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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
233/267

第206話

漸く辿り着いたアプリリスの町に在る商人ギルド支部の洗い場にて。内心僅かばかり不本意ながらも溜まりに溜まった身体の垢を削り落とした俺達ではあったのだが。よくよく考えてみれば、腐臭を発するボロ雑巾と化した着衣をどうにかせねば、幾ら身を清めたとしても全く意味が無い事に気付いた。


尤も、俺が身に纏う鎧は自己修復機能を備えている上、身体の汚れも多少は()()()くれる。なので金属板を磨くだけで事足りるだろう。恐ろしく強靭な材質で編まれたインナーは、落雷の直撃を受けた際に少し焦げたのみで他に破損は殆ど無い。また、同じ材質の下穿きも綻び一つ見当たらない。目に見えてボロボロなのは下穿きの上に履くパンツと、外套くらいか。あと新品だったハズのブーツが、10年位履き倒した感じにくたびれて居る。


まあ俺の方はまだ良いんだが、問題なのはおっちゃんと樽の着衣である。ベコベコの半ば屑鉄と化した樽鎧はまだしも、あの毛皮や衣類は下手に手洗いなんぞしたら、ボロボロに崩壊して腐った有機物と成り果てそうだ。結果パンツを崩壊させて俺が腰蓑を装着してた時以上に衆目の前で珍しいお宝をブランブランさせるのは、流石に少々拙いかもしれん。まあ樽にはブランブランさせるブツは付いて無い・・ハズだが、其れは其れで町の皆さんへの強烈な目汚しとなってしまいかねんからな。


そんな着服問題により何とも困った俺達ではあるが、何と商人ギルドの計らいで古着を格安で(タダでは無い)譲り受ける事が叶った。俺が洗い場に入る前におっちゃんが交渉してくれたらしい。其処で俺は身体を清めるついでに衣服とグローブ、町では外していたヘッドガードをジャブジャブ洗った。石鹸の類も洗濯板も無いので半端な洗浄ではあるが、一先ずは良しとしよう。本当はタクティカルベストや外套も洗いたかったが、棒手裏剣が縫い込んであったり隠し収納に金貨が仕込んであるので、此の場では諦めた。装備の洗濯を済ませた後は、ギルドの小間使いぽい小僧が洗い場に置いてくれた簡素な服に着替える。ボロボロの俺のパンツやおっちゃん達のゴミ、もとい着衣一式は、盛大に顔を顰め捲った小僧が滅茶苦糞嫌そうに回収していった。


洗った衣類を干場に架けた俺は、苦無とナイフのホルダーや腕の盾とプロテクター、そして鎧の金属部を軽く磨いて改めて装着。漸く一心地着いた。その後、おっちゃんに頼まれたので、軽く研いだナイフで髭をジョリジョリ剃ってあげた。髭は良い感じでヨロシク、とか適当な事ぬかしやがったので、有無を言わさずツルッツルに全剃りしておいた。後でブチブチ文句言われたが、知らん。面倒だし、俺は美容師じゃねえんだぞ。しかし改めて眺めて見ると、おっちゃんの外観はアメリカンドックからアメリカンな衣を引っぺがしたかの如く激変しとるな。


結構な時間を掛けて漸く身支度を整えた俺達は、洗い場の傍に生えた立ち木にモジャを繋ぐと、先程替えの衣服を届けに来た小間使いの小僧に案内されて、商人ギルドの建屋の中へと足を踏み入れた。すると、我先にと集まって来た職員達がおっちゃんと、ついでに俺達にも温かい労いの言葉を掛けてくれた。いや、それどころか涙ぐんでる若い職員まで居た。何と素晴らしくアットホームな雰囲気であろうか。俺の心もホカホカと温かい気持ちになった。


次いで案内されたギルドの客間?では、先程言葉を交わしたアシモとかいうおっさんが俺達を招き入れ、今度は躊躇い無くおっちゃんと固い抱擁を交わした。


おっさん同士の極めて熱苦しい抱擁を見届けた俺達は、アシモ氏に促されて高級そうな木製の円卓を囲んで座ると、互いの情報の擦り合わせと相成った。俺はおっちゃんにの方に顔を向けると、此方を見るおっちゃんと視線が合った。すると、おっちゃんが小さく頷く。ふむ、俺は余計な口は開かずに後はおっちゃんに一任しようか。てか今のアイコンタクトって、多分そういう事だよね?俺はセラピストでもテレパシストでも無いので、視線だけで相手の思考を正確に読み取る事など出来ん。なので間違ってたらスマン。


