬を持ってきてくれた。聞けばとても高価な薬で、何と万病に効くらしい。ちょっと強引に促されるままに口に含むと、確かに身体が軽くなったような気がした。




「ふふんっ良く効くだろう。並の傭兵ならともかく、俺の腕なら手に入れるのは大して難しくないからな。欲しけりゃまた何時でも用意してやるよ」




才賀君は鼻を鳴らして、何時に無く得意げに言っていたのだけれど。横になる私の位置からは少しだけ見えてしまった。才賀君の身体には厚い布が巻かれていて・・酷く血が滲んでいる光景が。そして気付いてしまった。私に薬を手渡す彼の手が、小さく震えている事に。立って居るのが信じられないくらいの、物凄い怪我だ。・・・ありがとう、そしてごめん。私なんかの為に。




そして才賀君の後ろには、一人の女性が居た。日本に居た頃のTVや動画でも一度も見た事が無いような、信じられないくらい綺麗な人だ。確か危ない所を才賀君に助けて貰って、最近傭兵団に加わった人だと根津っちから聞いた。森人とかいう、私達人間とは異なる種族なんだそうだ。




そんな彼女は今にも泣きそうな顔で、心配そうに才賀君の横顔を見詰め続けていた。


ああ、相変わらずだなあ。才賀君、あまり女の子を泣かしちゃ駄目だぞ。それに大丈夫だよ。もう彼にこんな無茶なんかさせないから。




____それから半月ほど経って。今では治療院の寝台から離れられなくなった私に、愕然となる報せが齎された。




才賀君達が傭兵の組織からの依頼を受けて古い遺跡を調査していた際に、前触れ無く遺跡の床が崩落してしまったのだそうだ。その時、才賀君は咄嗟に近くに居た人を突き飛ばして、その人は事なきを得たのだけど、才賀君は其のまま落ちて地下水脈に飲み込まれてしまったそうだ。しかも岡田君までもが直ぐに才賀君を追って水脈に飛び込んでしまった。その光景を見た山下君は、咄嗟にありったけの物資を水脈に流したそうだが、彼自身は傭兵団や私達の事を考えると岡田君のような無茶は出来なくて、必死の捜索の末に断腸の思いで引き返して来たそうだ。




動揺のあまり要領を得ない根津っちの話をどうにか紐解いたところでは、どうやら遺跡の床が崩れた原因は罠とかではなく、水や風の浸食により酷く脆くなっていたからのようだ。




・・・治療院を訪れたみんなは、一見すると私が冷静に話を聞いてると思っていたかもしれない。でも実際は報せを受けた瞬間、私の中での取り返しの付かない何かがプツンと切れた気がした。ああ、才賀君。私はもう会えないだろうけど、どうか、どうか無事でいて。




それからの私は、夢なのか現なのか、ずっと曖昧なままだ。


そんな私の心に浮かぶのは、ずっと会えていない家族の顔と思い出ばかり。




ああ、日本に帰りたいよ。私の家に、帰りたい。お父さん、お母さん。もう一度だけでいいから、顔を見たいよ。声を聞かせてよ。





お父さん、お母さん、私・・は・・・・

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