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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
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第209話

商人ギルドに集まった俺達山岳横断隊三名と一匹は、おっちゃんに先導されてアプリリスの町の近郊に在るモジャモジャ生物達の放牧地へとやって来た。下界の環境では長く生きられぬであろうモジャを標高が高い此の町で売却し、代替として新たな荷運び生物と荷車を購入する為である。


名残惜しさはひとしおではあるが、大山脈越えで苦楽を共にしたモジャとも此処でいよいよお別れだ。


放牧地とは言ったものの、季節がら目の先に拡がる山裾の丘陵地は辺り一面雪に覆われており、他のモジャモジャ生物の姿は見当たらない。ただ、雪面には獣の足跡が無数に刻まれており、また残された排泄物も見て取れるので、今は行く手に見える厩舎っぽい木造の建物の中にでも入って居るのかも知れない。


俺達が推定厩舎の隣に見える小さな建物に近付くと、其の傍で薪のような木材を運んでいた一人の年嵩の男が、此方を見るなり作業の手を止めて俺達を出迎えてくれた。


「おぉモックさんか。こっちだっぺ(意訳)」


むうっ!?何だコイツ滅茶苦茶訛ってやがる。まあ辛うじて聞き取りは可能だが。男の顔面は獣人と見紛うばかりに毛深く、身体からは濃厚な獣臭が漂う。臭いも絵面も途轍も無くムサ苦しいおっさんである。話を聞くにどうやら此の男が、おっちゃんの目当ての人物のようだ。


呼び掛けに応じた俺達は、腕を組んで仁王生立ちするおっさんに近付いて、互いに簡潔な自己紹介を済ませた。すると放牧地の主を名乗った色々な意味で濃ゆいおっさんは、無遠慮にモジャの全身をジロジロと舐める様に眺め回した。そして、


「ソイツが例の子やか。ほほう、確かにまっこと良い毛並みしちゅ~ね(意訳)」


特濃親父は見るからに臭そうな黄色い歯をムキ出して豪快な笑みを浮かべると、モジャの毛並みを手振りを交えて大仰に称賛した。


「フフンッ、そうでしょう」


対するおっちゃんは、高レベルなドヤ顔を披露しながらフンッと威勢良く鼻を鳴らした。


二人の話を聞く限り、どうやらおっちゃんは既に此の特濃親父との顔合わせを済ませていた模様だ。此処に来るまでの歩みにも迷いが無かったしな。


その後、俺達は促されるままに無造作に据え置かれた丸太に腰掛けると、特濃親父は臭みの強いバター茶のような熱い謎汁を一人の餓鬼に持って来させ、半ば強引に勧めて来た。そして暫しの間、俺達は不味い謎汁を啜りながら大山脈に纏わる様々な逸話や山越えの苦労話、モジャモジャ生物や鱗鳥の飼育話等に花を咲かせた。


それから暫しの後、俺達は思いの外面白かった特濃親父との歓談を、頃合いを見て切り上げた。おっちゃん曰く、後は簡単な病気や怪我の有無をチェックすれば、いよいよモジャとはお別れなのだそうだ。モジャを引き渡した後、長ければ数日間に渡り此処でモジャの詳細な健康状態や脚力、体力、気性等を特濃親父が更に念入りに査定して、漸くおっちゃんとの本格的な取引交渉に入るらしい。


歓談を終えた俺達は、特濃親父がモジャの身体をあちこち手際良く覗き込んだり撫で回す様を、暫しの間ボケッと見物していた。そして、遂にモジャを引き渡す時分と相成った。


さて、いざ別れるとなると、矢張り惜別の想いが込み上げてしまうな。何せモジャが支えてくれなければ、俺は大山脈の尾根から滑落してくたばってたろうからな。此奴は俺の命の恩人でもあるのだ。今なら荷鳥やモジャモジャ生物との別離の際に、取り縋って涙を流す行商人達の気持ちが良く分かるぜ。


てな訳で。俺は別れの挨拶代わりに、高級ソファーの如きフカフカの上腕二頭筋とたった今母性に目覚めた気がする大胸筋でもって、静かに佇むモジャの顔に熱いハグをぶちかまそうとしたのだが。その時、モジャに向けて伸ばした俺の両の手を、二つの人影が猛然と追い抜いた。そして次の瞬間、俺に先んじておっちゃんと樽が、まるで飛び掛かる様に豪快にモジャに抱き着いたのだ。しかもおっちゃん、既に滅茶糞号泣している。


二人に出し抜かれた俺は、半端に手を伸ばした体勢のまま暫しフリーズして居たが、結局無言のまま行き場を失くした手を引っ込めた。涙を流して感情を昂らせるおっちゃん達を背後から改めて眺めて居ると、盛り上がり掛けた気持ちが何だかスン・・となってしまった。特に樽。お前はどう考えてもそんな感じの奴じゃねぇだろ。もっと下劣で腹黒な心根を取り戻していこうぜ。お陰で俺の感情がバグっちまっただろ。