アシモ氏の話は、遭難した俺達に対するギルドの状況認識に始まった。まあ想像はしてたが、アシモ氏の話に拠れば、俺達元山岳遭難隊一同は完全に死亡扱いになって居たらしい。随分と判断が早い・・てな訳でもないか。俺がギルド側の立場でも間違い無くそう判断するだろう。更にアシモ氏はおっちゃん以外にも隊商の中に何人か知己が居たらしく、悲報が齎された後は長く悲嘆に暮れたそうだ。


そしてあの時、魔物と蛮族の大群に襲われた隊商本隊のその後は案の定、其れは其れは悲惨な顛末となったらしい。何だか以前、俺がファン・ギザの町で従軍した時の顛末を思い出すな。とは言え、あの時は間一髪で死地から脱出した後は、山に潜伏しながら結構ノリノリでムカつく黒蜘蛛共をシバき倒して居たのだが、今回は襲撃から逸れた俺達も相当に悲惨な目に遭ったけどな。


話を聞くに、魔物の群れと蛮族連合軍による大規模な襲撃を受けた隊商の本隊は、辛うじて態勢を立て直した四級狩人PTの奮戦のお陰もあり、その場は命からがら逃げ延びる事が叶ったらしい。しかし其の代償として数多くの死傷者に加えて俺達以外にも何人もの落伍者を出し、更には多くの物資を奪われてしまった事で、その後は隊商内で進むか引き返すかの激しい口論となったそうだ。


長い議論の結果、地元の道先案内人や俺以外の水魔法の使い手が無事な事、相当な量奪われはしたものの口も減った分未だ食料の備蓄に余裕が有った事、進むよりも引き返した方がより蛮族に襲われるリスクが高いであろう事等を鑑みて、隊商の本隊は結局先へ進む事を選択したそうな。


しかしその後もあの時程の規模では無いものの、更に幾度か蛮族の襲撃を受けて隊商の構成員と残った物資は更に削られていった。その上地形が変わった事で幾度もルートを見失い、道中雪崩に巻き込まれて更なる死傷者を出し大量の物資をロスト。戦闘の中心的役割を担った四級狩人PTは、リーダーが患った高山病の症状が重篤化した事が原因で結局落伍。そして極めつけは突如牙を剥いた信じ難い規模と破滅的な猛威の悪天候。


天嶮の地において。常の大山脈越えではでは有り得ぬ災禍に幾度も見舞われた隊商の面々は、極寒の山中で次々と斃れ、雪と氷に塗り潰された彼方へと消えていった。そして結局、半死半生の態でアプリリスの町まで辛うじて辿り着いたのは、案内人を含めて僅か7名。しかもその内の3名は極度の衰弱と凍傷により、その後の懸命な治療の甲斐も無く亡くなってしまったそうだ。


その話を聞いている時、俺はアシモ氏が語る生還者達の名前の一人に、妙な引っ掛かりを覚えた。ラウード・・ラウード・・はて、何処かで聞いたことが有るような・・ううむ誰だっけ・・・あっ!!


アイツだっ!偽張飛。生きとったんかい、ワレェ!なんか如何にもワタシ死に場所探してますて感じのシケたツラしてやがった癖に、存外しぶとい野郎だな。まあ奴の生死なんぞかなりどうでも良いけど。


結局僅かに生き残った隊商の面々は、重い身体のダメージがどうにか癒えると、全員此の町を離れたそうだ。因みに地元の案内人は死んだので、其処には含まれない。


「もしかすると辺境側に引き返した者達も居るかも知れませんが、案内人が居なくては町に辿り着く望みは薄いでしょうな。どの道季節が冬になってしまったので、最早その安否を我々が知る術は有りませんが」


辺境との情報交換は巨大な情報網を誇る商人ギルドですら大山脈越えの隊商頼りであり、相当に限定的であるんだそうだ。俺達の隊商を襲った悲劇についても、僅かに生き残った連中から提供された情報がほぼ全てなんだそうだ。冬季はあらゆる情報が大山脈に拠って遮断されてしまう上、年によっては大山脈越えの隊商がゼロな事もザラにあるらしい。但し、今年は辺境が戦火により荒れに荒れたせいで、山越えを目論む隊商の数は相当に多かった模様だが。


