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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
228/267

第201話

スリルと危険に埋め尽くされた、険しい険しい人跡未踏な大山脈の奥地にて。進むべき道標をとうに見失った俺達山岳遭難隊は、当初こそ心身に重く伸し掛かる疲労と絶望に気息奄々と頭を垂れていたものの(俺とモジャ以外)、今では苛酷な山岳地帯での生存戦術にも随分と小慣れた感が出て来た。とは言え、此処に至るまで俺達が辛うじて遭難死を免れた大きな要因として、回復魔法の恩恵に依る所が非常に大きいと言えるだろう。


雪崩、落氷や落石、突風、吹雪、クレバス等々。険しい山岳地帯においては目に見える危機は無論、腐る程身に降り掛かって来る。だが実際に幾座もの超高峰を踏破して来た実体験から鑑みて、其れ等と同等、いや更に一段と厄介なのは、高地において身体に生じる様々な異変。つまりは高山病だと嫌と言う程思い知らされた。


例え高度順化で身体を高地に充分に順応させたつもりであっても、酸素が極端に薄い標高においては、身体に強い負荷を掛ければ容易く高山病の症状が現れる。その上、例え何もして居なくとも体調が急変する事すら日常茶飯事なのだ。特におっちゃんと樽は、今迄の険しい道中で幾度と無く体調が急変した。俺は其の度に就寝中にコッソリと、場合に拠っては隙を付いて強引にキュッと絞め落としたりして努めて回復魔法の事がバレないよう気を使いつつも、本当にヤバいと判断すれば出し惜しみ無く二人に回復魔法を注ぎ込んだ。


また、俺自身日中は魔力を節約しつつも毎日就寝前には体内回復魔法をぶっ放し、快眠快便を可能な限り維持するよう努めて来た。もし俺が回復魔法を身に付けて居なかったらと思うとゾッとする。もしそうであったならば、特におっちゃんと樽は、重篤な高山病で今迄何度あの世へ召されたか分かったモンじゃ無いだろう。勿論、回復魔法は秘密裏にぶっ放したので、二人は全然気付いて居ないだろうけどな。


其の事を考えると、おっちゃんが目論む大山脈の奥地に在る迷宮でひと稼ぎしてやるぜ、な計画についても少々雲行きが怪しく思われる。其の骨子は手付かずな迷宮に関する情報を腕の立つ連中、或いはソイツ等を擁する連中に売り込む事なのだが。例え腕利きの狩人であろうとも、果たして無事にあの迷宮まで辿り着く事が叶うのだろうか。・・まあ俺が再訪する訳じゃ無いし、アレコレ考えても仕方無いか。



幸いにも今日の天候は穏やかで太陽の位置も確認し易く、東方に向けて相当に距離を稼ぐことが出来た。野営に具合の良さそうな岩の窪地を本日の野営地と定めた俺達は、短期間で驚く程くたびれてしまった天幕を張り、先頃雪原にて偶然発見した謎の野生動物の木乃伊と拾い集めておいた出所不明な乾燥ウンコを薪代わりに、即席の竈に火を灯した。手際良く野営の準備をしつつも、おっちゃんは暇を見ては本日も周辺の景観を入念に記録していた。


本日の夕餉は、おっちゃんが一昨日仕留めた名も知れぬ野生動物の水炊きである。其の見た目は中型犬程の体躯なイタチの如き外観の肉食獣だ。因みに最初に俺達を襲ったデカイタチの群れは既に壊滅させてしまった為、今回仕留めたのは二番目の群れに属する獲物となる。


奴等はアホなので、群れで一度狙いを定めた標的には、見境無しに何度もしつこく襲い掛かって来る。或いは狙われる側次第では甚だ脅威なのかも知れんが、今の俺達にとっては実に好都合なジビエのデリバリーサービス代わりだ。肉は臭くて不味いけど。また、此奴等は殺った際に魔素が流れ込んで来る時と来ない時が有るので、魔物だか単なる獣だかは良く分からん。まあ此の世界にはそんな生物も居るのだろう。


