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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
248/267

(閑話8-11)

私の勧めを聞いたカトゥーは、あっさりと目的地を変更した様子だ。


私は話題を変え、彼との今後の情報交換について一通りの説明をした。私は生きて故郷に辿り着いて一旦落ち着いたら、王都の商人ユニオ・アーデムへ定期的にカトゥー宛ての書簡を送るつもりだ。また、出来れば返信を貰いたい所ではあるが、生憎カトゥーは読み書きが出来無い。それに商人ユニオ・アーデムの構成員でも無い彼には、私宛に書簡を送り返すのは困難だろう。


商人ユニオ・アーデムが誇る情報網は、幾つもの国を跨ぐ程に広く各方面へと拡がって居る。しかし其れでも尚、砂漠の砂粒の様な存在である人族一人ともなれば、消息を掴む事すら容易では無い。願わくば無事に、彼に手紙が届けば良いのだが。


次いで私は、カトゥーが所持する灯りの魔導具へ言及した。以前聞いた彼の話では、確か王都での売却を望んでいた筈だ。しかしながら私の見た限り、あの魔導具は余りに品質が高過ぎる。叶うならば、私が彼から買い取りたい欲が出る程に。その為、既得権が蔓延る王都で何処からの認可も伝手も無しに不用意に売却してしまうと、思いもよらぬ揉め事に巻き込まれかねない。下手をすれば、何処ぞの商会に不逞の輩と見做されるやも知れぬ。


そこで私は、王都の商人ユニオ・アーデム宛てにカトゥーの紹介状を送る事にした。幸にもカトゥーは商人ユニオ・アーデムと繋がりの深い狩人ユニオ・アーデムの所属なので、話を通しておけば魔導具の売却先に困る事は無いだろう。出来れば出立までに紹介状を持たせてあげたかったのだが、必要な手続きの都合上、間に合わせるのは難しい。


私の提案を受けて、カトゥーはとても喜んでくれた。そんな彼の様子を見て、私も胸が温かくなった。勿論、こんな程度では受けた大恩を返せたとは思って居ないが。するとカトゥーは私に対して、今度は一つ頼み事があると申し出た。今更言うまでも無いが、余程の事でなければ私に彼の頼みを断る選択肢は無い。私は大い乗り気で、彼に説明を促した。


「コイツを売却したい。おっちゃんの伝手で、何とか成らないだろうか」


カトゥーが無造作に机の上に置いたソレは、一見美しく輝く宝石に見えた。


「ほう、これは美しいですな。何かの宝石でしょうか」


「いや、魔石だ」


其の言葉を聞いた私は輝く石に顔を寄せると、其の状態を穴が開く程じっくりと観察した。そして直ぐに気付いた。此の魔石がとんでもない代物である事に。


例外は勿論あるが、主に魔物から採取される魔石は基本色合いが濃く、そして大きければ大きい程価値が高い。またその絢爛たる輝きは単なる光の反射だけでなく、魔石が内包する力の発露でもある。其処が宝石と魔石の表面的な見た目における最大の違いだ。そんな魔石は、魔導具の力の源や魔法の研究材料としてだけでなく、装飾品としても非常に高い需要を誇る。特に魔物領域から極稀に採取される極上の魔石は、其の美しさと希少性も相まって時に凄まじい値が付く。


そして、私の目の前の此の魔石はどうか。


確かに素晴らしい大きさである。しかし魔物領域から齎される上質な魔石であれば、全くお目に掛れない程では無い。其れより凄まじいのは、まるで見る者の魂が吸い込まれそうな色の深みと、相反してギラギラと迸る圧倒的な輝き、それに何より。此の魔石の類い稀な輝きは、間違い無く単色のモノでは無い。見る角度を僅かに変えるだけでまるで魔法の様に様相が異なる其の色彩は、少なくとも三、四、いや間違い無くそれ以上。


二色の魔石ですら相当な希少品だと言うのに、一体どれ程希少な品なのか。果たしてどれ程の値が付くのか。長年行商に携わって来た私ですら、正直想像も付かない。


折角頼ってくれたカトゥーには申し訳ないが、此の魔石は専門家でも無い私にはとても手に負えない代物だ。そこで魔石を取り扱う商会の伝手を、幾つか当たってみる事にした。だが恐らくは平民の一個人が軽々しく所持を許される様な代物では無いので、迷宮の件と同様、事は慎重に運ばねばならないだろう。


少々荷が重過ぎる事態に頭を抱えそうに成った私であったが、その後はカトゥーと楽しい鍛錬と筋肉談義に花を咲かせた。私は彼と別れた後も鍛錬を欠かさない事と、今迄よりも鍛錬の負荷を軽くする旨を厳しく言い渡され、何度も念を押された。どうやら例の秘薬無しに今迄の様な無茶な鍛錬をしてしまうと、直ぐに身体が壊れてしまうのだそうだ。


勿論、私はカトゥーに言われずとも鍛錬を継続するつもりだ。嘗ての私は他の行商人達が普段から肉体を鍛える様を、ただ横目で眺めるだけだった。だが此の歳にして漸く、そんな彼等の気持が理屈では無く心の底から理解出来た。際の際。真に危機的状況において最後に行商人の生死を分けるのは、他者では無く常日頃から培った己自身の力なのだ。そして何度も魔物と殺し合いをさせられた事はさておき、今迄カトゥーから直接叩き込まれたのは相手を殺す事では無く、己の身を強固に守る為の鍛錬である。