多分無表情であろう俺や、退屈そうな態度を隠そうともしない樽と違って聞き上手なおっちゃんは、実にオーバーな表情やリアクションを交えてモック氏の陰鬱な話に聞き入っていた。


「成る程、そのような出来事が有ったんですね。ああ、何という悲劇でしょうか。同胞たちの苦しみや無念を思うと、とてもやりきれません。どうか、どうか不憫な彼等の魂が安らかならんことを」


「モックさん・・・」


「・・・それではあの襲撃の後から、私達が今迄辿った経緯をお話致しましょう」


そして、今度はおっちゃんの番である。


おっちゃんは他人に聞かせたく無い箇所は巧妙に隠蔽しつつも、隊商と逸れてからの長い長い苦難の旅の経緯を淡々と語り始めた。流石当事者の一人なだけあって、其の語りは脚色が無くても実に真に迫って居た。アシモ氏は当初何ホラ吹いてんだコイツ・・てな感じの中々に失礼な態度が隠し切れない様子であったが、話が進むに連れて徐々に目を輝かせ始め、遂には椅子から身を乗り出しておっちゃんの話に聞き入っていた。余程興奮して居るのか、鼻息がやたら荒い。オイオイ君ィ。人が沢山死んでるんやぞ。其の態度は少々不謹慎ではないのかね。


その後、俺の体内時計に拠れば軽く二時間は経過しただろうか。延々と続いたおっちゃんの語り口が漸く一区切り付いた。大興奮の態でおっちゃんの話を聞き終えたアシモ氏であったが、今度は椅子に深く身を沈めて一つ大きな息を吐いた。


「率直に申し上げますと、一部始終を聞き終えた今でも些かには信じ難い気持ちが拭えません。よもや、前人未踏の経路であの大山脈を越えて来た、などと」


「長年この町でギルドの職員に就いて居るのならば、猶更信じられない事でしょう。貴方の気持ちは充分理解できますよ。しかし、事実です」


「モックさん。貴方さえ宜しければ、日を改めて更に詳しく今の冒険譚をお聞かせ願えないでしょうか」


「ええ、喜んで・・と言いたいところですが、本音を言えば幾らか対価を頂戴したいですね」


「ほう、どのような対価をお求めで」


アシモ氏は間髪入れず訊ねて来た。流石商人同士。随分と話が早い。


「なに、大層なモノではありませんよ。今の季節ですと、恐らく此の町の宿は何処も閉まって居るでしょう。暫くの間、我々に商人ギルドに滞在する許可を頂きたい。それに加えて、我々にはもう食料の備蓄が殆ど有りません。ですので食事の提供も併せてお願いしたいのです」


「ふむ、分かりました。此の場で確約は出来ませんが、直ぐに事務方と掛け合ってみましょう」


「ありがとう」


「ふふ、取得した情報の内容次第では、別途路銀の融通も検討致しましょう」


てな訳で。その後客間で小一時間程待たされた後、俺達は呆気なく商人ギルドに滞在する許可を手に入れた。おっちゃん様々である。そして今夜は、三人で盛大に飲み明かす事に相成った。俺は酒を好まないが、別に酒の香りや味が嫌いと言う訳では無い。酩酊して隙だらけに成るのが嫌なだけだ。しかしよもや商人ギルドの真っ只中で命を狙われる事態など、そうは起きまい。


「報酬など今回の護衛依頼に関しての事務的な手続きについては、我々から改めて狩人ギルドに話を通しておきます。ですから護衛の御二方は、明日にでも一度狩人ギルドに顔を出してみては如何でしょうか」


「うむ、そうしよう。しかし結局、報酬はどうなるんだ?」


「そうですね。本来ならば任務失敗扱いでしょうが、モックさんを守って頂いた功績を鑑みて、狩人ギルドへは私から口添えをしておきましょう」


「うむ。助かる」


「アタイの手柄をしっかりと言い含めておいてくれよな!」


そしてその晩、俺達山岳横断隊は商人ギルドから提供された独特な風味の濁り酒を浴びる程飲みまくり、大山脈からの生還を盛大に祝った。


その際、気付くと何時の間にやらアシモ氏や他の見知らぬ商人ギルド職員達が祝宴に加わり、遂には理性と品性の欠片も無いバカ騒ぎとなった。その際、俺は樽の決して見てはいけない姿を拝まされたような気がする。記憶が余り定かで無いが。