それからひとしきりモジャとの別れを惜しんだおっちゃんと樽、そして其れを見守った特濃親父は、モジャを建屋に据え付けられた鉄輪に繋ぐと、今度は代替の鱗鳥を検分する為に厩舎の方へ行ってしまった。俺は旅を共にする訳でも無い新たな荷鳥の事はどうでも良かったので、おっちゃんに一言断りを入れて、一足先に商人ギルドへと戻る事にした。そしてモジャに背を向けて此の場を離れようとしたのだが。


立ち去ろうとした其の時、突如背中を何者かにグイと引っ張られた。振り返ってみると、俺が立ち去るのを拒むかの様に、モジャが俺の外套を咥えて居た。俺は外套を引き剥がそうと強引にグイグイ引っ張ってみるも、モジャは根を張った様に俺の外套を咥えたまま離そうとしない。今迄これ程意固地な態度を見せた事は無かったモジャなのだが、此奴なりに何か察するモノが有るのだろう。


振り返った俺が数歩近付くと、モジャは俺の胸に頭をグイグイと擦り付けて来た。コレは撫でろのサインである。仕方無しに顎を撫でてやると、まるで故郷の家猫の様にグルグルと喉を鳴らし始めた。


「モジャよ。別れを嘆く事なんて無い。俺達に 運命神の導きがあるのなら 何時かまた会えるさ」


俺はゴシゴシと剛毛を撫でながら、目を細めるモジャに語り掛けた。


そう、男の別れに辛気臭い未練や湿っぽい涙などいらねぇのだ。(おっちゃんは号泣してたが)別れる時はサパッと別れて、再び逢えたのなら大いに喜べば良い。聞けばモジャモジャ生物は、不慮の事故や病気でくたばらなければ凡そ30年位は生きるらしい。なので、運次第で再び見える機会も有るだろう。


ひとしきり撫で回した後、其の首をポンポンと優しく叩いた俺は、再びモジャに背を向けた。物言わぬ獣が俺の言葉を理解したのか否か定かでは無いが、もう後ろから外套を引かれる事は無かった。俺は一度も振り返る事無く、その場を後にした。まあ町から此処迄大して距離が有る訳でも無いし、旅立つ前にもう一度くらい様子を見に来てやろうかな。



____モジャと別れた俺は、再びアプリリスの町に入って商人ギルドの門を潜った。それにしてもギルドの門番の何とか言う奴は、毎度毎度俺を滅茶糞睨むのをいい加減止めてくれんかね。お前が初手からふざけた態度をしやがったので、ホンのちょっぴり戯れただけだろうが。と言うかお前は弱っちいんだから、他人にガン飛ばす暇があったらプッシュアップの一セットでもやれと。


まあ其れはさておき。商人ギルドに戻った俺は、商人ギルド職員のアシモ氏と面会をした。実は王都改めリュネサスの町へ旅出つにあたり、ギルド職員であり恐らく高い地位の役職であろうアシモ氏にちょっとした頼み事をして居たのだ。


その頼み事とは俺が大山脈に挑むにあたり、迷宮都市ベニスで調達してから今迄散々使い倒して来た登山ギア一式の買い取りである。下界では今後其れ等を運用する機会は無さそうだし、手ぶらで悠々と長旅をする漫画や小説の主人公達と違って、現実では担いで持ち運べる荷の量には限界が有るからな。とは言え、湧水の魔法のお陰で重くて嵩張る飲料水を切り詰められる俺は相当に恵まれてるだろうが。


そんな訳で、出来れば登山用具は此の町で全て処分してしまいたい。もし売却出来ないのなら、其の辺の山中に投棄するという手も有るには有るが、元日本人の心情しては、例え咎める者が誰も居ない異界であるとしても、其れは少々許し難い。


そこで先日、駄目元でアシモ氏に接触して売却の交渉してみたのだが。おっちゃんの取り成しもあり、買取を快く引き受けて貰えた。やったぜ。


アシモ氏と面会をした俺は、持ち込んだ登山用具を提示して査定して貰った結果、想像以上に高値で売れた。どの器具も山越えで相当に使い込んでしまったので、正直二束三文でも首を縦に振るつもりだった俺にとって望外の僥倖である。売却した中でもアイゼン擬きは特に評価が高かった。アシモ氏の話を聞くに、此の世界には無いアイゼンの造形と実用性に惹かれただけで無く、高名な鍛冶職人であるトト親方の一番弟子である小坊主に造らせただけあって、非常に高品質である事が功を奏した模様だ。実際山では相当役に立ったからな。


上手い具合に荷物を減らせた事と併せて思わぬ臨時収入を手にした事で、俺はウキウキで旅の物資をあれこれ調達する事にした。購入した物資は主に消耗品だ。干し肉や干し芋等の保存食、虫除けや獣除け、炭、他には各種薬である。薬の内訳は傷薬や解熱薬、痛み止め、化膿止め、下痢止め、そして虫下し(超重要)である。