そして今では拙いながらもおっちゃんと樽は獣の解体もこなす。と言うより、毎日重労働に勤しむのが俺ばかりなのが良い加減気に食わなかったので、半ば無理矢理やらせている。当初は両名共に解体の経験アリと主張しやがったが、碌に試合経験も無いクセに偉そうに踏ん反り返る新入部員の如く、試しにやらせてみたら双方酷い有様だった。


その後、仕方無く二人に獲物の解体を指導した際、俺の念入りな警告を無視した樽が、雑にナイフを扱って膀胱の内容物をぶちまけた時には、思わず其の水月に怒りと悲しみと正義の掌底を鎧越しに叩き込んでしまった。あの時は辛うじてSATUGAIに至らなくて本当に良かったと思う。凍った地面に墓穴を掘るのは重労働だしな。


余った肉には塩を擦り込んで一か八か干し肉としたいが、残念ながら塩の備蓄が心許ない。なので得られた食材は腐る前に消費せねばならない。だが幸いにも、高地の気温は夜間の凍死に留意せねばならぬ程に低い為、生鮮食材の保存には非常に適している。解体した表皮や内臓は下処理が困難なので廃棄する。骨はカリカリに焼いて丁寧に砕いてバリボリ食う。可食部位は出来る限り余す事無く胃袋に収めたい。


こうして充分な食料の調達が叶って温かい竈の火を囲んで居ると、緩めなキャンプをしているみたいでほっこりする。壮大な景色が夕焼けに染まる空の下、俺達は気分がハイになる危ない香草入りのお湯を啜り、今に至る迄の様々な苦労話や仕留めた獲物、そして此れからの事や大山脈に関する逸話等々を、取り留めも無く語り合った。



____その後、幾つもの高峰を踏破し、深いクレバスが至る所で口を開ける、危険極まる巨大氷河に沿って丸4日間歩き続けた俺達は、更には強風が吹き荒れる雪深い峠を何度も越えた。その頃には辺り一面を雪と氷が埋め尽くして居た景観は次第に岩塊の露出が増し、足下もガレ場であったり岩肌を踏み歩く場面が増えて来た。


雪原からは大小様々なサイズの無機質な瓦礫が顔を覗かせ、横手には高低差50m程度の岩壁が聳える谷間にて。モジャの膝を折って身を屈ませ、屹立する巨岩の陰に身を潜める俺達の目線の先には、二足歩行の生物が二体。其の胴からは腕と足が二本ずつ伸び、そして毛髪を覆われた頭部が在る。そう、奴等は俺達と同じ風体の人型生物である。其の身なりから察するに、恐らくは蛮族の類であろう。一時はまっとうな動物の痕跡すら皆無だった苛酷過ぎる未踏地を踏み越えて、俺達は遂に蛮族共の生息域まで到達したのだ。


未だ彼我の距離がかなり有るので詳細は不明だが、二人の蛮族は岩壁の底部に身を屈めて、何やら作業をしている様子だ。


「殺りますか?」


えっ!?


突如耳元で囁かれたおっちゃんの物騒な提案を耳にした俺は、顔面の筋肉を総動員して平常フェイスを保ち、動揺して振り返るのを辛うじて堪えた。


オイオイいきなり何言ってんだよこのおっちゃんは。諸々すっ飛ばして殺意高過ぎるだろ。・・いや、確かに最近は積極的に殺しとか死体の処理やらせてたけどさあ。人格歪んじゃう程ハードなお仕事させた覚えは無いんだけどなあ、多分。


「いや、止めておこう。特に連中から 何かされた訳では無いし、()()()()の蛮族は比較的温厚で、人族との交流も あるんだろう。ならば下手に恨みを買い過ぎると、後で面倒な事に 成りかねん」