カトゥーの常軌を逸した鍛錬のお陰も有って、私は短期間で恐ろしい程に腕を上げた事は自覚している。しかし其れでも尚、カトゥーは私の力を所詮は付け焼刃と断ずる。そしてまた、私もカトゥーと全く同じ考えだ。カトゥーは無論の事、熟練の狩人である樽嬢を実力で凌いだなどと考える程に、私は思い上がっては居ない。なので今後はカトゥーの教えに倣って、時間を掛けてじっくり己を鍛え上げてゆくつもりだ。


其れから一夜明けて。


私達はモ・ジャを引き連れて、町の外に在る放牧地へと足を運んだ。モ・ジャは下界では生きてはゆけない。腸を捩じ切られる程に苦渋の決断ではあるが、苦楽を共にしたモ・ジャとは此の町で別れなければならない。


私は事前に話を通しておいた放牧地の管理人に、モ・ジャの身柄を引き渡した。管理人はモ・ジャを一目見るなり其の毛並みを絶賛していた。フンッ当然だろう。私が毎日丹精込めて手入れして居たのだから。


私は樽嬢と一緒にモ・ジャを固く抱き締めて大いに別れを惜しんだ後、管理人の案内で代替として購入する荷負い獣を吟味する為に祖の場を後にした。カトゥーは新しい荷負い獣には興味が無いらしく、私達と別れて町へ戻るそうだ。


暫く経って視察から戻ると、其処には既にカトゥーの姿は無かった。モ・ジャだけが其の場で微動もせずに、首を上げて何処かを見詰めていた。其の視線を追うと、カトゥーが立ち去ったであろう町へと続く道が続いていた。私はそっとモ・ジャに近付いて優しく顎を撫でてやったのだが、モ・ジャは視線を動かさぬまま、此方を見ようともしない。すると、クルクルと小さな音が耳に入って来た。山の中でずっと一緒に居て分かったが、此れは寂しい時のモ・ジャの鳴き声だ。


そうか。お前もカトゥーと別れるのが、寂しいんだな。


私は其の後も飽きる事無く、日が落ちるまでモ・ジャを優しく撫で続けた。


それから数日が経って。


いよいよ、カトゥーとの別れの時が来た。本来ならば彼は昨日出立する予定であったのだが、ちょっとした事故で一晩寝込んでしまったのだ。カトゥーには悪いが、樽嬢のあの大胆な行為のお陰で一日余分にカトゥーと共に居られた事に、口には出さないが少しだけ感謝している。


「いよいよ出発ですね。道中くれぐれもお気を付けて」


「ああ」


応えと同時に、死角から鋭い一撃が襲って来た。私は反射的に身を躱しながら、固い拳を掌で受け止めた。


「おっちゃん。長生きしたければ、努々鍛錬を怠るなよ」


「ハハッ。分かっておりますよ」


此の身で数え切れない程味わったカトゥーの拳を受けるのも、今日が最後かも知れない。そう思うと鼻の奥が、ツンと痛んだ。


「カトゥー君。きっと、きっと無事にまた会いましょう」


私と樽嬢、そしてカトゥーは、自ずと互いの拳を合わせた。


カトゥーよ。時間も、立場も、富も、理由すらいらない。共に苦難を乗り越え、互いの命を委ね、心身を支え合ったあの思い出。私が君を友と呼ぶには、其れだけで十分です。


友よ。そして恩人よ。私は君のお陰で命を繋ぎ、そして消え掛けていた行商人としての活力を取り戻しました。此の恩は、我が命が燃え尽きる其の瞬間まで、決して忘れる事は無いでしょう。


そして何時かきっと、必ず生きて再会しましょう。例え意地悪な運命神が、其の運命を阻もうとしたとしても。



私達に背を向けたカトゥーは一度だけ手を上げると、此方を振り返る事も無く歩き始めた。其の姿はあっという間に小さくなってゆき、そして直ぐに見え無くなってしまった。





____あれから一年後。


私達は凶悪な魔物共が跋扈する腐れ沼を踏み越えて、遂に懐かしい故郷の町へと辿り着いた。密偵や近隣の町から事前に集めた情報から、故郷の内情は粗方把握済みだ。愛する妻は残念ながら既に他界してしまったそうだが、息子は健在でそつなく商会を運営しているらしい。


町の入口に近付くと、遠目に何人かの人影が目に留まった。事前に先触れを出しておいたので、恐らくは私の出迎えだろう。更に町へ近付くと、私は一団の顔ぶれの中に懐かしい姿を見出した。あれは間違い無く、我が息子に相違ない。


私は勢い込んで前方へ駆け寄ると、此方に進み出た息子と固く抱き合った。だが息子は再会した喜びよりも、何故か酷く戸惑っている様子だった。


「ぐ・・おっ。ち、父上。苦しいです。臭いです。な、何だか妙に体が大きくなってませんか?それに、別れてから随分お年を召したハズなのに、記憶にある姿とあまり変わってないような・・」


「気のせいだろう。寧ろお前の身体が貧弱過ぎるんだ。幾ら商人とて智謀だけでなく体力も肝要だぞ。ちゃんと飯を食ってるのか。それに少しは鍛えてるのか」


私が軽く背中を叩くと、息子は身体を折り曲げて大層大袈裟に咳き込んだ。


「まあ折角生きて再会できたんだ。今日は盛大に祝おう。しかし明日からは忙しくなるぞ。話したい事も山積みだからな」


「え?父上は隠居されるのでは・・」


「ハハハッ!一体どんな寝言だそれは。私が行商人を引退するのは、此の命が燃え尽きた時だけだ」


そう、随分と我が友を待たせてしまったやも知れぬからな。立ち止まって足踏みする暇などありはしないのだ。


私は何やらブツブツと文句を言いつつも頬を緩める愛息と肩を並べながら、故郷の町へと歩を進めた。

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