季節柄町の雑貨屋などは半ば休業状態なので、各物資は商人ギルドから直接の買い付けである。おっちゃんに拠れば結構割高らしいが、この際背に腹は代えられん。保存食は自作出来無くも無いが、干し肉は製造の成否が博打な上、燻製肉は手間が掛かり過ぎるので断念した。


薬に関しては、俺には回復魔法が有るので使用する機会は余り無いかも知れん。(虫下しを除く)それに病気や怪我に対しては、訓練と治験を兼ねて積極的に回復魔法で治療する事にしてるしな。但し、俺は回復魔法が万病に効くとは思って無いし、何時魔法が使用不可能な状況に陥らないとも限らん。なので少なくとも此の世界の様々な薬の知識を得ておいて損は無いだろう。


因みに此の町には薬師ギルドの支部は存在しないが、商人ギルドお抱えの薬師が駐在しているので、薬の類は商人ギルドから一通り購入可能である。勿論薬以外の物資も含め、ギルドに伝手が有る事が前提ではあるが。


どうにか手に入れたかった地図或いは地図の模写については、金貨二十枚などとエゲつない価格を提示されたので断念した・・訳では無く。おっちゃんが商人ギルドから所属員価格(金貨二枚)で購入した地図を、記述された文面の解説も併せて後でコッソリ写させて貰った。俺は此の世界の字が未だ読め無いので大変助かる。


その際、勿論おっちゃんには相応の対価を支払った。おっちゃんは遠慮して中々受け取ろうとしなかったのだが、半ば無理矢理金貨を握らせた。例え親しい間柄とて、値が張るブツだけにこういう事はキッチリしとかないと後々面倒事に成りかねんし、なあなあで済ませると俺の方が気持ち悪いからな。


そんなこんなで旅の準備は着々と進み、いよいよ出立を明後日と定めた俺は。


此の町を去ってしまえば、或いは今生の別れとなるやも知れぬ。なので最後にもう一度だけ、モジャの様子を見に行くことにした。


モジャモジャ生物の放牧地の主である特濃親父は、俺の事をちゃんと覚えてくれて居たらしく、不意に訪れた俺を快く出迎えてくれた。だが其のすぐ後、俺は全身を雷撃に貫かれる程に衝撃的な光景を目の当たりにする事になった。


「わいどんが連れて来た子は・・ほれ、丁度あちらん方におっど(意訳)」


俺を先導して放牧地を一望出来る場所までやって来た特濃親父は周囲を見回した後、雪原の一角を指し示した。其の先にはモジャモジャ生物の一群が、各者各様な様子で雪原の中を寛いで居た。俺は其の中から記憶に残る風貌を探す。発達した視力のお陰か、幸いにもモジャの姿は直ぐに見出す事が叶った。だが、しかし。


「何、だとっ!?」


我知らず、呻くような声が口から洩れてしまった。


其処には広大な雪原を、数十ものモジャモジャ生物を引き連れて威勢良く闊歩するモジャの姿が有った。体格から想像するに、モジャが引き連れてるのは・・雌っ。しかも奴のあの態度。遠目で見てもハッキリと分かる程にドヤドヤ舞い上がってやがる・・!


「ヌハハハッ!凄かろう。奴め、アっちゅう間に他ん雄ば叩きんめして、あん雌共はみ~んな奴に惚れてもうた。あげん強か雄、うちゃ初めて見たばい(意訳)」


な、何だとおおぉぉっ。この俺を差し置いて、女どころかいきなりハーレムを築くとか、マジでふざけんてんのか。


気付けば奥歯からキリキリと軋む様な音が頭蓋に鳴り響き、鍛錬がてら手の中で転がしていた自然石は、何時の間にか粉々に砕けていた。


ハートが苦しいっ。此れが、此れがっ!・・・胸を焦がす嫉妬って奴か。しかもあの野郎、折角様子を見に来てやったのに、俺を一瞥すらしやがらねえ。糞おおぉぉぉっ所詮は畜生かっ・・・・い、いや頭を冷やせ。動物相手にジェラシー燃やまくってどうする。おおお落ち着くんだ俺っ。そうだ、冷静に考えてみろ。俺が相手するには、あの雌共は毛深過ぎるっ。


明鏡止水、心頭滅却 。俺は昏く燃え滾る嫉妬の炎を鎮める為、何度も深呼吸を繰り返した。


・・・・フ~ッまあ良いか。元気でヨロシクやってるなら。願わくば、モジャが今後は俺達みたいな特大地雷な飼い主に拾われる事無く、真っ当な荷運びの仕事で末永く活躍出来る事を祈ろう。


俺は眩し過ぎるモジャハーレムをちょっぴり複雑な思いで今一度眺めると、背を向けて今度こそ本当にモジャとお別れをした。

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