また、一応後でバカ騒ぎに参加したと思しきギルド職員を問い質したところ、無断で祝宴に加わった言い訳として、どうやら冬の間は此の町の商人ギルドは相当に暇で退屈だから・・だそうだ。今の季節、許可を得た多くの職員は他の町の支部へ出稼ぎに行ってしまうんだと。まあ別に良いんだけどね。酒も食い物も商人ギルドの奢りだし。門の警備が妙に手薄だったのは、或いは其のせいでもあるのだろうか。


そして翌日。


おっちゃんとモジャを商人ギルドに残して、俺と樽はアプリリスの町の狩人ギルド支部を訪ねた。幸い簡単な字が読める樽と同行だったので、支部の場所は直ぐに特定出来た。そして大方予想はして居たが、狩人ギルド支部の外観は予想通りショボかった。その辺の民家に毛の生えた程度の建物である。商人ギルドの凡そ10分の1程度のサイズ感だ。


そして営業してるかどうかすら定かで無い薄暗い受付に直行した俺達は、受付の矢鱈色黒なおばちゃんに生存報告をした。俺達の報告を聞いた半眼のおばちゃんは、カウンターに片肘を付いた超リラックス体勢のまま、口に咥えたブッ太い葉巻の様な物体からヤバそうな煙をプカーと吹かすと、


「ふ~ん」


字で起こすと僅か三文字で受け答え終了。殺伐とした此の世界で荒み切った俺のハートをホカホカに温めてくれた、商人ギルドで目撃したアットホームな歓待など此処ではゼロである。


受付ババアの態度に衝撃を受けた俺が多くを語らなかったせいか、その後は極めて事務的に依頼に関する手続きを済ませた。どうやら昨日、其の表情に含みを見せたアシモ氏の粋な計らいのお陰であろうか。狩人ギルドから俺達に元々の報酬の半額が支払われるそうな。しかも不可抗力とは言え、結果的に隊商本隊の護衛を放り出した事に拠る罰則や違約金は無し。素晴らしい。しかし此の受付ババア、俺達に金払う時には死ぬ程嫌そうなツラしてやがった。腹立つなあ。


俺達はたった今手に入れたショボい額の報酬を受付のババアが寛ぐカウンターに躊躇無くぶちまけ、ババアの憤怒の視線には委細構わず其の場で金勘定を始めた。すると、突如カウンターの奥から矢鱈態度のデカい男が現れ、俺達は金勘定の半ばで奥の部屋へと連行された。どうやら男は糞ショボい此の支部に所属する幹部の一人らしく、前人未踏な大山脈越えルートに関して俺達が持つ情報を所望らしい。男からは遭難中の様子を根掘り葉掘りしつこく問い質された。


俺は以前滞在した迷宮都市ベニスにおいて、ギルド幹部から不愉快極まる圧迫面接を受けた思い出が有る為、固く口を閉ざして受け答えは全て樽に一任した。その際俺が放ったアイコンタクトの真意は、恐らく樽には微塵も伝わって居ないだろうが。


すると樽は、大山脈での苦労に苦労を重ねた俺の様々な仕事の成果について、主語を樽に置き換えた上に10倍くらい誇張したトンデモ自慢話をエンドレスで朗々と語り続けた。そして暫く経過すると、何時しか虚ろな目でグッタリと疲れ切った様子の推定ギルド幹部が、それ以上何一つ詮索する事無く俺達を解放した。オイオイ樽の奴、中々凄ぇな。


____そしてその晩。無銭飲食及び宿泊の許可を得た商人ギルドの客間で、俺はおっちゃんと向かい合って座っていた。此の場におっちゃんを誘ったのは俺だ。何故なら此処を去る前に、幾つかおっちゃんと話しておきたい事が有ったからだ。


おっちゃん達はどうか知らんが、俺は長く此の町に滞在するつもりは無い。


別れの時が、近付いて居た。

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