「・・・そうですか」


俺の応えを聞いたおっちゃんは少々残念そうだ。何だかちょっと怖いぞ。しかし良く考えてみれば、おっちゃんは連れ添って居た付き人を蛮族に殺られてるし、自身も殺されかけてるんだったな。蛮族共に強烈な恨みを抱くのは寧ろ当然か。


対して俺はと言えば、う~ん別に。目の先のアイツ等は、俺達を襲った連中とは無関係だろうからなあ。それに俺は受けた遺恨は必ずや万倍にして返す男・・と言いたいトコロだが、何時までもネチネチ恨み続けんのも何だか女々しくて嫌だし。まあ、俺はおっちゃんと違って身近な人を殺られた訳じゃ無いし、恨み辛みに関しては時と場合に拠るだろうけど。


「では何処かへ迂回するか、此のまま隠れて遣り過ごしましょうか」


「いや」


蛮族の姿を良く眺めて見ると、其の腰の辺りには鞘入りの湾曲した蛮刀らしき武器が見える。加えて水袋っぽいブツと・・そしてもう一つ。デカい袋を腰から吊り下げて居る。恐らくアレは雑囊の類だろう。きっとアノ中には、何かしら魅惑の食い物が収納されているに違いない。ならば其れを差し置いて、俺達が奴等を見逃す理由などあろうか、いいや断じて無い。


てな訳で。ヒャッハー、奴等の食い物は俺達が根こそぎ頂いてやるぜ。恨みを買う?知らんな。カツアゲ程度の恨みなら、俺的には全然セーフだ。厳密に言えばnotカツアゲyes強盗なのかもしれんが、でえじょうぶだ。こんな場所じゃ六法全書何ぞ便所紙くらいにしかなりゃしねえ。強え奴が奪う。弱肉強食こそが唯一の法よ。


おっちゃんからの問い掛けに応じた俺は、期待に胸を高鳴らせながら背後を振り返った。そして己の腰を手でポンポンと叩く。短いながらも特濃な付き合いのお陰か、俺の意図を秒で汲み取ったおっちゃんと樽は、その貌に世紀末を生きるモヒカン野郎の如き邪悪な笑みを浮かべた。多分、俺も二人と似たような表情をしている事だろう。


因みに背後の二人の顔面は雪焼けのせいかブ厚くコーティングされた垢なのか定かで無いが、深い皺とヒビ割れが無数に刻まれほぼ真っ黒に染まり、体毛はボーボーに伸び放題。着衣は10年使い古した雑巾以上にズタボロになっており、元の形状や彩色は最早面影すら皆無だ。そして樽の樽みたいな鎧も、落石や滑落、俺の制裁等の度重なる衝撃を受けて原型を留めぬ程ベコベコのズタボロである。その為、二人の外観は人と言うよりもほぼUMAにしか見えない。一見だけならあの蛮人共の方が余程高度な文明人であろう。


そして俺の方はと言えば、防刃性能を有する頑丈な外套こそズタボロになってしまったものの、髭は元々薄い上、露出した目とお肌は回復魔法とアスクリンできっちりケアしている。鎧とベストは落雷の直撃を受けた際に損傷してしまったものの、ベストの損傷は軽微な上、鎧の方は数日後には元に戻っていた。流石は自己修復機能付きの甲冑である。素晴らしい。代償として俺の栄養だか生命力だかがチューチュー吸われるらしいが、今の所何の支障も無い。そんな訳で、今や身なりは二体、もとい二人よりも俺の方が圧倒的に上等である。其の見た目は、捕獲したUMA2体を連行する探検家にしか見えぬであろう。


「三番の手順で 仕留めるぞ。もしに勘付かれて戦闘になっても、なるべく殺すなよ。二人は此処から寄せてくれ。俺は反対側から 仕掛ける」


俺は背後の二人に囁くと、蛮族の視界から身を隠しながら其の場を離れた。


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